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第十六個体観測録

勇者パーティーを追放されましたが、領収書だけは全部持っています 【十五文化圏周縁抄 勇者パーティー会計係】

作者: 黒瀬 量衡
掲載日:2026/07/25

「リナ。お前を勇者パーティーから追放する」


 レオルは、宿屋の食堂でそう言った。


 朝食の粥が、まだ湯気を立てている時である。


 言うなら、食後にしてほしかった。


 粥は冷める。


 バターも固まる。


 あと、今朝の宿代はまだ払っていない。


「理由を聞いてもよろしいですか」


 わたしは、革鞄の紐を締めながら聞いた。


 レオルは、金髪を払った。


 朝から光っている。


 髪だけは本当に勇者らしい。


「お前は戦えない」


「はい」


「魔法も使えない」


「はい」


「剣も握れない」


「はい」


「荷物もあまり持てない」


「はい」


「なら、必要ない」


「なるほど」


 わたしは頷いた。


 正しい。


 わたしは戦えない。


 魔法も使えない。


 剣を握ると、すぐ手の皮がむける。


 荷物を持てと言われれば持つが、戦士ガルドの盾よりは軽いものに限る。


 わたしの仕事は、戦うことではない。


 帳をつけることだ。


「では、ここまでの精算をします」


 わたしは革鞄から帳面を出した。


 レオルの眉が寄る。


「今か?」


「今です」


「追放だと言っている」


「はい。ですので、追放時点で締めます」


「締める?」


「帳をです」


 食堂の空気が、少し止まった。


 仲間たちがこちらを見る。


 戦士ガルド。


 魔法使いミーシャ。


 弓使いトール。


 神官見習いエレン。


 みんな、昨日まで同じ卓で食べていた者たちである。


 今は、なぜか少し偉そうな顔をしている。


 追放する側の顔である。


 ただし、誰も今朝の粥代を気にしていない。


 そこがよくない。


「リナ」


 ミーシャが、ため息をついた。


「そういう細かいところが嫌われるのよ」


「細かいところを見ないと、宿屋から出られません」


「出られるわよ。私たちは勇者パーティーなのよ?」


「勇者パーティーでも宿代は払います」


 宿屋の主人が、奥で深く頷いた。


 味方がいた。


 宿屋の主人である。


 心強い。


     *


 まず、念のために書いておく。


 勇者パーティー。


 そう呼ばれているだけである。


 王国に、勇者という正式な官職があるわけではない。


 神殿が神託で選んだ唯一の戦士でもない。


 王立学術院の分類帳に「勇者」という職能欄があるわけでもない。


 実態は、腕の立つ剣士レオルを中心にした討伐請負組である。


 ただ、討伐請負組、と名乗るより、勇者一行、と名乗った方が通りがよい。


 宿屋の部屋が取りやすい。


 子どもが手を振る。


 神殿の寄付箱が重くなる。


 商会が護衛料を少し上乗せする。


 村長が古い酒を出す。


 吟遊詩人が勝手に節をつける。


 だから、レオルたちは勇者パーティーを名乗っていた。


 そして、町の者たちもそれを好んだ。


 強い戦士。


 魔法を使う女。


 大きな盾を持つ男。


 弓を背負った若者。


 神殿の印を下げた見習い。


 そこへ帳面を抱えたわたしが加わる。


 見た目としては、悪くない。


 物語としても、たぶん悪くない。


 ただし、帳としては非常に危ない。


 物語は、宿代を払わない。


 寄付箱は、武器修理代を自動で埋めない。


 吟遊詩人の歌では、壊した椅子は直らない。


 そこを誰も見ない。


 だから、わたしが見ていた。


     *


「リナ」


 レオルは、低い声を出した。


「最後くらい、きれいに別れよう」


「はい。ですので、きれいに精算します」


「そういう意味ではない」


「では、どういう意味ですか」


「もういい。お前の分の報酬は後で送る」


「いけません」


「なぜだ」


「後で送る、は帳に残しにくいです」


 わたしは帳面を開いた。


「まず、王都南門出発時点の共同資金が金貨十二枚、銀貨四十八枚、銅貨百二十枚」


「そんなにあったか?」


 ガルドが言った。


「あったんです」


「もう少し少なかった気がする」


「使ったからです」


「何に」


「あなたの盾の修理に銀貨六枚」


「あれは必要経費だ」


「はい。必要経費として処理しています」


 わたしは次の頁をめくる。


「レオル様の青外套、銀貨八枚」


「勇者としての威厳のためだ」


「分類は衣装費です」


「勇者装備だ」


「店の領収書には『青外套、金糸飾り付き』とあります」


「勇者装備だ」


「では、商業組合に確認します」


「衣装費でいい」


 レオルは小さく言った。


 よし。


 分類確定。


「ミーシャ様の香油、銀貨二枚」


「魔力集中用よ」


「領収書には『薔薇香油、恋文用』とあります」


「店主が勝手にそう書いたのよ」


「香油店の印があります」


「……雑費でいいわ」


「雑費にします」


「言い方」


 ミーシャが睨む。


 だが、雑費である。


「トール様の矢羽根、銀貨三枚」


「それは必要だろ」


「はい。必要です。ただし、夜市で買った黒羽飾りは別です」


「矢羽根だ」


「帽子についていました」


「矢羽根にもなる」


「なっていません」


 トールは黙った。


 よし。


 帽子飾り。


「エレン様の寄進、銀貨五枚」


「それは祈りのためです」


「はい。祈りです。ただし、共同資金から出ています」


「神の加護は皆へ返ります」


「返った記録がありません」


「信仰を帳に載せないでください」


「載せます。共同資金なので」


 エレンは悲しそうな顔をした。


 少し罪悪感がある。


 だが、銀貨五枚である。


 罪悪感より重い。


     *


 わたしたちが追っていたものは、魔王と呼ばれていた。


 これも、正式な分類ではない。


 北の森に、黒い角を持つ大きな獣が出た。


 荷車が一台、壊された。


 村の柵が倒された。


 夜に、山の方で低い声がした。


 さらに、近くの沼地でゴブリンの群れが増えた。


 それだけで、村の者は魔王と呼んだ。


 神殿は否定しなかった。


 商会は討伐寄付箱に「魔王討伐」と書いた。


 レオルは「魔王を討つ」と言った。


 吟遊詩人は「魔王の黒角」と歌った。


 実際には、王立学術院の分類でいえば、未分類大型獣かもしれない。


 ゴブリン群を誘引している危険個体かもしれない。


 ただの大型魔獣かもしれない。


 あるいは、別々の危険が村の噂の中で一つにまとめられただけかもしれない。


 けれど、民衆にとっては魔王で足りた。


 怖いもの。


 強いもの。


 森の奥にいて、荷を壊し、子どもを泣かせ、夜に眠れなくするもの。


 それが魔王と呼ばれる。


 そして、魔王と呼べば、勇者が必要になる。


 勇者が必要になれば、レオルの出番になる。


 つまり、これは物語としては整っていた。


 だが、帳としては整っていなかった。


 魔王が実在するかどうかは未確認。


 黒角獣の足跡は未照合。


 ゴブリン群との関係も不明。


 討伐寄付箱の管理者も曖昧。


 宿代の支払元も曖昧。


 こういう時ほど、金は消える。


     *


 わたしは勇者ではない。


 賢者でもない。


 聖女でもない。


 鑑定士でもない。


 ただの会計係である。


 もともとは、王都南門の商会倉で帳を写していた。


 荷札。


 封紐。


 通行符。


 宿代。


 馬車賃。


 薬代。


 弁償代。


 誰が払ったか。


 誰が払っていないか。


 何が共同資金か。


 何が個人の買い物か。


 何が後で揉めるか。


 そういうものを見ていた。


 レオルたちに加わったのは、商会主に頼まれたからである。


「勇者一行にも帳が必要だ」


 その時、商会主はそう言った。


「勇者一行、ですか」


「名乗りはそうだ。実態は討伐請負組だ」


「では、討伐請負組の帳でよいですね」


「表には勇者一行と書け。寄付が集まる」


「裏には?」


「討伐請負組と書け」


 よい商会主である。


 表と裏を分けている。


 表に書く名。


 裏に残す実態。


 それが第1文化圏である。


 わたしはついていった。


 そして三日で分かった。


 勇者一行は、金のことに足を取られたくないのではない。


 金のことを見たくないのだ。


 宿へ泊まる。


 誰かが払うと思っている。


 武器を直す。


 必要だから払うべきだと思っている。


 薬を買う。


 命に関わるから細かいことを言うなと思っている。


 酒場で椅子を壊す。


 相手が悪かったから弁償しなくてよいと思っている。


 屋台で串肉を買う。


 勇者だから一本くらいおまけされると思っている。


 おまけされないと、不景気な町だと言う。


 違う。


 串肉は有料である。


 勇者でも有料である。


 魔王討伐の途中でも、串肉は有料である。


     *


「リナ」


 レオルが、机を指で叩いた。


「もうよい。帳は置いていけ」


「置けません」


「勇者パーティーの帳だ」


「表向きは、そうです」


「なら置け」


「裏帳と領収書は、わたしが保管しています」


「裏帳?」


「討伐請負組としての実態帳です」


 レオルの顔が固まった。


「そんなものを作っていたのか」


「作らなければ、商業組合へ提出できません」


「勇者一行の名で出せばよいだろう」


「勇者一行は正式な支払主体ではありません」


「俺がいる」


「はい。ですので、レオル様個人負担分があります」


「なぜそうなる」


「金糸飾りです」


 レオルは黙った。


 金糸飾りは強い。


 領収書に書かれているからだ。


「リナ」


 ミーシャが言った。


「まさか、それで私たちを脅す気?」


「脅しません」


「なら、何をする気?」


「精算します」


「それが脅しなのよ」


 違う。


 精算は脅しではない。


 現実である。


     *


 追放は、予定通り行われた。


 わたしは勇者パーティーから外れた。


 朝の粥代は、わたしが一時的に立て替えた。


 あとで請求する。


 レオルたちは、昼前に町を出ていった。


 たいへん格好よかった。


 レオルは青い外套をひるがえし、ガルドは盾を担ぎ、ミーシャは香油の匂いをまとい、トールは黒羽飾りのついた帽子をかぶり、エレンは神に祈っていた。


 町の子どもたちは手を振った。


「勇者様!」


 と呼んでいた。


 レオルは手を振り返した。


 宿屋の主人は手を振らなかった。


 わたしも手を振らなかった。


 代わりに、帳を閉じた。


 そして、商業組合へ行った。


     *


 商業組合の受付は、顔を上げた。


「勇者一行の方ですか」


「元、です」


「元」


「追放されました」


「それは」


「はい」


 受付の女は、少しだけ困った顔をした。


 困らなくてよい。


 わたしは革鞄から帳面を出した。


「討伐請負組レオル隊の共同資金締めと、未精算分の確認をお願いします」


「レオル隊?」


「表向きは勇者一行です」


「なるほど」


 受付の女は、奥へ人を呼んだ。


 組合書記が来た。


 年配の男で、指がインクで黒い。


 よい指である。


 帳を見る者の指だ。


「見せてください」


 わたしは帳を渡した。


 組合書記は最初の頁を見た。


 次の頁を見た。


 その次の頁を見た。


 眉が上がった。


「領収書は」


「あります」


 わたしは革鞄を開いた。


 紙片を束ごと出す。


 宿屋。


 武器屋。


 薬師。


 馬車屋。


 酒場。


 屋台。


 神殿。


 香油店。


 衣装屋。


 修理工房。


 町ごとに分けてある。


 日付順。


 支払済み。


 未払い。


 要確認。


 個人負担。


 共同資金。


 不明。


 分からないものは、分からないものとして分ける。


 それが帳の基本である。


 組合書記は、少し黙った。


 それから言った。


「よく残しましたね」


「残さないと、後で揉めます」


「もう揉めていますか」


「これからです」


 組合書記は笑った。


 笑い方が静かだった。


 帳を見る者の笑い方である。


「では、確認しましょう」


     *


 確認には半日かかった。


 勇者一行は、思ったより使っていた。


 いや、わたしは知っていた。


 知っていたが、合計すると迫力がある。


 まず、宿代。


 三つの町で、勇者割引を期待して全額払っていない。


 勇者割引という制度はない。


 次に、武器修理代。


 ガルドの盾修理は必要経費。


 だが、修理中に「もっと格好よく」と追加した縁飾りは個人負担。


 次に、魔法素材。


 ミーシャが買った魔石は共同資金でよい。


 ただし、魔石袋につけた銀の房飾りは個人負担。


 次に、弓具。


 矢羽根は経費。


 黒羽帽子は個人負担。


 次に、寄進。


 エレンの祈りは尊い。


 だが、共同資金から出すには事前同意が必要。


 次に、レオルの青外套。


 衣装費。


 ただし、町の広場で「勇者一行」として寄付を集めたため、一部宣伝費として認められる可能性あり。


 組合書記は、そこで少し悩んだ。


「勇者外套の宣伝費……」


「難しいですか」


「難しいですね」


「衣装費では」


「しかし、寄付は集まっています」


「では、半分だけ共同で」


「妥当です」


 勇者外套、半分だけ共同。


 半分は個人。


 よし。


 そして最後に、酒場の椅子。


 十脚。


 多い。


 多すぎる。


「十脚?」


 組合書記が聞いた。


「はい」


「一晩で?」


「はい」


「なぜ」


「乱闘です」


「相手は?」


「酔った傭兵三人」


「レオル隊側は?」


「五人」


「あなたは」


「帳を守っていました」


「賢明です」


 椅子十脚は、原因が乱闘である。


 討伐行為ではない。


 経費にはできない。


 参加者で割る。


 わたしは参加していない。


 よし。


     *


 三日後、レオルたちが町へ戻ってきた。


 早かった。


 黒角の魔王はどうしたのか。


 たぶん、まだ森にいるのだろう。


 理由はすぐ分かった。


 武器屋が、レオルの剣を渡さなかったからである。


「未精算分があるため、追加修理は前金で」


 武器屋はそう言ったらしい。


 薬師も薬を出さなかった。


「前回分の確認が済むまで、毒消しは最低数のみ」


 馬車屋は馬車を貸さなかった。


「勇者様でも、車輪はただでは回りません」


 宿屋は部屋を出した。


 ただし、大部屋一つ。


 個室なし。


 朝食前払い。


 レオルたちは怒った。


 町も少しざわついた。


 そして、彼らは商業組合へ来た。


「リナ!」


 レオルが叫んだ。


 叫ばないでほしい。


 商業組合で叫ぶと、書記が嫌な顔をする。


「何をした!」


「精算しました」


「お前のせいで剣が直せない!」


「未払いがあるからです」


「魔王討伐を止める気か!」


「止めていません。未払いを止めています」


「同じことだ!」


「違います」


 組合書記が咳払いをした。


 レオルは、少しだけ声を落とした。


 商業組合では、剣より帳が強いことがある。


「リナ」


 ミーシャが前に出た。


「あなた、復讐のつもり?」


「違います」


「じゃあ何?」


「帳を締めただけです」


「それが復讐みたいになってるのよ」


「帳は感情を持ちません」


「あなたは持っているでしょう」


「多少は」


「ほら」


「でも、帳には載せていません」


 感情は帳に載せない。


 載せると汚れる。


 書くべきは、日付、金額、支払先、用途、負担者、未精算額である。


「リナ」


 エレンが悲しそうに言った。


「神への寄進まで請求するのですか」


「共同資金から出したので」


「神は見ています」


「商業組合も見ています」


 エレンは黙った。


 申し訳ない。


 でも、銀貨五枚である。


     *


 組合書記は、淡々と説明した。


 一、支払済み分。


 二、未払い分。


 三、共同資金として認める分。


 四、個人負担とする分。


 五、領収書のない支出。


 六、用途不明金。


 七、弁償金。


 八、今後、町を出る前に清算すべき額。


 九、「勇者一行」名義で集めた寄付の扱い。


 十、「魔王討伐」名義で受けた前払いの扱い。


 レオルの顔色が変わった。


「そこまで見るのか」


「見ます」


 組合書記が言った。


「魔王が王国公認の討伐対象でない以上、寄付金と前払い金は、討伐請負組の帳へ入ります」


「公認ではない?」


「黒角獣は未分類です。魔王という呼称は、村と神殿前の札によるものです」


「だが、魔王だ」


「帳では黒角大型獣、または未確認危険個体です」


「夢がない」


「帳ですので」


 組合書記は強かった。


 わたしより強い。


 帳の年季が違う。


「それに」


 組合書記は、紙片を一枚持ち上げた。


「レオル様。こちらの青外套ですが」


「それは勇者の威厳のためだ」


「半額は宣伝費として共同資金扱いでよいでしょう」


「そうだろう」


「残り半額は個人負担です」


「なぜだ」


「金糸飾りが過剰です」


 レオルが黙った。


 金糸飾りは過剰。


 よい判断である。


「それから椅子十脚」


 組合書記は次の紙を出す。


「これは乱闘参加者負担です」


「相手が先に殴った」


「椅子を壊したのはどなたですか」


「ガルドだ」


 レオルは即答した。


 ガルドがレオルを見た。


「おい」


「事実だ」


「お前も蹴っただろ」


「椅子を?」


「椅子を」


「……蹴ったかもしれない」


 組合書記は筆を取った。


「では、レオル様とガルド様で比率を確認しましょう」


 よし。


 椅子が割れた。


 仲間割れも少し割れた。


     *


 その日の夕方、レオルたちは商業組合の小部屋で精算をした。


 全額は払えなかった。


 だから、今後の討伐報酬から一定割合を差し引くことになった。


 武器屋には一部前払い。


 薬師には優先支払い。


 馬車屋には保証金。


 宿屋には朝食前払い。


 酒場の椅子代は、乱闘参加者負担。


 香油、帽子飾り、金糸飾りの一部は個人負担。


 寄進は、共同資金に戻すか、全員同意の上で処理。


 魔王討伐寄付金は、黒角大型獣討伐請負金として再記載。


 魔王という語は、表の札には残る。


 裏帳では未確認危険個体とする。


 これで落ち着いた。


 表の物語。


 裏の帳。


 両方そろえば、町は動く。


「リナ」


 精算が終わった後、レオルが言った。


「戻る気はないか」


 わたしは顔を上げた。


「隊にですか」


「そうだ。帳は必要だと分かった」


 分かったらしい。


 よいことである。


「お断りします」


「なぜ」


「追放されたので」


「それは取り消す」


「取り消しにも記録が要ります」


「記録すればいい」


「それだけでは足りません」


「何が足りない」


「会計係の権限です」


 レオルは眉を寄せた。


「権限?」


「共同資金から支出する前に、会計係の確認を必須にしてください」


「急ぎの時は」


「後で理由を記録してください」


「戦闘中は」


「戦闘後でよいです」


「香油は」


「個人負担です」


 ミーシャが舌打ちした。


「寄進は」


「全員同意です」


 エレンが目を伏せた。


「帽子飾りは」


「個人負担です」


 トールが帽子を押さえた。


「椅子は」


「壊さないでください」


 ガルドが黙った。


 レオルは腕を組んだ。


「面倒だな」


「はい」


「討伐が遅くなる」


「未払いで止まるより早いです」


 レオルは、しばらく考えた。


 そして言った。


「分かった。お前を正式な会計係にする」


「正式な?」


「勇者パーティー会計係」


「表向きの名としては、それで構いません」


「裏は?」


「討伐請負組レオル隊会計係です」


「長いな」


「正確です」


「もっと勇ましい名はないか」


「ありません」


「ないのか」


「ありません」


 組合書記が、横で頷いた。


「正確な方がよいです」


 レオルは、組合書記を見た。


 組合書記は穏やかに微笑んだ。


 レオルは負けた。


     *


 翌朝、レオル隊は町を出た。


 表向きには、勇者一行の再出発である。


 町の子どもたちは、やはり手を振った。


「勇者様!」


 と呼んだ。


 レオルは手を振り返した。


 その後ろで、わたしは帳を抱えて歩いた。


 追放は取り消された。


 ただし、帳には残した。


 追放。


 精算。


 未払い確認。


 復帰。


 会計係権限追加。


 共同資金使用手順改定。


 黒角大型獣討伐請負金の再記載。


 よい流れである。


 レオルは少し不満そうだったが、武器屋から剣を受け取れたので機嫌は戻った。


 ガルドは椅子を見ると目をそらすようになった。


 ミーシャは香油を自分の財布で買った。


 トールは黒羽帽子を「個人装備」と呼ぶようになった。


 エレンは寄進の前に全員へ聞くようになった。


 旅は少し遅くなった。


 だが、止まりにくくなった。


 それでよい。


     *


 今でも、わたしは戦えない。


 魔法も使えない。


 剣も握れない。


 荷物もあまり持てない。


 黒角大型獣を倒すことはできない。


 勇者のように名乗れない。


 聖女のように祈れない。


 賢者のように術式も読めない。


 それでも、宿屋の前では帳を開く。


 武器屋では領収書を受け取る。


 薬師には用途を書いてもらう。


 馬車屋には保証金の控えをもらう。


 酒場では、椅子の数を見る。


 串肉を買ったら銅貨を数える。


 分からない支出は、分からない支出として分ける。


 村人が魔王と呼ぶものは、表の札では魔王でよい。


 ただし、裏帳では未確認危険個体と書く。


 レオルが勇者と呼ばれるのは、止めない。


 ただし、支払主体は討伐請負組レオル隊と書く。


 呼び名と実態を分ける。


 表と裏を分ける。


 払ったものと払っていないものを分ける。


 それが、わたしの仕事である。


 レオルは、時々まだ言う。


「リナ、今それを書く必要があるか」


 わたしは答える。


「あります」


「魔王討伐の旅だぞ」


「表向きは」


「裏では?」


「黒角大型獣、または未確認危険個体の討伐請負です」


「夢がない」


「帳ですので」


 レオルは黙る。


 最近は、それ以上言わない。


 少し成長した。


 帳のおかげである。


 たぶん。


 勇者パーティーを追放されましたが、領収書だけは全部持っています。


 それは復讐のためではない。


 ざまぁのためでもない。


 ただ、呼び名と実態、払ったものと払っていないものを分けていただけです。


 世界を救うと呼ばれる旅でも、朝の粥代は消えない。


 椅子を壊せば弁償する。


 香油は個人負担。


 金糸飾りは半分まで。


 魔王は表の札。


 未確認危険個体は裏の帳。


 それだけのことで、旅は今日も前へ進む。


 剣ではなく。


 魔法でもなく。


 領収書の束を、革鞄の中で折らないように守りながら。

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