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万象の魔女  作者: シロイペンギン
エピローグ 因果の継承者
5/6

世界に意味を刻まれた者

私は、野営地の東の果て――この国の境界に立っていた。

そこには、これからの旅を共にする四人がすでに揃っていた。


「……お願いします。」


そう言って、私は深く頭を下げた。

それぞれが、それぞれの仕方で頷き、言葉を返してくれる。

リオンは真面目に、バルナは軽口を交えて、ディランは静かに。

ニナは、最後まで微笑んでいた。


国を出るのは、これで五度目。

学校の課外授業で三回、

二人の姉が嫁いでいくときに帝国へ同行した二回。


姉たちは、今も元気だろうか。

あのとき笑っていた顔を、ふと、思い出す。


……自分の母国が、

自分の今いる国によって“地図から消えた”と知ったとき、

彼女たちは、どんな気持ちになるのだろう。

それとも――まだ、知らないのだろうか。


そんなことを考えながら、私は歩き出した。

――国を出た。


いや、もう“国”ではなくなってしまった。

私の"世界"を出た。



しばらくは、かつて街道だったらしい場所を歩いた。

草に覆われ、石畳の名残だけが足元に残っている。


ときどき、リオンが道の安全や地形のうんちくを語り出したり、

バルナが「腹減った」とぼやいたりする。


けれど、会話が続くことはなかった。

誰もが、それぞれの考えに沈んでいる。


焦げた匂いが、まだ風の中に混じっている。

――沈黙が長い。

少し気まずい。


……なにか、話題ないかな。


「ねぇ、ニナ。――勇者って、結局なに?」


歩きながら、なんとなく口に出してみた。

正直、私はよく知らない。

これまでは、なんとなく知ったかぶってただけ。

“なんかすごい人”くらいの認識で――。


まぁ、目的地が“勇者の国”アルディアなら、話題としては悪くない。

むしろ、我ながらナイスチョイス。


ニナは少し驚いたようにこちらを見て、

それから小さく微笑んだ。


「……そうですね――」


ニナが答えようとした、その瞬間。


「勇者は勇者ですよ!」


リオンが食い気味に割り込んできた。

真剣な目で、まるで授業中の模範解答みたいに胸を張る。


「世界の災いと呼ばれる邪竜を討つため、神に選ばれし存在です!

 古の時代から、幾多の勇者たちが歴史を――」


……語り始めた。

止まらない。目が輝いてる。


(……なんだコイツ?)


その後も、リオンは延々と勇者について語り続けていた。

止まらない。彼はもはや、自分の世界に入っていた。


ニナだけが、律儀に頷きながら聞いている。

……さすが、できるメイド。


要するに――

勇者っていうのは“血筋”じゃなく、“聖剣に選ばれた存在”のことらしい。

東の大陸に渡り、災いの源とされる黒竜を討伐する使命を負うのだとか。


驚いたのは、先代の勇者がその黒竜に返り討ちにされ、

戻ることはなかった――という事実。

……勇者といえど、世の中はシビアだ。


ちなみに、おばあ様は“先々代の勇者”と共に、

その黒竜を討伐したらしい。


――リオンが熱弁した話の、ほんの一部だけを要約すると、そんな感じだった。


リオンがようやく自分の世界から戻ってきたのか、唐突に私に話を振ってきた。

「セラナさん、相当魔法の腕がいいらしいですね? 王宮でも有名でした。なら――勇者パーティの魔道士に志願してみてはどうです?」


リオンは得意げに続ける。

先代の勇者は期待されていたが、仲間の実力不足――とくに魔道士の力量が足りなかったのが敗因だと、国中では噂されているらしい。


止まらない。

……勇者の話題は、やめておけばよかった。


私は肩をすくめて答えた。

「いや、勇者って……すごいね。

 そんなパーティに入れたら、そりゃ素敵だけどさ。」


この言葉は、嘘じゃなかった。

――おばぁ様のように、私もなりたいと思うから。


心の中で、ひとつの天秤を思い描く。

片方には――アルセリア家の名誉、復興、野望。

もう片方には――復讐。


その針がどちらに傾くかなんて、考えるまでもなかった。


「でも、私、まだ子どもだしね。」


軽く笑ってみせた。

けれど――どうしてだろう。

その言葉の中には、ひとつも“本当の気持ち”なんてなかった。


リオンは残念そうに眉を下げ、それでも懲りずに続けた。

「すでに次の勇者は選定されているそうです。セラナさんと歳も近い、十六歳とか……」


……しつこい。

少し、イライラしてきた。

――うるさい。ほんと、うるさい。


少し前方では、ニナがバルナと何か真剣に話をしている。

その声が風にかき消され、妙に遠く感じた。


私は、珍しく我慢していた。

けれど、コイツはまだ、何かを言い続けている。

その声が、ひどく耳につく。


もう、限界だ。


「……黙って」

そう、口が動きかけた――その瞬間。


背後から、低く、落ち着いた声が空気を断ち切った。


「やめておけ、リオン。……彼女にも、彼女の信念がある。」


その声は、鋼のように静かで――風よりも強かった。

リオンの言葉がぴたりと止まり、荒野に沈黙が戻る。


胸の奥に溜まっていた苛立ちが、

不思議と、風に溶けて消えていく。


焦げた草の匂いが、風に乗って流れていった。

さっきまで重く淀んでいた空気が、少しだけ軽くなる。


――風の音だけが、再び耳に残った。


それでも、リオンは本気で残念そうな顔をしていた。

その表情があまりに真っ直ぐで、少しだけ可哀想になった。


……多分、コイツも悪い奴じゃないんだろう。


「――少しだけ、考えとく」


そう言ってみると、リオンの顔がぱっと明るくなった。

本当に、単純な人だ。

けれどその笑顔を見て、ほんの少しだけ胸の重さが軽くなった気がした。



気づけば、空は橙に染まりはじめていた。

いつの間にか街道の跡も途切れ、足元は乾いた土と岩ばかりの荒野に変わっている。

風が強く、砂混じりの音が耳にざらついた。


「この辺り……グランドウルフが群れで出るんだ。

 安全に野営できそうな場所があればいいんだが。」


先頭を歩くバルナが、耳をぴくりと動かしながら言った。

その横顔は冗談めかしていたが、目だけは真剣だった。


「グランドウルフ?」

私が聞き返すと、ディランがちらりと視線を向け、短く答えた。


「……低級の魔物だが、群れで行動する。数で来られると厄介だ。」


一拍置いて、彼は続けた。

「それに――“意味刻み”が混じっていると、さらに面倒だ。

 常に、その可能性は考慮しておく必要がある。」


その言葉に、私は思わず息を呑んだ。


◇ ◇ ◇


――ピピ先生の授業を思い出す。


この世界は、“意味”によって支えられています。

人も、物も、魔物も――すべてが“意味”を持っているのです。


強い想いを抱く人は、その心の中に“意味”を刻むことがあります。

また、長い年月の中で、多くの人々の願いや祈りが積み重なれば、

石や剣、土地のような“物”にも“意味”が宿ります。


そして、稀に――

世界そのものが、何かに“意味”を刻みつけることがあります。


それらは形を変え、

時に、ひとつの“強い意味を持つ存在”として現れる。


――それが、“意味刻み”。


◇ ◇ ◇


遠くで、低く長い獣の遠吠えが響いた。


なんとなくだけど――出会ってしまいそうな気がする。

私の勘は、よく当たる。

とくに――悪いことほど。


そんなことを考えながら、

私は、沈みゆく夕暮れの荒野を歩いていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

もし気に入っていただけたら、同じ世界で描いている別作品 『主者選択』 もぜひご覧ください。


こちらは転生者のアーシェが、家族や仲間とともに“選択”を迫られていく物語です。

『万象の魔女』とはまた違った視点で、世界の裏側や神々の思惑に触れていきます。

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