夢現 2
朝の点呼が終わり一日が始まる。
活力に満ちた奴、ダラダラと私の様に今日を只生きている奴。リタイヤ組に年金の足しに働いている老人と、タクシー会社には様々な人がいる。其れはまるで人生の何たるかを知るには丁度良い場所である様にも思えるが、其れは余見ない方が良い様に私は思う。
何故なら活力に満ちた若者が、私の様な無気力な人間と遭遇してしまうと将来を棒に振ってしまうかもしれないからだ。つまり毒に犯されるのは常に簡単だと言う事だ。其れでも車に乗ってしまえば、個人商店の様な物で関わりを持つ事は殆ど無くなる。
だから私の様な無気力な人間はたちまち誰からも相手にされなくなると言う事だ。否、もともと話す相手も殆どいないのだが、と私は自分の車に乗りエンジンを掛ける。私と同じ様にくたびれたエンジン音を唸らせる。今にも止まりそうなエンジンはかろうじて動いている様に思える程ガタが来ている。
だからクーラーの効きも非常に悪い。だからいつも暫くの間は窓を全開にしている。こんな最悪な車早く買い替えてくれれば良いのにと思うが、買い替えても新車は私の様な頑張らない人間には回って来る事はない。そう言った車は活力のある若手に最優先で回される。
要するに人と車は反比例しないと言う事だ。と、若い奴等の車を横目に取り敢えず近所のコンビニに私は向う。
此れも毎日の日課だ。
此処のコンビニは会社の人間も殆ど立ち寄らない場所なので、私に取ってはお気に入りの場所である。
しかし、今日は少し違った。
会社の同僚が四人程たまっているのが見えた。嫌だなーー。然う想い乍らも駐車場にまで来てそのまま出て行くのも感じが悪い。仕方なく私は車を駐車させ外に出た。
「でも、松金さん臭くないですか ?」
そう言っているのが聞こえた。私は無意識に同僚を見やる。
「おいーー。」
「あ…….。」
何が、あ。だ。と、思うが確かに臭いかもしれない。
否、そんな事よりも影でそんな話をされているのかと言う事がショックだった。孤独感が急激に肥大する。何か無性にやるせなさが込み上げ私はソソクサとコンビニで買い物を済ませ車に乗り込んだ。
くたびれたエンジン音を響かせのっそりと車を発進させる。駐車場を出る時にチラリと彼等を見やると、同僚達が見向きもしていない事を知る。
生意気だ。そんな事を思い乍らサッサと車を走らせる。
コンビニを出て暫くしてから私はエナジードリンクの蓋を開け一気に飲み干した。
今日はついていない。
そう思った。
本来ならコンビニでエナジードリンクを飲み乍ら一服噴かすのだが今日は同僚の所為で車で一服する羽目になった。
まぁ、良い。
と、窓を全開に開けタバコに火を点ける。
名目上は禁煙車になっているので締め切って吸うのはまずい。其れにクーラーもまともに効かないポンコツの窓を閉めていても然程の意味もない。
私はプカリ、プカリと煙草を吹かし乍ら其のまま京都駅に向かう事にした。何時もの調子で、お決まりのルートを通る。奴らの所為でいつもより少し早い出発になったが仕方が無い。
と、少し前で手を上げている老人を見つけた。
此れはラッキーだ。棚から牡丹餅とはよく言ったものだと老人の前にハザードランプを点灯させ車を止める。
「ありがとうございます。」
ドアを開け言った。
「ん、何や朝から暗いやっちゃな。もっと元気よう言えんか。」
と、両手に荷物を大量に持った小柄な爺さんは乗るなり罵声を浴びせて来る。私は、此れでも元気一杯に言っているつもりだ。と、言い返したいがグッと堪える。まったく餅は餅でも腐った餅が出て来たようだ。此れでは今日一日の流れが最悪になってしまう。
否、とっくに最悪になっている。
「はぁ、すみません。」
「ほんま、朝から縁起悪いで。まぁ、ええわ。ちょっとな岡山迄行けるか ?」
と、荷物を奥に押し込むように向こうにやると手前に腰を下ろす。
「岡山ですか ? ええ、大丈夫です。」
此れは捨てる神あれば拾う神ありと言うやつか。私は表情にでないように気を払い乍ら答える。
「そうか、ほな頼むわ。」
そう言うと老人はユッタリと体をシートに預けた。
バタンとドアを閉めメーターを入れる。
やった。やった。やったーー。
岡山だ。
金額がいくらに成るのかは分からないが五万円はかたい。私の気持ちは久し振りに高鳴っている。
今日は此れで終いだ。と、私はようようと車を運転する。
そして五分程走った所で老人が、あぁぁ、しもた。ほんまボケとるわ。運転手さん悪いけどな。其処の角で止めてくれるか。と、言ってきた。
「え、其処の角で止めるんですか ?」
私は聞き直す。
「せや。今日用事あったん忘れとってな。悪いけど其処で降りるわ。」
と、言ってきた。
はぁぁ、此れだ。と、私はがっくりと項垂れ、分かりました。と、答えると老人の言う通り交差点の角で車を止めた。
メーターの支払いボタンを押し更に気持ちがへこむ。メーター料金は五百九十円。所謂ワンメーターと言うやつだ。ガックリと項垂れる私に老人は千円を差し出し、釣りはええさかいとっといて。と、言ってきた。
「あ、ありがとうございます。」
そう言ってドアを開ける。老人はいそいそと外にでやると後続から来たタクシーを止めた。私は其れをルームミラーで見やっている。
馬鹿にするなーー。
腹の中でそう言った。
馬鹿にーー。情けなくて涙が出て来る。
はぁぁ、と吐息を吐き車から降りて一服つける。車で吸っても良いのだが無性に外で吸いたくなった。
そして、ポツリ。
顔に水滴が落ちる。
え、と空を見やると雨がパラリ、パラリと降り始めている。ついてないにも程があるだろと車に乗り込むと、今度は後部ドアをコンコンと叩く音がする。
プイッと肩越しに振り向くと浴衣を着た娘がガラスを叩いていた。
私はドアを開ける。
「あの、よろしおすか ?」
ヌッと顔を覗かせ娘が言った。
「え、ええ。どうぞ。」
そう言い乍ら娘を招き入れる。
「ほんま、助かります。急に雨が降ってきますさかい。」
と、娘は先にお尻をシートに乗せユックリと両足を中に入れる。
「ほんまにビックリしますね。」
そう言い乍ら私はドアを閉める。
「あぁぁ、運転手はんほんま近うて申し訳おまへんのやけど。」
と、女性が言うが十分ガックリときた後なので近かろうが何だろうがあれ以上のガックリはそうそう無いだろうと私は、え、ええ。構いません。と、答える。
「いやぁ、そう言うてくれはると嬉しいわ。ほな、北野さん迄お願い出来ますやろか。」
と、娘が言ったので私は、え ?と聞き直そうとした。
私がいる所は七条堀川で北野天満宮迄はザッと二千円はかかる。この金額は距離にしても近いとは言わないが、今回も精々、腐った餅で無いことを祈り乍ら私は車を発進させた。