勇者パーティーを追放されましたが、領収書だけは全部持っています 【十五文化圏周縁抄 勇者パーティー会計係】
「リナ。お前を勇者パーティーから追放する」
レオルは、宿屋の食堂でそう言った。
朝食の粥が、まだ湯気を立てている時である。
言うなら、食後にしてほしかった。
粥は冷める。
バターも固まる。
あと、今朝の宿代はまだ払っていない。
「理由を聞いてもよろしいですか」
わたしは、革鞄の紐を締めながら聞いた。
レオルは、金髪を払った。
朝から光っている。
髪だけは本当に勇者らしい。
「お前は戦えない」
「はい」
「魔法も使えない」
「はい」
「剣も握れない」
「はい」
「荷物もあまり持てない」
「はい」
「なら、必要ない」
「なるほど」
わたしは頷いた。
正しい。
わたしは戦えない。
魔法も使えない。
剣を握ると、すぐ手の皮がむける。
荷物を持てと言われれば持つが、戦士ガルドの盾よりは軽いものに限る。
わたしの仕事は、戦うことではない。
帳をつけることだ。
「では、ここまでの精算をします」
わたしは革鞄から帳面を出した。
レオルの眉が寄る。
「今か?」
「今です」
「追放だと言っている」
「はい。ですので、追放時点で締めます」
「締める?」
「帳をです」
食堂の空気が、少し止まった。
仲間たちがこちらを見る。
戦士ガルド。
魔法使いミーシャ。
弓使いトール。
神官見習いエレン。
みんな、昨日まで同じ卓で食べていた者たちである。
今は、なぜか少し偉そうな顔をしている。
追放する側の顔である。
ただし、誰も今朝の粥代を気にしていない。
そこがよくない。
「リナ」
ミーシャが、ため息をついた。
「そういう細かいところが嫌われるのよ」
「細かいところを見ないと、宿屋から出られません」
「出られるわよ。私たちは勇者パーティーなのよ?」
「勇者パーティーでも宿代は払います」
宿屋の主人が、奥で深く頷いた。
味方がいた。
宿屋の主人である。
心強い。
*
まず、念のために書いておく。
勇者パーティー。
そう呼ばれているだけである。
王国に、勇者という正式な官職があるわけではない。
神殿が神託で選んだ唯一の戦士でもない。
王立学術院の分類帳に「勇者」という職能欄があるわけでもない。
実態は、腕の立つ剣士レオルを中心にした討伐請負組である。
ただ、討伐請負組、と名乗るより、勇者一行、と名乗った方が通りがよい。
宿屋の部屋が取りやすい。
子どもが手を振る。
神殿の寄付箱が重くなる。
商会が護衛料を少し上乗せする。
村長が古い酒を出す。
吟遊詩人が勝手に節をつける。
だから、レオルたちは勇者パーティーを名乗っていた。
そして、町の者たちもそれを好んだ。
強い戦士。
魔法を使う女。
大きな盾を持つ男。
弓を背負った若者。
神殿の印を下げた見習い。
そこへ帳面を抱えたわたしが加わる。
見た目としては、悪くない。
物語としても、たぶん悪くない。
ただし、帳としては非常に危ない。
物語は、宿代を払わない。
寄付箱は、武器修理代を自動で埋めない。
吟遊詩人の歌では、壊した椅子は直らない。
そこを誰も見ない。
だから、わたしが見ていた。
*
「リナ」
レオルは、低い声を出した。
「最後くらい、きれいに別れよう」
「はい。ですので、きれいに精算します」
「そういう意味ではない」
「では、どういう意味ですか」
「もういい。お前の分の報酬は後で送る」
「いけません」
「なぜだ」
「後で送る、は帳に残しにくいです」
わたしは帳面を開いた。
「まず、王都南門出発時点の共同資金が金貨十二枚、銀貨四十八枚、銅貨百二十枚」
「そんなにあったか?」
ガルドが言った。
「あったんです」
「もう少し少なかった気がする」
「使ったからです」
「何に」
「あなたの盾の修理に銀貨六枚」
「あれは必要経費だ」
「はい。必要経費として処理しています」
わたしは次の頁をめくる。
「レオル様の青外套、銀貨八枚」
「勇者としての威厳のためだ」
「分類は衣装費です」
「勇者装備だ」
「店の領収書には『青外套、金糸飾り付き』とあります」
「勇者装備だ」
「では、商業組合に確認します」
「衣装費でいい」
レオルは小さく言った。
よし。
分類確定。
「ミーシャ様の香油、銀貨二枚」
「魔力集中用よ」
「領収書には『薔薇香油、恋文用』とあります」
「店主が勝手にそう書いたのよ」
「香油店の印があります」
「……雑費でいいわ」
「雑費にします」
「言い方」
ミーシャが睨む。
だが、雑費である。
「トール様の矢羽根、銀貨三枚」
「それは必要だろ」
「はい。必要です。ただし、夜市で買った黒羽飾りは別です」
「矢羽根だ」
「帽子についていました」
「矢羽根にもなる」
「なっていません」
トールは黙った。
よし。
帽子飾り。
「エレン様の寄進、銀貨五枚」
「それは祈りのためです」
「はい。祈りです。ただし、共同資金から出ています」
「神の加護は皆へ返ります」
「返った記録がありません」
「信仰を帳に載せないでください」
「載せます。共同資金なので」
エレンは悲しそうな顔をした。
少し罪悪感がある。
だが、銀貨五枚である。
罪悪感より重い。
*
わたしたちが追っていたものは、魔王と呼ばれていた。
これも、正式な分類ではない。
北の森に、黒い角を持つ大きな獣が出た。
荷車が一台、壊された。
村の柵が倒された。
夜に、山の方で低い声がした。
さらに、近くの沼地でゴブリンの群れが増えた。
それだけで、村の者は魔王と呼んだ。
神殿は否定しなかった。
商会は討伐寄付箱に「魔王討伐」と書いた。
レオルは「魔王を討つ」と言った。
吟遊詩人は「魔王の黒角」と歌った。
実際には、王立学術院の分類でいえば、未分類大型獣かもしれない。
ゴブリン群を誘引している危険個体かもしれない。
ただの大型魔獣かもしれない。
あるいは、別々の危険が村の噂の中で一つにまとめられただけかもしれない。
けれど、民衆にとっては魔王で足りた。
怖いもの。
強いもの。
森の奥にいて、荷を壊し、子どもを泣かせ、夜に眠れなくするもの。
それが魔王と呼ばれる。
そして、魔王と呼べば、勇者が必要になる。
勇者が必要になれば、レオルの出番になる。
つまり、これは物語としては整っていた。
だが、帳としては整っていなかった。
魔王が実在するかどうかは未確認。
黒角獣の足跡は未照合。
ゴブリン群との関係も不明。
討伐寄付箱の管理者も曖昧。
宿代の支払元も曖昧。
こういう時ほど、金は消える。
*
わたしは勇者ではない。
賢者でもない。
聖女でもない。
鑑定士でもない。
ただの会計係である。
もともとは、王都南門の商会倉で帳を写していた。
荷札。
封紐。
通行符。
宿代。
馬車賃。
薬代。
弁償代。
誰が払ったか。
誰が払っていないか。
何が共同資金か。
何が個人の買い物か。
何が後で揉めるか。
そういうものを見ていた。
レオルたちに加わったのは、商会主に頼まれたからである。
「勇者一行にも帳が必要だ」
その時、商会主はそう言った。
「勇者一行、ですか」
「名乗りはそうだ。実態は討伐請負組だ」
「では、討伐請負組の帳でよいですね」
「表には勇者一行と書け。寄付が集まる」
「裏には?」
「討伐請負組と書け」
よい商会主である。
表と裏を分けている。
表に書く名。
裏に残す実態。
それが第1文化圏である。
わたしはついていった。
そして三日で分かった。
勇者一行は、金のことに足を取られたくないのではない。
金のことを見たくないのだ。
宿へ泊まる。
誰かが払うと思っている。
武器を直す。
必要だから払うべきだと思っている。
薬を買う。
命に関わるから細かいことを言うなと思っている。
酒場で椅子を壊す。
相手が悪かったから弁償しなくてよいと思っている。
屋台で串肉を買う。
勇者だから一本くらいおまけされると思っている。
おまけされないと、不景気な町だと言う。
違う。
串肉は有料である。
勇者でも有料である。
魔王討伐の途中でも、串肉は有料である。
*
「リナ」
レオルが、机を指で叩いた。
「もうよい。帳は置いていけ」
「置けません」
「勇者パーティーの帳だ」
「表向きは、そうです」
「なら置け」
「裏帳と領収書は、わたしが保管しています」
「裏帳?」
「討伐請負組としての実態帳です」
レオルの顔が固まった。
「そんなものを作っていたのか」
「作らなければ、商業組合へ提出できません」
「勇者一行の名で出せばよいだろう」
「勇者一行は正式な支払主体ではありません」
「俺がいる」
「はい。ですので、レオル様個人負担分があります」
「なぜそうなる」
「金糸飾りです」
レオルは黙った。
金糸飾りは強い。
領収書に書かれているからだ。
「リナ」
ミーシャが言った。
「まさか、それで私たちを脅す気?」
「脅しません」
「なら、何をする気?」
「精算します」
「それが脅しなのよ」
違う。
精算は脅しではない。
現実である。
*
追放は、予定通り行われた。
わたしは勇者パーティーから外れた。
朝の粥代は、わたしが一時的に立て替えた。
あとで請求する。
レオルたちは、昼前に町を出ていった。
たいへん格好よかった。
レオルは青い外套をひるがえし、ガルドは盾を担ぎ、ミーシャは香油の匂いをまとい、トールは黒羽飾りのついた帽子をかぶり、エレンは神に祈っていた。
町の子どもたちは手を振った。
「勇者様!」
と呼んでいた。
レオルは手を振り返した。
宿屋の主人は手を振らなかった。
わたしも手を振らなかった。
代わりに、帳を閉じた。
そして、商業組合へ行った。
*
商業組合の受付は、顔を上げた。
「勇者一行の方ですか」
「元、です」
「元」
「追放されました」
「それは」
「はい」
受付の女は、少しだけ困った顔をした。
困らなくてよい。
わたしは革鞄から帳面を出した。
「討伐請負組レオル隊の共同資金締めと、未精算分の確認をお願いします」
「レオル隊?」
「表向きは勇者一行です」
「なるほど」
受付の女は、奥へ人を呼んだ。
組合書記が来た。
年配の男で、指がインクで黒い。
よい指である。
帳を見る者の指だ。
「見せてください」
わたしは帳を渡した。
組合書記は最初の頁を見た。
次の頁を見た。
その次の頁を見た。
眉が上がった。
「領収書は」
「あります」
わたしは革鞄を開いた。
紙片を束ごと出す。
宿屋。
武器屋。
薬師。
馬車屋。
酒場。
屋台。
神殿。
香油店。
衣装屋。
修理工房。
町ごとに分けてある。
日付順。
支払済み。
未払い。
要確認。
個人負担。
共同資金。
不明。
分からないものは、分からないものとして分ける。
それが帳の基本である。
組合書記は、少し黙った。
それから言った。
「よく残しましたね」
「残さないと、後で揉めます」
「もう揉めていますか」
「これからです」
組合書記は笑った。
笑い方が静かだった。
帳を見る者の笑い方である。
「では、確認しましょう」
*
確認には半日かかった。
勇者一行は、思ったより使っていた。
いや、わたしは知っていた。
知っていたが、合計すると迫力がある。
まず、宿代。
三つの町で、勇者割引を期待して全額払っていない。
勇者割引という制度はない。
次に、武器修理代。
ガルドの盾修理は必要経費。
だが、修理中に「もっと格好よく」と追加した縁飾りは個人負担。
次に、魔法素材。
ミーシャが買った魔石は共同資金でよい。
ただし、魔石袋につけた銀の房飾りは個人負担。
次に、弓具。
矢羽根は経費。
黒羽帽子は個人負担。
次に、寄進。
エレンの祈りは尊い。
だが、共同資金から出すには事前同意が必要。
次に、レオルの青外套。
衣装費。
ただし、町の広場で「勇者一行」として寄付を集めたため、一部宣伝費として認められる可能性あり。
組合書記は、そこで少し悩んだ。
「勇者外套の宣伝費……」
「難しいですか」
「難しいですね」
「衣装費では」
「しかし、寄付は集まっています」
「では、半分だけ共同で」
「妥当です」
勇者外套、半分だけ共同。
半分は個人。
よし。
そして最後に、酒場の椅子。
十脚。
多い。
多すぎる。
「十脚?」
組合書記が聞いた。
「はい」
「一晩で?」
「はい」
「なぜ」
「乱闘です」
「相手は?」
「酔った傭兵三人」
「レオル隊側は?」
「五人」
「あなたは」
「帳を守っていました」
「賢明です」
椅子十脚は、原因が乱闘である。
討伐行為ではない。
経費にはできない。
参加者で割る。
わたしは参加していない。
よし。
*
三日後、レオルたちが町へ戻ってきた。
早かった。
黒角の魔王はどうしたのか。
たぶん、まだ森にいるのだろう。
理由はすぐ分かった。
武器屋が、レオルの剣を渡さなかったからである。
「未精算分があるため、追加修理は前金で」
武器屋はそう言ったらしい。
薬師も薬を出さなかった。
「前回分の確認が済むまで、毒消しは最低数のみ」
馬車屋は馬車を貸さなかった。
「勇者様でも、車輪はただでは回りません」
宿屋は部屋を出した。
ただし、大部屋一つ。
個室なし。
朝食前払い。
レオルたちは怒った。
町も少しざわついた。
そして、彼らは商業組合へ来た。
「リナ!」
レオルが叫んだ。
叫ばないでほしい。
商業組合で叫ぶと、書記が嫌な顔をする。
「何をした!」
「精算しました」
「お前のせいで剣が直せない!」
「未払いがあるからです」
「魔王討伐を止める気か!」
「止めていません。未払いを止めています」
「同じことだ!」
「違います」
組合書記が咳払いをした。
レオルは、少しだけ声を落とした。
商業組合では、剣より帳が強いことがある。
「リナ」
ミーシャが前に出た。
「あなた、復讐のつもり?」
「違います」
「じゃあ何?」
「帳を締めただけです」
「それが復讐みたいになってるのよ」
「帳は感情を持ちません」
「あなたは持っているでしょう」
「多少は」
「ほら」
「でも、帳には載せていません」
感情は帳に載せない。
載せると汚れる。
書くべきは、日付、金額、支払先、用途、負担者、未精算額である。
「リナ」
エレンが悲しそうに言った。
「神への寄進まで請求するのですか」
「共同資金から出したので」
「神は見ています」
「商業組合も見ています」
エレンは黙った。
申し訳ない。
でも、銀貨五枚である。
*
組合書記は、淡々と説明した。
一、支払済み分。
二、未払い分。
三、共同資金として認める分。
四、個人負担とする分。
五、領収書のない支出。
六、用途不明金。
七、弁償金。
八、今後、町を出る前に清算すべき額。
九、「勇者一行」名義で集めた寄付の扱い。
十、「魔王討伐」名義で受けた前払いの扱い。
レオルの顔色が変わった。
「そこまで見るのか」
「見ます」
組合書記が言った。
「魔王が王国公認の討伐対象でない以上、寄付金と前払い金は、討伐請負組の帳へ入ります」
「公認ではない?」
「黒角獣は未分類です。魔王という呼称は、村と神殿前の札によるものです」
「だが、魔王だ」
「帳では黒角大型獣、または未確認危険個体です」
「夢がない」
「帳ですので」
組合書記は強かった。
わたしより強い。
帳の年季が違う。
「それに」
組合書記は、紙片を一枚持ち上げた。
「レオル様。こちらの青外套ですが」
「それは勇者の威厳のためだ」
「半額は宣伝費として共同資金扱いでよいでしょう」
「そうだろう」
「残り半額は個人負担です」
「なぜだ」
「金糸飾りが過剰です」
レオルが黙った。
金糸飾りは過剰。
よい判断である。
「それから椅子十脚」
組合書記は次の紙を出す。
「これは乱闘参加者負担です」
「相手が先に殴った」
「椅子を壊したのはどなたですか」
「ガルドだ」
レオルは即答した。
ガルドがレオルを見た。
「おい」
「事実だ」
「お前も蹴っただろ」
「椅子を?」
「椅子を」
「……蹴ったかもしれない」
組合書記は筆を取った。
「では、レオル様とガルド様で比率を確認しましょう」
よし。
椅子が割れた。
仲間割れも少し割れた。
*
その日の夕方、レオルたちは商業組合の小部屋で精算をした。
全額は払えなかった。
だから、今後の討伐報酬から一定割合を差し引くことになった。
武器屋には一部前払い。
薬師には優先支払い。
馬車屋には保証金。
宿屋には朝食前払い。
酒場の椅子代は、乱闘参加者負担。
香油、帽子飾り、金糸飾りの一部は個人負担。
寄進は、共同資金に戻すか、全員同意の上で処理。
魔王討伐寄付金は、黒角大型獣討伐請負金として再記載。
魔王という語は、表の札には残る。
裏帳では未確認危険個体とする。
これで落ち着いた。
表の物語。
裏の帳。
両方そろえば、町は動く。
「リナ」
精算が終わった後、レオルが言った。
「戻る気はないか」
わたしは顔を上げた。
「隊にですか」
「そうだ。帳は必要だと分かった」
分かったらしい。
よいことである。
「お断りします」
「なぜ」
「追放されたので」
「それは取り消す」
「取り消しにも記録が要ります」
「記録すればいい」
「それだけでは足りません」
「何が足りない」
「会計係の権限です」
レオルは眉を寄せた。
「権限?」
「共同資金から支出する前に、会計係の確認を必須にしてください」
「急ぎの時は」
「後で理由を記録してください」
「戦闘中は」
「戦闘後でよいです」
「香油は」
「個人負担です」
ミーシャが舌打ちした。
「寄進は」
「全員同意です」
エレンが目を伏せた。
「帽子飾りは」
「個人負担です」
トールが帽子を押さえた。
「椅子は」
「壊さないでください」
ガルドが黙った。
レオルは腕を組んだ。
「面倒だな」
「はい」
「討伐が遅くなる」
「未払いで止まるより早いです」
レオルは、しばらく考えた。
そして言った。
「分かった。お前を正式な会計係にする」
「正式な?」
「勇者パーティー会計係」
「表向きの名としては、それで構いません」
「裏は?」
「討伐請負組レオル隊会計係です」
「長いな」
「正確です」
「もっと勇ましい名はないか」
「ありません」
「ないのか」
「ありません」
組合書記が、横で頷いた。
「正確な方がよいです」
レオルは、組合書記を見た。
組合書記は穏やかに微笑んだ。
レオルは負けた。
*
翌朝、レオル隊は町を出た。
表向きには、勇者一行の再出発である。
町の子どもたちは、やはり手を振った。
「勇者様!」
と呼んだ。
レオルは手を振り返した。
その後ろで、わたしは帳を抱えて歩いた。
追放は取り消された。
ただし、帳には残した。
追放。
精算。
未払い確認。
復帰。
会計係権限追加。
共同資金使用手順改定。
黒角大型獣討伐請負金の再記載。
よい流れである。
レオルは少し不満そうだったが、武器屋から剣を受け取れたので機嫌は戻った。
ガルドは椅子を見ると目をそらすようになった。
ミーシャは香油を自分の財布で買った。
トールは黒羽帽子を「個人装備」と呼ぶようになった。
エレンは寄進の前に全員へ聞くようになった。
旅は少し遅くなった。
だが、止まりにくくなった。
それでよい。
*
今でも、わたしは戦えない。
魔法も使えない。
剣も握れない。
荷物もあまり持てない。
黒角大型獣を倒すことはできない。
勇者のように名乗れない。
聖女のように祈れない。
賢者のように術式も読めない。
それでも、宿屋の前では帳を開く。
武器屋では領収書を受け取る。
薬師には用途を書いてもらう。
馬車屋には保証金の控えをもらう。
酒場では、椅子の数を見る。
串肉を買ったら銅貨を数える。
分からない支出は、分からない支出として分ける。
村人が魔王と呼ぶものは、表の札では魔王でよい。
ただし、裏帳では未確認危険個体と書く。
レオルが勇者と呼ばれるのは、止めない。
ただし、支払主体は討伐請負組レオル隊と書く。
呼び名と実態を分ける。
表と裏を分ける。
払ったものと払っていないものを分ける。
それが、わたしの仕事である。
レオルは、時々まだ言う。
「リナ、今それを書く必要があるか」
わたしは答える。
「あります」
「魔王討伐の旅だぞ」
「表向きは」
「裏では?」
「黒角大型獣、または未確認危険個体の討伐請負です」
「夢がない」
「帳ですので」
レオルは黙る。
最近は、それ以上言わない。
少し成長した。
帳のおかげである。
たぶん。
勇者パーティーを追放されましたが、領収書だけは全部持っています。
それは復讐のためではない。
ざまぁのためでもない。
ただ、呼び名と実態、払ったものと払っていないものを分けていただけです。
世界を救うと呼ばれる旅でも、朝の粥代は消えない。
椅子を壊せば弁償する。
香油は個人負担。
金糸飾りは半分まで。
魔王は表の札。
未確認危険個体は裏の帳。
それだけのことで、旅は今日も前へ進む。
剣ではなく。
魔法でもなく。
領収書の束を、革鞄の中で折らないように守りながら。




