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5年振りに会った幼馴染から『友達の話なんだけど』と相談を持ち掛けられたら  作者: 竜山三郎丸


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第64話 子供の頃からずっと

◇◇◇


「うおっ」


 蝉の声が響く8月の初め。階段に向かいマンションの廊下を歩くと、地面に落ちていた蝉が不意に声を上げて襲い掛かって来たので、シロウは驚きの声を上げる。


 今日は日曜日。約束の週末。イズミの告白の練習に付き合う約束の日だ。


 マキトと弥宵はどうやらイズミの告白するだろう相手の目星がついているようだった。出身中学も違うあの二人が知っているとなれば、同じ高校の相手と言う事だ。イズミからの情報と合わせると同じ高校で、同じくらいの年齢で、中学生の頃には既に好き、と言う事が分かる。


『イズミと同じ中学の男子ってどのくらいいるのかな?』と、腕を組み考えながら階段を下りると1階のエントランス部分でイズミが待っていた。


「よ、遅いぞ」


 シロウの口振りを真似るようにして、軽く手を上げる。


 長めのスカートに半袖のカットソー、白いキャップから黒い髪が伸びる。


「おう、早いな」


 自分の家の前を待ち合わせ場所にしておきながら、悪びれずに挨拶をする。


「偉そうね」


 エントランスにある集合ポストの301号室をチラリと見ながらイズミはクスリと笑う。当たり前だが、既にそこには別の家族の苗字が書かれている。霧ヶ宮家が出てから少し経ってから入居して、今も同じ家族が住んでいるらしい。引っ越してきた時は二人家族だったが、今は三人家族だそうだ。


「いつもの公園?」


 イズミが進行方向を指差すと、シロウは首を傾げる。


「だだっ広い公園とは言えぼちぼち人いるだろ。仮に練習とは言え告白って言うパーソナルな行為なんだから、もう少し人のいない場所の方がいいんじゃねぇ?見られたいなら別にいいけど」


 エントランスの日陰で立ち止まり、少し空を見て考える。


「それもそうね。じゃあ、おすすめの告白ポイントは?」


「それなら断然動物園のゾウの前だな」


「……弥宵には臭いから止めとけって言ってたくせに」


「あ、そうだっけ?ははは」


 日差しが強いので、行き先が決まるまでマンションのエントランスでああだこうだと立ち話をしていると、買い物帰りと思しき中年女性がシロウに気が付きペコリと挨拶をする。


「あら、シロウくん。こんにちわ」


「ちわっす」


 シロウもペコリと頭を下げる。


「あらあら、もしかしてこれからデート?」


「や、そう言うんじゃないんで」


「照れちゃって、もう。可愛い彼女じゃない」


 女性はチラリとイズミを見て、イズミも帽子を取ってペコリと頭を下げる。すると、女性はハッと口に手を当てて驚く。


「あら?もしかして、……イズミちゃん?」


 まさか覚えているとは思わず、少し照れ臭そうにイズミは微笑む。


「……はい。ご無沙汰してマス」


 中年女性は買い物袋を置き、嬉しそうに両手でイズミの肩をポンポンと叩く。


「あらあら、美人になっちゃって!もうっ、これからデートなの!?デートなんでしょ!?」


「んー……っと、まぁ、その」


 イズミが口籠りながらチラリとシロウを見て助け舟を乞うと、シロウは呆れ顔で手を横に振る。


「いやいや、全然そう言うのじゃ無いんで。お前もごにょごにょしてないでハッキリ言えよ」


「シロウくんは昔っからこうだからね~。うふふふ、イズミちゃんも大変ねぇ」


 シロウの言葉を聞かずに訳知り顔で頷きながらイズミに微笑む中年女性にイズミも照れ笑いで返す。


「……いえ、もう慣れてますんで」


 イズミの反応は中年女性のお気に召すものだった様で、幼少期から二人を知る彼女は嬉しそうに笑う。


「あらあら、もう~」


 シロウは大きく肩を落とし溜め息を吐きながら、階段を指さす。


「おばさん、暑さで参ってるみたいだから早く部屋に帰りなよ。お大事にな」


「あらっ、失礼。お邪魔だったわね。お熱い二人の邪魔しちゃってごめんねぇ」


「早くしないと冷食溶けるぞ。もう手遅れかもしれねーけど」


 傍らに置かれた買い物袋を指さしてシロウがそう告げると、女性は慌てて袋を持ち部屋へと戻る。


「それじゃあね。イズミちゃんも元気そうでよかったわ」



 女性が去ると、イズミは一度小さく息を吐き取り出したハンドタオルで汗を拭い、恥ずかしそうにシロウに微笑む。


「……ふふ、久し振りだから少し緊張しちゃった」


「緊張しちゃったじゃねぇよ。曖昧な返答すんなよな」


「じゃあ何て答えればよかったのよ」


 確かにイズミの言う通り『これから告白の練習をしに行くんです』なんて答えていたなら、目も当てられない事態となったかもしれない。


 少し考えてその話題を切り上げる事が得策と悟る。


「まぁ、いいや。ずっとここにいるとまた誰かに会うからそろそろ行こうぜ」


「ん、そうね」


 シロウの提案にイズミはコクリと頷く。



◇◇◇


 結局二人が訪れたのは、樹々が生い茂る石階段を上った先にある街外れの古びた神社。


「子供の時以来ね」


「あぁ、小2くらいの時に虫捕りに来た気がする。つーかよく覚えてんな」


 イズミはしばらく懐かしそうに付近を散策する。境内は全体的に樹々に包まれていて、日差しは殆ど当たらない。街を少し離れた高い場所にあるせいか、心地よい風が吹き外気温程の暑さは感じられない。


 イズミが付近をゆっくりと歩いている間、シロウはベンチに腰掛けてそれを眺める。


 小学2年の夏休み、今と同じ様に二人でこの神社を訪れた。まだ髪の短いボーイッシュなイズミと、虫捕り網を持つシロウ。


 好きにどんな種類があるのか彼自身良く分からないが、思い返せば間違いなく、その頃から彼は彼女が好きだった。


 ずっと本心を隠し続け、何事にも興味の無い振りをして、冷静に、達観した振りをする。


 全部、全部只の『振り』だ。実際には冷静でも、達観してもいない。


 何年も掛けて作り上げた、余裕があって自信があって、何もかも全部平気な振りだ。



 子供の頃からずっと好きだったイズミには、どうやら好きな相手がいて、何の因果かこれからその告白の手伝いをする事になっている。


 柏木弥宵の様に想い人の恋を応援してあげられたらいいと思う。


 それが出来ないのなら、手伝いなどせずに自分の想いを告げるべきだとも思う。


 それすらも出来ずに、平気な振りをして余裕のある風な笑みを浮かべて斜めに構える事しか出来ない己を呪う。


 気持ちを真っすぐに伝えるのは恥ずかしい。傷つくのは怖い。興味の無い振りをしていれば傷も付かない。


 ――マキトも、柏木も、きっとそんな思いを越えて告白したのだ。


 確実に振られると分かりながら好きと告げる。


 親友に君の幼馴染の事が好きだと告げる。



 それらにどれ程の勇気が必要だったのか。



 境内を歩くイズミの姿がちょうど反対側本殿の影に隠れた頃、シロウは両手でパンと頬を叩くと、ニイッと口角を上げて引きつった笑みを浮かべる。

 

 どれだけ勉強を頑張ろうと、どれだけスポーツを頑張ろうと、自信なんて一向に身に付かなかった。どうやら、それは先天的な才能らしい。


 でも、自信なんて無くてもいい。強くなんて無くてもいい。怖くてもいい。


 だけど、逃げるのも、待つのももう十分だ。


 もう何年もずっとしてきたんだから。


 本殿を一回りして再び姿を見せたイズミは、不思議そうに首を傾げる。


「何か音がした?パンって」


 シロウは何食わぬ顔で掌を見せる。


「あぁ、別に。蚊がいた」


「ふふ、逃がしたの?」


「まぁね」



 だが、イズミとの約束だ。告白の練習は行う。


 ――でも、練習が終わったら。


 境内をぐるりと一回りしたイズミがシロウの近くに戻って来る。


 シロウはゴクリと一口(ひとくち)ペットボトルの飲料を飲む。


「それじゃ、始めるね」


 イズミはやや緊張の面持ちでシロウの前に立ち、シロウは短く『おう』と答える。


 風が境内を通り抜け、葉の擦れる音と蝉の音が混じる八月の初め。


 イズミはゆっくりと口を開く――。




 



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