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5年振りに会った幼馴染から『友達の話なんだけど』と相談を持ち掛けられたら  作者: 竜山三郎丸


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第58話 蝉時雨降る中で

◇◇◇


 ミンミンゼミをメインに何種類かの蝉たちの鳴き声がブレンドされた蝉しぐれが降り注ぐ東京都下の夏の公園。白い積乱雲の額縁に囲まれた青い空。


「相手の名前は?」


「えっ、名前!?……名前は関係無いでしょ。不要よ」


 不満げに口を尖らせるイズミに呆れ顔のシロウ。


「不要て事はねぇだろ。AくんBくんで真剣に練習できるのか?」


 度々天野蒔土攻略会議が行われた池の(ほとり)東屋(あずまや)では、イズミが言い出した告白の練習が行われようとしている。


 柏木弥宵の相手はシロウも良く知るマキトだったので役作りの必要も無かったが、今回は全く前情報が無い為、役作りの聞き取りの段階だ。


 イズミがムッと口を(つぐ)んでしまったので、溜め息と共に質問を変える。


「年齢は?」


「年齢!?同じ……くらい?」


 特定されない様に言葉を選びながらイズミは答える。


「くらいって何だよ。同学年か?」


「んー、まぁ。そうかも知れないし、違うかも知れない」


「煮え切らねぇ返事だなぁ、趣味は?」


「趣味!?んんんー……、何だろう?勉強?漫画?」


 イズミはシロウをまじまじと見つめつつ首を傾げる、シロウは呆れ顔。

 

「一々復唱すんな。つーか、俺に聞いてわかるわけねぇだろ」


「あっ……!そ、そうね。ごめんごめん、あはは」


 名探偵シロウは腕を組みイズミの周囲を歩きながら、イズミの想い人を推理する。


「……中学の時の告白を『好きな人がいる』と言って断っていて、年齢は『同じくらい』とぼかしつつ、名前を伏せると言う事は知られれば特定される可能性があると考えている。って事だな?」


 顎に手をやりながら、『ふむ』と言った表情でイズミの周囲をてくてくと歩く名探偵。


「つまり……」


「あー、もうっ!そう言うのいいからっ。余計な詮索は不要よ!」


「詮索じゃねぇって。役作りだって。じゃあ運動は?するかしないか、するなら何をしてるのか」


「……部活には入ってないけど、意外といろいろ出来るみたい」


「ふーむ、何だそりゃだなぁ。あ、そういやオランウータン渡したのか?」


 イズミは首を横に振る。


「まだ。……受け取ってくれるかなぁ?」


「まぁ、貰うだろ。オランウータンだぞ?」


 根拠の無い類人猿推しにクスリと笑う。


「だよね」


 あげれば喜んで貰ってくれるだろう事はとっくにわかっている。だが、オランウータンのぬいぐるみは『想い人にあげる為に買った』事になっている。手渡す事は即告白を意味するのだ。


 渡せばシロウはイズミの想いに気が付くだろうか?


『何だよ、渡せなかったのか?』と笑うだろうか?


 今日は持ってきていないが、いつか渡すその時はどんな表情をするのだろうか?と考えると少し楽しみな気持ちになる。



「ねぇ。練習とは言え、弥宵に告白されてどんな気持ちだった?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながらイズミはシロウの顔を覗き込むが、シロウは目を閉じて毅然と首を横に振る。


「ノーコメントっすね」


「本当は?」


「いや、別に何も。軽くマキトへの殺意が沸いたくらいかな」


「あはは、沸いてるじゃん」


「沸くだろ、普通。何でモテるやつにフラれる為に特訓しなきゃならねーんだよ、ってさ」


 東屋のベンチに腰掛けて、頬杖を突きながらニコニコとシロウを眺める。


「どっちも友達だからね」


 シロウもベンチに座り、飲み物を一口飲む。


「そうだなぁ」



「お菓子開ける?」


「おう、休憩~」


 まだ聞き取りしか行っていないが、休憩に入る事にする。気温が高いとは言え、日陰で風が吹けば心地よい。池に浮かぶ岩の上で日光浴をしていた亀は流石にもう池に潜っている。


「ねぇ、シロウ」


 夏限定のチョコバナナ味のお菓子を開けて、一口パクリと頬張りながらイズミはシロウを見る。



「私も友達だから練習に付き合ってくれてるの?」


 剣道で例えるなら一足一刀(いっそくいっとう)の間合いから半歩踏み込む言葉。


 シロウは眉を顰めて首を傾げる。



「え、俺お前の事友達だなんて思った事ねぇんだけど」



 半歩踏み込んだ瞬間に、頭の先から一刀両断された様な感覚。


「そっか」


 ぽかんとした顔で短くそう答える。



 心地よかった風が、胸の真ん中辺りを通り過ぎる様な虚無感。


「……そうだよね」


 涙すら出ず、力無く微笑む。


 そんなイズミの心中をどの程度察してか、全く察せずにかは知る由も無いが、シロウはお菓子を摘まみながら何の気なく答える。



「お前もそうだろ?友達とか思うより先にさ、気が付いたらもう幼馴染だったんだから」


 シロウの言葉の真意は分からないが、その言葉の特別感にイズミの顔はぱぁっと明るくなる。



「そうだよね!」


 急に元気な声を出したイズミに目を丸くするシロウ。


「うわっ、何だよ急に」


 お菓子の袋をシロウの方に寄せながら上機嫌に微笑む。


「同じマンションに住んでたもんね、ふふ。あ、お菓子食べていいよ。限定の」


「言われなくても食べるっつーの」



◇◇◇


 ブレンドされた蝉の鳴き声が公園に響き、東屋の机の上にはお菓子と飲み物と充電式の携帯扇風機。


「ねぇ、こっち向けてよ。それ」


「悪いな、生憎首振り機能は付いてないんだ」


 シロウの返事などお構いなしに、机に置かれた携帯扇風機の向きを変えるイズミ。


「はいはい、そんなの見ればわかるってば。ん~、涼しい」



 目を閉じて満足げに風を受けながら何気ない風に口を開く。



「弥宵は本当に感謝してたよ。シロウくんと特訓しなかったら告白する勇気なんて出なかったってさ」


「俺の功績は否定しないが、頑張ったのは柏木だけどな」


 謙遜せずにそう答えて一度頷くシロウに白い目を向けつつも、少し考えて自信無さげに呟く。



「……成功するかな?」



 チラリとシロウの表情を窺うイズミを呆れ顔で眺めつつ限定のチョコを一つ食べる。


「その質問をするならもっとまともな情報をよこせっての。そいつに好きな人は?」


 自信の無さそうな表情のままイズミは首を横に振る。


「わかんない」


 少しの沈黙を蝉の声が埋める。


「でも……!私だって頑張らなきゃね」


 自らを奮い立たせる様にニコリと微笑むイズミ。


「練習、始めよ」


「おう。じゃあまずは自由に告白してみろ」


「えぇっ!?」


「……いや、最初からそういう話だっただろが」



 奮い立ったのも束の間、狼狽の眼差しをシロウに向ける。


「だって、何て言えばいいかわかんない……」


「そこは個性の出しどころなんじゃないのか?無難に『ずっと好きでした』とか、どういうところが好きとか、私と付き合うとこんないい事がありますよ、とか。要するにプレゼンだろ?」


「……そんな事言ってもさぁ」


 まごまごと煮え切らぬ様子のイズミを見て、シロウはパンパンと2度手を鳴らす。


「はい、それじゃ習うより慣れろって事で。どうぞ」



「えぇ……」


 狼狽えながらも、目の前の想い人が全くの平常運転な事に段々と怒りに似た感情が沸いてくる。


 練習とは言え、告白の一つでもすれば少しは意識するだろうか?


 一度ギュッと唇を結び、イズミは覚悟を決める。


「シロウっ!」



「あ、呼び名はシロウで行く感じ?少し照れるな、ははは」


 早速腰を折って来た想い人を、顔を赤らめたイズミはキッと睨み声を上げる。


「はははじゃ無いでしょ、バカ!」













 

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