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万象の魔女  作者: シロイペンギン
エピローグ 因果の継承者
12/13

再燃される紅

四日が過ぎた。

早朝――七つの影が、荒野を駆けていた。


旅はおおむね順調に進み、私たちはミラレス近郊へと辿り着いていた。


私が国を出て、そして――こうして再び戻ってくるまでに、

十日ほどが経っていた。


胸の奥には、不安がある。

けれど、その不安と向き合うことに――もう、意味はない。


先頭を行くディランの背が、夜明けの光にかすんで見える。

結果的に、グランドウルフと馬とで、大きな時間の差はなかった。


それでも、彼があえて狼を選んだ理由は分からない。


私への気遣いだったのか。

それとも……彼自身、この獣たちに何かしらの愛着を持っているのか。


あの無表情からは、何も読み取れない。


彼は――アルディア王が提示した“ミラレス救援の条件”、

勇者との同行を、どう受け止めているのだろう。


同意も、拒否もしていなかった。

ただ、静かにそれを受け入れたように見えた。


……そもそも、彼は何者なのだろう。

かなり腕が立つこと。

そして、かつて冒険者だったということ以外、

私は、彼のことをほとんど知らなかった。


横を並走するレイの姿が、視界の端に映った。

――彼は、ディランのことを何か知っているのだろうか。

あの王の反応も、まるで彼の過去を知っているかのようだった。


そんな考えが頭をよぎった、そのとき。

――風の匂いが、変わった。


見慣れた風景が、視界の先に広がる。

私は――ミラレスの国境の野営地へ、帰ってきたのだ。


まだ……人の気配がある。


――間に合った。


「まずは、エドワード様に報告に向かいましょう」

ニナの声が響いた。


「……誰?」

自然に言葉がこぼれた。


「この東の野営地を臨時で取り仕切ってくださっているお方です。

 レインズ家の三男で……」


ニナが説明してくれたが、私は途中から半分しか聞いていなかった。

レインズ家――名前は知っている。

“まぁまぁな貴族”だったはずだ。


……そんな奴より、ピピ先生に会いたかった。


とはいえ、ニナの言うことはもっともだ。

私は素直に頷き、彼女の後に続いた。


狼たちを待機させ、私たちは“エドワードとかいう男”のいる指令テントへ向かう。


野営地の空気は、以前より落ち着いているように見えた。

けれど、遠く――国の中心部の方角からは、微かにマナの乱れを感じる。

静けさの奥に、ざらりとした不穏が残っていた。


やがて、目的のテントに着いた。

前には護衛らしき兵士が数名、緊張した面持ちで立っている。


「アルセリアです」

ニナが名乗ると、兵士たちは一瞬だけ顔を見合わせ――すぐに通してくれた。


テントの中は、意外なほど整っていた。

机の上には地図と報告書が散乱しているが、中央には――きちんと紅茶の入ったカップが置かれている。

……避難所とは思えない光景だった。


「おおっ、セラナさん!

 お久しぶりです。アルディア王の反応はどうでしたか?」


明るい声が響く。


中にいた男――金髪を丁寧に撫でつけた青年が、勢いよく立ち上がった。

上等な鎧を身に着けてはいるが、どこか新品のように光っている。


(お久しぶり……? 私、この人に会ったことあったっけ?)

一瞬、記憶を探ったが何も出てこなかった。

……まあいい。ここで否定するのも面倒だし、話を合わせておこう。


「お久しぶりです、エドワード様。

 アルディア王はご助力くださり――こちら、レイファス様を同行させてくださいました。

 さらに後続で、救援部隊を派遣してくださるとのことです」


エドワードは、レイに視線を移しながら目を丸くした。


「おおっ、それは朗報だ!

 はてさて……レイファス・クローヴといえば、“選定されし勇者”ではございませんか!

 いやぁ、存じておりますとも!」


声がやたらと明るい。

この状況で、よくそんなトーンが出せるものだと感心すらする。


……悪い人ではなさそうだ。

ただ――圧倒的に、温度差がすごい。


「レイファス・クローヴです。

 我が王の命により、貴国へご助力いたします」


レイが落ち着いた声で言った。

その姿はまさに“勇者”そのもの――誰もが納得する威厳がある。


……まあ、実際は“王の命”というより、

自分からそう言い出したんだけど。


私は、こういうところでどうしても突っ込みたくなる。


「素晴らしい!

 これで、ミラレスも安泰だ!

 勇者が来てくれたのだ!」


エドワードは、まるで宴でも始まるかのような声で言い放った。

横に立つ兵にまで嬉しそうに語りかけている。


……本気でそう思ってるらしい。


「レイファス様、どうかよろしくお願いします!」


その言葉に、レイは静かに頷いた。

そして右手首を左手で軽く押さえる――独特の仕草で敬礼する。


アルディアの文化なのだろうか?

……それとも、勇者だけの作法?


なんにせよ、場の空気が妙に締まった気がした。

さっきまで浮かれていたエドワードでさえ、思わず姿勢を正していた。



「説明してくれ」

エドワードが、隣に控えていた兵に短く命じた。


「はっ。生き残った魔導士の報告によれば――

 魔響区化の進行は、想定を遥かに上回っております。

 このまま拡大すれば、ここ東の野営地はもちろん……

 最悪、この大陸最大規模の魔響区になりかねません。


 我々としては避難民を退避させたいのですが……動けぬ者も多く」


兵の声には、明らかな焦りが滲んでいた。

それは報告というより――懇願に近かった。


「避難民については――救援部隊の到着を、しばしお待ちください。

 アルディアでも受け入れの体制を、すでに検討しております」


レイの声は落ち着いていた。

焦燥を帯びた空気の中で、その言葉だけが不思議と静けさを取り戻させる。


「魔響区については、許可をいただけるのなら……私が、国に入ります。

 どこまでやれるかは分かりません。ですが――可能な限り、その規模を抑えてみせます」


その言葉に、テントの中の空気が一瞬止まった。

誰も軽々しく口を挟めない。

まるで、その“決意”に圧されたかのようだった。


「そ、そんなことが……できるのですか?」

エドワードが目を見開いた。

――初めて、この人と同じ気持ちになった気がする。


レイは、言っていた。

“魔響区へ入る”と。


けれど――どうやって、あの“乱れ”を抑えるつもりなのだろう。

本当に、そんなことができるのか?

勇者だから、できるというのか?


あの夜に聞いた言葉が、今になって現実味を帯びて迫ってくる。


「ディランさん、セラ、一緒に来てもらえますか?」

彼の瞳に、私が映っていた。


燃えていた。

私のすべてが――いや、今も燃えている。

もう一度、あの場所へ行けば、復讐の炎はもっと強くなる気がした。


それが良いことなのか、悪いことなのか分からないまま、私は首を縦に振った。


「バルナ、お前も来い」

ディランが短く言う。

直接の返答はなかったが――それが、彼なりの“了承”なのだろう。

そして、バルナも無言で頷いた。


「ありがとう」

レイが静かに言った。


「では、休める場所を用意させます」

エドワードが言う。


「お気遣い、痛み入ります。

 ですが――すぐに発とうと思います」

レイの声は、迷いなく強かった。


エドワードはその言葉に小さく頷いた。



あの国は、私のすべてだった。

そして――燃えた。


もう、戻ることはない。


残ったのは、ただ“紅”だけ。


怒りは、何を“想像”するのだろう。


私たちは――魔響区の中心、ミラレス王宮を目指した。

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