第56話 好きな人が、好きな人
◇◇◇
――結論から言うと、2度目の動物園も楽しかった。
互いのルート以外は周れたのだが、弥宵達は前回キリンを見ていてシロウ達は今回コアラを見る事が出来なかった。それもまぁ3回目のお楽しみと言ったところだ。正直シロウ的には3度目も全然アリである。
柏木弥宵に告白の結果を問うと、指で小さく×印を作った事から告白は失敗だった事がわかるが、別行動を取る前と比べて明らかに距離感が違う。話し方こそ敬語ではあるものの、以前より自然にマキトと話をしている様に思えた。
告白が上手く行ったならまだしも、仮にも失敗した訳なので本人達のいる前で直接聞くのはどうかと思う程度のデリカシーは流石のシロウも持ち合わせてる様子だ。
告白が失敗したとしても、諦めずに友達として振る舞う。……無理をしていないのであればそれは一つの正解にも思えるが、考えてもシロウにわかる筈もない。
「おっ、四不象」
シカの様なトナカイの様な四足の動物を見てシロウが声を上げると、イズミは眉を顰めてシロウを見る。
「えっ、今何て言ったの?四不象でしょ?大丈夫?」
「あぁ、余計な心配どうもな。スマホでも変換できるぞ、してみ?詳細は省く」
「あっ、本当だ。……で、何?すーぷーしゃんって」
「蘊蓄聞く?」
「やっぱり結構でーす」
「野生絶滅したと思ったらイギリスの貴族の庭園に18頭いたのに?」
「何それ!?……って言いたいところだけど、蘊蓄の押し売りはお断りよ」
そう言ってプイっとそっぽを向くイズミ。
それを見てケラケラと笑うマキトと弥宵。
4人が合流した時点で午後3時を回った辺りだったので、閉園時間迄に全ては周れなかったが、やはり楽しかった。
「これ、どっちがいいと思う?」
出口にあるお土産屋で、両手にレッサーパンダとオランウータンの小さなぬいぐるみを持ち神妙な顔をしたイズミがシロウに問いかける。
「俺ならこっち」
シロウがノータイムでオランウータンを指さすと、イズミは『ふーん』と返事をして両方レジに持って行った。
「……聞いといて両方買うのかよ」
「いいでしょ、別に。聞いただけなんだから」
そしてまた出入口に鎮座する巨大なゾウに見送られて、4人は動物園を後にする。
夏至を過ぎてひと月程。最長では無いにしても、日の入りはぼちぼちと遅い。閉園時間を過ぎて、モノレールに揺られ、乗り換えの駅に着いても外はまだ明るく昼の振りをしている。
「あ、俺本屋行くから。今日はお疲れ~」
「お疲れ様」
「楽しかったね!」
「またね~」
口々に挨拶をした後で、軽く手を振り宣言通り本屋へ向かい、残る3人は帰路に就く。
特別に買いたい本があったわけでも無いが、ブラブラと本屋を周りながら思案する。動物園で残り見ていないゾーンはどこか?自身の特訓は少しは役に立ったのか?他の動物園にも行ってみようかな?柏木の言葉の真意は何だろうか?など。
要するに大体が動物園の事や柏木弥宵の事だ。
それから、神妙な顔で小さいぬいぐるみを両手に持つイズミ。
暫く店内をブラブラしたり立ち読みをしたりした後で漫画本を一冊買い、最寄り駅に着く。
ピピっと交通系ICカードのタッチ音が鳴り、改札を出ると柱の陰から元気な声がする。
「お帰りっ、シロウくん!」
「うお、柏木。……つーか、声がでけぇ」
周りの視線が気になりついキョロキョロとしてしまうが、特に誰も気にしてはいない。
「何してんだよ、そんなとこで」
「あれ?聞こえなかった?待ってたんだよ、シロウくんを。あっ、一度いずみん達と家に帰ってるから安心してね!」
どうやら一度3人で帰宅して、その後わざわざ自転車で駅まで来てシロウを待っていたらしい。
「何に対しての安心しろなのかわかんねーけどまぁいいや。何か用か?」
「うん、勿論。何のマンガ買ったの?」
シロウの手に見える本屋の袋を覗き込む弥宵に呆れ笑いを浮かべる。
「決めつけんなよな。学術書とか美術書かもしれないだろ」
それを聞いて何か良からぬことを思いついてしまった様で、ハッと両手で口を隠して少し照れた様に笑う弥宵。
「……そっか、そう言う本の可能性も……あるよね。えへへ、ごめんね気が回らなくて」
「何の想像だよ。仰る通り漫画だよ、漫画。ほれ、見て見ろ」
袋から取り出して、表紙を弥宵に突きつけると弥宵は今度は目を覆い顔を背ける。
「大丈夫!うちお兄ちゃんいるから!理解はしてるからっ!」
「勝手な理解をするんじゃねぇ。ただの漫画だっつってんだろ!」
手の隙間からチラリと覗いて表紙を確認して、フーッと胸を撫でおろすと安心したように笑う。
「本当だ~。よかったぁ、何を見せられるのかと思ったよ」
「……何で駅前で自分の性癖を公開しなきゃならないんだよ。そもそも本で買う訳ねぇだろ」
「えっ?そうなの?じゃあ何で買うの?」
己の失言に気が付いたシロウは表情を変えずに本をしまい話題を変える。
「……んで?マキトの件だろ、待ってたのは」
狙い通り話題変えに成功した様で、弥宵はニコリと笑う。
「うん、聞いてくれる?」
「もちろんな」
話題転換に成功して、心の中で安堵の息を漏らしながらも何食わぬ顔でシロウは頷く。
◇◇◇
「荷物載せる?」
弥宵は自転車のカゴを指差してシロウに問うが、シロウは丁重にお断りする。
「や、別に。漫画一冊だけだし」
自転車を押しながら二人は家路に就く。
駅を少し離れて、人通りが減った頃弥宵は隣を歩くシロウを見てペコリと頭を下げる。
「最初にお礼を言わなきゃだね。シロウくん、ありがと。あっ!違うか。シロウ先生、ありがとうございます!」
わざわざ言い直してもう一度頭を下げると、シロウは照れ隠しの様に呆れ顔で笑う。
「振られてお礼を言われるって意味わかんねぇな」
「ううん、シロウくんがああ言ってくれなかったら……振られる特訓をしてなかったら、多分ただ泣いて落ち込んでただけだったと思うもん。その後も話しかける勇気があったかわかんないし、動物園だって楽しく周れてなかったはず。シロウくんのお陰だよ」
「んー、俺がお礼を言われる筋合いねぇよなぁ。聞いてると頑張ったのは柏木だし」
照れ臭いのか柏木の方を見ずに答えるシロウ。
「えへへへ、照れちゃって」
「照れてねぇ。んで『最初に』って前置きがあるって事は本題が別にあるんだよな?」
「えっ、あっ!?う、うん!すごいね!揚げ足取り!」
「それ褒めてねぇからな?いいから本題は?ハイエナ作戦の事だろ」
「……その作戦名止めようよ。本当にそう言うつもりじゃないんだから。本当にマキトくんの応援をしたいと思ってるの!」
シロウは大きくため息を吐く。
「別にわざわざ応援しなくても柏木はでかい飛び道具持ってるんだから、それ使ってもう一勝負賭ければワンチャンあるんじゃねーの?」
「飛び道具……?」
何があったかな?と剣道の小手をロケットパンチの様に飛ばす想像をしていると、『あるだろ、二つ』と言うシロウの言葉と視線で発言の意図に気が付き、慌てて声を上げる。
「はぇっ!?そう言うのは止めてもらえませんかねぇっ!いずみんに言うからね、もうっ!バカだなぁ!もうっ!学年一位のバカっ!」
誉め言葉か罵倒か分からぬ文言。
「もうっ!もうっ!」
「牛かよ」
暫くぷんぷんと歩くが、少し歩くと怒りは収まって来たようで話は戻る。
「振られたけど――」
何秒か思い返すように間を置いて、言葉が繋がる。
「わたしは告白出来てよかったと思うの。マキト君に、わたしがマキト君の事を好きだって伝える事が出来たし」
恐らく互いに想い合っているだろう親友の幼馴染に恋心を抱いてしまったマキトは、誰の得にもならないその想いを本来は誰にも告げずに胸にしまっておくつもりだったのだろう。
少し後押しをすれば、少し想いを自覚すれば、ただそれだけで――。
「シロウくんにも、いずみんにも、一杯手伝って貰って、沢山応援してもらってさ。おかしいのも分かってる。……でも、ごめんね」
思い出すと、マキトはいつもイズミを見ていたと思う。
イズミの隣にいて、ずっと見ていたからわかっていた。
「……好きな人に、好きを我慢して欲しくないんだぁ」
気が付くと、弥宵の目からポロポロと涙がこぼれた。
「チャリ、持つぞ」
返事を待たずにハンドルを取るシロウに無言で頷き、涙を拭う。
辺りは既に暗く、自転車のハンドルを持ったシロウが空を見上げると、空には月が浮かんでいた。薄い雲に覆われても尚、黄色く明るく輝く月。
「ごめんねっつーかさ。友達なんだから普通に胸張って応援してやればいいじゃん。そのデカい胸を張ってさ」
元気づけようとしての言葉だろうか?だろうが許される言葉でも無く、弥宵はキッと顔を上げてシロウを睨む。
「あーっ!また言った!空気読んでよ、そう言う所だよ本当にもうっ!」
空の上は風が強く、雲は月を覆っては過ぎて行く。
四人の二度目の動物園。




