一。結婚したいE子さん
朝。
駅前のカフェの個室で。
今日のお客様は、30代くらいの女性でした。
黒い直毛をぴっしりとまとめて、黒いパンツスーツをぴっしりと着ています。
化粧は整える程度、キリッとした目と薄い唇に、キツイ印象のある、そこそこの美人さんです。
職業は、事務員とのことで、職場で「お局さん」と呼ばれていそうだと思いました。
「どうしても、結婚したいんです」
情報保護のために、仮にE子さんと呼びましょうかーーE子さんは、とても強い結婚願望があるようでした。
「ここ最近、誰とも交際をしてなくて。もう気がついたら30代に入ってしまいたしたし、そろそろ本気で焦ってきたんです」
E子さんには、現在意中の人はいらっしゃらないようで。
「あなたはの"縁結び"は、本物だって聞いて、いてもたってもいられなくて」
ネットで私の噂を知って、なんとお客様の一人に実際に会いに行ったそうです。
「あなたの"縁結び"で結婚できたって言われて、もう藁にも縋る思いで応募したんです」
私の"縁結び"は、ネットで応募して、抽選で選ばれなければなりません。
「抽選に当たった時は、信じられなくて泣きそうになりました」
自画自賛になりますが、私の"縁結び"は業界で最も成功率が高いので、抽選はとんでもない競争率になるのです。
その中で選ばれたE子さんは、とても運が良かったのでしょう。
しかし、ここで一つ問題がありました。
「E子様、私の"縁結び"の方法はご存知でしょうか?」
「いえ・・・」
「では、ご説明致しますね」
"縁結び"には、幾つか必要な物があります。
お客様のお写真と、お名前が分かっている事。
そして、"縁結び"したいお相手のお写真と、お名前が分かっている事です。
方法は、二つの写真の裏にそれぞれの名前を書きます。
写真の上と下の中央に穴をあけて、二つの写真を結びます。
それを、お客様がお相手に気づかれないように身につけるだけです。
「E子様、私の"縁結び"には、お相手がいる事が前提となっているのですが、誰か縁を結びたい方はございますか?」
そう、お相手が必要なのです。
「それは・・・いません」
「今、恋愛相手としてみておられる方に限らず、この人と家族になりたいと思う方や、気が合うと思う方でも、心当たりのある方はございませんか?」
「・・・・・・一人」
「はい。どんな方ですか?」
「上司で、42歳、バツイチです。優しくて、仕事が早くて、顔はほんわかした感じで、背はそんなに高くないんですけど、しっかりしてて、気配り上手だし、社内でも結構モテるほうでーーって、ベラベラとすみません!」
「いえいえ」
E子さんはその方がかなりお好きなようです。
「"縁結び"するのは、その方でよろしいですか?」
「・・・・・・本当に、できるんですよね?」
「それは、E子様とその方が結婚できるか、という事でしょうか」
「はい」
「絶対というものは存在しませんので、必ず結婚できますとは申しませんが、E子様のご様子を見るに、おそらく大丈夫かと思われます」
「おそらく、なんですか?」
E子さんは不確定な事に不安のようですが、それは"縁結び"の意味を理解されてないためでしょう。
「私の"縁結び"は、未来を望むように変える事ではございません。お客様とお相手の間に「縁」という【糸】を結んで、お客様の想いをお相手に届くようにするのが、私の"縁結び"なのです」
"縁結び"は、恋愛に限りません。
たとえば、友達になりたい人と。
たとえば、不仲になってしまった家族と。
たとえば、商談を成立させたい取引先の相手と。
「縁」を結び、お客様の親しくなりたいという想いを届くようにする事で、少しずつ気持ちが相手に伝わり、それが相手との関係の変化を生むのです。
なので、その想いが強ければ強いほど、気持ちが相手に伝わりわすく、変化も早く、良い方向に向かうのです。
「E子様は、その方の事がかなりお好きなのではありませんか?もしそうでしたら、その好意は伝わりやすいですし、その方もE子様に対して好意を持ちやすいのです」
「そういう事なんですね・・・。そう、ですね。好き、なのかもしれません」
「どうなさいましょう。"縁結び"、致しますか?」
「・・・はい、お願いします」
決定したので、その後は諸々の手続きをしました。
契約書、誓約書、E子さんのお写真を預かり、お相手のお名前を教えて頂きました。
写真がないとの事でしたので、別の日に頂く約束をし、E子さんとお別れしました。
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"縁結び"から一年後に、E子さんから『結婚しました』との連絡がありました。
本当に、おめでとうございます。
お二人の「縁」がこれからも続いていきますように。
誤字・脱字などありましたら、指摘してくださると有難いです。