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89話 疾風なる影駆ける

仕事の都合で、久し振りの投稿となります。今回、若干の戦闘での凄惨な描写があります。よろしければ、読んで下さい。

「覚悟せよ魔族よ………これまで我ら暗部の姿を見て生きて帰ったものはいない」

 

  クセーモノがそう宣言をすると同時に、黒装束………聖王国の暗部の一団から魔族に向けて、凄まじい速度で大量の何かが投擲された。


  投擲した何か………………それは短剣。


  先程、クセーモノが虎魔獣人を一撃で仕留めた物と同じ、黒く無骨で飾り気の無い、実用性だけをを求めたような形状の短剣。


 ーー日本でいう、クナイのような刃物ーー


  その短剣を、暗部一団が目にも止まらぬ早業で一斉に投擲したのだ。


  投擲された短剣は真っ直ぐに疾風の如く飛んでいき、やがて反応すらできない魔族達の肉体へと突き刺さる。


  ある者は目に、またある者は足へと短剣が突き刺さる。運の無い者などは、喉や頭部などの急所へと短剣が深々と刺さり、自分が死んだことも理解せぬままに絶命した。


  いや………痛みも感じぬままに死ねたという事は、ある意味では運が良かったというべきかもしれない………。


  なぜならば、この刹那とも言える瞬間的な短剣投擲による攻撃を受け絶命した者以外の魔族達が痛みによる絶叫を上げるよりも前に、既に暗部により次なる攻撃が始まっていたからだ。


  短剣を投擲した暗部の一団は、その次の瞬間には様々な暗器を手に一斉に魔族へ向けて走りだしていた。


  その足の速さは凄まじく、先に投げた短剣に追い付くのではないかという程の速度であった。


  そして、短剣が魔族へと突き刺さり、それを痛みとして認識し叫ぶよりも前に、次々と暗部の者達が魔族の群れへと飛び込んで襲いかかった。


  ある暗部は手に持った短刀で。


  ある暗部は針のような暗器で。


  更にある者は、糸のような物を手に。


  いまだ反応さえ示さない魔族に向けて、その暗技が振るわられる。


  すると、とある場所では魔族の首がポーンと間抜けな擬音でもしそう様子で宙に舞い、またとある場所では心臓や脳天に針を打ち込まれた魔族がゆっくりと倒れだす。


  様々な暗技で葬られる魔族達であるが、その顔は共通しており、皆がポカーンと何が起きたのか分からないといった間抜け面をしていた。


  自分達の身に何がおきているのか………それすらも理解出来ぬ程に、暗部達の技の冴えは見事であり、何よりも余りの早業であった。


  何せ、短剣が投擲されてから暗部が前に出てから暗技を振るうまでのこれまでの時間は僅か数秒も経っていないのだ。短剣を受けた者は未だに痛みを認識できていないし、首を飛ばされた魔族の切断面からは血も吹き出していない。急所を貫かれた者も、未だ地面に向けて倒れ伏せている最中だ。


  正に早業。


  正に神業。


  暗部の隠密性と瞬発能力を見事に見せつける、恐るべき暗技である。


  そうして、暫し………ほんの一瞬だけ、暗部が呼吸を整えて動きを止めた瞬間。まるで止まっていた世界が動きだすが如く、魔族達から阿鼻叫喚の悲鳴が上がった。


「ぎ、きゃぁぁぁぁぁぁ!?」

「い、いでぇぇ?!目が………目がぁぁぁ!?」

「ひ、ひぃ?!血、血がぁぁぁ?!」

「な、なんでお前が倒れ………ひっ?!し、死んでるぅぅ?!」

 

  痛みを認識した者は叫びを。


  首が飛んだ者は血渋きを。


  急所を貫かれた者は倒れ伏す、重く鈍い音を。


  それぞれが様々な絶叫や悲鳴、騒音を辺りに響かせ出し、一気に魔族側は阿鼻叫喚の混乱状態となる。


  何せ、魔族側からすればほんの一瞬。何か黒い影が視界の端を動いたのかと思えば、突然の痛みが走ってきたり、隣にいた仲間の首が無くなって血を吹き出していたり、倒れて死んでいるのだ。


  全く理解が追い付かず意味不明に叫んだり、無闇やたらに武器を振り回したりと、混乱するのも仕方の無いことだ。


  だが、今この現在………………『暗部』という影の組織を前にしてのその状態は、あまりにも愚かな行動であった。


  この混乱………………それこそが暗部の狙いであったのだから。


「全暗部に告ぐ!敵は混乱状態となった!この混乱状態を維持させつつ、魔族を仕留めていけ!」


  混乱する魔族の群れのどこからか、そんな指示が飛ぶ。

 

  指示を出した者も、その指示を受ける者の姿も魔族の群れによって阻まれ伺い知ることはできない。


  だが、その指示に答えるが如く、魔族の群れのあちらこちらからは血渋きや断末魔の悲鳴が飛び交った。


  魔族達は尚も何が起きたのかと混乱し、半狂乱になったり、意味不明に叫んで更なる混乱を辺りに撒き散らしたりしていた。


  最早、そこに軍としての統制は無く、烏合の衆と化した魔族が無様に暴れまわるだけであった。


  城壁上は最早阿鼻叫喚の地獄と化した。しかし、これこそが暗部が望んだ状況であり、唯一の勝つための手段だったのだ。


  暗部は確かに腕の立つ精鋭集団だ。だが、それでも圧倒的数を誇る魔族を正面から相手にするというのは流石に無理である。


  ではどうするか?答えは単純である。その数の多さを利用すれば良いのだ。


  軍において、数というのは多ければ多い程にその力が増すのは当然である。だが、その数が多くなるのに比例して、指揮するのが難しくなってくる。


  特に、一度混乱をきたした大量の軍を立て直すのは、余程有能な指揮官でない限りは至難の技であり、一歩指揮を間違えれば逆に自滅する恐れすらある。


  故に、クセーモノ率いる暗部達はその混乱を故意に引き起こすべく、相手の魔族達が戦闘準備に取り掛かる前に奇襲を掛けたのだ。そして、更に群れの内部に紛れ込んで暴れまわることにより、更なる混乱を引き起こしたのだ。


  また、魔族の群れの中に紛れることにより、魔族達は同士討ちを恐れて下手に武器を振り回すことができなくなるのだ。


  後は、内部から次々と手当たり次第に魔族を討っていけば良いのだ。何せ、個の戦闘力でいえば暗部の方が上。集団戦法が取れなくなった雑魚魔族達など、精鋭たる暗部の敵ではなかった。


  そして暗部の狙い通り、城壁上にいる魔族達は混乱の極みとなったのだ。更に、城壁上という狭く逃げ場のない場所が混乱に拍車を掛けた。


  魔族達はかろうじて敵襲を受けていると気づいたのだろう。我が身を守ろうと武器を取り、周囲へと振り回しだし始めた。だが、敵襲と分かっていても、暗部の姿を捉えている訳ではなく、ただ闇雲に振り回している為に、あちこちで同士討ちをしだした。


「いでぇ?!何しやがる!!」

「うっ?!す、すまねぇ!つい敵かと思っちまって………」

「あ、あいつら!どこ行きやがった?!」

「そ、そっちだ!そっちに黒い影が………ギャァァァァァ!?」

「も、もう嫌だぁ!た、助けてくれ!」

「な、なんでだ!?お、俺達が勝っていたはずなのに………こんな………ギャァァァァァ!?」


  既に魔族達には、先程まで城壁上で優勢を誇り、ダミアをいたぶっていた余裕の表情は消えていた。


  時に同士討ちによる事故で、時に暗部の目にも止まらぬ早業で………城壁上にいた魔族は混乱と恐怖に飲まれていき、早くも戦意を失いつつあった。いや………これ程早くに指揮が低くなってしまったという事は、もとよりカトラという英雄が率いる軍に囲まれた時点で、既に戦意を無くしていたのかもしれない。

 

  とにかく、魔族達は暗部の手により、城壁上より着実にその数を減らしていった。


  そんな中、1人何とか状況を打破しようとする者があった。


  リスの魔族………実質的城壁上の部隊の指揮官シーマである。


  シーマは内心焦りながらも、何とか部隊を立て直すべく必死に指揮をとろうとした。


「み、皆慌てないで!!まず、態勢を………」

「う、うわぁぁ!!た、助けて………」

「来るなぁ!こっちに来るなぁ!」

「こら!!落ち着きなさい!!態勢を立て直さなければ、奴らの思うつぼ………」


  だが、皆が完全な混乱状態であり、シーマの指示をまともに聞こうとするものはいなかった。


  そもそも、シーマ自体がそれほどに指揮能力に長けている訳でもなく、カリスマ性が高い訳ではない。寧ろ、卑怯な手段や裏工作で今の地位についた為に、指揮能力やカリスマ性は同じ階級の者達と比べて著しく低かった。

 

  そんな者に今の状況を覆せるはずもなかった。


「クソッ!クソッ!どいつもこいつも………何故私の言うことを聞けないんだ!」


  シーマは地団駄を踏み、苛ただし気に周囲の部下を睨みつける。


  何とかしなければ城壁上の部隊は壊滅する。そうなれば、自身の責任問題となり、何らかの処罰が下されてしまう。いや………そもそもとして、自身が生きて帰れる保証もない。


  シーマは自身の身の危険を感じずにはいれなかった。


  シーマは改めて周囲を見回し、辺りにいる部下達の様子を見る。周りの魔族の部下達は今も尚、暗部による攻撃により混乱の状態にあった。最早軍として統率などあったものではない。更によく見れば、立っている魔族の姿が少なくなっており、多くの魔族達が床に倒れ付していた。


  その倒れた魔族の大部分に動きはなく、既に息をしているものは無いことは明白であった。他の倒れている者についても足等を深く傷付けられており、既に戦えるような状態ではなかった。


  その凄惨な光景を目にしたシーマは冷や汗を流しながらゴクリと唾を飲み込む。


(もう………この部隊は駄目だ………。まだ、こちらの方が数は多い………。だが、部隊の指揮系統はメチャクチャで、混乱状態にある。完全に向こうに戦場の支配権を握られている。更には、個の地力は向こうが上………もう全滅は免れない………)


  そう判断したシーマの動きは早かった。


  シーマは持ち前の種族特有の小さな体と俊敏性を活かして、この場からの離脱を図ったのだ。


  本来、部隊指揮官であるシーマが部下を見捨てて真っ先に逃げるなどあってはならないことである。だが、悪どい手段で今の地位に就いたシーマにとっては、指揮官としての誇りよりも自分の命の優先度が高かったらしい。


  今尚響く部下達の悲鳴に振り返ることもなく、シーマは城壁から逃げるべく城壁の欄干目指し、混戦する集団の中をすり抜けながら走り出していく。


(とにかく………欄干まで行って下に降りるべきだ。そこから他の部隊に合流すれば何とか命は助かります。部隊の全滅については………まぁ、何とでも言い訳をすればなんとかなるでしょう………)


  シーマは胸中でそんな事を考えながら、必死に生き残るべく走り続けた。


  最早、シーマの頭の中は、この場を生き残ることだけしかなかった。


  ただ前に………少しでも前に………。少しでも早くこの城壁上から逃れよう………。


  その一心だけを胸にシーマは城壁上を駆ける。


  やがてシーマは急いで走った甲斐があり、無傷で城壁の欄干へとたどり着いた。そこまで着いたシーマは欄干の縁に手を置き、一呼吸ついてから飛び降りるべく身を乗りだした。


  普通の人間であれば落ちればまず怪我ではすまない高さだ。だが、一応はリスの獣魔人の端くれたるシーマにとっては、何とか着地するのに支障がない高さであった。


「ハァ、ハァ、ハァ………ここまで来れば……」


  シーマは下を覗き込み、眼下に他の魔族の部隊がいるのを確認して安堵する。


  これならば何とか助かりそうだ。とにかく、あの部隊に合流しよう。


  そう思い、いざ飛び降りようとした瞬間。





「逃げられると思いましたか?」


 


  シーマの耳元より、聞き覚えのある………だが、今一番聞きたくない声が聞こえくる。

 

「ぶひぇあ?!?!」


  突然聞こえたその声にシーマは驚愕し、奇声を上げながら反射的に振り返る。


  振り返った先………そこには全身を黒い装束で覆った謎の人物……………クセーモノが、まるでシーマの影の如く佇んでいた。


「お、お前は………クセーモン………」

「クセーモノです。それだと私が臭うみたいじゃないですか」


  シーマの言い間違いに不満そうに指摘するクセーモノ。


  正直、どちらでもあまり変わらないと思う。


  一瞬シーマはそう思ったが、ハッと我に帰ると、直ぐに態勢を立て直して臨戦態勢を整える。このような判断能力については、腐っても魔族の戦士たる片鱗を見せていた。


「き、きさま……………」


  もうすぐ逃げられる………そう思った瞬間に現れた追っ手に歯噛みするシーマ。後一歩で希望を掴めると思った瞬間に地獄へ落とされたような気分であった。


  そんな唖然とするシーマに、クセーモノは憮然とした態度で口を開く。


「まさか………指揮官たるあなたが目を付けらていないとでも思いましたか?」


  思っていた訳ではない。

 

  シーマは内心でそう考える。


  この城壁上の指揮官たる自分を、そう易々と敵が見逃す筈はない。戦において、指揮官を討つ又は捕縛するという事はとてつもなく重要なことだ。場合によっては戦の戦況さえも変えてしまう要因にもなり得る。


  故に、そのことは腐っても指揮官たる立場にあるシーマは充分に理解していた。


  そのため、今のこの状況は自分にとっては当然と言えば当然の状況である。


  その事を認識しながらもシーマは悔しさからか、ガリッと前歯を噛み締め、目の前のクセーモノを睨む。


「ぐっ………きさま………」

「この場の指揮官たるあなたを取り逃がす訳がないでしょう?まぁ、部下を見捨てて一目散に逃亡を図った姿には、流石に呆然としてし見逃しかけましたがね」


  クセーモノはケタケタと笑いながらそう言い放つ。しかし、笑いながらも、その僅かに黒い装束から覗く彼の眼には確かな侮蔑を含んだものがあった。


  それはそうだろう。指揮官が部下を放って逃げるなど、恥以外のなにものでもない。


  誇りもなく………義務感もなく………ただ、目の前の敵が恐ろしくて全てを投げ出して逃げるなど、愚の極みとしか言えない。


  それは魔族でも人間でも、種族に関わりなくある共通の認識であり、暗黙の了解である。


  まして、任務を第一とする暗部のクセーモノからしてみれば、命惜しさに逃亡など考えられない行動である。それ故に、クセーモノはシーマを嘲りの目で見ていたのだ。


  だが、自業自得でありながらも、このクセーモノの態度に自尊心だけは無駄に高いシーマのプライドが傷付いたらしい。


  より強く前歯を噛み締め、更には目を真っ赤に充血させ、全身の毛を逆立てさせる。そして、己を卑下してきたクセーモノをギッと睨みながら叫びだした。


「この糞………糞野郎が!!この私を馬鹿にしやがって!!低脳な劣等種族がぁ!貴様らのような爪も牙もないような裸猿如きに、この私が馬鹿にされる言われわないわぁぁ!!」


  唾を飛ばし、興奮気味に叫ぶシーマ。その言っている内容は、自分の恥ずべき行動を棚上げにしているのだが、それすらも頭に無い程に怒りに我を忘れていた。


  しかし、そんな興奮するシーマに対し、クセーモノは冷静に………何よりも嘲りを含めて答える。


「部下を見捨てるようなゲス野郎に劣等種呼ばわりされる言われはありませんよ。この半端ネズミ」


「き、きさまぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


  クセーモノの発言に完全にキレたシーマは、腰の辺りより何かを取りだした。


  それは、拳大程の大きさはあろうかという、かなり大き目のドングリであった。


  無論、ここで取り出したからには、ただの大きなドングリではない。


  そのドングリの正式名称は『ドンッ!グリ』


  魔族のとある天才魔学者が洒落で生み出した、人工植物爆弾の一種である。


  使い方は簡単で、『ドンッ!グリ』のヘタの部分を引き抜いてから敵等に向かって投げるだけである。すると、地面などにぶつかった衝撃で破裂し、その周囲を爆破するのだ。現代世界でいうところの、手榴弾と同じ効果のある兵器なのだ。


  ただ、この『ドンッ!グリ』は手榴弾と違い完全な植物であり、燃えることはあっても火による誤爆は無く、水にも強い。更には『ドンッ!グリの木』に実が生り続ける限りは、幾らでも収穫が可能という、兵器としては夢のような性能を持っているのだ。


  ただ、性能は良いのだが植物という事もあり、管理が悪ければ虫に喰われたり、腐ったり、果ては芽を出してしまって破裂せず不発弾と化してしまうなどの一面もある。加えて、『爆破魔法を使った方が早いし、荷物にならないんじゃねぇ?』という意見もあり、魔族の間ではあまり人気の無い不遇の兵器でもある。


  だが、身体能力は高いが魔法を苦手とする獣魔人には比較的人気であり、特に鼠種の獣魔人にはヘタさえ取らなければ非常時には食用にもなるという事で爆発的人気をはくしている。


  リスの獣魔人であるシーマも、この『ドンッ!グリ』は愛用しており、常に何個かは携帯していたのだ。

 

  そんな爆弾植物『ドンッ!グリ』を右手に一個取り出したシーマは、それを自身を馬鹿にしたクセーモノへと投げるべく、ヘタをブチッと引き抜いて投擲の構えをとる。

 

  シーマは既に怒りにより、クセーモノを排除することしか頭になかった。


  そんな近距離でドンッ!グリを投げることで、自らや城壁上にまだ残っている部下達が巻き込まれるかもしれない………そんな事すら思い付かない程に。


「死ねぇぇぇ!!」


  そう叫びながら、腕に持ったドンッ!グリを勢いよく投げようとした。


  だが………。


  スカッ


「………あれ?」


  野球のピッチャー顔負けの無駄に美しいフォームで腕を振りかぶったシーマ。


  だが、肝心のドンッ!グリを投げた感触がなく、間抜けな顔で呆ける。


  というより、投げようと腕を振り上げた瞬間に、その掌からはドンッ!グリの感触が消えていたのだ。


「えっ?あれ?」


  思わず虚空を切った己の右手を見るシーマ。


  無論、見たところでドンッ!グリはその手にはない。では、ドンッ!グリはどこにいったか?


「これは確かドンッ!グリですか?爆発する危険に木の実ですよね?」


  すると、シーマの疑問に答えるように、目の前の人物がその手に何かを翳してくる。


「えっ?なっ?!」


  見ればそれはドンッ!グリ。シーマが先程まで投げようとした、ヘタがとれて爆発寸前のそれであった。


  いつの間に?


  シーマはクセーモノにドンッ!グリを掠め取られた事は確かだ。だが、全く気付かなかったし、視界に入れていたにも関わらずクセーモノが動いたことにすら分からなかった。


  それにより、このクセーモノという者の実力が自分とどれだけ離れているのかを、嫌でも理解してしまった。


  その事実と、クセーモノが手にしている爆発寸前のドンッ!グリを目の前に、シーマは喉が乾上がるような感覚となり、その乾いた分の水分が押出されるように、身体中から大量の冷や汗が吹き出す。


「全く………まだお仲間が戦っている、この狭い城壁上でこんな危ないもんを使おうとするとは………。本当に馬鹿というか、外道というのか………」


  クセーモノは手の内でドンッ!グリを遊ばせながら先程よりも更に侮蔑を込めた口調で言い放つ。

 

  だが、最早シーマにはその侮蔑に対して怒りを露にするような余裕はなかった。


  自分よりも明らかな実力者が目の前におり、更にはその手の中で何時爆発するかも分からないドンッ!グリを手にしている。


  シーマは恐怖と緊張により全身を震わせ、知らず知らずの内にそのフサフサの尾を股の内側へと納めている。


  どこからどう見ても完全に怯えた小動物である。

 

  恐怖によって混乱し、完全に怯えきったシーマであったが、それでも尚、何とか生き残る手段はないかと必死に思考をめぐらしていた。


(な、何とか………助かる手段は?戦う?馬鹿!動きも見えない奴相手にどう戦うんだ!逃げるのも同じ………追い付かれて一瞬だ。じゃあどうするか………………)


  必死に考えに考え、シーマはとある事を閃いた。


(そうだ!交渉しよう!私が持っている魔王軍の情報を渡す変わりに、助命を乞うんだ!)


  何とも浅ましく、恥も誇りもへったくれもない考えであった。


  いや、もとより誇りなんてあれば最初から戦って死ぬなりの意地を見せていた筈なので、ある意味では当然の選択なのかもしれない。


  元々、魔族の戦士としての自覚の薄い男である。このような裏切り行為に関しても、特に何も感じないのだろう。


  そうと決まればとシーマは交渉をしなければと、震えを何とか押さえて口を開こうとした。


「な、なぁ……提あ……『ガポッ』……あがぁ?!」


  シーマは口を開いた瞬間、何かを口に突っ込まれる。


  何が………などとは分かりきったことであった。


  クセーモノが先程までドンッ!グリを弄んでいた方の手を、シーマの口に向かって押し出していたのだ。


「自分だけ助かろうなんて、虫がよすぎる話じゃないですかねぇ?」


  クセーモノはそう言いながら更に手に力を加え、シーマの口内の奥へとドンッ!グリをねじ込む。


  クセーモノはシーマの生き汚さから、その思考を既に読んでいた。その上で、一切交渉することを拒んだ上での行動であった。


  そのクセーモノの行動に一瞬、何が起きたのか理解できなかったシーマであるが、直ぐに状況を理解する。顔を一気に青ざめさせ、口の中の異物(ドンッ!グリ)を吐き出そうと試みる。


  しかし………。


「そらよ」


  ゴリッ!


「うぼ!………ゴクン!………………あっ………」


  クセーモノが更に勢いよく手を押し込んだ。するとシーマは堪らず、口内のドンッ!グリをつい飲み込んでしまった。


「あっ………あぁ………」


  自分の腹の中に爆発物が入った。


  その事実に気付いたシーマは暫し放心した後、怒りの形相でクセーモノを睨んだ。


「き、き、き、きさ、きさ、きさまま………」


  爆弾を飲まされた怒りにより、シーマは言葉すらまともに話せなくなる。


  先程の恐怖とは違う………怒りによって全身を震わせ、正面をギッと睨む。そして、両手を突き出してクセーモノに掴みかかろうと走りだした。


「せめてぇ!!貴様だけでも道連れにしてくれるぅぅ!!」


  自暴自棄になったシーマは、せめて目の前のクセーモノを自爆の道連れにしようとしたのだ。


  鬼の形相でクセーモノへと掴みかかろうとするシーマ。


  それに対し、クセーモノは直ぐ様反応し、勢いをつけてその場で一周回ると、渾身の蹴りを………所謂、回し蹴りと呼ばれる蹴りををシーマの顔面に向けて喰らわしたのだ。


「ボヒハッ?!」


  凄まじい衝撃。


  蹴りによってシーマの前歯と鼻骨が折れ、辺りにその破片と血渋きを舞わせる。


  ただの一撃で意識は朦朧とし、全身から力が抜ける。


  更に、その衝撃によってシーマの身体は後方へと吹き飛ばされ、城壁の欄干を越えた先………城壁外の空中へと投げ出された。


  空に投げ出されたシーマの身体を浮遊感が襲い、一瞬だけ時間が停止したような感覚へと陥る。


  その僅かな一瞬。


  シーマは空中で意識が朦朧としながらも、落下する直前にしっかりとその目と耳で見聞きした。


  視線の先。城壁の欄干の上。


  そこにいる、クセーモノの姿を、言葉を。


「あんたの仲間は向こうで待っていますよ?後は御一人で逝って下さいな。さよならー」


  欄干の上から、手を振りながら軽い調子で言い放つクセーモノ。


「くっ………ぐぐぐぐ………ぐそぉぉお!!!」


  そう叫びながら、シーマは地面に向けて落下していった。


  そして、その落下中………。


『ボゴォォォォォン!!!』



  その身体が膨張した後、激しい爆発を起こしてシーマは肉片と化して散らばった。


何とも呆気ない最後である。

 

「はぁ、汚い花火だなぁ」


  クセーモノは、そんな爆発したシーマを城壁上から眺めながら、某野菜の星の戦闘民族の王子のような台詞を吐くと、次の瞬間には興味を無くしたように目線を変える。


「さて………これで指揮官は仕留めたし、後は残党共を狩るかねぇ。実績作っておかないと、あの姫さんからのお小言がうるさいからねぇ………」

 

  城壁の欄干から踵を返したクセーモノは、そう一人で呟くと、再び未だ混戦中の城壁内の戦いの中へと姿を消していった………。


  そしてそれから数分も経たない内に、城壁上からは魔族達の姿はなくなることとなる。


  城壁上の魔族部隊全滅。


  この報は、暗部によって故意に城壁下にいる魔族達へと伝わり、ウルファルモの耳に入ることとなる。


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