表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万象の魔女  作者: シロイペンギン
エピローグ 因果の継承者
11/13

呼び名

夕暮れどき。

約束の時間。


私たちが城下町の出口――大門へ辿り着いたとき。

勇者は、すでにそこにいた。

二人の兵と、六頭の馬を従えて。


横にいるリオンは、勇者を見つめて明らかに興奮していた。


「レイファス・クローヴです。

 よろしくお願いします」


彼は、自らを“勇者”とは名乗らなかった。

けれど、その背に負う剣と、静かな立ち振る舞い――

それらが何よりも雄弁に、“彼こそが勇者なのだ”という意味を放っていた。


私たちも軽く挨拶を交わした。

リオンは、少し噛んでいた。


「陛下が馬を用意してくださいました。

 名馬です。これなら、四日ほどでミラレスへ辿り着けるはずです」

勇者は穏やかにそう告げた。


だが――ディランがその名馬を、品定めするように一瞥したあと、短く言った。

「いや。こちらで準備した馬で行く」


……馬?

狼、なはず。


勇者は一瞬、戸惑ったように見えたが、すぐに小さく頷いた。

「では、そちらがご用意された“馬”で参りましょう」


わずかに口元を緩めてそう言うと、

横にいた兵たちは無言で頷き、手綱を引いて馬を連れて帰っていった。



狼たちが待機している丘へ、すぐに辿り着いた。

あの野生の獣たちが大人しく待っているか――少し不安だった。

けれど、七匹のグランドウルフはそこにいた。

お互いにじゃれ合い、尻尾を振って。……ただの犬みたいだった。


「へえ……グランドウルフですか。

 騎獣としての文化があるとは聞いていましたが、すごいですね」


勇者は、馬が“狼”であることに驚く様子もなく――

年相応の、少し無邪気な顔をしていた。

その表情が、意外だった。


リオンは興奮気味に、勇者へ乗り方を熱弁している。

……説明できるほど、私たちに経験があるかは、正直疑問だった。


「もう日も傾いてる。暗くなっちまう前に、少しでも進もうぜ」

バルナがそう言って、狼に跨った。


明るい性格の彼も――その胸の奥には、故郷へ焦る気持ちがあるのだろう。


私と勇者以外の皆が、それぞれ狼に跨った。

そして――勇者が、軽やかにその獣へと跨る。


狼に騎乗した姿は、私がいちばん様になっていると思っていた。

けれど、この男は……それ以上に様になっていた。

……少し、腹が立った。


すると、まだ背に人のいない二匹のうちの一匹が、こちらを見つめていた。

耳に小さな傷がある。――私が乗ってきた狼だ。


その視線から、私に対する謎のリスペクトを感じる。


『いい子だ』


私は、その狼を“ミラ”と名付けた。


そして、そっと跨る。

『……頼んだ、ミラ』


夕陽の残光が丘を照らす。

七つの影が、同じ方向へと駆け出していった。



アルディアの近隣の森林地帯を抜けると、空が一気に開けた。

風が木々のざわめきを遠くへ運び、乾いた大地の匂いが鼻をかすめる。


やがて――荒野へ出た。

その頃には、すっかり夜が降りていた。


少し進んだ先で、野営に適した岩陰を見つけ、私たちはそこで歩みを止めた。


「ここで夜を越す」

ディランの低い声が、静寂の中に響く。


私たちは手分けして野営の準備を始めた。


王はいくつかの支給品を用意してくれていた。

そのひとつが――新型の魔導灯。


一度、魔力を注げば一晩は光を保ち、

さらに“魔物に感知されにくい”という仕組みだという。

東の大陸からの輸入品らしい。


「アルディアは勇者を輸出して、物を輸入してるってわけだな」

バルナが、ちょっと得意げに言った。


……ニナと勇者だけが笑っていた。

たぶん、この二人は“笑ってあげた”のだろう。

だって――全く面白くなかったから。



魔導灯が、静かに光っていた。

笑い声が消えたあと――夜の風だけが、そっと通り抜けていく。


他のみんなは、順番に見張りをしている。

そのあいだ、私は灯の光をぼんやりと見つめていた。


淡い光が揺らめくたびに、心の中のざわめきも、少しだけ静まっていく。


――そのとき。

見張りを終えた勇者が、こちらへ歩いてきた。


「ちゃんと、休んでくださいね」

勇者が穏やかに言う。


「勇者も、見張りありがとう」

私は彼の剣の柄を見ながら言った。


「“勇者”って呼ばれると……

ちょっと距離、感じますね」

魔導灯の光が、その瞳に小さく映っていた。


「私は勇者の言葉に、距離を感じるな」

私は、彼の目を見て言った。


「そうですね。人との距離の取り方は、あまり得意ではなくて」

そう語る彼の声は、夜の静けさに溶けるようだった。


「へぇ。なんでもできそうなのに」

思わず、本音がこぼれる。


「そんなことは、ありませんよ。

 一人じゃ何もできないから――こうして、信頼できる仲間を探してるんです」


灯の光が揺れ、彼の横顔をやわらかく照らした。


しばらく沈黙があった。

それは気まずさではなく、心が呼吸するような静けさだった。


「……私のこと、“セラ”って呼んでよ」

「父も母も、友達も、そう呼んでたの」


言ってから、胸の奥が少し熱くなった。

あったばかりのこの人に、なぜこんなことを言ってしまったのだろう。


「わかりました。……セラ」

レイファスは静かに頷く。

「なら、僕のことも“レイ”と呼んでください。

 同じです。父も母も、友人も、そう呼びます」


魔導灯の光が彼の瞳に反射して――その中に、私が映っていた。


「セラ。……ディランさんや、皆さんの了承を得られるなら」

彼の瞳は真剣だった。

魔導灯の光がその眼差しを照らし、影が頬をかすめる。


「――魔響区へ。ミラレスへ、入ろうと思っています」


レイの言葉が、夜の荒野に静かに響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ