第6話 替え玉
◇◇◇
「ん、これ返す。長い事借りちゃっててごめんね」
霧ヶ宮泉は申し訳なさそうに笑いながら割とリアル目な恐竜の絵柄の紙袋をシロウに手渡す。訝し気にシロウが袋の中身を探ると、漫画の単行本が1冊と何かお菓子の箱が入っていて、眉を寄せてジッとそれを見る。
「これは?」
「あー……、転校した時から長い事借りっぱなしになっちゃってたからそのお詫びのお菓子。隣の駅の美味しい所のやつだよ。こないだ弥宵と行ったんだ」
「へぇ、それはご丁寧にどうも。でも、そっちで無く。こっちの話。これは?」
漫画の単行本を取り出してヒラヒラとイズミに見せる。現在も連載中の人気野球漫画の第2巻。
「引っ越し前に借りてたやつじゃない。部屋の片づけをしてやっと見つけたんだから」
シロウは漫画をパラパラとめくる。
「お前も買ったの?」
「ううん、買ってないけど」
「ふーん、……それは妙だな」
シロウはパラパラと捲り、最終頁の奥付をイズミに見せる。
「版が新しいんだけど」
「はん?」
奥付を見せながら、首を傾げるイズミに得意げに説明をするシロウ。
「漫画の最後のページに書いてあるんだよ、いつ出したとかが書いてあるやつが。俺2巻は発売日に買ってるから初版で無いとおかしいんだけどなぁ。で、霧ケ宮さんは買ってないと仰る、と」
まるで漫画の名探偵になり切っているかのように得意げな推理に、イズミはおろおろと狼狽してしどろもどろに弁明するが、上手く言葉が出てこない。
「ちっ……違うの!えーっと……ね、そのー……」
シロウは腕を組み、勝ち誇った様な笑みを浮かべたまま口を開く。
「例えばクッキーを食べ散らかした、とか?」
「そう!クッキー!あとね、ポテトチップスとかも食べこぼしちゃったから……」
「ははは、ミルクティとかもか?」
「流石にそこまでは……えへへへ」
嘘が得意では無い様で、真っ赤な顔で弁明をするイズミ。
その違和感には当然シロウも気づいていて、勝利を確信した追撃を掛ける。
「と、まぁそれは冗談として。本当は知ってるぜ?俺の2巻はお前の家にあるって事を」
「えっ!?」
イズミは真っ赤な顔で、今にも泣きそうな顔でジッとシロウを睨む。
「……何でそう思うのよ」
ドラマの名探偵の様に、後ろ手に手を組みゆっくりとイズミの周囲を周りながら確信に満ちた口調で言葉を続けるある日の放課後。
「消えた初版の単行本、その替わりに差し出された同じもの、言い辛そうに言い訳をするイズミ。そこから導き出される答えは一つ――」
すっかり気分は名探偵。審判を待つ相手の気持ちなど特に考える事も無く、シロウは詰将棋の様に言葉を詰めながらも、不意に優しく微笑む。
「別に恥ずかしい事じゃないさ。お前も……全巻持ってるんだろ?で、俺が貸してたやつと間違えて返しちゃったって訳だ」
「……えぇ?」
まるっきり明後日の方向の推理にきょとんとした顔で目を丸くするイズミに構わず、ケラケラと笑いながら迷推理を披露する迷探偵。
「はははは、別に女が少年漫画買い揃えてたって何ら恥ずかしい事なんてないだろ。男が少女漫画買い揃えてる方がまだ恥ずかしいぞ。まぁ、俺は構わず買い揃えてるけどな。今の時代なら電子書籍でって方法もあるが、やっぱり紙で読むのがいいよなぁ?それともタブレットでも買えば変わるかな?」
「えー……、……っとね」
ニヤリと得意げに笑う迷探偵。
「当たりだろう?」
イズミは胸を押さえて大きく安堵の吐息を漏らす。
「うん。よくわかったね、あはははは……」
犯人の自白を聞き、満足げに頷くシロウ。
「当たり前だ。俺が何冊探偵漫画を読んできたと思ってんだよ」
「ふふふふ、さすがさすが。あははは」
実際は半分正解半分不正解。
確かにイズミは全巻持っているが、『わざと』自分の買った単行本を返したのだ。その理由は推して知るべしと言うところだ。
「俺的には14巻の満塁敬遠が激熱だな。勿論最新刊付近の展開もいいんだけど、瞬間最大風速的にはあの一球……いや四球に尽きるよなぁ。思わず野球ゲーム始めちまったもん」
完全に話が漫画の内容に移り、安心して漸くクスリと笑うイズミ。
「ゲームを?実際に始めたりはしないんだ?」
「野球を?俺が?ははは、無いない。つーか、お前貸してるのこの一冊だけじゃないからな?ゲームはもうハードが違うから別にいいけどさ」
「わかってますってば。今度また探します~」
「物を借りてる立場の言い方じゃねぇよなぁ、それ。で、お前の好きな一球は?」
「んー、好きな場面を言うと好みがバレるからやだ」
「ははは、何だそりゃ。よーし、わかった。なら言葉で無くバットとボールで語ろうじゃねぇか。今度うちで野球ゲームやろうぜ!マキトも呼んでさ」
シロウの提案にパンと手を叩くイズミ。
「いいね、それ。弥宵も呼んでいい!?」
「え、女子がうちに来るの?……ちょっと緊張すんな」
「……あれ?つい今しがたも一人誘ったよねぇ?」
ゴホンと一度咳払いをする。
「言っておくがな、我が白亜の里は抜け忍には厳しいぞ?」
「ただマンションから引っ越しただけでしょ、もうっ」