17話 モテる奴は大体鈍感
「では、佐沼君。この件はよろしく頼むよ」
「はい……任せてください」
上司から書類を受け取った後、重い足取りで指定の席へと戻り腰を落とす。
「ふぅー……」
朝から随分と濃い時間を過ごした上に、後味が悪い結果を見てしまったので何だか体が疲れてしまっている。
妻から貰ったパワーは既に電車の中で使い切ってしまい、途中のコンビニでドリンク剤で補給したが所詮は付け焼き刃だったらしく、何だか酷くくたびれてしまった。
結局、あの後ハルン君のことは置いて会社に来てしまったので、その事が心残りとなり疲労となって表れているのだろう。
「彼……どうなったかな?」
目を閉じると、多くの駅員に取り囲まれて捕まった彼の姿が思い浮かばれる。
清々しい笑顔で戦場へと赴きながらも、瞬時に勝敗が決する……。
悪魔vs女子高生は、女子高生と駅員連合による勝利で幕を閉めた。
流石の悪魔も、多勢に無勢には敵わなかったようだ。
今後、彼はどうなるのだろうか?
「ふぅ……」
「何だかお疲れですね、課長?」
声を掛けられた方を見ると、コーヒーカップを2つ両手に持った女性が心配そうな顔で背後に立っていた。
「あぁ……恵美君か。大丈夫さ、少し心配ごとがあっただけだよ」
彼女は橋口 恵美君。
私と同じ営業部にいる部下である。
少し赤っぽいボブカット?だったかな…の髪型が特徴の娘で、誰にでも優しく接する穏和な性格で、社内でも好かれている人気の良い娘だ。
その可愛さに、アイドル扱いされて、密かにファンクラブもあるという噂もあるが定かではない。
そういえば、麗香と年が近かったような?
「そうですか?私で良ければ相談にのりますよ?あっ!コーヒーどうぞ」
「おぉ、ありがとう」
「どういたしまして」
ニッコリと微笑む恵美君の顔と気遣いに、疲れが少し癒される
本当に気の効く優しい娘だな。
恵美君は同じ営業部ということもあるが、それ以上に何かと私を気遣ってくれる所がある。
というのも、恵美君は2年前に入社した際の歓迎会で、セクハラで有名な上司に無理矢理飲まされていた所を、【宴席の救護兵】である私が助け出した過去がある。
以来、彼女なりに恩義を感じているのか、律儀にも色々と私に気遣いをしてくれるのだ。
まったく、そんなに気にしなくとも良いのにな…本当に、今時の子にしては良くできた娘さんだ。
余程、親御さんの躾が良かったのだろう。
私の躾は……うん……良かったと思うな?
麗香が多少ヤンチャをするが……うん。
基本、優しく育ったと思う。だよね?
「それで何を悩んでいたんですか?」
「あぁ大したこと……あるような……ないような?」
「なんだかハッキリしませんね?」
正直、自分でもこの件をどう扱うべきか悩んでいる。
というのも、確か彼は魔王軍のナントカ団長とかいう役職だった筈だ。
恐らく、彼らの組織の中でも中々に上位の立ち位置にいるということである。
そんな人間……いや、悪魔か?どちらでもいいな……とにかく、そんな彼が痴漢容疑で捕まってしまった現状は、もしかして結構不味い状況ではなかろうか?
下手したら外交問題……異世界って外交になるのか?まぁいいか……取り敢えず、まさかとは思うが魔王軍が彼を取り戻しに攻めてくるという事もあるかもしれない。
いや……流石に考え過ぎか?
うーん……分からん。
「あの……課長。もしかして結構深刻な問題なんですか?」
恵美君が、心配そうな顔で横から覗きこんできた。
「いや……私もどう判断したら分からなくてね……どうすればいいか悩んでいるんだ」
実際、悪魔の痴漢容疑なんて一流弁護士でも扱ったことはないだろうからな。
「課長……もし手助けが必要なら、私にも手伝わせてください!私、課長のお力になりたいんです!」
「恵美君……」
彼女の真剣な瞳からは、本気で私の力になりたいと思う気持ちが非常に感じられた。
以前に少し手助けしただけで、ここまで真剣に恩義を感じてくれるとは……本当に彼女は優しく育ったんだなと、顔も知らぬ彼女のご両親に感謝してしまった。
「そうか……それじゃあ、ちょっと相談に乗ってもらおうかな?」
「はい!!」
役に立てることが嬉しかったのか、花が咲いたような満面の笑みで微笑む恵美君の顔に、気持ちが和んでしまう。
これが『癒し』ってやつなんだろうか?
「エミちんの笑顔……マジ天使だし……」
「ヤバい……可愛過ぎだろ?」
「その笑顔を独占してる佐沼課長……マジでモゲロ……主に髪の毛が」
何やら背後から男性社員達の称賛と呪詛が聞こえるが無視しておこう。
それに、人一倍髪の毛には気を使っているから、当分の間は私の髪の毛はモゲることはないだろう。
……ないよな?
「それで?どんな悩みなんですか?」
「それは……って良く考えたら、女性に対してデリカシーの無い内容だったな……」
冷静に考えたら、痴漢の話題など女性に対して話せるようなものでもないだろうに。
やはり、疲れているな。
「構いませんよ?私…課長となら……いえ、私そういうの平気なんで、どうぞ話してください!」
うーん……なんか随分と食い付いてくるな…しかし、話しても……まぁ本人もこう言っているし、構わないか?
「それじゃあ……その……痴漢についてなんだが……」
「えっ?か、課長……痴漢したんですか?」
ボソリと呟く彼女。
目を見開いて驚きの顔をする彼女だが、私の方がもっと驚きだ。
何故、「痴漢について」と言ったのに、「私が痴漢をした」になるのだろうか?
「い、いや……恵「か、課長!な、何でもっと早く言ってくれなかったんですか?そ、そんなに、た、た、溜まって…いらしたん……でしたら……私が……その……ゴニョゴニョ」美く……ん?」
何故この子は顔を俯きながら真っ赤になっているんだ?やはり、女性にこの話題はタブーだったか?いや、それよりも誤解を解かねば!!向こうにいる部長が物凄い訝しげな目で此方を見ているぞ!
してもいない痴漢騒ぎで免職なんて最悪だからな!妻に殺されてしまう!比喩じゃなくて物理的に。
「え、恵美君?まず落ち着いて……」
と、落ち着かせようとした瞬間、恵美君がガタリと椅子から立ち上がった。
「え、恵美「か、か、課長!!わ、私なら何時でもOKです!な、何でしたら、こ、今夜でも!!」……What?」
彼女が一体何を言っているのかを頭の中で理解する前に、周囲で動きがあった。
「ど、堂々不倫宣言!?」
「お、オレ達の天使が?だ、堕天した?」
「嘘だろ?夢だろう?誰か俺の頬を叩いてく『バシーン!』…痛ぃ!!夢じゃない?!」
「ふ、ふふふ……か、課長…も、もう殺るしかない…ヤルシカナイ!」
「よーし!エミちんファンクラブは全員集合だ!今宵は宴だ!課長の肉で宴を開こう!」
そんな不穏な言葉を吐きながら、ガタリガタリと、一人また一人と男性社員が立ち上がってくる。
「ま、待ちなさい!これは…違うんだ!え、恵美君!君からも……」
「あう……あうぅ」
駄目だ!使い物にならない!顔を真っ赤にして頭から湯気が出る程にオーバーヒートしている。
「く……くっ……」
ユラリユラリと幽鬼のように迫りながら、狂気の顔で笑う男性社員達。
どう、誤解を解くべきか……。
「佐沼君」
はっ!この声は部長!そうだ!彼なら!若かりし頃より、社会における酸いも甘いも教えてくれて、共にどんな苦難も乗り越えてきた偉大なる先輩……中谷部長!!
彼ならば、私のことを良く知っているから皆を静めて誤解を解いてくれるはず!!
「部長!部長からも皆に……」
誤解を解いてもらおうと振り返ったが、あまりの事態に言葉が詰まり、息を飲んでしまった。
振り返ったそこには……。
『エミちんLOVE!!』と描かれたハチマキを額に当てて、血涙を流しながら腕を組んでデスクに座る中谷 幸蔵部長(55歳)がそこにはいた。
「ぶ……部長?」
「佐沼君……私は君のことが部下として……後輩として……友人として……好き……いや……好きだったよ……」
「だった?」
そして、一瞬だけ部長が優しげな顔で微笑んだ後、大きく息を吸い…………。
「今宵は祭りじゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!生け贄を狩れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」
部長の号令と共に、野獣(主に独身男性社員)が迫ってきた。
「部長!!あなもですかぁ?!孫までいる、いい歳したあなたが何やってるんですか!」
「うるせぇ!愛と萌えに年齢は関係ないんじゃあぁぁ!大体、綺麗な奥さんまでいるテメェが盛ってんじゃねぇぞ!!畜生がぁ!!
せめてもの会社での癒しにまで手を出しやがって!!刈り取ってやる!去勢してやる!
皆!かかれぇぇぇぇぇ!!!」
「「「課長!!覚悟ぉぉぉぉ!!」」」
「意味が分からない!後、去勢はやめろ!」
割りと最近に悲劇を見たから。
こうして私と恵美君のファンクラブとの争いは、恵美君が復旧するまでの間の30分間行われ、後に『営業部の悲劇』として語り継がれる戦いとなったのは別のお話である。
OL 橋口 恵美
Lv:48
称号:【社内のアイドル】【マイ・エンジェル】
【宴席のナイチンゲール】【ファザコン】
【勇者の資質】
HP:1200
MP:500
攻撃力【物理】:110
防御力【物理】:150
攻撃力【魔法】:245
防御力【魔法】:310
素早さ:430
知識:650
運勢:220
装備品:【高品質スーツ】【バストアップブラ】
【高島屋シルバーネックレス】【お菓子袋】
【健三の写真】【健三の使い古し万年筆】
加護:【愛の神の加護】