第5話 フライド・レッグ
◇◇◇
とある放課後、天野蒔土が部活なので本屋で立ち読みでもしようかと思いながらシロウが下駄箱に向かうと、柱の影からヒラヒラと手を振るイズミを見つける。
「よっ」
「これはこれは霧ヶ宮様。先日はご馳走様でした。また機会があればどうぞお供させて下さい」
深々と頭を下げて第三回天野蒔土攻略会議で好き放題注文させてもらったお礼をするシロウに自嘲気味な呆れ笑いを浮かべるイズミ。
「あー、うん。あれは勉強代と思うから気にしないで。あはは……」
「すげぇな、太っ腹すぎんだろお前。ははは」
ケラケラと楽しそうに笑うシロウに呆れ笑いを返す。
「あはは、そうだね~。お腹は出てないけどね」
「それはそれはさすが霧ヶ宮様でございますな」
さほど興味無さげに答えてそのまま駅の方へと歩き出すシロウの隣をイズミはついて歩く。
「ねぇ、家こっちじゃないでしょ。どこ行くの?」
「本屋だよ。お前の方こそ家こっちなのか?我らが白亜の城を抜け出してまで得た大豪邸とやらは」
大仰な物言いに思わずプッと噴き出すイズミ。『白亜の城』だの『大豪邸』だの言っているが、ただ築30年外壁の白い4階建ての賃貸マンションから一戸建てに引っ越しただけの話だ。
「別に大豪邸じゃないってば。普通の一軒家だもん」
「どうだかね。で、こっちなのか?」
「ううん、北小……って分かるかな?そっちの方」
「じゃあ何でついて来るんだよ」
「んー、本屋さん。行こうかなって。折角だから一緒に行こうか」
「別にいいけど離れて歩けよな。横を歩くな。下がれ」
苦い顔をしてシッシッと手を振りやや早歩きになるシロウ。
「へ~、女は三歩下がってついてこい的な?」
後を追いながらニヤニヤと言葉を続ける。
「それさ、襲われた時危ないからお前は下がってろ的な解釈もあるんだってさ。ふふふ、意外に優しい所あるんだね~」
勢い良く振り返り声を上げる。
「ちげぇ!じゃあお前が前に行け!」
「あはは、照れちゃって」
「はい、照れてませーん。勘違い超うざいでーす」
なんだかんだと言いながら、結局横に並び歩く事になる。
「こないださ、学食でマキトくんに会ったよ」
「あぁ、マキトも言ってた。あの巨乳の子もいたってな」
「……弥宵ね。そう言う言い方いい加減止めてくれません?友達なんで」
「へいへい。苗字何だっけ?流石に名前じゃ呼べねーよ」
「別にいいじゃない。私の事だって名前で呼んでるじゃん。イズミって」
「そりゃ、お前は男女だったし、昔からそう呼んでるから今更変える理由が無いしな」
「男女って何よ……」
と、苦言を呈しながら『だった』と過去形になっている事に気付く。
「あ、『だった』って言う事は。今は女らしくなってる、って思ってるって事でいいのかな?ふふふ、そっかぁ~」
特に照れるでも無く、面倒くさそうな顔をして眉を寄せるシロウ。
「そうっすね、見た目だけの客観的な判断ならそうなるんじゃないっすか?霧ヶ宮さんお綺麗ですし?よく言われてるんじゃないっすか?ははは」
完全に他人事の様な空笑いを上げるシロウにムッと頬を膨らませながらドンと肩に体当たりをする。
「むっかつく~、思ってもいない癖に」
「いえいえ、そんな。滅相も御座いませんよ、霧ヶ宮様」
涼しい顔でシラを切るシロウに呆れ顔をしながら話を戻す事にする。
「……それはもういいわ。弥宵の苗字は柏木だから。ちゃんと覚えてもう変な呼び方しないでよね?」
「か・し・わ・ぎ、ね。了解了解。多分覚えた」
「多分……って。マキトくんはちゃんと一回で私の名前覚えてくれてたよ?ふふ、そこがモテる男とそう非ざる男の違いなの?」
「俺とマキトを比べると言う行為の無益さに気付かん?メジャーリーガーとリトルリーガーを比べる様なもんじゃないんすかねぇ」
「あはは、まぁそう卑下する事も無いよ」
「うっせぇ、お前が言ったんだろが」
「お昼一緒に食べたりはしないんだ?」
「特に必要も無いだろ。あいつサッカー部のやつらと食うし。俺菓子パン一個だし、食い終わったら寝るし」
それを聞いてイズミは腕を組み首を傾げる。
「そっかぁ。それだと弥宵と一緒にシロウ達と食べる作戦は却下だね」
「そんなの考える迄も無く却下だよ」
「もし一人で食べるのが寂しかったら一緒に食べてあげてもいいけど?」
ニコリと微笑むイズミを白い目で見るシロウ。
「あー、お前本屋じゃなくて耳鼻科行った方がいいな。保険証持ってるか?」
「うん、大丈夫。ご心配ありがとう、ふふ。行かないけど」
◇◇◇
そして、駅に隣接する少し大型の書店に着く。
「それじゃ、俺立ち読みするから。別行動って事で」
「うん、また後で」
また後で合流する必要性に疑問を感じたシロウだが、ニッコリと微笑むイズミを見て取り合えず言葉に出すのは止めた。
目的の漫画雑誌コーナーに行きパラパラと眺めながら、斜め向こうのファッション誌コーナーで立ち読みをしているイズミが目に入る。細身の長身に黒く長い髪。足が長いのかスカートが短いのか又はその両方なのかはわからないが、スカートから伸びた長い脚が目に入る。
また漫画雑誌に視線を戻してパラパラとめくりながら首を傾げる。
イズミは難しい顔をして雑誌に夢中だ。
シロウは少し考えた結果声を掛ける事にする。
「なぁ、イズミ」
「ん?どうかした?」
耳元に手をやり言い辛そうに小声でささやく。
「あー、一応忠告しとくけどな。本屋って盗撮多いから気を付けろよな?ほら、皆雑誌とか本に気が行ってるだろ?ネットとかでもよく見るからさ」
それを聞いてイズミは驚いた顔をして周囲を見るが、別に今そう言う人物がいるかと言う話ではない。
手で口元を隠しながらもわかるニヤニヤした様子でシロウを茶化すイズミ。
「じゃあ例えばシロウも気になっちゃうって事?」
小さくため息を吐くシロウ。
「……はいはい、言われると思ったよ。まぁ、後はお好きなように」
また漫画コーナーに戻ろうとするシロウの服を掴むと、少し嬉しそうに呟く。
「言われると思ったけど、教えてくれたんだ?」
「お前ね、そう言うのを揚げ足って言うの。わかる?フライドレッグだよ、フライド・レッグ」
「ふふ、おいしそうだね。今度食べようか?」
「食い物じゃねーから」