13話 失われた宝玉
遅くなりすいません。久々の投稿です。
仕事がヤバいですが、隙をみて引き続き投稿します!
『いやぁ本当にゴメンねパパ!まさか、あの猫がそんなに暴走するとは思わなかっわ』
「いや……多少驚いたが、別に私は大丈夫だったし、彼もしっかりと荷物を届けてくれたから問題は無いよ。
それより……彼は大丈夫かい?」
一週間前、麗香からの荷物を届けてくれた野良猫……ではなく、魔王軍所属の戦士であるリカム=ミケール君であるが、あの後、リカム君が私に襲いかかっていると勘違いした妻の手により、トラウマ級の散々な目にあっていた。
手当てした猫に反逆を受けて、今にも自分の夫が命の危機に瀕していると判断した妻の行動は素早く、手近にあった針金のハンガー2つを両手に構えて、果敢にリカム君へと向かっていったのだ。
そこから先は正に無双。
両手のハンガーを双剣の如く振るい、手数にものを言わせて、リカム君に反撃の意図を与えず、最後は的確に急所を突いて、リカム君の意識を再び失わせたのだ。
私の為にやってくれた事とはいえ、普段見たことが無いような般若の如き表情で、どこぞの達人並みの動きで自分よりも体格のデカイ、まして人外の獣人を追い詰める妻の姿に戦慄してしまった。
当の攻められてたリカム君に至っては、最初は何故攻撃されたか分からず困惑し、次に好敵手に会えた事に歓喜し、更に自分の攻撃が全く通じない未知なる動きに再度困惑し、最後は般若の表情で無言で攻める妻に恐怖し泣き出しそうになっていた。
そして意識を刈り取られたリカム君を、妻は洗車途中の愛車の荷台へと積み込み始めたのを見て『私は大丈夫だから!彼を保健所に連れて行くのは勘弁してやってくれ』と、保険所行きを危惧し、一応は彼の弁明をしたのだが……。
『分かっていますよ。この猫は魔王さんのペットですから手荒な真似はしませんよ。
ただ、ヤンチャな猫には躾が必要です』
と言って車に乗り込んでしまった。
どこに行くのかと、慌てて助手席側から声を掛けようとした私の目に、カーナビを操作して何処かを検索している妻の姿が入ってきた。
そして、その検索先は…………。
『斎藤犬猫専門動物病院』
案内を開始します。というカーナビの音声と共に、止める間も無く車は走り出してしまった。
その走り行く車の後ろ姿からは、例の子牛を乗せた馬車の姿が連想され、その音楽が頭の中に流れたのは気のせいでは無いと思う。
まして、彼が動物病院に連れて行かれて何をされるのか検討がつくので、より強く鮮明に曲が流れ、ただ去り行く愛車を見送りながら、自身の予想が外れていることと彼の無事を祈るしかできなかった。
それから3時間程経って、妻と共に帰宅した彼の姿を見て、私の予想が最悪な方向で当たってしまったのだと愕然としてしまった。
帰ってきた彼は、鼻水や涎を垂らした放心状態で正に心此処に在らずといったものであった。
だが、何より特筆すべきは彼の下半身……。
正確には股間部であった。
出発前まで彼は、紅い鱗模様の腰巻きのようなものを身につけていた。
しかし、帰ってきた彼の股間には、ムー〇―マンのようなオムツが装着された上に、これでもかと包帯を大量に巻かれていたのだ。
そう……彼は『去勢』されてしまったのだ。
その姿からは最早、最初に出会った時の戦士としての威厳や迫力は無く、今や大きめの人外の存在が、赤ん坊の如く妻の傍らに立って虚空を見つめていた。
そんな妻はやりきった顔で『これで大人しくなるわ』と満足気な感想を漏らしていたが、私としては魔王の部下……まして魔族の戦士を勝手に去勢して良いのかと不安を覚えて仕方がない。
私は、彼に大丈夫かとコンタクトを試みるも、魂の抜けきったような彼は何の反応も見せず、何も無い空を只々見つめているだけであった。
まぁ突然だ、異世界まで来て魂所か玉を抜かれてしまえば、このような状態になっても仕方があるまいと、同じ男として彼に同情を禁じ得なかった。
その後に、麗香から荷物が着いたかの確認の電話がきたので、リカム君に起きた悲劇を説明すると『マジで?流石ママ!じゃあ取り敢えず迎えを送るね!』と何が流石なのか分からない納得の仕方をしながら電話を切られてしまった。
暫くすると、黒い甲冑に身を包んだ騎士のような者が二人訪れて、リカム君の両腕を左右から抱えながら連れて帰って行った。
その際に……。
『団長!しっかりしてください!』
『あの千人斬りのリカム団長が……一体何があったんだ……』
と戦慄していた。
彼らもまさか、千人斬りが逆に、玉を斬られる事態になるとは夢にも思わないであろう。
二人の甲冑騎士は、生ける屍と化したリカム君を近くの駐車場に停めていたドラゴンに乗せた後、空高く消えていった。
って、だからドラゴンで来るな!
魔王が乗って来たブラックドラゴンよりは小さいが、それでも馬くらいの大きさで手が翼になったドラゴンで来るのは止めてほしい。
それが、リカム君が乗って来たものも含めて3匹。
その3匹が、御近所の有料駐車場で律儀に駐車スペースから、はみ出す事なく待機している姿は相当にシュールである。
しっかり調教しているんだろうが、やはりドラゴンは本当に止めてほしい。
おかげで、その日のご当地ニュースで私の住んでる地域が『閑静な住宅街に竜出現?!』などというテロップと共に映って話題になってしまった。
おっと。話が逸れてしまった。
まぁそんなことがあって、先ほど麗香から電話があったので土産のお礼も兼ねて、罪悪感からリカム君の状況を聞いてみたのだ。
『あーリカム?ママから話を聞いて、パパに手を出したって言われて更にシメ上げようかと思ったんだけど……なんか可哀想なくらいに呆然自失としてたから、そのまま放置してる』
「うん。その方がいいだろう」
もう彼は、これ以上無い程の仕打ちを受けたわけだし(正直、やり過ぎである)、これ以上の攻めは、本格的に精神崩壊を招かねない。
『じゃあ、リカムはこのまま放置しておくわね。あと……んっ何?パパと?ちょっと待ってね。あっ!パパ、ゴメンね。魔王くんがパパと話たいって言うから変わるね!』
「あぁ、わかった」
なんであろうか?
もしや、部下の股間をもぎ取ったことを攻めらるのであろうか?
だとしたら、甘んじて受け入れるしかあるまいな。
『おぉ!義父上か!久方であるな!変わりはないか?』
「あぁ、こっちは変わりは無いよ。それよりも……その……リカム君のことだが……」
『あぁ……そのことであるか?いや、我も義父上に迷惑をかけたと聞き、仕置きせねばなるまいと思ったのだが……あの様子であるから流石に……な……』
魔王ですら哀れみを感じる悲壮具合とは……。
我が妻が与えた罰の恐ろしさに、改めて背筋が凍る思いになる。
「そんなに意気消沈しているとは……すまないな……妻が勝手な事をしてしまって。
しかし、そのまま魂が抜けた様な状態が続くのは流石にマズイな……」
『ウム……いや、最初の1日は確かに魂が抜けた状態であったが、今は一応は回復して会話や日常生活は送れるようになっているが……』
どうやら、彼は精神崩壊までには至らず、なんとか日常生活を送れるまでには回復したらしい。
しかし、何やら話の歯切れが悪いな。
「何か不味い事でもあったのかい?」
『ウム……なんと言うか……動きや言動が妙と言うか……』
「言動?例えば?」
『まず、一人称が【アタイ】になった』
「それは、おかしいな」
あのダンディーな渋い声で「吾が輩」と言っていたリカム君が「アタイ」などと自分を呼び始めるとは……。
恐らく、肉体の変化が精神を少しずつ蝕んでいっているのだろう。
これは早急に何か対策を取らなければ、リカム君が取り返しのつかない事になってしまう恐れがある。
『今朝がたなど、女物の服を着ておった』
前言撤回。
最早、手遅れだったらしい。
「それは……本当にすまない」
『ウム……言動や行動が妙に艶かしくなっていてな……。
配下の者達も余りの変わりように、どう接すればよいのかと戸惑っておる。
奴の直属の長である四天王のザイールなど、
変わり果てた奴を恐れて避けておるからな』
そこまでの変わりようとは……。
しかし、その部下や上司の方々の気持ちは分かるような気がする。
突然、職場の同僚などがオカマへとジョブチェンジすれば、誰だって戸惑うし、今まで通りに接してもいいのか悩むだろうな。
それにしても我が妻は、とんでもないモンスターを造り出してしまったのではなかろうか?
身長2メートル越えのガタイの良い黒豹人間が、女装をして魔王城を闊歩している。
そんな者がいれば、敵味方関係無く、誰だって出会いたくないだろう。
学生時代にやっていたRPGのゲームの中の勇者ですら、そんなモンスターとエンカウントすれば、裸足で逃げ出すだろう。
『いかがしたものか……』
「そっとしておいた方がいいんじゃないか?」
『やはりそうなるか……』
魔王が部下の変貌(オカマ化)に頭を悩ませるとは……。
まずいな……空気が重いな、責任を感じるだけに、私も頭が痛くなってきた……。
少し話題を変えるか?……そうだ!
「あっと……話は変わるが、先日は色々と送ってもらってありがとう」
話を変える為に、送ってもらった土産品のお礼を述べたが、本来であれば此方が本題であったなと余りにもリカム君の話題が濃かったのだ思うと、何故だか切ない気持ちになった。
『んっ?……おぉ!喜んでもらったのなら何よりだ!して、菓子と贈り物は感想として、どうだったかな?』
「あぁ……菓子は美味しかったし、贈り物のアレも……妻が喜んでいたよ……」
麗香達から贈られた戦勝記念の物は二つあり、一つはクッキーのような焼き菓子の詰め合わせであり、こちらは妻とお茶菓子として美味しく頂かせてもらった。
そして、もう一つは純金で出来た魔王の像であった。
純金の魔王像を見たとき、安月給の私は腰を抜かす程に驚いたが、妻は……。
『あらあら?魔王さんって意外と事故顕示欲が強いのかしら?」
と、冷静に魔王の心理状況を分析していた。
尚、その純金の魔王像は、現在は我が家の玄関に飾られている。
何故ここに?と疑問を述べる私に対して……。
『玄関に金色の物を置くと、風水的に金運が上がるし、厄除けになるらしいわ』
と述べていた。
百歩譲って、金色の物を置くのはいいとしよう。
だが、厄除けどころか、厄そのものの悪魔像ならぬ魔王像を玄関に置くのはいかがなものだろうか?
逆に厄や魔が寄ってきそうだし、誰かが我が家に来訪して魔王像を見たら、変な宗教に入っているのでは?と誤解されそうである。
そんな思いもあったが、残念なことに我が家のインテリアに関する実権は、妻か娘達が握っており、私と息子には飾られたインテリアに「いいね」とリアルTwitterで相づちを打つことしかできないのだ。
『そうであるか?ククク……やはり義母上は見る目があるな。
此度の戦勝記念に作らせた像は、これまでの中でも秀逸であるからな。
本当なら、レイカの像も作る予定だったが、本人から拒否されたのでな……』
『これまで』ということは、魔王は何かあるたびに自身の像を作らせているのだろうか?
あながち妻の事故顕示欲が強いという推理は、正しいのかもしれないな。
それに、麗香も流石に恥ずかしかったのだろうな。
自分の純金像が作られて飾られるというのは、よっぽどでなければ相当に恥ずかしからな、そこはあの麗香でも人並みだったようだな。
まぁ正直、娘の像を送られても、親としてもどうして良いのか分からないしな。
写真ならともかく、娘の像を玄関に飾って見られた日には、ご近所から親バカの認定を間違いなく賜るだろうな。
「……まぁ、とにかく有り難く受け取らせてもらったよ、感謝する」
『ククク……それは何よりだ。また、その内に何かを送らせてもらおう』
「そこまで気を使わなくてもいいが……ありがとうと言っておこう。
それと……こっちに来るときは、なるべくドラゴンは止めてくれ」
『ウム、善処しよう』
善処じゃなくて、止めてくれ。
先日、ニュースに取り上げられてから、ご近所の駐車場がパワースポット扱いされているのだから。
『では、義父上よ。麗香に変わるとしよう。
また見える日まで老骨にむち打ち達者に暮らすが良い。精々長生きせよ!では、さらばだ』
酷く失礼な別れ文句だったな?
恐らく本人は至って悪気は無いんだろうが、完全にディスられているよな?これ?
ドゴォフ!!
うぉ!何だ!電話の向こうから鈍い打撃音が!
『あっ!パパ?魔王くんが最後に失礼でゴメンね!こっちで軽くはたいておいたから!』
……【はたいた】で済む音ではなかったと思うのだが……麗香だからな……深く言及はすまい。
「あぁ……うん……気にしてないから、大丈夫だ」
『そう?じゃあパパ、これから用事があるから今日はもう切るね?また…『不味い!魔王様が息をしておらん!』今度…『魔王さぁぁまぁぁ!』ゆっくり…『急げ!回復魔法を!』連絡するか…『まずい!少し飛び出てるぞ!』そっちに…『おい!そっちに飛んだ角を持ってこい!』帰るから!ママにもヨロシク!じゃあね!』
ガチャ……ツーツーツー
「………………」
何か雑音が入ってきて後半が聞き取りづらかったが……余り気にしないようにしておこう。
只、此だけは思った。
「魔王君……どうか無事で……」
そんな魔王の無事を祈る、休日の晴れた日の昼下がりであった。
黒騎士 マハール
Lv:320
称号:【守護騎士】【衛兵】【忠義者】【槍士】
HP:15000
MP:800
攻撃力【物理】:900
防御力【物理】:700
攻撃力【魔法】:500
防御力【魔法】:400
素早さ:800
知識:150
運勢:130
装備:【魔王軍近衛正式甲冑】【魔槍ベルグ】