序章 娘が婚約者を連れてきました。
初投稿の作品です。
つたない文章ですが、どうぞよろしくお願いします。
とうとう、この日が来てしまった。
それは、いつかは来ると覚悟はしていた……。
私が父親である以上はいつかはくるべきことであり、必ず通る道である。だから覚悟はしていたつもだ………だった。
だが、いくら覚悟を決めようとも、いざ当日になれば如何に自分の覚悟が生半可なものであったのかが理解できる。
「もう………大丈夫ですか?」
「あぁ……」
隣にいた妻が、呆れたような口調で声をかけてくる。それに反射的に返事をしたが、正直大丈夫じゃない。
言い知れぬ不安感、怒り、妬み、興奮、喜び、悲しみ……。
有りとあらゆる様々な感情が私の中で混濁し、説明のできない気持ちが胸の中に渦巻き、今にも暴れるか吐きそうになる。
「本当に大丈夫ですか?顔色が赤だったり青だったり白だったり……面白いように変化してますよ」
「……大丈夫だ。問題無い」
自覚は無かったが、顔に出ていたらしい。
だが、そのようになるのも当然だ。
これから始まる……いや。
これから出会う者のことを考えれば。
そう……娘がこれから連れて来る者。
『婚約者』のことを考えれば。
ことの始まりは1週間程前に遡る……が。
まずは私の自己紹介をしよう。
私の名は佐沼 健三 52歳。
文房具を扱う会社に勤める会社員だ。
趣味は洗車、特技は柔道(初段)。
家族は妻と娘2人と息子1人の5人家族だ。
子供達は既に自立しており、今は家を出てそれぞれの道を歩んでいる。
そんな、どこにでもいるような家庭であるが、私の誇りであり幸せそのものである。
そんな私の2人の娘の内の次女が、今回婚約者を連れて来る方である。
「あっ!パパ?久し振り!元気してた?あのね、突然だけど今度パパ達に会って欲しい人がいるんだ!ていうか結婚しようと思うの!彼からは凄い運命的というか………凄く共感を感じるというか……取り敢えず1週間後に挨拶に行くからヨロシクね!」
1年振りに掛かってきた娘……麗香から突然の電話の出だしは、正に奇襲であった。
いつかは娘が彼氏を持ち、結婚をする……。
それは生物の営みの上で当然にありえることであり、自然の摂理であることなので仕方がないことである。
しかし、もう少し……僅かでも前兆というものがあっても良いのではなかろうか。
例えば、今彼氏がいるとか、気になる人がいるとか……。
前もってジャブ位の攻撃があれば、後のボディーブローにも耐えられるが、試合開始早々の隙を突いた渾身のアッパーには抗う術は無いに等しい。
ましてや『あの』麗香だ……。
その日、私は妻が近所の友達とのカラオケパーティーから帰ってくる夕方近くまで、切れた電話を片手に放心していたらしい。
その電話があってから1週間経った今日まで……。
中々気持ちに整理がつかずに今日まで来てしまった。
妻など娘の話を聞いた瞬間……。
「まぁ!嬉しいわね!あの子も遂に腰を落ち着けるね!じゃあ恥ずかしくないように美容室に行かなきゃね」
と早々に受け入れて、日々娘が連れて来る男をもてなす準備をしていた。
こういう時に女性は強い。
そんな、切り替えの早い妻を見ていると羨ましささえ感じられる。
他から見れば、現実を受け入れられずにウジウジしている矮小な男に見えるし、いつまでも娘離れできない情けない父親にすら見える。
だが違う、私がここまで悩むのも訳が有る。
娘の麗香はしっかり者の姉の綾香とは違い、少しというか……大分手が掛かった娘だ。
綾香は大人しく手が掛からず、親の贔屓目無しで非常に優秀で、大学をトップで卒業した後、大手の企業に就職し、定期的に連絡や仕送りをしてくれる自慢の良い娘に育ってくれた。
対し麗香は幼い頃から男勝りな性格で近所でも有名なガキ大将だった。
いや、別に可愛くない訳ではない。寧ろ、手のかかる婚約者程可愛いというように、麗香のことは娘としてとても愛している。
だが………。
高校に入ってからも麗香の暴れっぷりは変わらず、何が気に食わないのか寧ろ荒れに荒れて不良の仲間入りをし、日夜仲間と共に暴れまわっていた。そして、私は毎日のように警察に学校にご近所にと………頭を下げ続けた。
絶頂期には『死鬼姫』なる有り難く無い2つ名まで頂いていた。
そんな麗香も社会に出れば大人しくなるかと思えば「社会の歯車として縛られたくない!」等と言い出し、内定の決まっていた会社を蹴って何処かへと飛び出して行ってしまった。
次に麗香が帰ってきたのは1年後。とてつもない大金を持って家に帰ってきた。
いままで何処にいたのか?この金は何だ?強盗か?よし!父さんも謝りに行くから自首しよう!と泣きながら混乱する私に対し……………。
「いやぁ、傭兵始めたんだけど、性に合ってるらしくてね。いやぁ儲かるねだ!」
と、朗らかに報告してきた。
予想もしない斜め上の就職先に絶句する私に対し。
「まぁまぁ。体は気をつけるんだよ」
と、言う愛する我が妻。
心配するポイントが違うだろう!体どころか命の心配をしろよ!というか傭兵など認めない!と説教しても暖簾に腕押しの如く全く通用しない。
ならば父の屍を越えて行け!と飛び掛かるも、傭兵稼業で鍛えた娘の前に父の柔道(初段)は余りにも無力だった。
後日、テレビの特番でやっていた紛争地帯を取り上げた番組で、戦場を駆けて人々を救い、あらゆる敵を排除する謎の女性日本人傭兵……。
『爆撃の戦姫』として嬉々として銃を乱射する娘の姿を見て、彼女の好きにさせようと色々諦めた。
そんな暴れん坊の麗香から「結婚したい人」と言われたのだ。
昔から結婚するならどんな人が良い?と聞かれれば……。
「私より強い雄」
と、最早女の子の意見では無く、一匹の野生の雌のような発言をする麗香からだ。
これが綾香なら普通の人を連れて来て、普通の挨拶で終わって安心だろうが相手は麗香だ。
どんな悪鬼羅刹を連れて来るか分からないし想像できない。
まして、確実に日本人では無いだろう。
恐らくは、同じ傭兵仲間の中で、麗香の目に叶う雄がいたのだろう。恐らくは、化け物のような男が………。
これからそんな奴が来て挨拶をしてくる……。
想像しただけで胃が痛くなる。
普通は娘の彼氏からの挨拶といえば、父親の威厳を見せたり、彼氏と顔合わせをしたりと、時に厳正な、時に和やかに進むものではなかろうか?
これから来る輩は、麗香が認める程なのだから戦闘力は確実に私以上だ。
そんな奴に父の威厳も何も通用しないだろうし、逆に威厳を示されかねない。自己紹介でアピールされたとしても理解はできないだろう。
というか、理解したくない。
ハァ……憂鬱だ……一体どんな人間がくるのか。
色々と思考を巡らせていると、玄関の扉を開ける音が聞こえてきた。
「ただいまぁ!帰ったよ!」
聞こえきたのは明るい麗香の声。
遂に来たか!!
「あら?お父さん、麗香が帰ってきましたよ」
「あぁ……」
妻に促されて立ち上がり玄関へと出迎えの為に歩き出す。
一歩一歩が非常に重く感じてしまうのは気のせいではないだろう。
そんな私の様子を見かねたのか妻が私の手を握り、微笑みながら語り掛けてきた。
「お父さん。色々と心配なのは分かります。でも、私達の娘が……麗香が自分で選んで来た方を、親の私達が不満そうな顔で迎えたらあの子が可哀想じゃないですか?
ここは親として、笑って迎えてあげられる位の器量を持ちましょうよ」
妻の言葉に頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。
そうだ……私は一体何を悩んでいたんだ。
親の私が子供を信じなくて誰が信じるんだ!
確かに麗香はハチャメチャな所があるが、根は優しくて真摯な子だ。
そんな麗香が惹かれた人間を、会いもしてないのに嫌悪するなど親としてあってはならない!
全ては会ってから見定めれば良い!
「母さん……もう大丈夫だ」
私を顔を上げ前をしっかりと見据える。
もう逃げない。麗香をしっかりと受け止めよう!!
「フフフ……安心したわ。良い顔付きをしているわ。さっきまでは死にかけのチンパンジーみたいな顔をしてたから心配だったわ」
何やら妻の例えが酷いように感じたが今は無視しよう。
先程までの足取りが嘘のように歩き出し玄関へとたどり着いた。
「もう!パパもママも遅いよ!」
そこには珍しくお洒落をした麗香が頬を膨らませて待っていた。
そしてその隣には……
「あっ!紹介するね!彼が私の婚約者で……魔王くんだよ!!」
「うむ。初に目に掛かる。我こそが偉大なりし魔族の支配者。魔王ゲルクルシュ=アッシュノート=ルルシフェルである。宜しく頼むぞ義父上、義母上よ」
そこには真っ黒のローブに身を包み、頭からは捻れた角が生え、山羊の骨のような絵に描いたような異形なる存在………。
魔王ゲルクルシュ=アッシュノート=ルルシフェルと称する存在が、悠然と玄関に立っていた。
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