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第一章(書いている途中)

時に、人の不幸とは何をもって定義されるのか。

時に、人生の山場はいつのことを指すのか。

時に、不透明な未来はどれほどの絶望を包含するのか。

上記の三つの問、いづれも一つの真実によって導き出される。

「また...落ちた。」

水晶時計(クォーツ)が如く小刻みに震える僕の両手が握りしめるそれは、封筒に収められていたたった一枚の書類(かみのせんこく)。平均寿命80年と言われる現代日本人の人生を左右するには一枚の書類で事足りる。今なお全国の日本人はこの書類に苦しめられている。四苦が一角、生によって。

郵便受けから取り出した大きな封筒を持ったその時から感じていたある違和感。採用通知にしては非力な細い腕でも簡単に持ち上げられる程に軽い。それどころか快晴の空に向けるまでもなく光が透ける程度には薄いと来た。

周囲の通行人には一切配慮することなく、アパート共用の郵便受の前で立ち止まったままそれを開封する。僕の脳は邪魔者を見る視線など認識する機能を失ってる。恐怖、絶望、破滅、不確定なはずの未来に自らの墓穴を想起させる。もはや現代科学の祖デカルトに対する不敬(そんけい)の念が湧き出て来る。

即ち。

「境巡様 この度は弊社の選考に御応募いただきありがとうございました。誠に勝手ではありますが、この度の採用を見送らせて...」

ここから先は読みたくなかった。とても読める精神状態を持ち合わせてはいなかった。

何社目だろうか。

数えていない。

数えたくない。

就職活動という行為から目を背けていたい。

かつてここまで拒絶されることがあっただろうか。まだ僕の人生経験が浅いだけと結論付けることは、気休め程度にもなりはしない。

やっぱり学歴か。学歴なのか。小学校も中学校も通っていない、通えない僕はこの社会に不要ということなのか。

どんなに否定されても続けなければならない。国民の義務を果たす為、生きている限り行われ続ける終わりの見えない苦行。

明日もまた職安へ向かう。生きるために、死なないために、視界に移る全ての人間達に貢献するために。

落ち込む他人など目も向けず働く労働者は皆これを乗り越えたのだ。よく乗り越えられたな?人脈(コネ)入社か?

「今日はもう寝よう。」

次から次へと湧いてくる陰険な考えを強制停止させる。太陽が天上で輝く中、カーテンを閉め、薄暗い部屋にて眠りにつく。働き始めた後ではとてもできることではない怠惰な時間。

いいんだ。これでいいんだ。落選したのはこのためだったんだ。

昼間から布団に入ることができる幸福を享受しよう。

外へ向かう体をおもむろに反転させ、家に入る。

鍵をかけるのも面倒だ。鞄を投げ捨て、靴を脱ぐ。靴の向きは揃えない。揃えなくとも誰も咎める者はいない。

縦横無尽に飛び回る靴と投げ捨てられた鞄は明日の僕が何とかするだろう。規範とは決して並ばぬ悪食高い行為に心を蝕まれる。

服を脱ぎ布団に入る。着替えなどと心に余裕のある者がする高尚な儀式だ。シワの付くスーツもきっと何とかなる。

全身から気を抜き布団へ飛び込む。一人暮らしが一回一回布団を片付けるはずもなく、その夢の門は常に開かれている。

目を閉じ意識を深く沈める。

...

......

.........

「Active Tenth. Re:take this Day」

何か聞こえた気がした。

...

......

.........

ある晴れの日の朝、それはいつも通りの朝。昨日と同じ朝。

布団から出て体を伸ばす。次に壁掛け時計を見る。今は午前の6時、昨日は確か午後の10時に寝たはずなので睡眠時間はきっかり8時間。実に健康的だ。

米を二合程食べ、タンパク質、ビタミンを意識して摂取する。生物は食事がなければ生きていけない。その上、人はバランスよく食べなければ健康的に生きていない。

だがその食事の内容は貧しさ、裕福さによってその質を大きく変える。国から振り込まれる最低限の生活費で買える食品には制約があまりにも多い。朝食に米と安物の冷凍食品しか食べていないのもそのためだ。

だが着る服はそうはいかない。壁に掛けられたハンガーを手に取り、財布が吹き飛び余剰ダメージを受けるほどの価格がしたスーツを着る。いわゆるリクルートスーツという現代社会が生み出した同調圧力だ。

金がなければスーツは変えない。スーツがなければまともな就職先は望めない。働かなければ金が入らない。以下無限ループ。

そんな理不尽を払拭するため与えられたのがこのスーツ。買ってもらえれば実質タダ...などではなく職安から借りたものだ。借用という行為は常に返却が伴う。当然、返却の際には一度クリーニングに出す必要がある。また金がかかるのだ。

本来は面接に行く際に着ていくスーツなのだが、僕にはこれ以外着る服が一組しかないが為、現在は日光浴を楽しんでいるであろう安物の服は少なくともあと数時間の間は服としての役割を果たさない。今日は面接がない為、実質的にただの私服と同等の働きしかできないスーツはもはや動きにくさと暑さを持つ拘束具に思える。

昨日閉め忘れたドアの鍵を見て自身の無能具合に嫌気がさす。一瞬でも"確か昨日買い物帰りにちゃんと鍵をかけたはず"と思ってしまった自分が愚かしい。事実として、今目の前の鍵は解放されている。この鍵はしっかりと綺麗に並んでいる靴を見習ってほしいものだ。

落ち込んだ気分のままドアの内側に外気を当てる。開いた空箱は宇宙から飛来した斜陽の侵入を許し、空気中の埃と開いた瞳孔を照らす。

あまりの眩しさに視界が先んじて部屋の中へ帰ろうとする。とっさに細めた瞼は瞳孔の収縮が視界を連れ戻すまでの時間を稼ぐ。その間も足は視界不良による障害物衝突へのリスクヘッジを内積の直交に置き去ったが如く歩みを止める気配がない。危ない。郵便受けに腰がぶつかるところだった。手はぶつけた。

我が手に激痛をもたらした郵便受けにやっと慣れていた目で状況を確認する。刺さる封筒がこちらに笑顔を向ける姿が視界に入った。

「環境省外来生物課 内定通知書在中」

心拍数が天へと駆け上がる。全身の血管が過去にない負荷を受ける。

環境省外来生物課、確か先月面接に行った所の名称だったはずだ。あまりに多くの求人に応募し過ぎた為かどうも記憶が曖昧だ。それでもわかることはある。これが採用の合否が書かれた郵便物であることは。

動揺と恐怖に支配された脳はその日行うはずだった予定を全て奈落へ捨て去り、全身に郵便受けから封筒を取り出すよう命令する。命令に逆らえない自由民はあらゆる危険を顧みず、即座に手を刈り取った。間髪入れずにその取り出された封筒を赤子の様に大切に抱え家へ走り戻る。

御近所の烏曰く、鮮やかなVターンであった、と。まぁ、実際にはカーカー言われただけなのだが。

そんなことよりも、だ。内定通知書、その単語は決して不採用通知書の入った封筒には書かれないものである。これは過去の経験から得た持論である。つまり...これは...ゆっきゅりと...中のしょりゅりゅりゅがっややぶれないようにゆっきゅりとてぃううぃいいにひ。

震える手、歪む視界、下がり始める血圧、それらが不運の副作用以外で発生するとは知らなかった。消えそうになる意識の中、何とか開けた封筒から書類を取り出す。

「拝啓 境巡様。この度は...出勤可能な日にちが決まり次第ご連絡ください。敬具 環境省外来生物課 本部所長 黒田ヴィリア。」

深呼吸。

上がり過ぎた心拍数を適正値へと導くようにゆっくりと息を吸う。

95...89...82...77...

だんだんと落ち着いてきた。そう思い込むことにする。人は思い込みの力だけでも案外いろんなことができる。火傷をしたり、風邪が治ったり、火事場の馬鹿力がでたり、そう気持ちを落ち着かせたり。

安寧を取り戻した手で上着の内ポケットから手帳を取り出し、過去の僕が定めた予定を全て二重線で消した。そして新たに書き込む予定は...言わずともわかるだろう。

余裕ある心は人を優しくするという。ちょうど今の僕だ。よし、今日はどこかのボランティア活動でもしよう。

...

......

.........

ルビボタン触らなくてもルビ入れられるんですね。

あとこの回の前半部分すごく暗い。でも暗いのは自身の経験を元にしているから仕方なし。

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