31話 女帝 VS 疾風の紫パーマ
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「野村さんが敗れたようね……」
眼鏡を掛けたつり目の妙齢の女性が、感情を感じさせない平坦な声で、ボソリと呟いた。
「ヒョホホホホ!流石は女帝じゃなぁ!野村の小娘など相手にもならぬのぅ!」
その眼鏡の女性の呟きに答えたのは、愛用の手押し車を押した、紫に染めた髪が特徴の老婆であった。
「まぁ当然でしょうね。彼女の力では女帝を止められないのは分かりきっていましたからね」
然も当然の如く言い放つ眼鏡の女性に、紫の髪の老婆はおもしろいものでも見たかのような笑顔を向けた。
「ヒョホホホ……その言い方じゃと、まるで自分なら勝てるかのような言いぶりじゃな、鈴木の奥さんよぅ」
「えぇ、当然です。勝算もないのに戦いを挑む程愚かではありませんからね。吉田のお婆ちゃん」
「ヒョホホホ!何とも頼りがいがあるのぅ」
【序列3位 知将】と【序列4位 疾風の紫パーマ】の上位ランカーである二人は、真っ直ぐに迫りくる女帝を見つめた。
「しかし、私らランカー上位陣で最弱とはいえ、野村の小娘はそこそこやりおる筈じゃった。それこそわ単騎ならば、あんたよりも上じゃったろうに……」
吉田は先程までの笑みを消し、心底哀れむように野村が倒れた方向を見たながら、手を合わせて拝んだ。
「別に死んでませんから拝む必要はないんじゃありませんか?それと、『ならば』などと言った過去を語っても仕方がありませんよ。結局は結果のみがものを言うのですから、その過程でどんなことになろうと克勝てばいいんですよ」
心底冷たい口調で返してくる鈴木に、吉田はヤレヤレと首を振ったが、本来涙もろい彼女が、己の策士としての役目を全うしようと感情を殺していることを知っている為、それ以上は何も言わず愛用の押し車を押し、前へと歩みだした。
「行くのですか?」
「あぁ、雑兵(ランカー外主婦)程度では女帝は押さえきれぬわい。お前さんの対女帝の陣形を完全に布陣するにも、まだ時間が掛かるじゃろう?にゃらばこの老骨が暫し時を稼いでやろうぞ?」
「吉田のお婆ちゃん……」
己を犠牲に女帝へと挑まんとする吉田に対し、鈴木は一瞬策士としての顔を崩し掛けたが、直ぐ様策士の顔へと戻った。
「案ずるでないわい。儂は勝利(醤油)を手にするまでは死なんわい」
吉田は皺だらけの顔を、さらにしわくちゃにした笑顔を見せながら、戦場へと向かっていった。
「何かあったら鈴木の奥さんを頼むぞい、郷田の!」
吉田は振り返ることのないまま、鈴木の背後で腕を組んで静かに瞑想する女傑……。
【序列2位 剛腕猿人】へと後を託し、戦場へと消えていった……。
◇◇◇
「女帝!隙あり!!」
「無いわよ。テイッ!」
「ホギャ?!」
女帝こと佐沼 秋子は、次々と向かってくる主婦達を撃退しながら、着実に醤油のカートへと向かっていった。
「もう、困るわねぇ……えいっ『ホギャ!』、私はただお醤油を……それ『ガァ!』買って帰りたい……とうっ『ゴハァ!』だけなのになぁ……てーいつてってってってってっ!
『『『ぎゃあああああ!!』』』』
「ハァ……もう、本当に困るわぁ」
向かってくる主婦達を片手で吹き飛ばしながら、秋子はどうしたものかと溜め息を吐きながら思案する。
その時、秋子の視界の端で何かが高速で近づいてくるのが見えた。
「そりゃあ!!」
「なんの!」
秋子は背後から迫ってきた高速の奇襲の一撃を軽々と避けると、その奇襲を仕掛けた何者かを確認した。
そこには紫色の髪をした老婆……【疾風の紫パーマ 吉田】が邪悪な笑みを携えて立っていた。
「あらあら?吉田のお婆ちゃん?」
「ヒョホホホホ!2日前のジャンフルでの茶会以来じゃのう女帝よ!!」
秋子と吉田は、互いに挨拶を交わしつつも、一切の隙を見せずに隙を伺っていた。
「さっきランちゃんから聞きましたけど、私だけ仲間外れにして、皆でお醤油を確保するって本当なんですか?」
「ヒョホホ……もう話を聞いておったのなら話が手っ取り早いわい。そうじゃよ!今回儂らは、お主が来たならば一致団結して醤油を確保しようと決めておったのじゃよ!」
吉田はカッと目を見開きながら、秋子に向かい叫んだ。
「そんな……酷いですよ……私だけ除け者にするなんて……」
「何をぬかしおるかぁ!!いつも、いつもタイムセール品を持っていきおって!!しかも毎回狙い済ましたかのように最後の品をばかり奪いよる!おかげで幾多の主婦達がトラウマを抱えておるんじゃぞい!!」
吉田は唾を飛ばしながら普段の鬱憤を叫びだした。
しかし、秋子的には普段からやっていることで、最後の1個というのは、最も人が奪われまいと互いに争い合う為に隙だらけの狙い時であり、何気なく取っていただけであるので、全く悪気が無かったのだ。
全くの漁夫の利的なものだが。
「そう言われましても……」
「まぁええわい……今日でその不敗神話を打ち崩し、お主を女帝の座より引きずり落としてくれるわい!」
そう言うと、吉田は自身の愛機である押し車『吉田MK-03』に体重を掛け、中に仕込まれたバネへと圧を掛けていった。
「さぁ!見るがよい!対女帝を想定し、編み出した技……喰らえぃ『車輪乱舞』!!!」
言い終わると同時に、吉田は押し車に体重を掛けるのを止め、バネを圧から解放した。
瞬間、解放された『吉田MK-03』は、吉田を引き連れて高速で走り出した。
「クハハ!どうじゃ!この動きは見えまい!
元自動車整備員の爺さんが道楽で作った押し車と、元乗馬部だった儂の動体視力、そして孫が履き古したローラーシューズを持って可能とした高速移動じゃ!」
この押し車こそが彼女の真骨頂であり、その二つ名の所以であった。
吉田は秋子の周りを高速で回転しながら、ジワジワとその範囲を狭めていった。
「さぁ!このまま少しずつ削り倒してくれようぞ!!」
そんな事を言いながらも、高速移動をする吉田は女帝を攻撃する隙を油断なく伺っていた。
女帝は吉田の動きについていけないのかオロオロとしている。しかし、だからといって勝てる程に女帝は甘くない。これまで、幾多の主婦達が勝てると踏んで挑み、返り討ちにしてきたのが女帝である。
吉田はこれまでに、その光景を嫌というほどに見てきたので、決して油断せずに、決定的な隙ができるのを待っていた。
(流石は女帝じゃな……一見したら動揺して隙だらけの様に見えるが、そうではないのぅ……こちらから手を出した瞬間に、返す刀での反撃を狙っておるのぅ)
吉田は冷静に分析し、まだ手をだすのは危険と判断した。
(しかし、いつまでもこうしている訳にもいかないのぅ……)
吉田は冷静を装っていたが、内心は焦っていた。
この『車輪乱舞』は一見すれば攻略が難しい技のようであるが、多くの弱点があるのだ。
まずは時間制限。
最初に充填するバネへの圧により、その使用時間が変わり、今は後3分もすれば止まってしまう。
次に押し車への負担。
爺さんに改造されているとはいえ、元は普通の押し車であり、この高速移動による車軸への負担は凄まじく、1日に何度も使えないのだ。
そして最大の弱点……決して改善することが出来ない弱点が、この技にはあるのだ。
それは……。
(け、血圧が上がる!!)
そう……高速移動により血が昇り、吉田の血圧が急上昇するのだ。
これは老体である吉田にとっては相当に致命的な弱点であり、決して越えられない壁でもあったのだ。
(くっ……些かキツくなってきおった……)
吉田は既に軽い目眩に苛まされていた。
(しかし……ここで手を抜く訳にはいかぬ!)
だが、女帝を倒したい思いから、自分に渇を入れて吉田を自分を奮い立たせた。
女帝が先に隙を見せるか、その前に吉田の血圧が上がるか……互いに油断の無い戦況が続いていた。
そして、その時間がいつまでも続くのかと思われたその時……。
(今じゃ!!)
秋子の背に回った瞬間に、彼女が一瞬だけ動きを止めた。
吉田はその隙を見逃さなかった。
「喰らえぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
吉田は愛用の巾着袋を回しながら、一気に秋子へと攻めよっていった。
(とったわい!!)
完全に女帝の首をとった!!そう確信を得た一撃を放った。
だが、その一撃は届くことがなかった。
何故ならば……。
「んなっ?!」
吉田は目の前の光景が信じられなかった。確かに女帝の隙を付き、死角から巾着袋による一撃を振るった筈だった。
だが、その一撃は彼女を……秋子を……。
『すり抜けた』のだ。
「ば、馬鹿な!?な、なんじゃこれは!?」
目の前の秋子の姿に驚きを隠せずに叫ぶ吉田を、更に驚くべき事態が襲った。
「なっ?き、消えた?!」
目の前にいた筈の秋子の姿が、スッーと消えてしまったのだ。それはもう霞の如くに……。
「なっ、何が……」
何が起きている。そう言おうとした瞬間、吉田は天井から猛烈な寒気に襲われ、反射的に顔を上げた。
「なっ!?」
顔を上げたそこには、今まさに此方へと降ってくる秋子の姿があったのだ。
「ば、馬鹿な!お主は先程までそこに……!」
「残像よ」
「はっ?」
吉田は、秋子が何を言っているのか全く利害することができず、唖然とその場に硬直してしまった。
そんな硬直する吉田の眉間に、秋子は容赦なく……本当に容赦なく、降下しなからの手刀を叩き込んだ。
「あいだぁ!?」
もろに手刀を喰らった吉田は、そのまま仰向けに倒れて天井を仰ぎ見た。
「ふぅ、久々に本気でジャンプしたわぁ」
その倒れる吉田の横に秋子は着地し、ボソリと呟いた後、倒れる吉田へと目を向けた。
「じゃあ吉田のお婆ちゃん、行かしてもらうわね」
そう言って彼女は立ち去ろうとした。
「待て、待て、待て!!お、お主、先程のは何だ!?何が起きたのじゃ!?」
吉田は混乱しつつも、先程起きたことの全容が知りたく、痛む眉間を押さえながら、秋子へと質問をぶつけた。
「簡単ですよ。わざと隙を見せて、吉田のお婆ちゃんが迫った瞬間に残像が残る程の早さで天井付近まで飛んだんですよ」
全く理解できなかった。
吉田は本当に秋子が何を言っていれのか理解ができず、寧ろ『何か変なこと言ってるから病院連れていこうか』と親切心さえ沸き上がっていた。
「要はお婆ちゃんが私だと思ったのは幻のようなものですよ。 それじゃ今度こそ行かせてもらいます」
なにか、とてつもない事を素っ気なく言ってくる秋子に対し、最早かける言葉も見つからずに唖然とするしかなかった。
(馬鹿な……儂らはまだ、女帝を舐めておったというのか……)
自分達が甘かったのか、女帝が凄すぎなのかは判断がつかないが、最早彼女には去り行く女帝の背を見送ることしかできなかった。
『ピッーーーーーーー』
だがその時、店内に甲高い笛の音が響き渡った。
「あら?これは?」
「ヒョ……ヒョホホホホホホホ!!」
立ち止まり、タイムセールにこんな笛の合図があったかしらと考える秋子の耳に、倒れた吉田の笑い声が聞こえてきた。
「おばあ……ちゃん?」
「終わりじゃ……ヒョホホ終わりじゃぞぉ!」
「……ボケた?」
「ボケとらんわい?!失礼じゃな!お前さんを取り囲む布陣が完成したから終わりじゃと言っておるんじゃよ!」
秋子は吉田の言っている言葉の意味が分からず、キョトンと首を傾げた。
「ヒョホホ!女帝よ……儂は所詮、ただの時間稼ぎでじゃよ……それもこれも全ては必殺の布陣を完成させるためのもの……最早、お主は篭の中の鳥。醤油に近づくことも逃げることも敵わぬわい!!」
吉田は狂気を思わせる笑いを浮かべながら、大声で秋子へと叫んだ。
だか、やがて力尽きたのか、次第にその瞳が閉じてきた。
「儂は……ここまでのようじゃな……まぁ良いわい、女帝の最後を見れぬわ残念じゃが……向こうでお主の到着を先に待つことに……しよう」
そして、吉田の目は完全に閉じられた。
(後を頼むぞい……鈴木さんよ……)
吉田が眠りについたことを確認した秋子は、改めて周囲を見回した。
そこには、四方八方から肩を組ながら迫りくる数多くの主婦の集団が見えた。
その集団は互いに全くの隙間なく、歩調も一子乱れずに2重3重の肉の防護壁を築きながら着実に此方へと向かってきていた。
「これは……流石に不味いわね……」
この日、初めて女帝の頬を一筋の汗が流れたのだった。
【用語解説:その5】
【加護】
加護とは、強力な力を持った存在が、己の眷族または自分が気に入った者に与える力のバイパスである。加護を受け取った者は、加護を与えた者から力が流れ込み、ステータスの上昇や特殊な能力を与えられるなどの恩恵を得られる。
例その1:戦神の加護
効果:あらゆる身体能力・戦闘能力が大幅に上昇するとともに、様々な戦術や戦闘技能の習得速度が尋常ではない程に早くなる。また、集団で戦う際などには、【戦友の絆】という、加護を持つ者が味方と判断した者達の戦闘能力を上昇させるスキルが発動する。
例その2:豆の神の加護
効果:あらゆる豆の調理・育成能力が大幅に上昇するとともに、あらゆる種類の豆の知識を得ることができる。また、豆を使った戦闘においては【豆弾】というスキルが発動し、豆を投げると銃弾の如く飛ばす事ができる。




