91話 撤退戦 武人の戦い
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「全軍に告ぐ!これより我が軍はこの地より撤退し、西方にある拠点『バグラム』へと向かう!」
エルネルバ王国王都の城壁前に集う魔王軍の陣地より、ウルファルモの甲高い声が響く。
ウルファルモはやたらと興奮した様子の騎乗しているリザード=ランナーの上から、周囲にいる部下達へと語り掛けていた。
その不思議と良く通る声は、陣地内にいる魔族達全員に届き、皆が真剣な表情で聞いていた。
「はっきりと言えば、この戦いは敗北である!我らの負けである!」
ウルファルモのはっきりとした物言いに、魔王軍の魔族達が項垂れる。
ここまで勝ちに勝ちを重ねてきたというのに突然の敗北。それも、謎の魔法による一撃により、軍が半壊されるという完膚なき敗北。
誇っていた自信がポッキリと折れ、屈辱にまみれた苦い思いを皆がしていた。
そんな自信喪気味な軍に、ウルファルモは言葉を重ねる。
「だが、バグラムへと向かえば、四天王たる死王様の数万の軍と、それを率いる12師団長のシャクラム様がおられる!その軍と合流すれば我が軍の建て直しも可能だ!!延いては、再びの進撃も可能となる!」
ウルファルモの言葉に魔王軍が僅かに昂る。
軍を再建することができればこの地へと再び赴き、この屈辱を拭うことができるかもしれない。更に、次は四天王の次に力ある12師団長が共にいる。そうなれば、より高い武功を上げられるかもしれない。
そう考えると、魔王軍の兵達の心にあった先程までの敗北感は直ぐに消え、再び闘志が燃え上がっていく。
「誇り高き魔王軍の子等よ!今は恥辱に耐えよ!!怒りを抑えよ!!悲しみを堪えよ!!生きる事のみを考えよ!そして再び此の地に戻り、この屈辱を払う日を待つのだ!!」
「「「オォーー!!」」」
大袈裟な程に手を広げながら宣言すると、周囲にいた魔族達が拳を上げて賛同を示す。
これにより、魔王軍全体がいつの日か来る再戦を待つことに同意し、今は屈辱に耐えて退くことを決心した。
「では撤退を開始する!!殿として防衛に残る軍はそのままに、先に指示した通り速やかに撤退せよ!!後ろを振り向くな!!前に進む事のみを考えよ!!」
「「「オォーー!!!」」」
ウルファルモの指示に、防衛の残るカルビ達以外の全軍が動き出す。
先にウルファルモは各部隊の指揮官達に撤退する順番と役割を指示していたのだ。その為、各部隊は混乱することなく迅速確実に動き出した。
まず、先陣となる部隊が、防衛するカルビ軍の横合いから飛び出し、西へと向けて突き進む。
無論、カルビ達が相手取る正面の軍程ではないが、そこにも数百からなる部隊を幾重にも横陣に並ぶ聖王軍が待ち構えていた。
「逃げるか魔族の臆病者共が?!だが、一匹足りとて逃がさん!汚らわしい魔族共は殲滅する!!」
指揮官らしき豪奢な鎧に身を包んだ騎士風な男が、馬上より高らかに宣言する。
その指揮官の命に答え、聖王軍の兵達は速やかに槍と盾を構え陣形をつくり、戦闘態勢を整えた。
「クハハハ!!逃がさん!逃がさんぞ!この我が部隊必殺の構え………『槍竜壁』の餌食にしてくれる!!竜の鱗さえ貫く(予定)のこの陣形………抜けれるものなら抜いてみよ!!」
腕組みし、高笑いをしながら自慢気に語る指揮官。
竜の鱗を貫けるかどうかは知らないが確かに隙の無い陣形であり、このまま普通に突っ込んでいけば槍で串刺しとなってしまうだろうと思わせる見事な構えであった。
だが………………。
「ウルセェェ!!退きやがれ糞人間がぁぁ!」
「「「ギャァァァァァ?!?!」」」
先陣を切る魔王軍の部隊が突っ込むと、槍竜壁なる陣形は一瞬にして瓦解する。
それもそうである。この先陣を駆る部隊は、ウルファルモが活路を切り開く為に特別に選んだ超重量級の兵達であり、犀魔人族や河馬魔人族、ナゲーナと同じ象魔人族等の重量級にして中々に足が速い魔族で固められていたのだ。
皮膚が石や鉄のように硬質な彼らにとって、人間の小さな槍等は多少チクッとする程度であり、何の問題もなく突進することができるのだ。
そんな彼等の突進攻撃を聖王軍の部隊はまともに正面から受けたのだ。
聖王軍の兵達は面白いようにふっ飛ばされて宙を舞う。その光景は、まるでボーリングでのストライクをとったかの如く、人間がピンのように小気味良く飛んでいく。
そんな異様な光景に、指揮をとっていた騎士は口をあんぐりと開けたままに硬直していた。だが、次々と破られる陣と吹き飛ぶ兵達の姿に慌てて我を取り戻すと、鞘から剣を抜いて自ら戦い赴こうとした。
が………遅すぎた。
「邪魔だぁぁぁぁぁ!!」
「へぶぉぉぉぇぇぇぇぇ?!」
指揮官らしき騎士は、先陣を駆ける象魔人の鼻の一振りによって、天高く弾き飛ばされてしまう。
その勢いは凄まじく、高く………高く飛んでいき、エルネルバ王都の城壁よりも高く飛び去り、やがてキラッと星になって姿が見えなくなる。
「ナ、ナサケーナイ騎士隊長ぉぉぉ!!」
脇にいた騎士の男が、指揮官らしき男が飛んでいった方向を見ながら絶叫を上げる。
どうやら、本当に指揮官だったらしい。
更にこの象魔人は、返す刀で鼻を振り、絶叫を上げる騎士を指揮官とは反対の方向へと同じように弾いた。
「ク、クジケーナイ副隊長ぉぉぉ!?」
先に飛ばした者達よりも幾ばくか劣る装備の者………他の者が同一の装備から、一般兵士らしき者が絶叫を上げる。
今度は副隊長だったらしい。
幸運にも、一気に二人の指揮官が部隊を残して戦線離脱を余儀なくされた。
「ひっ?!だ、駄目だ………逃げろぉぉ!!」
これにより、一気に聖王軍の部隊は指揮は低下する。元から超重量級の魔族達の突進によって死に体となっていたが、指揮官の離脱
によって部隊は散り散りとなり、魔族達への活路が拓かれた。
「よぉぉぉし!!ここから一気に駆け抜けるぞぅぅぅぅう!!皆、この俺ムランホーに付いて来ぉぉぉい!!」
先程二人の指揮官を吹っ飛ばした象魔人のムランホーがパオーンと鳴きながらそう叫ぶと、背後から後続の部隊が次々と後を追ってくる。
この活路が開いたことにより、一気に魔王軍が動きだした。
先陣が拓いた道から迅速に部隊が流れだしてくると同時に、各々の部隊は先に指示されていた役割の為に動きだす。
先陣の突撃部隊より前に出ていく斥候隊。
軍の左右を固める護衛部隊。
負傷者を運ぶ救護隊。
魔法で援護をする支援隊など………それぞれが与えられた任務をこなし、この死地から安全確実に撤退が済むように動いていく。
その動きは迅速かつ無駄がなく、魔王軍の兵士1人1人が己の役目を全うし、生きて帰らんと邁進する。
そんな軍の中央付近には、リザード=ランナーに股がった軍の指揮官たるウルファルモが指揮を取りながら走っていた。周囲に指示を飛ばしながらも、時折チラリと背後を振り替える素振りを見せていた。だが、直ぐに何か振り払うかのように頭を振ると、再び指示を飛ばし出していた。
だが、聖王軍も黙って魔王軍を無事に撤退などさせる訳にはいかない。
後の憂いとなるようなものは今の内に出来うる限り排除すべきである。
正面にいた無数の部隊が動き出し、逃げる魔王軍を討とうと陣形を変え始める。
「ナサケーナイの隊が抜かれたか!おのれ情けない奴め!!先も魔族に不覚をとったというのに使えん奴だ!!えぇい!こうなれば、この俺自らが討って出て魔族共を根絶やしにしてくれるわぁ!」
動き出した部隊の中から、黒い鎧を纏う一際大きな体格の騎士が動きだす。
白髪混じりの灰色になった髪を刈り上げ、片目に深い傷のある騎士は、見るからに他の騎士とは次元の違う実力者たる威圧感を発していた。
だが、そんな騎士よりも目を惹くものがあった。
それは剣。
その騎士の手には、その巨体たる持ち主よりも更にでかい、3メートルはあろうかという剣と言うより鉄塊とも言うべき巨大な獲物を背にしていたのだ。
常人に重すぎて持ち上げることさえ困難であろう剣を、軽々と持ち運んでいる。
それだけで、この騎士がどれだけ人外の領域にいる実力者であるかの片鱗を伺い知ることができる。
「おぉ………ゲッツ様が………『三百殺し』ゲッツ様が直々に動かれるぞ!!魔族共の血の雨が降るぞ!これで魔族はおしまいだ!!」
ゲッツと呼ばれた騎士の横にいた兵士が歓喜の声と共に叫ぶ。
すると、周囲の騎士や兵士達も槍や剣を天に掲げながら「ゲッツ!ゲッツ!」と叫び、その名を讃える。
どうやら相当に有名な実力者らしい。周囲からは期待の籠った眼差しや、勝利を確信する声援がゲッツへと送られる。
それもその筈である。このゲッツと呼ばれる騎士は辺境では名の知れた騎士である。かつて、大量に繁殖して溢れだした300もの魔物の群れを、たった一人で斬り殺して殲滅したことで一躍有名になる。そして、その噂を耳にした中央の貴族や司祭から実力を買われ、王都へと招集された騎士である。
故に、周囲からの期待も高いというものである。
ゲッツはフンッと息を吐くと、その巨剣の柄に手を掛け、真っ直ぐに撤退する魔王軍を睨み付ける。
「さて………本当なら四天王やら12師団長クラスと殺り合いたかったのだがな………。しかし、あの逃げる腰抜け共を放っておく訳にもいかねぇ。奴ら全員を血祭りに上げてから、その上の奴らを引きずり出してやるとするか」
ゲッツは好戦的な笑みを顔に張り付け、ペロリと舌舐めずりをする。
「さて………殺るか………皆殺しだ………」
ゲッツは己が乗る巨馬を操り、さぁ魔族共を葬らんと動き出そうとした。
その時………………。
「それをさせん為に俺らがいるのだぁ!!」
聖王軍の陣形を割り、ゲッツよりも更に巨大な影………………防衛の殿として残っていた牛魔人のカルビが現れる。
それと共に、他の殿に付いた魔族の兵達が聖王軍に襲い掛かる。
そう、彼らは己の役目を果たさんとこの場に現れたのだ。自身の任務を全うし、ウルファルモへの信頼を守るために。
そんな任務に燃えるカルビは、撤退する軍を追わんとするゲッツ達を見つけると一目散に駆け付けてきたのだ。そして、その凄まじい膂力を持って、手にする巨大な一気に斧をゲッツの背を目掛けて振りかぶった。
「んなっ?!」
そんな突然背後から現れたカルビにゲッツは驚きを露にする。目は何とか付いていけるが、体は全く反応することができない。そして、その斧の一撃を背後から………背負った剣越しに、まともに受けることとなった。
「ちょ!?まっ………………ゲッフゥゥゥ?!」
必死に声を上げるも、ゲッツは背後から強烈な一撃を受け、愛用の剣を手にしたまま、ホームランボールの如く海老反り姿勢で綺麗に飛んでいく。
そのまま暫く美しい放物線を描くように飛んでいくと、近場の乱戦の中に落ちていき、敵味方の両者に容赦なく踏まれて負傷。敢えなく戦線離脱となる。
ここまで引っ張っておきながら、まさかの呆気ない展開である。よくも『四天王』と殺り合いたいと言えたものだ。
余談であるが、この後ゲッツは一命をとりとめるものの、この件から影で兵士達から『瞬殺(笑)ゲッツ』や『海老反りゲッフ』という二つ名で呼ばれ、違う意味で聖王国に伝説を残すこととなる。
閑話休題。
さて、簡単にやられてしまったとはいえど、ゲッツはそれなりに名の通った実力者であった。そんなゲッツが簡単に倒されてしまう………。そんな事実に周囲の聖王軍への精神的ダメージは相当であり、兵士は一気に恐慌状態となった。
「ゲ………ゲッツさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ゲ、ゲ、ゲッツ様が!?さ、三百殺しのゲッツ様があんな簡単に………」
「うっ………うわぁぁぁぁ!!」
「ば、化け物………やっぱり人間が敵うよいなもんじゃねぇよ………」
「め、目の前で魔族共が簡単に壊滅したし、数がいるから楽勝だと思ったけど………あ、あんなの一部の特殊な奴だけができることで、俺らみたいな普通な奴がこんな化け物を倒せる訳がねぇ………」
「だ、駄目だ………に、逃げよう………こんな奴は英雄様や勇者様達に任せればいいんだ………」
カルビへの恐怖から人間の兵達は完全に萎縮し、戦う気力がなくなってしまっていた。
現に、逃げ出す者もちらほらと見える。
だが、そんな状況はカルビにとっては望むところであった。相手が怯え、萎縮すればする程に戦い易く、仲間が撤退する時間を稼げるというものである。
(………思いがけず人間の中の大物を倒せたらしい。こいつら完全に戦意を失っている。これは上手くいけば、殿を務める我々にも撤退の機会があるやもしれん)
カルビは当に命を捨てる覚悟はできてはいるが、それでもやはり生きて撤退できるならばそうすべきだと考えている。
共に戦う部下や仲間には助かってほしいし、自身も出来れば戦の再び準備を整え直して、この雪辱を晴らしたいという思いがある。
そんな事を一瞬だけ考えたが、カルビは今は己の役目を全うすべきと考え直し、再び油断なく武器を構えて混乱する聖王軍の兵士達に対峙する。
その時………。
「静まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
まるで地の底から響くような鋭い叫びが上がった。
その凄まじい声に周囲の兵士達のざわめきが止み、更には乱戦の喧騒さえ収まりその場が静寂に包まれる。兵士達は背筋をピシッと伸ばした不動の姿勢となり、まるで石像のように綺麗に立ち並ぶ。
そんな異様な光景の中、カルビは全身から冷や汗を流して声のした方へと注意を向ける。
いる。何か。
ヤバい何かが来る。
カルビは獣の本能とも言える直感で、この声の主がとんでもなくヤバい奴だと察する。
何せ、カルビはこの声の発する威圧感と振動だけで武器を持つ手が麻痺してしまったのだから。
そして、聖王軍の兵士達の波がザッとモーゼのように割れ、そこから一人の男がゆっくりとした歩みで現れた。
間違いなく声の主であろう。
そんな声の主たる男を見たカルビの第一印象は………『鬼』であった。
その姿は、先のゲッツなる男以上の巨体であり、身に付けた青い鎧の上からも分かる程に鍛え抜かれた頑強な筋肉をしていた。その丸太のようにぶっとい腕とぶっとい足は、それだけで振り回せば、棍棒以上の凶悪な武器となりそうである。そんな手には、刃渡りがやたらデカく、柄の部分が太い………見た事が無いタイプの槍?が握られている。
そしてその眼光。かつて見た鬼魔人と呼ばれる凶悪な鬼の一族と同じ………いや、それ以上に鋭く、覇気の籠った眼。見ているだけで身体が自然と後退る。
更には顔や見えている肌の部分には様々な古傷があり、相当の修羅場を潜ってきたことが窺えて、それが余計に男の危険な雰囲気を盛り上げていた。
その謎の男は、白く長い髭と長髪の白髪頭から、それなりの老齢と思われる。しかし、全く年齢を感じさせない………今が全盛期と言われても信じられるような………威圧感と覇気に満ち満ちていた。
まるで鬼。人間でありながら、鬼以上に鬼らしい存在感であった。
(な、何者だ………………)
カルビは謎の老人に戦慄しながらも、恐れる自分の身体に鞭打って武器を構えた。
先のゲッツ………のような紛い物ではない。
真に英雄と呼ばれる部類の人間であるとカルビは推測した。決して油断は出来ない。全神経を張り巡らせろ。
カルビは最大限の己の警戒度を上げ、出せるだけの気迫と殺意を老人にぶつけて対抗する。
そんな気迫満々やな武器を構えるカルビを見た老人は、やがて歩みを止めると口の端を吊り上げてニカッと笑った。
「ほほぅ?儂の覇気を受けても武器を構える気概があるとは………魔族ながら中々に見所がある奴じゃのう」
老人は楽し気な口調で素直にカルビを称賛する。本当に嬉しそうで、まるで子供のようだとカルビは感じる。それから視線をカルビから周りの兵士達へと移した老人は、一通り兵士の様子を一瞥すると、呆れた表情となってため息を吐く。
「それに比べて………見てみぃ、こ奴らを。儂の声だけですくんでしまっとる。全く呆れるわい………」
老人はやれやれと首を振り、再びカルビへと視線を戻す。
「少しはお主のように、命を懸けられる程の気概があれば良いのだがなぁ………帰ったら今一度一から鍛え直すかのぅ………」
そんな老人の言葉に兵士達がビクリと震える。どうやら、余程にこの老人の扱きが恐ろしいらしい。良く見れば、顔色が悪く、脂汗を流している者さえいた。
「さて………無駄話はこれぐらいにしようかのぅ。ただでさえ、あの馬鹿が何の相談もなくあんな大技を繰り出しせいで、間近にいた儂の馬が怯えて出遅れてしまったんじゃ………これ以上は時間の無駄はできん」
若干疲れた様子から、どうやら出遅れてしまう何らかのトラブルがあったらしい。
老人は疲労を滲ませた声でそう言った後、ゆっくりと手にした槍を構え、真っ直ぐにカルビへと対峙する。
その構えは、殺気と威圧感に溢れており、とても恐ろしくあった。だが、カルビは恐慌を感じながらも、場違いに『美しい構えだ………』と、その無駄なく自然な構えに武人として一瞬見惚れてしまった。
「さて………戦う前に1つ質問がある」
そんな見惚れたカルビの意識を戻したのは、その目の前の老人であった。
我に返ったカルビは一瞬自信作を恥じた後、一体何を聞きたいのかと警戒をする。
「そんなに警戒するでない。武人として対峙する上で、お前さんの名を聞きたいんじゃよ。名も知らぬままに一騎討ちで殺し会うなど、寒気がする!そんなの儂の流儀に反するからのぅ」
と、楽し気に語る老人。
いつの間にか老人の中ではカルビと一騎討ちをすることは既に決定していたらしい。
そんな勝手とも言える判断であるが特にカルビは気にはしなかった。それよりも、人間である老人が魔族である自分の名も聞きたいなどと言った事に呆気にとられていた。
「珍しいな………聖王国の人間が魔族の名を聞きたいんなどと。人間からすれば、我ら魔族は等しく『塵』や『汚れた者』という認識で、名など気にもしていないと思っていたが………」
「ガハハハ!そんなの人それぞれじゃ!人間が皆同じ認識だと思いなさんな。人にはそれぞれの人の考えがあるわい!まぁ、確かに儂は聖王国では少数の変わり者かもしれん。だが、儂には儂の流儀と誇りがある。それは曲げられん!!故に、例え相手が魔族だろう亜人だろうと、武人として対峙する以上は互いの誇りと名誉を懸けて名乗るのが礼儀と考えておる!!さぁ、名乗るが良い牛魔の戦士よ!」
ある意味狂気とも言える考えである。
本来は互いに友愛を示すために名乗り合うのが普通である。
だのに、命のやり取りをするために名乗り合うなぞは正気の沙汰とは思えない。
だが、同じ武人気質であり武闘派魔族の戦士たるカルビにとっては、非常に好ましい考えであった。事実、魔族の戦士達にも同じような考えが浸透しており、名誉を懸けた戦いにおいては互いに名乗り合うのが礼儀とされている。
もし、これが穏健派のウルファルモなら怯えて『意味が分からん?!』と叫んでいた所である。
武人気質と文官気質………二つの思想が相反するのは、こういう所にも現れるのだろう。
「我が名はカルビ=サンコクワギュー!!栄えある四天王の一角、『陸王ザイール様』の忠実なる配下にして、誇り高き魔王軍の戦士なり!!」
カルビは老人の言葉に乗り、自身の名を高らかに宣言した。
これに老人は満足そうな顔をすると、自身も高らかに名乗り上げた。
「我が名はゴリュー=ゼーンマイヤー!!栄えある騎士団『蒼天の正門』の副団長にして、誉れ高き聖王国の戦士なりぃ!!」
老人………………ゴリューの名乗り上げにカルビは一瞬たじろいた。そして納得する
『蒼天の正門』………その騎士団の名を知らぬ者は魔族にいないだろう………。
聖王国………いや、世界中に名を馳せる聖王国最強と誉れ高き騎士団。
数々の武功を上げ、聖王国を守り続けた最強にして最硬の騎士団。かつては先代魔王さえも手をこまねいた騎士団。
そんな騎士団の一員が………ましてや副団長ともなる人物が尋常な筈がない。この迫力も納得である。
だが、何より納得していることがある。それは先の軍を壊滅に追い込んだ一撃。
あんな攻撃を一体誰が?いや………どこの魔術部隊が?と思っていたが、これで解決である。
この『蒼天の正門』が来ているならば、それを立ち上げ率いている………あの化け物も来ている筈………。
ならば、先の一理不尽な撃も理解できるし、ナゲーナ団長が不在な理由も、ウルファルモが隠すのも………全てが辻褄が合う。
(成る程………あの英雄………『カトラ』がいるのか)
カルビは自然とくぐもった笑いを溢した。
(成る程………これは勝てんし生き残れんな。彼のバルハルト様達ですら手を焼いた人間の英雄………。俺如きが敵う筈もない)
カルビは少しは生き残れるかもしれないという考えも、ここで完全に捨て去った。
そして腹を決めた。
寧ろ、淡い希望が潰えた事で、逆により強い覚悟が整っていた。
(カトラには敵ういまい。だが………ここでカトラの手足とも言える存在をもぎ取れば………一泡吹かせることもできるだろう)
カルビはここで相討ちになろうとも、目の前の副団長ゴリューを討ち取ろうと決意する。
そうなれば多少は騎士団に混乱をきたし、軍の撤退にも貢献できる筈。何よりも、自身の武名も広がる筈である。
それ程に重要かつの著名な敵である。
覚悟を決めたカルビは、獰猛な笑みと殺気を放ち、前のめりに武器を構えながら呟いた。
「参る………」
それに対し、ゴリューは無邪気な………本当に子供のような屈託のない、楽し気な笑みをしながら応える。
「さぁ!来い!!」
魔族と人間。
二つの種族の武人の戦いの火蓋が切って落とされた。