夢現 了
家の前で立ち止まると慎太郎はふぅ、と溜息を着く。
分かっている事だが明かりは点いていない。
此れが家族がいない事の寂しさだと慎太郎は思う。
今迄なら玄関口の明かりを母が必ず点けていてくれた。そして此れが当たり前の事だとずっと思っていた。
もっと昔を思い返せば家族は祖母、祖父を入れて六人いた。時間の経過と共に一人減り、又一人減り気が付けば自分一人が孤独に生きている。
其れが人生だと言われば確かにそうかもしれないが、其れでも一人は辛すぎる。もっと器用に生きれる人間であれば、今頃沢山の家族に囲まれていたかもしれないし、寂しさを紛らわせられる彼女を見つけられていたかもしれない。
だが、現実はこうだ。全く情けない人生だ。と、慎太郎は鍵を開け中に入る。部屋の中は未だ灯りは点いていないが、鬼灯の灯りがボンヤリとリビングを照らす。
以外と役に立つなーー。と、其の灯りを便りにリビングの灯りを点ける。
そして、
「おかえりやす。」
いるはずの無い人の声が聞こえた。ドキッと慎太郎は驚いて声の方を見やる。
「あっ ! き、君は。」
椅子に腰を掛けた娘が一人。見間違う事は無い。昼間の娘が其処にいた。然れどあれは夢。なら此れも夢なのか ?
「へえ。昼間お会いしましたな。」
ニコリと笑みを浮かべ娘が言う。
「此れも夢 ?」
フワリ、ユラリと体が揺れる。
フワリ、ユラリ。
「夢やおまへん。」
「だ、だったら。だったらどうして君が此処にいるんや。」
「どうして ? 何やえらいおかしな事言わはりますな。あなた様がわてを此処に呼んだんどすえ。」
「呼んだ ?」
フワリと体が揺れる。
「そうどす。所でガラクタはお捨てにならはりましたか ?」
「想い出 ? 何を言うてるんや。あれはガラクタやない。大切な私の想い出や。捨てられる訳ないやろ。其れに私は君を呼んだ覚えなんかないで。」
「何や、あなた様はえらい勘違いされたはりますな。想い出は残された者が持つものどす。あなた様が捨てなあかんのはーー。」
と、娘が言った所でヌッと後ろから人影が慎太郎を包む。慎太郎はギョッとして肩越しに後ろを見やる。
鬼の様な顔をした男がジロリ。
ジロリと慎太郎を見やっている。
ジロリ、ギロリ。
ジロリ、ギロリと慎太郎を見やる男は矢張り喪服を着ている。何なんだ ? やっぱり夢だ。
夢だ。
此れは夢なんだ。
慎太郎は自分に言い聞かす。
然れど夢やおまへん。娘がボソリと言う。
そして、鬼の様な顔をした男はギュッと慎太郎の首を力一杯絞めた。
「うわ ! な、何や。何を、するん、や。」
慎太郎は男の手をほどこうと必至にもがく。然れど異様な力で締め付ける其の手を振りほどく事が出来ない。
意識がグッタリと遠のいて行く。
フワリ、ユラリと体がユラユラと揺れる。
意味が分からない。
何が如何なっているのか理解出来ない。
何故私は此の男に殺されようとしているのだ ?
分け分からぬまま然れどグイグイと男は首を絞めつける。
グイグイ、グイグイと指が喉を締め付けて行く。
そんな中で、
あなた様が捨てなあかんのは未練どす。
耳元で娘が言った。
「み、未練 ?」
心の中で慎太郎が答える。
最後に想い出だけが残るんどす。
道中は真っ暗やさかい其れが役に立つわ。
あなた様が捨てなあかんのは未練
娘と御稚児さんの言葉がグルグルと頭の中で回る。
想い出、未練ーー。
あああーー。
と、慎太郎は薄れ行く意識の中で男を見やる。
道中は真っ暗やさかい其れが役に立つわ。御稚児さんの言葉が脳裏を過る。鬼灯がボンヤリと不思議な光を放っている。
そうか、此の男は。
そうだ。
私を殺そうとしている此の男は私だ。
そう、此の男は私なのだ。消え行く意識の中で慎太郎は男を見やる。
フワリ、ユラリと体が揺れる。
否、違う。
私を殺したのが、
私なのだ。
そう、私は自分を殺したのだ。
ユラリ、フワリと体が揺れる。
フワリ、ユラリ、
ユラリ、フワリ
真っ暗なリビングで
フワリ、ユラリ、
ユラリ、フワリ、
首を吊った松金慎太郎の遺体がフワリ、ユラリと揺れている。
ユラリ、ユラリ、
松金慎太郎の祭りは静かに幕を下ろす。
やがて其れは動きをピタリと止め、手に持つ鬼灯の頭がポトリ。幸せだった頃の家族写真の前に静かに落ちた。
最後まで読んで頂きありがとう御座います。
京乃闇 夢現は如何でしたでしょうか ? 何か嫌な気分になられた方がおられましたらしてやったりでス。
まぁ、正直書いていて怖いと言うよりも、寧ろ暗い気分になって行くそんな感じでした。
現代の闇。
現代の孤独。
今は人事かもしれませんが、一歩間違えれば自分の将来もそうなってしまうのかもしれない。昔の様に近所の人達と家族の様に触れ合える。そんな時代から私は私、あなたはあなた。と言う寂しい時代がなす闇。
如何に人が大切なのかもっと真剣に考えなければいけないのかもしれませんね。
それでは、また。