第8話 小学生みたいな
◇◇◇
「結局こないだの100円玉はどうなったんだ?」
サッカー部の活動は原則毎週月・水・金・土の週四回。基本的に部活が無い日は近所にあるだだっ広い公園でシロウとだらだら過ごすのが入学以降この一か月のお決まりだ。霧ヶ宮泉曰く、『放課後よくあんたなんかと遊んでるみたい』とはこれを指している。
「あー、それ聞いちゃう?うっかり普通にコンビニで使っちゃった。ははは、地味にショックなんだけど」
ポンポンと持参したサッカーボールでリフティングをしながら、その整った顔に苦笑いを浮かべる天野蒔土
「そりゃご縁がありません事で。今度見つけたら千円で売ってやるよ」
「それはちょっとぼったくり過ぎじゃない?」
そんな風に何でもない会話を過ごしながら一、二時間を過ごして適当に解散するのだ。
「随分懐かしいの読んでるね」
ベンチで寝転がりながら漫画を読んでいるシロウをチラリと見てマキトは言う。シロウが読んでいたのは通学鞄に入れっぱなしだった人気野球漫画の第二巻。イズミがシロウに返した物だ。
「ん?あぁ、こないだやっと借りパクされたのが返って来たんだ。何度自分で買おうと思った事か」
「あ、もしかしてそれ霧ヶ宮さんに貸してたってやつ?」
「そ。5年の長きに渡ってな」
アシカの様に頭で二度三度ボールを浮かせた後で足元にボールを落とすと、トンと軽いタッチで木の枝に当ててまた戻す。
「野球好きなの?」
「俺?」
「いや、霧ヶ宮さん」
「知らね。つーか、あいつが小四の途中で引っ越してから全く接点無いから。入学式の日に初めて同じ学校だって知ったレベルだよ。だからあいつが野球好きなのか坊主頭が好きなのかも俺には分からん。少なくとも5年前はそうじゃなかったと思うけど」
「でも随分仲良さそうじゃん。見てて新鮮だよ」
「仲がいいかは別として。5年空いてるから小坊の頃と同じ感覚で話せる、ってのはあるかもな。そのまま小中と同じだったら今頃距離置いてる可能性の方が高い」
「そう言うもの?僕はちょっと分からない感覚だけど」
「うちの学校に俺の同中どの位いると思ってんだよ。地元だぞ?30人はいるからな?」
何故か得意げに語るシロウに苦笑いのマキト。6クラスあるので単純計算すると1クラスに5人は同中がいることになる。これはかなり多いだろう。
「あー、そう言えばそうだね。例えば誰とか?」
「うちのクラスだとクラス委員の眼鏡のやつとかそうだぞ。昔ちょっと喋った事ある」
「昔って……、今同じクラスじゃん』
「まぁ、重ねて言うけどそう言うもんなんだよ。あー……」
漫画を閉じ、寝っ転がったまま視線をやると青い地面に逆さまのマキトがいて、空は緑の草原だ。
「そう言えばイズミが今度一緒に野球ゲームやらない?って」
「え、何で?やっぱり野球好きなんじゃないの?」
首を傾げるマキトにシロウも苦笑する。確かに野球の話ばかりだ。
「んな事は無いと思うけどな。今度会ったら聞いてみ?誰の打撃フォームが一番好きですか?って」
ベンチから起き上がり軽く背伸びをしながら欠伸をするシロウの胸元へ、マキトはポンと軽くボールを蹴る。
欠伸をするシロウの胸元にトンと当たり、重力に引かれて落ちたボールは左足により再度跳ね上げられ、まるで糸が付いているように何度かトントントンと小気味いいリズムを刻む。
マキトはニコニコと拍手を贈る。
「ははは、サッカー部入ればいいのに」
「生憎俺が上手いのはサッカーじゃなくてリフティングだからなぁ。つーか、そもそも人と何かをやるってのが俺には合わないと思うんだ」
返事をしながらもリフティングは継続中。
シロウと替わるようにマキトはベンチに座り、彼の置いた野球漫画を読み始める。
「この漫画始まったの小四の時だっけ?」
「そう。俺即買ったもん。あ、それ初版じゃないけどあいつが買ったやつだから。間違えて自分の持ってきやがったんだよ。俺全部初版だから。自慢じゃないけど」
と、明らかに自慢であろう謎の初版自慢を始めるシロウ。
「そもそも初版って何?って感じなんだけど」
「無知やのう。ニワカと古参を判別する為の証だよ」
「絶対嘘だ、何でわざわざそんな対立を煽る目印つける必要があるんだよ」
「俺に言うなよ。事実なのは俺は一巻から全部初版ってことだけだ」
「あー、うん。わかった。要するに自慢なんだね……。今度僕にも一巻から貸してよ」
「オッケー、忘れなかったら持ってくるな」
そんな話をしているとピロンとスマホのメッセージが鳴る。
『委員会終わったんだけど、もう家?』
メッセージの主はイズミだった。
『家。家家』
『あ、そう。なら平気』
画面を見たマキトが眉を寄せてジッとシロウを見る。
『あ、悪い。変換間違えた』
『家?いえいえ』
『が正解』
「絶対嘘だ」
苦笑するマキトと同時に怒り顔のスタンプ。
『絶対嘘よ。そんなので騙される訳ないでしょ』
『それより何か用っすか?今イケメンとデート中なんすけど』
『えっ』
絶句して返信が途切れ、シロウはケラケラと笑う。
『……お邪魔しました。ごゆっくり』
『騙されてんじゃん』
『騙されてないわ。イケメンてマキトくんでしょ』
やり取りを微笑ましく眺めながらマキトはシロウの肩をトントンと叩き、小声で先に帰るよと告げる。
「ごゆっくり」
「いや、俺もすぐ帰るわ。また明日な」
自転車に乗り、ニコリと微笑み手を振るマキトに手を振るシロウ。
『わかんねぇよ?俺かもよ』
『かもね。それじゃあマキトくんとお話しに行ってみようかな。近い?』
『今、あなたの後ろ』
少し間が空いたので、続けてシロウは文字を打つ。
『嘘だぞ?』
『知ってるってば!小学生みたいな真似しないでよ!』
『まぁ、小四みたいなもんだからなぁ。俺ら』
『一緒にしないで。シロウだけでしょ』
そう打ちながら、学校を出たばかりのイズミは口元が少し弛んでいる事に気が付いていなかった。