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5年振りに会った幼馴染から『友達の話なんだけど』と相談を持ち掛けられたら  作者: 竜山三郎丸


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第67話 再開 ―リスタート―

◇◇◇


「あ、そうだ。俺明日ちょっと用事あるから」


 ファミレスで参考書を広げながらシロウがそう言うと、イズミはチラリと一度視線を上げた後でまた視線をノートに戻して興味無さそうに呟く。


「ふぅん、別に良いけど。マキトくんと?」


「いや、違う」


 ピタリとシャーペンの音が一瞬止まり、また動き出す。


「へぇ、じゃあ弥宵と?」


「んー、残念」


 イズミはペンを止めて困り顔で顔を上げる。


「あのね、別に束縛をする訳じゃないんだけど……」


 以降『誰と何をするの?』とでも聞きたかったのだろうが、イズミはその言葉を飲み込みストローに口を付けてシロウの言葉を待つ。


「今は秘密、て答えじゃダメか?」


 イズミの言いたい事も分かりながらもそう答えるシロウの表情は、(けむ)に巻くと言うよりも申し訳なさそうな表情だ。そして、『今は』と言う事は、いつか教えてくれると言う事だ。


「もうっ、いつも秘密ばっかりなんだから」


 不満を口にしながらもどこか嬉しそうなイズミに、シロウはへらへらと答える。


「まぁ、そこも魅力って事で一つご容赦を」


「ばーか」


◇◇◇


 ――翌日。


 駅の改札前にて、柱に寄り掛かりながら人を待つシロウ。


 そのシロウの姿を見つけると、改札の向こうから手を振って走って来る少女。


「あっ、いた。お~い、穂村く~ん」


 のんびりとした声を上げながら手を振り駆けてくる少女は金森すずだ。


「……デカい声で呼ぶんじゃねぇ」


 照れた様な呆れ顔でシロウは呟く。


 全体的に白を基調とした、ふんわりとしたディティールの恰好はシロウの頭の中にある金森すずのイメージとピッタリと重なる。


 白いヒラヒラしたスカートにつばの広めの麦わら帽子を被った金森すずは改札を抜けてシロウの前まで走って来ると、ひまわりの様な満面の笑みを向けた。


「Long time no see!」


 走ってきたせいか軽く息を切らせながら笑顔の金森に、呆れ笑いで軽く手を上げるシロウ。


「おう。久し振り」


 麦わら帽子から伸びる長い髪は、ピンク色の髪留めで二つに結われている。


「やっぱりお前はピンク似合うな」


「ふふっ、ありがと~」


 髪留めを指さしてシロウが言うと、金森は嬉しそうにお礼を言い右手で髪留めに触れる。


 八月に入って少し経つがまだまだ暑い盛り。だが、他の日と比べると風もあり、ほんの少しだけ過ごしやすい日だ。


「あっ、そうだ!まずは、お祝いが先だったね。おめでとう~」


 ニコニコと笑顔で金森すずはパチパチ拍手をする。祝福の内容は勿論シロウとイズミが付き合い始めた事だ。


 駅構内を離れ、どこに行くでも無く日陰をブラブラと歩く。


「私ずっと知ってたよ?穂村くんもいずもお互いの事好きだって。だから感想としては『ビックリ!』じゃなくて『やっとかぁ~』ってところかなぁ~」


「マジかよ。流石に盛りすぎだろ。ずっとっていつだよ」


 麦わら帽子を傾けて、金森すずは昔を思い出して微笑む。


「ん~、いつって言われても。最初からずっとだよ~?いっつも曲がり角で私に会うと嫌そうに先に行ってたよねぇ?」


 クスクスと笑う金森に眉を寄せるシロウ。


「……女と歩いてて茶化されるのが嫌だったんだよ。お前はアレだな。時差ぼけってやつだな、うん」


「確かに、昨日はあんまり眠れなかったかもね~。久し振りに穂村くんに会えるのが楽しみ過ぎて」


 小学二年時のメダカ飼育係の時に少し話した事を除けば、イズミが転校するまでシロウと金森は殆ど会話らしい会話をした事が無かった。


 イズミが転校してからは、二人の話題はいつだってイズミの事だった。


「ねぇ、穂村くん。穂村くんは暑いの平気?」


「まぁ、事あるごとに『あっちぃ~』って言ってよければ大体耐えられる自信はあるけど」


「ふふっ、何それ。じゃあ平気って事でいい?お散歩に付き合って欲しいの」


 八月の暑さだろうと、金森すずは微笑みを絶やさない。


 シロウが見た中では、彼女が笑顔で無かった事は一度しかない。


◇◇◇


「あっちぃ~……」


 宣言通り誰に言うでも無くぼやきながらシロウとすずは街を歩く。


「そっかぁ、頑張れ頑張れ~」


 同じ気温を感じているにも関わらずニコニコしながら手拍子でシロウの応援をする金森すず。


 二人は普段よりもゆっくりと歩く。


 まるで小学生の子供の様な歩幅と速度で。


「わかった。金森は帽子被ってるから平気なんだな?ちょっと帽子貸してくれよ」


 自身の被る帽子を指さして難癖をつけてくるシロウにも、すずは一切嫌な顔をせずに帽子を被せてくれる。


「しょうがないなぁ、もう」


 帽子の代わりに、バッグをごそごそと探って取り出した折り畳み日傘を差す。


 シロウはまたも物欲しそうな目ですずの日傘を見る。


「お、いいの持ってんじゃん」


「日傘も~?」


 躊躇いなく日傘を差し出そうとしてくるすずの頭に、シロウはボスっと無造作に麦わら帽子を被せる。


「わっ」


「……お前なぁ。人がいいのも大概にしろっての。善意に付け込むやつなんざ腐る程いるぞ」


 困った顔で忠告するシロウ。すずは目深に被らされた帽子のつばを少し上げてシロウを見る。



「別に皆にそうって訳じゃ無いよ?」


 そう言って暫く黙り、微笑んだままシロウをジッと見る。


「まぁ、気を付けろって事だよ。行こうぜ」


 その言葉の意味を知ってか知らずかシロウは進行方向を指さして、また歩みを進める。


「うん」


 シロウとすずは、八月の空の下を歩く。


 まず、駅からシロウの住む白い外壁の賃貸マンションへ。


 そして、そこから大人の足で30分。


 ゆっくりと、子供の歩むような速度で、あの日引っ越したイズミの家へと向かう。


 大人の足で30分。子供が歩けば1時間近くかかる。



「逃げちゃった私が言う事じゃ無いけどさ」


 流石に汗を流しながらもまだ笑顔で金森すずは言う。


 目的地が分かった頃から、シロウは『あっちぃ』とは言わずに歩いている。


「……いずはずっと穂村くんに来て欲しかったと思うよ?」


「行けるかよ。どの(つら)下げて、って話だろ」


 ――だから、同じ高校に入学していると知っていながら、声をかける事など出来なかった。


「どの(つら)だっていいんだよ。元気な顔なら一番良いけど、元気がないなら元気づけてあげればいいんだもん。どんな顔でも見せに来て欲しかったはずだよ、いずは」


「……そう言うもんですかね」



 高校に入って再会してから、シロウは何度かイズミを送って家の前まで来ている。


 だが、歩みの遅さと気温の高さは今までのどれよりもイズミの家を遠く感じさせた。



 途中で何度か水分補給を挟みながら、ようやくイズミの家にたどり着く。


 目の前と言うよりも、目視できるが少し離れた場所。


「ふ~、着いたね~」


「お疲れ」


 別に意味や目的があって訪れた訳では無い。


 イズミに会いに来たわけでも無い。


 仮に意味や目的と言う物があったとしても、シロウとすずでは異なるものだろう。


 

 強いて言葉にするならば、イズミが転校して、すずが転校するまでの間、失われた5年間或いは4年間……2人でここを訪れる事が出来なかった事への代償行為だろうか?



 飲み物を飲み、バッグから取り出したタオルで汗を拭ってから、金森すずはピンク色の髪留めで結わえた髪を触れながらシロウを見る。


「穂村くんはさ、いずがアクセサリーとか付けてても何も言わないでしょ?」


 シロウは金森の言葉の意図が分からずに首を傾げる。


「そりゃ勿論。調子に乗るからな」


 想像通りの答えに、金森すずは残念そうに微笑む。


「知ってる。穂村くんは優しいからねぇ」


 かつてお気に入りだったピンク色のランドセル。黒の油性マジックで線が引かれて、黒くにじんだランドセル。


 小学六年の時に、それがきっかけでシロウが大暴れをした事を、その後罪悪感に(さいな)まれたクラスメイトから相談されたと言う担任からの連絡で知った。


 だから、別れの日も今日もシロウはピンク色を『似合っている』と褒めてくれたのだ、と知っている。


 勿論その事はシロウは知らない。


「まぁね。安易に調子に乗らせずに(いさ)めるのも幼馴染の務めだ」


 まるで見当違いの納得をして、一人頷くシロウ。


「ふふっ、何それ」



 ――私も一年生の頃から一緒なんだけどなぁ。


 と、言いかけて金森すずは言葉を飲み込んだ。


「それじゃあ。私行くね。暑い中お散歩に付き合ってくれてありがと~。後はごゆっくり」


 そっと立ち去ろうとする金森の手をガシッと摑まえるシロウ。


「何言ってんだよ、行くぞ」


「えぇっ……、ちょっと。ダメだってば。秘密なんだってば」


 構わず困り顔のすずの手を引き、イズミの家の玄関に近づいていく。


 イズミがいなくなり、イジメられた事が原因で転校したことを、ずっとイズミに言っていない。


 転校したことを黙ったまま、小学六年の時も、中学校に上がった後も、一学期の途中でアメリカに引っ越す直前までイズミの下を訪れながら、結局何も言わずに黙って連絡を絶ってしまったのだ。


「……今更どんな顔で会ったらいいのかわかんないよ」


「その顔、でいいんじゃなかったか?」


 すずの手を引きながら呆れ顔でシロウは答える。


「イズミは言ってたぞ。中学一年の途中まで金森は来てくれてた、って」


 イズミが転校しても、自身がいじめにあっていても、転校しても、外国に引っ越す事になっても。間隔は長くなってしまったとしても、金森はずっとイズミの家に通い続けた。


 子供の足では遠い距離を、時に今日の様に汗だくになりながら。


 シロウは金森すずの手を引いたまま、イズミの家玄関前に着くと大きく息を吸い込んで、声を上げる。



「イ~ズ~ミ~ちゃ~ん!あっそびましょっ!」


 実際にはそんな風に言う子供はいないかもしれないが、まるで子供が言う様にシロウは声を上げた。


 間を置かず二階にあるイズミの部屋の窓が開き、顔を赤らめて迷惑そうな顔をしたイズミが顔を出す。


「……ちょっと!インターフォンが――」


 そう言いかけてシロウの隣のすずが目に入る。


「すず……?」


 金森は申し訳なさそうにぎこちなく笑う。


「……ひ、久し振り~」


「まぁまぁ、立ち話もなんだしお邪魔するとしようぜ、金森」


 ヘラヘラと笑いながらそう言うシロウに白い目を向けるイズミ。


「あら?穂村くんは今日ご予定があるじゃなかったかしら?手なんて握っちゃってお熱い事ですね」


「そうだよ、お暑いんだよ。だから少し涼ませてくれよ」


「穂村くん、多分漢字違うよ……」


 記憶の限りではあまり見たことのない二人の会話に、イズミはクスリと笑う。


「お菓子、あるけど。……上がって行けば?」


「……いいの?」


「良いに決まってんだろ」


「何でシロウが許可するのよ」


 懐かしの二人のやり取りを見てクスクスと笑う金森。


「それじゃあ、遠慮なく」


 言える事、言えない事はあるけれど、話したい事は山ほどある。


 思えば三人で話すのは初めてだったけれど、日が暮れるまで……いや、日が暮れても、話が尽きる事はなかった。


 シロウとイズミが住んでいた白い外壁の賃貸マンションを出て、角を三つ曲がると小学校に着く。二つ目の角で金森が合流し、シロウが先に行く。小学四年のあの日まで、当たり前に続いたそんな毎日の続きが、また始まるのかもしれない。



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