34話 ユ・ル・サ・ナ・イ
本日2話目です!
「はぁ!」
「ぐぁ!」
「やぁ!」
「ぎぃあ!」
「てーいてててててーいゃあ!」
「「「あああああああああ!!」」」
女帝……こと佐沼 秋子は、先程と打って変わって、次々と押し寄せる主婦達を薙ぎ倒していった。
娘 麗香の手により包囲が瓦解した後、主婦達は何とか態勢を立て直そうとしたが、その前に秋子は指揮官クラスの主婦達を中心次々に狩っていった。
その成果もあり、いまや主婦達は混乱し陣形は完全に崩壊していた。
最早、連携も何も無い主婦達など、秋子の敵ではなかった。
(ふぅ……なんとか面倒なのは片付いたわねぇ)
少しばかり息を整えながら、秋子は娘はどうなったかと、チラリと横目で様子を伺った。
見れば、麗香が多くの主婦達をちぎっては投げ、ちぎっては投げの勢いで、投げ飛ばしたり蹴りや拳撃で弾き飛ばしていた。
その姿は正に無双。
既に何人かの主婦達は、麗香を恐れ逃亡さえしていた。
秋子はそんな麗香の姿を見て。
(頼もしく育ったわね)
と、心底嬉しく思っていた。
「さて……お母さんも負けていられないわぁ」
秋子は気合いを入れ直し、再度向かってくる主婦達へと視線を戻した。
だが、その時……。
「!」
秋子は凄まじい殺気を感じ、直ぐ様その場から跳躍し回避行動をとった。
『ドガァァァァァァァァァァァ!!』
凄まじい轟音とともに土煙が立ち、先程まで秋子がいた場所に何かが……いや、何者かがそこに降り立っていた。
凄まじい闘気を放つ者が……。
だが、秋子はその者に対し、笑顔を浮かべながら友人にでも接するように、普通に声を掛けた。
「あらあら、今晩は。郷田さん」
土煙が晴れたその場所には、身長190㎝はある巨大の持ち主……【序列2位 剛腕猿人郷田】がそこに立ちふさがっていた。
◇◇◇
「くっ……何故こうなった……」
戦場の後方、最も戦火から離れた安全地帯では、知将こと鈴木婦人が悔しげな顔で戦場を見ていた。
当初までは、彼女の作戦は順調に進み、間もなく女帝の首を取れる所まできていた。
しかし、思わぬ第3者……女帝の娘 麗香の参戦により、脆くも彼女の敷いた布陣は崩れさってしまっていた。
新たに布陣を敷こうとも考えたが、女帝に先手を打たれ、彼女の側近(親交の深いママ友)達の指揮官クラスは全て無力化にされていた。
それ以前に、現在の戦力では女帝と、女帝に近しい力を持つ麗香を止める術は最早無かったのだ。
「ここまでか……」
鈴木は力無く天井を仰ぎ見て、自分達の敗北を予感した。
先程まで隣にいた郷田さんも、「女帝に挑戦してくる」と言って飛び出していった。
野生じみた直感を持つ、彼女のことであるから、恐らくは我々にはもう後がないことを感じ取り、せめて女帝に一太刀と玉砕覚悟で挑みにいったのだろう。
「さて、そろそろ逃げますか……」
たが、彼女には郷田のような戦士の矜持というものは無かった。
彼女にあるのは『目的を果たす』という使命感だけだった。
今回の彼女の目的はタイムセールの目玉である『醤油』を手にいれる事であり、女帝を倒すというものは、あくまでその過程でのついでであった。
確かに彼女は今回の作戦のために、あらゆる手回しや戦略を立てたりなどの一番の功労者であり、最も打倒女帝に燃えているようであったが、それは彼女がただ妥協を許さない生真面目な性格であり、また周囲の意見に流されやすいという性格によるものであった。
今回彼女は、周りのママ友達から頼まれて、断りきれずに作戦を立てて、知将として戦場に立ち、このように大規模な対女帝作戦の指揮官なってしまっていたが、本来の彼女は醤油さえ手に入ればそれで良いと考えていた。
「あれだけ手回しして、作戦を破られたのは確かに悔しいけど……これさえ手に入れれば勝利したも同然よ」
そう言って、彼女は目の前にある醤油の束へと目を移した。
「まぁ、せめて持てる分の皆の醤油だけでも確保しておこうかしら?」
鈴木はさっさとこの場を去ろうと、醤油へと手を伸ばそうとした。
「へぇ、他の皆はまだ戦っているのにオバサンは逃げるんだ?」
「なっ!?」
だが、突如として掛けられた声に、鈴木は驚愕し、手を引っ込めて声のした方向を振り向いた。
そこには黒髪を短く切り揃えた、ややつり目気味の小柄な少女……佐沼 麗香が微笑みながら立っていた。
「あ、あなたは……?どうやってここまで?」
ここに来るまでには、まだ多くの主婦達がいた筈である。それをどうやって?そう疑問に思って質問をした。
「どうやってって?ああやって」
と、何の気なしに麗香は答えながら、親指で背後を指差した。
「なっ!?」
鈴木はその背後の光景を見て絶句した、何故なら、そこには数多くの力尽きた主婦達が、山のように積まれていたのだ。
「ま、まさか……全て……1人で?」
余りの事態に鈴木は唖然と主婦達の山を見ることしかできなかった。
「まぁね。数は多かったけど、1人1人は大したことはなかったわね。これだったら前に某国の大使を救助した時の方がスリリングだったわね」
と、比べる対象がおかしくないか?と思いつつも、既に鈴木には言葉を発する余裕すらなくなっていた。
鈴木は確かに上位ランカーとして名を馳せているが、それはあくまでも鈴木が手足となるママ友達がいて、彼女らを指揮することで得たものであり、ママ友達がいない鈴木の力は並の主婦以下であった。
本人もそれを自覚しているからこそ、目の前にいる女帝級の力を持つ女性に対して、尋常ではない恐怖を感じていたのだ。
彼女はこの場をどう切り抜けるべきかと必死に思案した。
(どうする?逃げる?いえ……帰宅部の私の脚力では追い付かれてしまう……。抵抗……は論外だわね……何とか言いくるめて、見逃してもらえないかしら?)
「ね、ねぇお嬢さん?」
鈴木は、必死に恐怖を押さえつけながら笑顔を見せた。
「なぁに?おばさん?」
目の前の女性は、女帝級の力があるとは思えないような、あどけない笑顔を見せながら小首を傾げた。
その仕草と、愛らしい顔……それこそ、下手なアイドルよりも可愛らしい顔に、同性でありながら見惚れてしまう。
しかし、鈴木は直ぐ様その考えを思い直す。
何故ならば、彼女は笑顔を見せているが、その目は笑っておらず、まるで獲物を狙う肉食獣のように鋭いものであった。
故に、鈴木は悟った。
(あっ。これ逃がす気ないわ)
その目を見て、完全に補食対象にされている事実に気が付いてしまった。
「で?おばさん?黙ってないでよ?何か用事があるんじゃないの?」
そんな恐怖で動けずにいる鈴木に対し、麗香が促すような語りかけた。
「えっと……あの……その……」
「あの?」
「わた……わたし‥を……」
「わた?」
(落ち着け私……ここで何とか見逃してもらうように言うのよ!じゃなきゃ喰われる!)
鈴木は必死に恐怖を堪えて、何とかこの状況を打破すべく、口を開いた。
「あ、あの……も、もう戦う意思はないから……何とか、見逃してもらえないかしら?」
鈴木は震えながらも、何とか言葉を口にすることができた。
「んー?」
そんな鈴木の言葉に、麗香は可愛らしく俯きながら唸った。
(もう一押し……かしら?)
「あの……お醤油も渡すから……」
最早、鈴木は目的であった醤油ですら、この場から逃れられるならば、どうでもよくなっていた。
「んー……そうだね……確かにお醤油が一番の目標であるから、それさえ手に入れば他は別にいいかもねぇ?」
(やった!)
鈴木は交渉が成功したのだと思い、後はこの場を少しでも早く逃げなければと、その後のことを考えた。
だが……。
「やっぱりダメだねー!」
「えっ?」
助かったと思った瞬間からの死刑宣告に、鈴木は愕然とした。
「な‥なん……で?」
「だって……おばさん達、皆でママのことをいじめたでしょう?」
そこで鈴木は初めて、目の前の女性があの女帝の娘であること知った。
同時に、何をしても逃げられないのだと絶望した。
「ご……ごめんなさい……謝るから……ゆ‥許して?」
だが、鈴木は諦めきれず、必死に命乞いを麗香へとした。
「ねぇ‥おばさん‥……」
「へっ?」
そんな鈴木に対し、麗香は俯いていた顔をゆっくりと上げた。
俯くことで、前髪に隠された彼女の顔を鈴木は見て……恐怖により震え上がった。
笑っていた……。
先程までの、あどけない笑顔ではない。
三日月のように口を曲げた……歪んだ笑顔を見せていたのだ。
そして、鈴木に対して、小さな……本当に小さな声で…呟くように言った。
「ユ」
「ル」
「サ」
「ナ」
「イ」
同時に放たれた凄まじいプレッシャーにより、鈴木は意識を手放したのだった。
【用語解説:その8】
【ジャンフル】
全国各地にチェーン展開するファミリーレストラン。洋食・和食・中華など、あらゆるジャンルの食事メニューやオリジナルの料理があることで様々な世代の人達から人気を博している。更にドリンクバーの品揃えは日本最大で、なんと100種類以上のドリンクを取り揃えている。昼頃は、主婦の方々の憩いの場としても人気がある。
ある昼下がりのジャンフル……
秋子「私は、チョコレートパフェを」
吉田「儂は、バニラあんみつじゃ」
鈴木「わたしは……ベイクドチーズケーキで」
野村「じゃあ私季節のフルーツケーキ!!」
郷田「我、望むは、黄金なる肉片を磨り潰しし禁断の甘露なり。」
秋子「モンブランお願いします」
店員「は、はぁ……」




