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万象の魔女  作者: シロイペンギン
エピローグ 因果の継承者
6/8

私の役割

夜空が、驚くほど綺麗だった。

私たちは荒野の中で、風を避けられる岩陰を見つけ、そこで夜を迎えることにした。


灯りは、魔導灯の小さな光と、頭上に散る星々だけ。

その二つが交わって、世界の境界がぼんやりと溶けていく。


今の私の仕事は、休みながら、ときどきこの灯りに魔力を注ぐこと。

光が弱まりはじめるたび、そっと手をかざして力を送り込む。

――私には簡単なことだけど、これを“完璧にできたら一人前の魔導士”だと、魔道具学の講師はよく言っていた。


見張りは、私以外の四人が交代で行っている。

国はもうなくなってしまったのに、それでも皆、私を“貴族様”として扱ってくれている。

……それとも、魔導士だからだろうか。


私は剣も武術もできない。

運動神経には自信があるけれど、それは戦いには役立たない。


魔導士は、一流になれば騎士を立てるか、後衛としてパーティに加わる。

前衛を持たぬ者は長く生き残れない――

おそらく、それも“合理”の果てに生まれた“当然”なのだろう。


――合理。

その言葉を思うと、どうしても、あのおじいさんを思い出す。


たった十日ほどの出来事だったのに、

まるで何年も――生き方そのものを教えられたような気がする。


ときどき、遠くで狼の遠吠えが聞こえた。

けれど、この夜は何事もなく過ぎていく。


◇ ◇ ◇


旅立ちから、四日が経っていた。

私たちは今日も、果ての見えない荒野を歩いている。


空は高く、風は乾いている。

それなのに――胸の奥には、少しずつ不安が積もっていった。


ミラレス全土が“魔響区”に呑まれてしまうまで、

正確な時間は、誰にもわからない。

だからこそ――一刻でも早く、アルディアに着きたかった。


ニナからは、旅立ちの前に――「最低でも一週間はかかる」と聞いていた。


「あと、どれくらいで着くの?」

私は歩きながら、もう一度確認するように尋ねた。


「目的地までは……まだ八日はかかる。」

前を歩くディランが、振り返らずに短く答える。


胸の奥が、少しざわついた。

――まだ、そんなに時間がかかるの?


予定より遅れているのだろうか。

それとも、これが“旅”というものなのだろうか。


やっぱり私は――“小娘”で、“箱入り”で、“常識知らず”なんだろうか。


不安が、静かに胸を締めつける。

このまま八日も歩き続けて、間に合うのだろうか。


そんな考えが、頭を離れなかった。


「……アルディアにご助力をいただければ、

 帰りは馬で、もっと早く戻れると思います。」


意外にも、その声はリオンのものだった。

察しの悪そうな奴だと思っていたのに――

もしかして、私の不安に気づいたのだろうか。


けれど、不安は晴れなかった。


「嬢ちゃん、悪いな。魔物が思ったより多くて、少し迂回してるんだ。

 俺、鼻が利くんでな。大人で相談して、そう決めたんだ」


バルナの声が、前方から風に乗って届く。


「お嬢様、申し訳ありません。

 ですが……私にとっては、お嬢様の安全がいちばんです」

ニナが静かに続けた。


その言葉を聞いた瞬間――ただ、悔しかった。


私は子ども扱いされている。どれだけ覚悟を口にしても、所詮は守る側の“対象”なんだ、という現実が腹の底を焼く。


血が騒ぐのを抑えきれず、私は声を投げつけた。


「どうして、私には教えてくれなかったの? 私か子どもだからってこと?」


ディランが静かに口を挟んだ。

「──それはお前が考えることじゃない。お前にも、考えておくべきことがあるはずだ。アルディアに着いてから、お前には大事な役目が待っている。」


「何それ。意味がわからない。間に合わなかったら、何の意味もないじゃない!」


頭の中がぐちゃぐちゃにかき回され、言葉が勝手に溢れ出す。やっぱり私は――子どもなんだろう。


抑えきれない怒りが胸を焼き、声は刃のように飛んだ。


「この辺に狼の魔物がいるんでしょ? だったら、そいつらを捕まえて、馬にすればいいじゃない! そうすればもっと早く着けるでしょ!」


言葉は無茶で、勢いだけの暴発だった。

けれど――心の奥では、私はずっと、一人で考えていた。

限られた知識の中で、どうすればいいかを、何度も何度も。

子どもなりに、必死に“最善”を探していた。


だからこそ、その声は、確かに“私のもの”だった。


乾いた風の向こうから、低く、静かな返答が返ってきた。


「……悪くはない」


ディランの声。


「世界には、グランドウルフを“馬”のように扱う民族もいる」


――意外だった。

ディランが、私の無茶を否定しなかった。ついさっきまで、私はこの人をもっと現実主義で、融通の利かない人物だと思っていた。


「だが――そのためには、群れの“主”を狩る必要がある」

彼の鋭い視線が、陽光を反射してわずかに光った。


「おそらく、その主は“意味刻み”だ。

 危険は桁違いだぞ。……覚悟はあるか?」


乾いた風が草を撫で、静寂が戻る。

その言葉は、昼の光よりもまっすぐで、重かった。


――私は子どもかもしれない。

けれど、それでも――ちゃんと考え、覚悟はできている。


荒野の風が頬を撫でる。皆の視線が私に集まると、胸の奥がほんの少し震えた。


「皆さん、お願いします。

危険を承知で――私のわがままを、聞いてください。」


深く頭を下げると、風が背中を押した。


そう言って、私は深く頭を下げた。


一瞬の静寂。

けれど――気づけば、全員が笑っていた。


リオンは真面目な顔のまま頷き、

バルナは「最高だ」と笑い、

ニナは優しく目を細めた。

そしてディランは――静かに、力強く頷いた。


その瞬間、風が吹いた。

荒野の乾いた風が、髪を揺らす。


「必ず、やりとげる」


――私は、もう覚悟を決めている。


その言葉は、風に溶けて、空へと消えていった。

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