表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

夢現 1

 詰まらぬ夢で目が覚めた。

 否、正確に言うと自分の悲鳴で目が覚めたと言う方が正しいか。と、松金慎太郎は部屋に掛けられているクーラーを見やる。

 体のだるさを覚えるくらい強く効いたクーラーのお陰で、詰まらぬ夢を見た割には寝汗は全くかいていなかった。寝汗で気持ちの悪い目覚めも嫌いだが、クーラーの所為で体が怠いのも頂けない。 

 何せこの怠さは今日一日の頑張りに大きく影響をもたらす事になる。と、言って適当に今日を終えれば、給料日に嫌な思いをするのは自分である事を慎太郎は重々に承知している。日々自分との戦い。タクシー乗務員とはそう言った仕事なのだ。

 だから、寝ていようとパチンコに言っていようと誰も咎めたりはしない。働かない奴に誰も働けとは言わない。

 何故なら働かないと言う事は、ライバルが一人減る事になるからだ。企業のしがらみから逃げる様にしてこの業界に入り早六年。企業の柵からは抜け出せても、人生の柵からは今だ抜け出せないでいる。

 慎太郎は布団から出るとテーブルに置いてある煙草を一本取り火を点けた。

 ユラリと紫煙が部屋に漂う。

 其の紫煙を見やり煙草が嫌いだと言っていた女性を思い出す。

 ユラリと漂う紫煙を彼女は手で払い臭い、臭いと言っていた。そんな彼女とも別れて六年になる。会社を辞めた時に彼女との恋も終わった。

 詰まらぬ夢の後は詰まらぬ事を思い出してしまう。辞めたはずの煙草も気がつば又吸っている。全く馬鹿馬鹿しい。

 慎太郎は煙草を消すと時計をチラリと見やる。

 時刻は八時二十五分を指している。この時計は五分早めているので正確な時刻は二十分と言う事になる。

 時計の時刻を五分早く進めている理由は、五分早く自宅を出れる様にしているのだが、知っていると五分遅く自宅を出るので全く意味をなしていない。其れでも五分進めている理由は其れが習慣になっているからだ。

 慎太郎は気怠い体を動かし一階の洗面台に向った。洗面台に向う途中で母の部屋だった所を通る。

 今は誰もいない。

 元々は五人家族だったのだが、早くに姉を亡くし、弟を亡くし。父が他界し、三ヶ月前に母が他界した。妻はいたが子供は出来ず其れが原因で妻とも遠い昔に離婚している。

 だから今は天涯孤独。

 タクシー乗務員と結婚したいと言う奇特な女性も早々いるはずも無く。否、そりゃいるかもしれないが私の様なリタイヤ組ではない。もっとバリッとした将来性に飛んだ男性だ。

 だから此の広い家に私一人が住んでいる。広いと言っても私一人で住むには広いと言うだけの事で、実際にはそう広い家でもないし築五十年ともなればそこら中がボロボロになっている。

 其れに此の家は借家であって持ち家ではない。だから何処か小さなアパートでも借りれば良いのだが、私の人生の中で唯一の思い出である此の家を離れる気にはなれなかった。其れでも矢張り思い出が有りすぎるのは辛いのかもしれない。

 慎太郎は顔を洗うといつもの様に珈琲を淹れリビングに腰を下ろす。ズズッと珈琲を一口飲み煙草に火を点ける。

 フラリと体が揺れた。

 まるで空中に浮いている様な感覚が体を襲う。

 何だ ? 気持ちが悪いと思ったが、クーラーの所為で体の調子が悪いのだろうと気にせず身支度をし始めた。

 然れどフラリ、フラリと体が揺れる。

 働き過ぎか ?

 と、自分に問いかけてみるが、そんなに働いている記憶は無い。特に母が死んでからは生きる活力が無くなったと言うのだろうか。面倒を見る事が無くなったお陰で、生きている目的が無くなったと言うのだろうか。

 此処に妻や、子供がいれば生きている意味を見出せたのだろうが、彼女もいない慎太郎に取っては、何の為に生きているのか其の理由を見失ってしまっている。

「俺も年だって事か。」

 吐き捨てる様に言い乍ら無造作に脱ぎ捨てられた制服を取る。分かってはいるがハンガーにかける事さへ今では億劫で堪らない。だから制服のカッターも一週間に一度洗うぐらいだし、髪もセットするのが嫌で五分刈りにしている。唯一している事と言えば毎朝髭を剃る事ぐらいだ。

 其れは今日も変わらず制服を着た後に仕方なく髭を剃る。歯は気になった時に磨くぐらいで毎日磨く事は無い。

 駄目駄目な毎日だ。

 分かっている。

 何か目標を見つけないと駄目になって行く事は重々理解している。其れでも気力が何も奮い立たないのだ。

 如何にもならぬ。

 只生きている。そんな毎日だ。

 今日も何故生きているのかも分からぬまま出社する。そして死ぬ事無く今日が終わる。

 私はいつ死ぬのだろう。

 さて、其れは分からない。何も分からないまま仕方なく今日を生きるのだ。

 そして私は玄関を出て会社に向う。

 無駄に今日を生きる為にーー。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ