帰国後の外来煽動家
帰国後の外来煽動家
――「語れば語るほど、信じられなくなった男」
帰還
彼が祖国バルガン連合に戻った時、
仲間たちは期待していた。
「アリランはどうだった?」
「内部は揺れていたか?」
彼は即答できなかった。
それが、最初の異変だった。
彼の語り
数日後、彼は集会で語り始める。
「あの国は異常だ」
「誰も叫ばない」
「名を名乗れと言われる」
聞き手は、笑う。
「それがどうした?」
彼は続ける。
「王を罵ろうとしても、
誰も続かない」
「噂を広めようとしても、
“誰の責任だ”と聞かれる」
空気が、変わる。
伝わらない恐怖
彼は必死に説明する。
「牢もない」
「剣も抜かれない」
「だが、言葉が死ぬ」
しかし、聴衆は理解できない。
煽動とは、
敵が怒ることで成立する技術だからだ。
「それは弱い国だ」
「黙っているなら、崩せばいい」
彼は叫ぶ。
「違う!
崩せないんだ!」
矛盾が露呈する
次第に、彼の話は食い違い始める。
「民は不満だ」と言いながら、暴動は起きていない
「王は恐れられている」と言いながら、処刑例が出てこない
「弾圧がある」と言いながら、被害者の名が出せない
仲間の一人が、冷静に問う。
「誰が、そう言った?」
「名は?」
彼は、答えられなかった。
信用の崩壊
彼の最大の武器は、
「先に現場を見た者」としての権威だった。
だが今や、それが裏目に出る。
「あいつは、
名も出せない恐怖を語る」
「つまり、証明できない」
彼は気づく。
自分が、アリラン方式で裁かれていることに。
仕事が来なくなる
次第に、
集会に呼ばれなくなる
文書の依頼が減る
酒場で話すと席を立たれる
理由は一つ。
「あの男の話は、
誰の責任か分からない」
最後の試み
彼は、かつての得意技に戻ろうとする。
「我々は――」
即座に遮られる。
「“我々”は誰だ?」
「逃げるな」
彼は、名を名乗らない。
いや――
名乗れなくなっていた。
終わり
やがて、彼は記録から消える。
処刑されたわけでも、
追放されたわけでもない。
ただ、
誰も、彼の言葉を
引き受けなくなった。
それが、煽動家にとっての死だった。
歴史家の注記
彼はアリランで敗北し、
祖国で信用を失った。
名を問う文化は、
国境を越えて感染したのではない。
彼自身が、戻れなくなったのである。
余波
この事件以降、
バルガン連合の若い語り部たちはこう言い始める。
「煽る前に、名を背負え」
そして皮肉にも、
最初に変わったのは、敵国の言葉だった。




