88話 黒き影
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時は少し遡り、カトラが双頭竜元帥を振り下ろした直後の城塞上……。
そこには、眼下で起きた非現実的な事態に、驚愕の表情で固まる人間と魔族の姿があった。
そこにいる誰もが目の前に敵がいることも忘れて呆然とし、魔王軍が嵐に飲み込まれ蹂躙される姿を、ただただ見ていることしかできずにいた。
エルネルバ王国の兵士………ダミアもそんな1人であり、城塞の壁にボロボロとなった体を預けながら、眼下に広がる光景に唖然としていた。
「な、なんだ………これ?」
やがて、思考能力が戻ってきたダミアがやっと呟くことができた言葉がこれであった。
だが、それはこの場にいる全ての者達の代弁でもあった。
それはそうだ。突然に嵐の刃が顕現し、魔族の軍を薙ぎ払って蹂躙する………そんな光景に言える言葉などそれくらいだろう。
寧ろ、呟けるだけマシであろう。
(嵐が………魔族を殲滅してる?という事は、援軍による攻撃………噂に名高い『蒼天の聖門』の団長………カトラ様か?いや……それ以外にはいまい………既にかなりのお歳の筈だが………これは………)
思考能力が完全に戻ったダミアは、この状況を作り出したのは、聖王国における英雄の1人であるカトラであると判断する。
人間………という種族はこの世界全体から見れば貧弱な種族であり、亜人よりも身体能力は低く、魔族よりも魔力は少なく、竜よりも知性に劣る………唯一の取り柄は繁殖能力くらいという、そんな半端な種族であった。
だが、時折その脆弱な人間の中から亜人よりも強く、魔族よりも魔力が有り、竜よりも賢い者………英雄と呼ばれる存在が生まれ出でることがあった。
英雄………超上たる力持ちし者。
その英雄と呼ばれる者達の中でも、神からの加護を得た『勇者』と呼ばれる強大な力を持つ人間が世間では有名である。高い身体能力に特殊な技法や魔法……それに強力な加護の恩恵………勇者はそれらの力を持って様々な奇跡や偉業を成し、後世に英雄として伝説に語られることがある。
英雄と呼ばれる者達の中の9割はこの勇者であり、聖王国では数多くの勇者による英雄譚が語り継がれており、女子供といった民にとっての憧れであった。
しかし、その英雄と呼ばれる者達の中に極僅か………ほんの数十名だけの加護の無い者………つまりは、ただの人間で英雄として語られる者達がいる。
その人間として語られる英雄の多くは、内政や何らかの職種による功績………例えば、医者による不治の病の治療法の確立など………そういった事で語られる者達である。だが、その中で……数少ない人間英雄のほんの数名……聖王国の歴史上でもたったの三人だけ、その純粋な実力を認められ、国や民から英雄と語らる者達がいる。
加護も無く、己の武力のみで魔族や魔獸……果ては竜を討ち倒し、勇者以上の功績を上げし者達………勇者以上の力持つ超常に至りし者………俗に『超越者』と呼ばれる英雄。
この歴史上に三人しかいないとされる勇者外の英雄たる超越者は、その己の力でのみでのし上がった伝説により、一般の兵士や騎士・冒険者にとっては神に選ばれし勇者よりも身近な目標となっており、国を問わず兵士達の憧れの存在であった。
そして、この歴史上三人だけの超越者………その内の1人が実はカトラであり、今も尚、生ける伝説として兵士達の憧れであれであり、目標であり………とにかく兵士達の間では有名な存在であるのだ。
そして、このダミアもまた、聖王国傘下にある国の兵士として………いや、1人の男として彼の国の超越者たるカトラの英雄譚は良く知るものであり、その話は暗記している程に憧れの存在であった。故に、初めて目の当たりにしたが、この嵐が話に聞く『嵐操りし力』であることを理解したダミアは、今来てくれた援軍にカトラがいることを直ぐに理解したのだ。
「な、なんという力……正に英雄よ……」
ダミアは実際に目の当たりにした英雄の力に感動し、全身を震わせる。
援軍は来たが、まだ周囲を数多くの魔族に囲まれていることさえ忘れて、今度は別の意味で目の前の光景に見入ってしまっていた。
「な、な、な、なんですかこれは!?」
だが、背後からの叫びにダミアはハッと我に返る。そして振り向けば、つぶらな目を見開いて驚愕の表情で眼下の光景を見るリス魔族………シーマがそこにはいた。
「なっ?!あっ……軍が……我が軍が……」
蹂躙される自軍を見て、泣きそうな顔で情けなく嘆くシーマ。
いや、シーマだけではない。城壁に上がって来ている魔族のほとんどが、不安そうな顔で下に広がる光景を眺めている。
そのシーマ達の先程までの自信満々たる姿からの代わり様に、ダミアは急に笑いが込み上げてきた。
「はっ………ハハハハハ!!」
そのダミアの笑いにシーマや周囲の魔族が我に帰り、キッと笑うダミアを睨み付けた。
「貴様………何がおかしい………」
凄みを込めた声であるが、逆にその声はダミアの更なる笑いを誘っていた。
「アッハハハ!!」
「何がおかしいかと聞いているんだぁ!!」
ギリッと頬を膨らませ前歯を食い縛りながら叫ぶリス魔族のシーマ。
凄みを見せているが、その顔らどう見ても食事中のリスにしか見えない可愛らしさであった。
「ハハハ……何がおかしかって?そりゃおかしいね………余裕ぶってリンチしてたあんたらが急にしかめっ面で俯いてるんだからよ」
「貴様………」
ダミアの挑発するような言葉に、シーマだけではなく周囲の魔族も殺気を込めた目で睨み付けた。
だが、ダミアは一切臆することなく余裕の表情で笑って見せる。
「あんたら………終わりだよ………」
「なんだと………?」
笑いながら呟かれたダミアの言葉にシーマが怪訝な表情を浮かべる。そして、周りの魔族達はダミアの言葉に我慢の限界だったのか口々にに騒ぎ出した。
「図に乗るな人間!何が終わりだ………ふざけやがって!!」
「確かに何らかの魔法で下にいる軍は損害を受けた………だが、それでもまだこちらには数万の軍が控えているのだぞ!!」
「弱者種族が調子に乗りやがって!!軍が動けば援軍も城壁も一溜まりもないぞ!!一気に貴様らも殲滅することもできるのだぞ!!」
「痛みで錯乱したか毛無し猿が!!こちらには歴戦の勇士ナゲーナ様もいる!!あんな援軍など返り討ちだ!!」
「そうだ!そうだ!調子に乗るなこの……」
「カトラ様が来た」
ダミアはただ一言………決して大きくはない……至って普通の声量で、静かにその一言だけを口にした。
瞬間………これまで周囲で騒がしくヤンヤンと喚いていたのが嘘のように、魔族達が静かになる。
最初は言われた言葉の意味を理解できずに無表情となり。
それから言葉の意味を理解するために思考して困惑の表情なる。
最後に、言葉の意味を完全に理解すると、その表情は皆一様に同じものとなった。
目を見開き、口をパクパクとさせ、全身を震わせる………。
つまりは『恐怖』………。
その場にいた魔族全員が言われた名を理解すると、隠すことなく一斉にに恐怖を顔に表し硬直したのだ。
それから、一気に感情が爆発する。
「ば、馬鹿なカ、カ、カトラだと?!」
「カ、カトラってあの伝説の?」
「お、おい?!何だ?どういう事だ?!」
「あ、あの青い死神?あ、あいつが来ただと!?と、とっくの昔に引退したんじゃ……」
「いや、死んだんじゃ………」
「う、嘘だろ!?有るわけない………そんなの有るわけがない!!」
「い、いや………しかし………あ、あの嵐は確かにカトラの………ま、まさか生きて……」
「う………そ、そんな………」
城壁上の魔族は一気に大混乱となる。
カトラを実際に知る古い魔族は狼狽え。
カトラを実際に知らない若い魔族も狼狽え。
カトラの話を信じまいとする者も狼狽える。
皆が反応はそれぞれであるが、カトラという名を聞いただけで分かりやすい程に動揺する。
それほど………カトラという名は聞いただけで恐怖感を煽る程に魔族の間では人族と違う意味でビックネームなのだ。
「え、えぇい!落ち着け!落ち着かないか!!」
そんな動揺する魔族達の中で、皆を落ち着かせようと声を張り上げる者がいた。
リスの頭の魔族………シーマだ。
シーマは周囲に落ち着くように大きな声で呼び掛ける。
だが、知ってか知らずか、そのシーマ自身の声も隠せぬ程に震えていた。
「馬鹿共が落ち着け!!人間如きの煽りに浮かされるな!!カトラなど……既に何十年も前の人間だ!!そ、そんな老いた人間を恐れるな!!奴が来たとしても既に先の一撃で魔力も気力も尽きた筈だ!恐れることはない!それに忘れるな!我らには巨象戦士ナゲーナ様がおられるのだ!!未だ現役のナゲーナ様に老いたカトラが敵う筈があるまい!!」
そう震えながらも宣言するシーマ。
カトラは先代の時代………既に何十年も前の人間だ。故に、普通の人間であれば既に亡くなっていてもおかしくはないし、生きていたとしても老いて戦える筈がないとシーマは説明する。
その説明は確かに正しいものであり、白の大陸においてもここ最近はカトラが活躍した話は聞かないので、既に引退したものと思われていた。
故に、もしかしたら引退したカトラを無理矢理連れて来て、先の一撃を放ったのでは?という考えがシーマにはあったのだ。それならば、既に魔力の枯渇で動けない筈である。
そして、聖王国傘下の国の兵士としてそれを良く知るダミアはチッと小さく舌打ちをする。
カトラという英雄の登場で、相手の戦意を奪えたかと思ったが、自分もビビっている割には意外にもあのリス野郎の立て直しが早かったのだ。
………あの無害そうな顔で、結構優秀な奴らしい。
そんなシーマの宣言に、周囲にいた魔族のどよめきも落ち着き始める。
「そ、そうだな………カトラなんて何十年も前の騎士だ………とっくにシワクチャの爺になっている筈だ………」
「あ、あぁ………そうだな………歴戦の猛者たるあのナゲーナ様もいるんだ。未だに油が乗っているナゲーナ様に、枯れた爺が敵う筈がない………」
「あんな大規模な魔術を放って平気な筈がないからな………な、なんだ………ビビって損したぜ………」
魔族達は口々にそう言い、段々と落ち着きを取り戻し始めた。
その様子を見たシーマは自身も深呼吸をして落ち着かせると、ダミアをキッと睨む。
「残念だったな………我らを動揺させようとしたらしいが、その程度で崩れる程に我らは軟弱ではない」
「へっ………カトラ様の名前でビビっていた奴の台詞じゃないなリス野郎」
「フン………何とでも言うがいいさ。下の軍はかなりの打撃を喰らったようだが………我らのやることは変わらない。この城壁を落としここを拠点とする。そうすれば数の多い聖王国軍にも対抗できるからな」
「チッ………」
シーマの言葉にダミアは再び舌打ちをする。
聖王国軍の援軍は魔王軍の数倍はある。だが、シーマの言う通り魔族にこの城壁を奪われて拠点とされ、中に立て籠れば聖王国軍は功城戦を強いられ、魔族討伐の攻略の難易度は一気に高くなる。
いや、寧ろエルネルバ王国の本来の防衛能力に魔族の特性を合わさることを考えれば、陥落は最悪無理になるかもしれない。
それを阻止するためにも、聖王国軍が城壁に辿り着くまでは、城門を奪還されぬようにダミア達で城壁上を守り時間を稼がなくてはならない。
だが、既に城壁上にはダミア以外に立つものはなく、ダミア自身もボロボロであり、最早戦える状態ではなかった。
そんなボロボロのダミアを一瞥したシーマは、フンっと嘲りの笑みを見せる。
「さて………人間。あの軍が辿り着くまでそう時間はないようだ。我らも忙しいので、名残惜しいがお別れとしようか」
そう言うと、シーマは手近にいた虎魔人へと目配せをして合図する。
その合図を受けた虎魔人はコクリと頷き、腰の辺りから血で濡れた斧を手にし、その目に明確な殺意を宿す。
「せっかくお仲間が助けに来てくれたようだが………残念でしたね人間」
斧を手にした虎魔人が舌舐めずりをしながら歩み寄ってくる
「クソが………」
虎の背後で残忍な笑みを見せるリス顔に、ダミアは悪態を付くことしかできなかった。
抵抗しようにも既に体は動かず、腕さえ上げるのが困難な状況であった。
(クソ………後少し………後少しで救援が来るのに………俺はここで終わりかよ………)
虎の死神が一歩一歩と近付いてくるのを視線に納めながら、ダミアは家族のことを………娘達の事を考える。
(すまねぇな………ネル……ナルア……ナターシャ………俺はこれまでみたいだ………)
遂にダミアの目の前までやって来た虎は、ペロリと舌舐めずりをしてから斧を振り上げた。
「じゃあ、さよならです人間」
(ここまでか………)
シーマの嘲笑含みの声を耳にしながらダミアは目をつぶって死を覚悟した。
(せめて………苦しみなく一瞬で終わることを願おう………)
暗い視界の中で、来るべき衝撃に備えながら切にそう願うダミア。
死神が振り下ろす斧の一撃を覚悟した………その時。
「ギャ?!」
ダミアの耳に短い悲鳴が聞こえてくる。
(な、なんだ………?)
謎の悲鳴を聞いたダミアは、意を決して目を開く。
すると開けた視界のその先………そこには先程まで斧を振りかぶっていた虎魔人が、口から血を吹き出し、仰向けに倒れていたのだ。
「な………これは………?」
突然の目の前の事態にダミアは訳が分からず混乱する。
一体何が?
全く何が起きたのか理解できない。
だが、それは魔族側も同じらしく、シーマなどは目を見開いて驚愕している。
「何が………起きたんだ?」
ダミアはそう呟きながら倒れる虎魔人を良く観察する。
「………んっ?」
すると、虎魔人の首元 に何かが刺さっていることに気づいた。
「これは………短………剣?」
虎魔人の喉………そこには黒光りする飾り気の一切無いナイフのようなものが刺さっていたのだ。
「これが………こいつを?し、しかし……だ、誰が一体?」
「私がやりました」
一人言のつもりで呟いた言葉に答える声。
ダミアはその突然の第三者からの声に驚きながらも、声のした方向……自身の背後へとバッと振り向いた。
振り向いた方向………城壁にある矢避け用に設置された壁の上。
そこに、声の主がいた。
その者を見たダミアの第一印象は………とにかく黒い………であった。
黒いフードに黒いローブ。黒い手袋に黒いブーツと全員肌を全く見せない黒づくめ。
顔全体には白いマスクをしており、その顔を伺い知ることはできなかった。
そう………絵にかいたような明らかに怪しげな黒装束の男がそこに立っていたのだ。
「な、何者………だ?」
ダミアは黒装束の男に問い掛ける。
恐らく助けてくれたからには敵ではないだろう。だが、あまりにも怪しすぎる格好に、何者なのか聞かずにはいれなかった。
そんなダミアの問いに、黒装束は腕組みをしながら答える。
「何………名乗る程の者ではありません」
(う、胡散臭い………)
何やら余裕の態度で格好を付けながら、決め台詞的なものを呟く黒装束に、ダミアの本能は胡散臭さを感じずにはいれなかった。
しかし、顔や姿を隠している異様な姿から、ダミアはこの黒装束が恐らく影の組織………暗部などに所属する影の者ではないかと予想する。
暗部………国の裏側で暗躍する影の者であり、情報収集や偵察、果ては表沙汰にできない裏の仕事や汚れ役を行う、どんな国にも無くてはならない重要な組織。
その組織に所属する者は秘密が厳守され、身元がバレないように素顔や素性の一切を隠すのが常識とされている………。
となれば、目の前の黒装束の姿や名を明かせぬという事にも納得がいくし、ダミアが彼?に感じた胡散臭さにも合点がいくというものだ。恐らく、聖王国に所属する暗部の者ではないかとダミアは考える。
寧ろ、ここまで分かりやすい格好で暗部でなければ、ただの黒装束の怪しい人物となってしまうだろう。
(暗部………初めて目にするが………成る程……それならば、名を明かせねのも納得がいくな………素性の秘密は厳守と………)
「私の名はクセーモノ=デアーエ26歳独身。所属は聖王国暗部で団長を務めている。趣味は他人の家の花壇に勝手に花の種を植える事で、特技は肘が顎に付くことだ。尚、現在彼女募集中。年齢が近く、目がパッチリとした優しい女性が希望だ。決して暴力を………特に目を突いたり、首筋に手刀を叩き込むようなガサツな女ではなく、本当に純粋かつ優しい女性を募集中である!」
「言うのかよ!?」
壁の上より、まさかの自己紹介を………それもかなり詳細かつ要らん情報まで述べてくる黒装束ことクセーモノ。
本当に暗部なのか疑う程の口の軽さだ。だが、本人曰く聖王国の暗部………それも暗部を率いる団長クラスとのことだ。
………………本人の話を信じればだが。
そんな暗部なのか疑う程に軽く口を滑らせるクセーモノに、満身創痍な体を押してダミアがついついツッこんでしまう。
「いや………聞いたのはそっちでしょう?」
だが、そんなダミアの苦言に、不思議そうな声で返すクセーモノ。
「まさか本当に言うとは思わなかったよ!!というか、それ言っていい情報なのか?!なんだかんだで重要な情報じゃないのか?俺達のような一般兵が聞いていいようなものなのか?!」
「いや……確かに聖王様の自慢の薔薇園に食人植物の種は植えましたが……そんな隠す程のことでは………」
「チクショウ!!求めた答えと違うものが返ってきやがった!!俺が聞きたいのは暗部の団長ってバラしていいのかってことだ!というか、かなりとんでもない事をやらかしてやがるぞコイツ!?その迷惑な趣味は改めろ!!」
「できないですね。あの花壇に覚えのない花や植物が生えてきたのを見た時の持ち主のキョトンとした時の顔………堪まらないですからね………」
「コイツ性格最悪だ?!」
「因みに、これまでの一番のキョトン顔は勇者のアンヌで、彼女が丹精込めて育てていた花の種を、触手植物のヌルツクジュウハッキンの種子と入れ換えた時です。国の女勇者が触手を育てているという背徳感と、それが芽吹いたのを見てキョトンとするアンヌの顔………最高だった………」
「誰か衛兵か憲兵を呼べ!!犯罪者がいるぞ!!」
「既にアンヌから罰は受けたのでイーブンですよ。極大殲滅聖魔法………神ノ滅炎を発動された時は、肝が冷えましたが」
「良く無事だったな!?いや、世のためにも燃え尽きた方がよかったと思うがな俺は……」
何故か自身満々と語るクセーモノに、ダミアは呆れながら溜息を吐く。
(こいつ………本当に暗部なのか?口は軽いし態度は軽薄………とても俺が考えるような秘密重視の暗部とは思えないが………)
暗部といえば、重苦しい雰囲気で隠密に長けた秘密組織………そんな考えがダミアにはあったし、それは大概の人間の共通認識であろう。
だが、この目の前の男?からは見た目以外に暗部としての雰囲気は一切感じられなかった。
(だが………さっきから何気に話に出てくる聖王様や白光の女神アンヌ様という国の重要人物の名………こんな妙な奴だが、国の中枢に近い人物なのは確かなのかもしれない……)
嘘くさく、軽い態度の男?だが、先程から何気に出してくる雲の上の人物名。更には聖王国の人間ならば普通は敬うであろうその人物を身近な友人・家族のように話すその態度などが、逆に彼?が本当に暗部の一員ではないかとの確信めいたものを感じさせていた。
(軽い言動や態度………もしや、それらは暗部としての顔を隠すための偽装なのかもしれないな………)
「しかし、あの女………人のケツを焦がしやがって……いつか、あの容赦なく人の目を突いたり首筋に手刀を打ち込んでくる勇者(笑)アンヌを鎖で縛り付け、周りを触手植物ヌルツクジュウハッキンや強制発情植物ビヤクバラマクデーで囲んで『くっ……殺せ……』って言わせてやる」
(いや、やっぱり違うか)
拳を握り下衆な妄想を語るクセーモノをダミアは冷めた目で見る。
深読みしすぎたが、やっぱり違うんじゃないかと。
「え、えぇい!!我々を無視して漫才をしているんじゃないわ!!」
ダミアとクセーモノがそんなやり取りをしていると、それを横合いから怒声が遮ってきた。
リス顔魔族のシーマだ。
随分と待たされた挙げ句に部下までも殺されたシーマは、怒り心頭といった顔でダミアとクセーモノを睨み付けていた。
そんな頬を膨らませて睨むシーマをクセーモノはスッと見据える。
「あっ。ネズミ」
「リスだぁぁぁ!!待たせた挙げ句に侮辱するか黒づくめ!?」
血を吐くかと思う程に叫びを上げるシーマ。
ネズミと呼ばれた事が気に食わないらしく、更に顔を怒りに染め上げる。
ネズミではなくリス………そこには同じ哺乳綱げっ歯類の仲間でも、譲れぬプライドがあるらしい。
「へぇ………リス………正直リスとネズミの違いって尻尾見なきゃ分からないだよね。顔はほとんど同じだし」
「全然違うわ!!目とか毛並みとか………愛らしさとかが全然違うだろ!!」
「うわぁ………自分で愛らしい………とか言うかな………ひくわー」
「黙れ!いいだろ別に!!」
「隊長!!そこは反論します!!我々、鼠魔人のまん丸な耳は、結構な愛らしさがあると女性魔簇と子供に評判です!!特に、黒くて丸い耳の奴等は!」
「うっさい!!どうでもいい!!これ以上場を混乱させるな!!」
「うわ………ひがみだ………」
「うるせぇ!黒づくめが!!」
シーマや横から参戦してきた鼠魔人などがやんやと騒ぎ出し、場は混乱を極める。
とても先程まで緊張感に溢れていたとは思えぬ状況だ。
「え、えぇい!!もうどうでもいいわ!!」
そんな状況にシーマが声を張り上げ、瞬時に場のざわめきを収めた。
「貴様が誰だろうと構わぬし、知る気もない!馴れ合う気はないからな!!俺の部下を殺した時点で敵なのだ!!敵は殺す………それだけだ!!」
シーマが手を上げながらそう言うと、周りの魔族達は目に殺意を宿らせ、武器や爪を構えて戦闘態勢を整える。
その数は優に数百は越えている。
その様子を見たダミアは額から汗を滲ませた。
「お、おい………不味いんじゃないか?た、助けに来てくれたのは嬉しいが………数が違いすぎるぞ………」
暗部………聖王国の特殊部隊とはいえ、この数を相手にするのは無理がある。それに、相暗部は奇襲や闇討ち・暗殺といった隙を突いた戦い方が得意な筈であり、このような狭い城壁上での乱戦は不得意な筈である。
「確かに………流石の私でもこの数は無理ですね………。特に今日は熱が高くて体調が悪い上に下痢をしています。更には出てくる前の占いでは今日1日は最悪と出ている……普段であれば1人で十万位は戦えますが……今日は無理ですね」
「この状況で、そんな大言な負け惜しみを言える奴を初めて見たぞ」
心配するダミアにまさかの負け惜しみ。しかも、かなりの大言を吐いての。
ある意味大物である。
「まぁ……そんな体調が悪い私ですので……」
「無視か!?」
叫ぶダミアを無視し、クセーモノがスッと手を上げた。
「元より、1人で戦う気はありませんよ」
そう言うと共に、手をサッと前に向けて下ろすクセーモノ。
すると、それ合図に周囲の城壁に素早く動く黒い影が魔族達に対峙するように現れた。
「な、なんだと………!?」
その現れた黒い影に驚愕するシーマと魔族達。
黒い影………それはクセーモノと同じように黒い装束を身に纏った者達。クセーモノの部下たる数百の暗部の者達であった。
「なっ?!こ、こんなに………?!」
全く気配を感じさせずに現れた暗部に驚いたのはシーマ達だけではなかった。ダミアもまた、突然に現れた黒装束の一団に驚きを隠せずにいた。
そんな黒装束達ね中心に立つクセーモノは、驚くシーマをジッと見据えながら、これまでのふざけた雰囲気から一変し、真面目な声で宣言する。
「我ら聖王国軍が暗部。聖王の命により、これより同盟国たるエルネルバ王国を邪悪なる魔族の手より解放すべく行動を開始する」
脇にいる暗部達はその宣言に合わせ、各々がその手に短剣や棒のような物を取り出していく。
クセーモノもまた、その手の指先にはいつの間にか針のように細く長い剣?のようなものを数本手にしていた。
「覚悟せよ魔族よ………これまで我ら暗部の姿を見て生きて帰ったものはいない」
クセーモノは手にした暗器を構え、眼下にいるシーマへと、淡々とした口調で誰1人として生きて逃す気はないとの宣言をした。
壁に体を預けながら、そんなクセーモノの宣言を聞いていたダミアは………。
「俺も見ちゃったんだけどなぁ………」
と、1人呟いていた………。