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万象の魔女  作者: シロイペンギン
エピローグ 因果の継承者
7/9

見ている世界

昼暮れ――私たちは、バルナの鼻を頼りに、グランドウルフの群れへと接近していた。


ディランが、"意味刻み"への対応について語っていた。


「狼の主に刻まれた意味は、おそらく――

 この周辺の支配者か、群れそのものの主あたりだろう」


「このレベルの魔物で、それ以上の意味が刻まれているとは考えにくい」


「土地の主であるなら、個体として際立った特徴が現れる。

 群れの主であれば、行動で特徴が強く出るはずだ」


淡々とした口調の中に、確かな経験が滲んでいた。

彼の説明を聞きながら、私は思う。

――“意味”にも、ある程度の法則があるのだな、と。


ディランは、短く息を吸い、続けた。


「俺とバルナ、それにリオンで切り込む。

 ニナはセラナの護衛だ」


そして、わずかに間を置いてから――


「セラナ、お前は……意味を特定し、剥がせ」


その言葉に、私は息を呑んだ。

――彼は、私の実力すら知らない。

それでも、私の“決意”を信じてくれているのだと感じた。


胸の奥で、何かが静かに熱を帯びる。


「……うん」

私は、確かに頷いた。



バルナの低い声が響いた。

「見えてきたぜ。二十……いや、二十二、だな」


荒野の先、谷間の底に岩が折り重なり、

まるで天然の要塞のような影をつくっている。

その内部で、灰色の狼たちが蠢いていた。


私たちは、その上方――崖の縁に身を潜めている。

風が下から吹き上げ、獣の匂いを運んできた。


見下ろすと、霧の切れ間に三つほどの影が揺れて見える。

だが、バルナは鼻で群れの数を正確に感じ取っているのだろう。


私は、“万象を見る目”を試してみる。


あの狼――そして、それと同じ種の気配を探知する。

“見る”という行為に明確な意味を与え、魔力を静かに構築する。

そして、それをゆっくりと、目へと込めた。


熱い。

視界の奥が、じんわりと焼けるように疼く。


要塞のような岩場の中――

赤くぼんやりとした光が、いくつも浮かび上がる。

……二十、二十一、二十二――いや、二十三。


私は息を呑んだ。

バルナのやつ、少しだけ間違ってる。


リオンの声が静かに響いた。

「どうしますか? あんな要塞の中に踏み込んだら、戦いにくいです。

 それに、主の位置も特定できません」


谷間に沈む風が、言葉のあとをかすめていく。


私は口を開いた。

「……二十三匹いる。

 ――私、巣から狼を出すことができると思う」


自信があった。

頭の中に、魔法の設計図が浮かんでいた。


短い沈黙ののち、ディランが頷く。

「よし、やってみろ」


その声に、確かな肯定の響きがあった。


私はそっと目を閉じ、息を整える。


どちらも、“燃焼”という現象の構造を再現する。

酸素、熱、そして可燃物。


私は、その可燃物のイメージを少しだけずらした。

湿った苔のように水分を多く含み、

燃えにくい――けれど、煙だけは濃く立ちのぼるもの。


そこに、狼の嫌いそうな刺激臭を混ぜる。

正確な匂いなんて知らないけれど、

香木を焦がしたような、苦くて鼻を刺す香りを思い浮かべた。


そして、熱は抑える。

燃やすためじゃなく。

――追い出すための炎。


魔力の構造が完成した。

掌の中に熱が集まり、わずかに空気がざらつく。


――放つ。


次の瞬間、煙が一気に広がった。

視界が白く染まり、鼻の奥にツンとくる刺激が走る。


……あれ、少し違う。

思っていた匂いと、なんかズレてる。

たぶん、知識が曖昧だったせいだ。


横を見ると、バルナが露骨に嫌そうな顔をしていた。


……うん、いい感じ。


煙はさらに広がっていく。

ちょっと、かっこ悪い魔法。


でも、目的は果たせそうだ。


あとは流すだけ。

私は煙に向けて風の魔法を放つ。


狙いどおり――大量の煙が谷間へと滑り込み、

“狼の要塞”を静かに包み込んでいった。


要塞から、狼たちが一斉に飛び出した。


「……やった!」

思わず声が漏れる。


「セラナ様、流石です!」

隣でニナが、目を丸くして叫んだ。


「行くぞ!」

バルナが変わった、崖を駆け降りる。

ディランとリオンもすぐに続いた。


私とニナも、後を追って崖を下る。



バルナ、ディラン、リオンが谷底で狼と戦い始めた。

やはり三人とも、戦い慣れている。動きに無駄がない。


私の目的はまず、“意味”を特定することだ。

視界に映る十匹ほどの群れのなかに、目立つ個体は見当たらない。


戦いは続いている。

改めて見ると、リオンの動きには少し癖がある。

けれど、やはりディランの剣技は別格だ。

素人の私にも、その差ははっきり分かる。


ただ――このまま斬り尽くされてしまえば、群れごと“意味”が消えてしまう。

馬にするためにも、五匹は残しておかないと。


「まずいぞ!」

ディランの声が谷底に響いた。


いつの間にか、前線の三人が分断されている。


「うわっ……!」

リオンが五匹に囲まれていた。明らかに劣勢だ。


「異常に統率されてやがる!」

「リオンが狙われてるぞ!」

バルナの声が続いた。


ニナが私を見ている。

リオンが危ない。


わからない。どれが主なのか。

特徴はない。

恐ろしく統率されている。


リオンを狙う狼がさらに増え、今や七匹に囲まれていた。


私は息を整え、魔力を目に込める。

狼たちの輪郭が、赤く滲んで見えた。

――全部で二十三匹。


すでに八匹が倒れている。

四匹ずつが、ディランとバルナの周囲を囲み、微妙な距離を保っていた。


全ての狼を観察した。

けれど――どれが“意味刻み”なのか、わからない。


このままでは、リオンが危ない。


「諦めるなら言え! 俺が全部斬る!

 それも“選択”だ!」


ディランの声が響いた。

その響きの中で、私は理解した。


相手が“意味刻み”であろうと――

この程度の魔物は、彼にとって敵ではないのだ。

彼の実力は、素人の私でもわかるほど明白だった。


無駄な消耗を避け、アルディアへ向かう。

それが、彼の考える最も合理的な判断だったのだろう。


――でも、そんな人が。

そんな人が、私の“意志”を尊重してくれた。


胸の奥が、熱を帯びる。


「僕は、国のために命をかけてます!

 最後まで、やりきってください!!」


狼に襲われながらも、リオンが必死に叫んだ。

今まで口にはしていなかった彼の国への想いが、伝わってくる。

その声は、まっすぐ私の胸に届いた。


その瞬間、胸の熱がさらに広がる。

鼓動が、痛いほどに響いた。


――そうだ。

私がやるべきことは、“意味”を見つけて、剥がして、そして奪う。


『――君なら、この世界の理を、きっと見通せる日が来る』

おじいさんの声が、胸の奥で蘇る。


意味にも、理はある。

必ずある。

構造を考えるんだ。


視界に映る狼たちは、異常なまでに統率されていた。

連携という言葉では足りない。

まるで――同じ思考を共有しているかのようだ。


これほどの一体感、どうやって?

狼なら、匂いか?


けれど、違う。

鼻は、さっきの煙の匂いで塞がれていはず。


音か、マナか?


――僅かに、マナの波長を感じる。

マナの可能性は、高い。


この“神のくれた目”なら、

マナを正確に“視る”ことができるはず。


見る世界を、変える。

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