87話 ポンコツからの覚醒
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「ハァ……ハァ……ハァ………」
魔族の遺体が死屍累々と転がる戦場をウルファルモは必死に駆ける。
団長たるナゲーナと別れ、彼に強敵を任せ、自分は混乱中の残された軍の指揮を執って軍を再編すべく、彼は必死に走る。
成すべき義務。
任された任務。
託された想い。
それらを全うすべく彼は足を動かした。
早く………一刻も早く残存した軍にたどり着かねば………まともに正面から聖王国軍の突撃を受け、全滅してしまう。
その前に………軍を再編しなければ!
指揮官としての自覚に目覚め、1人の男として覚醒したウルファルモは、これまで見せたことのないような堂々とした顔付きで戦場を走り抜ける!
そんな必死に走り抜けた甲斐があったのか、もう50メートルも走れば残存した第4軍に潜り込める位置にまでウルファルモはたどり着いた。
少し余裕のできたウルファルモは、チラリと横目で聖王国軍の方を見る。
土煙を上げ、凄まじい速度で勢いよく近づいて来る聖王国軍。
もう間もなくには此方に突っ込んでくるであろう。
だが、まだ接敵するまでには多少の余裕のある距離だ。
「ハァ………もうすぐ着く………それにまだ余裕もある………今から指揮をとり、防御陣形を形成して突撃を防ぎ、その間に城塞を攻めさせている者達を退かせて合流、後に軍を順次後方から撤退させる………多少の犠牲は出るが、これが最善か………」
頭の中で幾つかのシミュレーションを行い、最善の策を模索する。
その中で、少なからずの犠牲は出るが、それでも全滅だけは避けられるものを選び、それを実行する決意を固める。
その判断力は、最早一人前の指揮官であり、先程までのぽんこつ狼とは思えない程の思考能力の円滑さだ。
そして走りながら思考を固めている内にウルファルモは第4軍へと到達した。
見ればやはり先のカトラの一撃で軍は大混乱となっており、皆が右往左往として騒いでいた。
そんな第4軍を目の当たりにしたウルファルモは、大きく息を吸い込んでから軍に向けて叫ぶ。
「落ち着け!慌てるな!精鋭たる栄えある魔族の戦士がこれしきで取り乱すな!!」
そんな大混乱の軍に向けて、ウルファルモは大きな叫びを上げる。
力強く、威厳のある声であった。
その声はよく通り、混乱中の軍の魔族全員がピタリと騒ぐのを止め、声の主たるウルファルモへと注目する。
皆が一斉に騒ぐのを止めて傾聴する程の声の通りの良さであり、人の上に立つ指揮官として必要とされる『声』という単純ながらも重要な素養の一つを発揮した瞬間であった。
その静かとなった軍の中から、牛の頭の魔族………牛頭魔人が慌てたようにウルファルモの下へと飛び出してきたて跪いた。
「ウ、ウルファルモ様!ご無事でしたか!」
「あぁ、何とかな………お前も無事だったかカルビ………」
ミノタウロスのカルビ………彼は残された第4、5、6軍と予備軍の指揮を任された者の1人であり、後方軍の全権をナゲーナに任されていた者であった。
階級は団長、副団長たるウルファルモに次ぐ五千隊長という階級であり、本来は文字通り五千人からなる部隊を率いる長である。そのため、残された四軍合わせて数万を指揮する程の立場ではなかったが、状況を楽観視していたナゲーナによって『大丈夫だろう』という理由で後方の軍の全指揮を任され残されていたのだ。
ちなみに、魔王軍の大まかな序列階級はどうなっているかというと………。
魔王………魔族の頂点。
四天王………魔王によって選ばれた魔王に実力を持つ継ぐ最高幹部であり、陸・海・空・死のそれぞれの軍の頂点。
十二師団長………魔王または四天王の推薦により選ばれた、四天王直属の十二名の幹部。四天王一名に三名の補佐が付き、与えらた軍の指揮をとる。
団長………万の軍を統制する役職。
副団長………団長の補佐職。有事の際は、団長に代わり万の軍を指揮できる。
五千隊長………五千からなる部隊の指揮官。
三千隊長………三千からなる部隊の指揮官。
千隊長………千からなる部隊の指揮官。
百隊長………百からなる部隊の指揮官。
十班長………十からなる班の長。
五班長………五人組の班長。部隊の構成における基本的な人数。
他にも細かい役職や階級はあるが、大まかにはこのようになっており、ウルファルモは以外にも副団長と結構な上の位置にいたのである。
ついでに、現在のこの軍の編成は一軍に付き約五千程の人数で編成されており、予備軍も含めて十軍で全約五万名で構成されていた。
その軍の内、現在は七から九軍が城塞を攻めており、残りは城塞を囲みながら交代で攻めていた。だが、一から三軍がカトラによって壊滅、残された軍は五千隊長の中で先任者たるカルビが統制していたが、あまりの事態に統制しきれず大混乱となっていたのだ。
そんな、どうにもできない程の大混乱の最中に副団長のウルファルモが現れたことでホッとしたのか、カルビは慌てながらも安堵した表情で駆け寄ってきたのだ。
「なんとか無事でしたが……目の前の事態に軍が混乱し抑えきれずにこのような事に………なんともお恥ずかしい………」
軍の混乱を抑えきれなかった事に恥ずかしそうに俯くカルビ。
やはり指揮官として部下を押さえ切れなかったのはかなりの恥辱らしく、心底恥じた顔付きである。
だが、ウルファルモはそんな恥じるカルビの肩に手を置き、優しげな口調で励ます。
「仕方ないだろう………こんな事態、誰も予測できないだろうからな………」
「ウ、ウルファルモ様………」
背後に広がる同胞達の骸を見ながらウルファルモはそう宥める。
確かに、誰がただの一撃で3軍をも壊滅させるなど予想できたであろうか………いや、できたとしても、こんな事態を収拾することなど、普通の指揮官程度には難儀な話である。
暫し悔しげにその凄惨たる光景を眺めていたウルファルモだが、直ぐに気持ちを入れ換えると指揮を出し始めた。
「今は感傷に浸っている場合ではないな……カルビ!!直ぐ第4軍と5軍で防御陣形をつくれ!!盾持ちと槍持ちの重量兵を前に出して突撃に備えよ!!後方には第六軍を控えさせて逐次隙が開けば交代させろ!予備軍には後方から矢と魔術で支援させろ!!」
「あっ………?はい………し、しかし………ナゲーナ団長の許可は………?」
「団長の許可は得ている!!今は諸事情により団長はいない為、俺が代理を務める!理由については後で話す!今は目の前の聖王国軍に備えよ!急げ!!」
「は、はい!!」
早口でまくし立てるようなウルファルモの指示に、カルビは一瞬だけ驚愕したものの、直ぐに指示を実行すべく軍へと指揮を通達しにいく。
ウルファルモは時間が惜しいのは当然として、今団長のいない理由やカトラの出現の話をすることは避けるようにした。
正直に話せば軍の指揮に大きく関わると思ったからである。
この判断は正しく、もしカトラ出現を全軍に知らせれば軍は恐怖により恐慌状態となり、軍の立て直しは困難を通り越して無理なものとなってしまっていたであろう。
それほどに魔族に対してのカトラの知名度は高いものであり、恐怖の対象であった。この判断は、小心者のウルファルモ故に察したある種の兵に対する心遣いであった。
だが同時に、カトラという脅威を隠すという情報封鎖行為であり、兵達を騙しているとも言える判断であるが、今はこの選択は功をそうしたと言えるものだった。
(兵達には悪いがカトラの事は隠す………今は脅威を隠してナゲーナ団長の行動に報いるのが先決だ………そのためにはまず、防御してからの撤退命令だ………)
今も尚も戦ってくれている筈のナゲーナの為にも………任務を果たさねば!
ウルファルモはその一念を果たすべく、カルビや他の士官へと指示を出して陣形を整えさせていく。
このウルファルモの迅速な指揮に他の指揮官も答えていき、素早く受け持つ自らの軍の陣形を整えていく。
一度は混乱したものの、元は精鋭揃いの魔王軍の兵士。
冷静になり、しっかりとした指揮官の指示があればその立て直しは早く、迅速に陣形を整え、聖王軍が間近に迫る前には陣形は完璧な指示通りの防御態勢ね布陣とすることがてまきた。
これにより、先の全滅した第一軍などには及ばないが、それでも短時間の間に動いた割にはそれなりの防御陣形をとって突撃に備えることができた。
これでまず全滅の憂き目に合うことはない。
「ウルファルモ様!陣形整いました!!」
カルビからの報告を受けたウルファルモは、それに頷くと息を吸い込み、再び凄まじく大きな声で全軍へと語りかけた。
「よし!全軍、突撃に備えよ!しっかりときばるんだ!!聖王国軍の貧弱人間共の突進など押し返せ!!我ら魔王軍の屈強さと精強さを見せてやれ!!」
ウルファルモが全軍に向かって鼓舞する。
「「「オオオオオオオオ!!!」」」
このウルファルモの鼓舞に、魔王軍が鬨の声を一斉に上げて指揮を上げていく。
その指揮は高く、ナゲーナが率いていた時と勝るとも劣らない程であった。
ウルファルモ………この短時間に一気に成長したものである。
恐ろしい狼である。
やがてそんなやる気満々で防御陣形をとっている魔王軍へと、猛烈な速度で土煙を上げながらの聖王国軍による正面からの突撃が開始され………。
「「「オオオオオオオオ!!!」」」
「「「オオオオオオオオ!!!」」」
2つの巨大な叫びと共に、人と魔の軍団がぶつかり合った。
同時に、凄まじい衝突音と衝撃が辺りに響き渡る。
軍の先頭同士が衝突したのだ。
鎧や剣、槍や盾といった金属のぶつかる音………兵士達の肉や骨が軋むような独特な音が辺りから響き渡り、凄まじい量の土煙と血渋きが舞い上がる。
剣戟の音や盾を叩く音、怒声や苦悶を訴えるような声も聞こえてくる。
ウルファルモの位置からは先頭の様子は見れないが、音や声からして前線は相当に凄惨な事になってるのは間違いないだろう。
恐らく、既に両軍合わせればかなりの死傷者が出ている筈………。
ウルファルモはそう考えながらも、次の一手を放つ為に冷静に戦場を見渡す。
既に多少の犠牲は仕方がないとの計算であるし、麗香の指示もこの状況では守る余裕などある筈がない。
今は殺らねば殺られるのだ。
そんな軍の観察の結果、聖王国軍の突撃の威力は凄まじく、軍の陣形が大分後方へと押されたことが確認できた。
だが、多少後方へと下がらされたが、それでも今は聖王国軍を押し留めてそれ以上に下がることはないようになっていた。
つまりは突撃の勢いは完全に殺せたということである。そうなれば、前線での戦いは単純な白兵戦により押し合いの戦いとなり、体格と力に勝る魔族に分がある勝負となる。
カトラのような化け物で無い限り、魔族が人間に力比べで負けることなはない筈であり、カトラ級の人類などそうそういる訳がない。
ならば、この戦場は魔族に有利の筈。
「全軍!そのまま陣形を詰めて戦え!力比べなら我らに分がある!押し返せ!我らが武威を示すのだ!!」
「「「オオオオオオオオ!!」」」
ウルファルモが全軍を鼓舞すると、それに答える鬨の声を上げて魔王軍の指揮が更に上がる。
そして聖王国軍を押し返し始めたのだ。
なんたる指揮能力の高さか………ウルファルモ………一気に成長しすぎである。
魔王軍が押し返すのを確認したウルファルモは近場にいたパンダ模様の兎頭の魔族………兎頭魔人の五千隊長を捕まえると、更なる指示を出した。
「ダークシュナイダーⅣ世!!城壁を攻めている部隊長へと伝令だ!今すぐ城壁に上がっている軍を退かせろ!!撤退だ!」
「城塞から手を引くんでピョンか?」
ダークシュナイダーⅣ世と呼ばれた兎頭魔人は、鼻をピクピクと引くつかせ、明らかなキャラ付けっぽい喋り方で疑問の声を上げる。
それもそうだろう。先のウルファルモも撤退の命を………つまりはエルネルバ王国から手を退くという指示をナゲーナから受けた時は、同じにように驚愕して目を見開いていたのだから。
これまでの苦労や手間暇を考えれば、このダークシュナイダーⅣ世の驚きも当然であろう。
だが、今は細かい事を………特にカトラについての話をしている場合ではない。
ウルファルモは簡潔明瞭にして更なる指示を出す。
「そうだ!最早残された戦力では城塞を落とすのは無理だ!聖王国軍に抵抗するだけで手一杯だ!下手に欲を出せば全滅の可能性もある!故に、軍を退かせてバグラムまで撤退する!急げ!!」
「わ、わかった………わかったピョン!」
ウルファルモのバグラムまでの撤退発言に最初は驚いてキャラ付けを忘れたダークシュナイダーⅣ世であったが、直ぐに今の事態による説明に納得の表情を浮かべると、城塞を攻めている部隊に向けて走り出した。
ウルファルモはダークシュナイダーⅣ世が走っていくのを確認すると、正面へと向き直す。そして、城塞部隊が退くまでの時間を稼ぐ為に聖王国軍とぶつかり合う魔王軍へと指示や鼓舞を出していく。
「無理に押し返そうとするな!現状を維持しろ!!疲れたら後方と変われ!!」
「ハッ!」
「カルビ!!前線部隊を後方から槍で援護するように突かせろ!!死角をカバーさせるんだ!!」
「承知!!」
「ハリネズー!!お前は槍で突くよりも背中の針を敵に向けろ!!その方が効果的だ!!」
「いっけね!そうだった!!」
「チワーワ!体が震えているぞ!!無理をするなよ!!」
「これは生まれつきです!」
「スネック!!手も足も出てないぞ!大丈夫か!?」
「蛇族なんで、元から手足無いです!!」
ウルファルモは適格に戦う兵へと指示を出し、兵はその指示に従うことで何とか自軍の数倍ある軍を押し返していた。
(よし………よし!なんとかやれている!だが………そう長くは保たない………)
暫くしてから、安定して押し返している戦況を見て安堵する。だが、向こうはこちらよりも遥かに多くの兵数である。いずれは疲弊し、そこを数で押しきられてしまうのは明白だ。
時間が勝負となる………それをウルファルモは早くに察していた。
故に、少しでも早く城塞部隊を退かせねばならない。
だが……指示を出してから暫く経ってもダークシュナイダーⅣ世からの撤退したとの報告が来ないのだら、
(一体何をしているんだ………一刻も早く離脱しなければならないというのに)
予想外の遅さに苛つくウルファルモ。
撤退命令だけならば、余程の事が無い限り迅速に行える筈であった。
相手のエルネルバ王国に既にまともな兵力は無いであろうし、魔族にまで名を馳せるような強力な戦士がいるとは聞いていない。
ならば、もっと早く行動できる筈。
少し焦ってきたのか、腕組みをしながら小刻みに足を鳴らしダークシュナイダーⅣ世の帰りを待つウルファルモ。
明らかに苛立った様子だ。
すると、後方の軍を掻き分けて見覚えのある兎顔………ダークシュナイダーⅣ世が、慌てたように走り寄って来た。
「来たか!!」
待ちくたびれたと言わんばかりにダークシュナイダーⅣ世を招き寄せる。
「城塞部隊はどうだ?退かせたか?」
息を切らせながら駆け寄ってきたダークシュナイダーⅣ世に尋ねるウルファルモ。ここで既に退いているならば、後は軍を順次迅速に撤退させるだけである。更には、あわよくばナゲーナへと援護に向かえるかもしれない。
そう考えながら聞いたウルファルモであったが………。
「ど、どうした?何かあったのか?」
ウルファルモは目の前にやって来たダークシュナイダーⅣ世の様子のおかしさに直ぐに気づく。
いつもと違う様子………先程部隊に向かわせるまでは立っていた耳………普段からピンと立った2本の耳が特徴のダークシュナイダーⅣ世であるが、その耳が半ばから折れてダランとしていたのだ。
それは何か悪いことが起きた時の彼の特徴であったのだ。
息を整え、自身を落ち着かせるように深呼吸をしたダークシュナイダーⅣ世は、ウルファルモへとつぶらな視線を向けると、震える声で報告を上げた。
「ほ、報告します………城壁侵攻中だった部隊長からの報告で………城壁周囲で待機していたもの以外………つまりは、さ、先程城塞に上がって侵攻中だった部隊………だ、第七・八・九軍の混成軍が………ぜ、全滅………した………とのこと……です………」
「………………………………ハッ?」
己のキャラを完全に忘れる程のダークシュナイダーⅣ世の衝撃的報告に、ウルファルモは唖然と口を開くことしかできなかった……。