第48話 決戦の火蓋
◇◇◇
――懐かしい夢を見た。
終業式を終えて、小学四年の二学期が終わる。
クリスマスを終え、田舎にすむ祖父の家で大晦日と正月を過ごして、シロウが帰ってくると301号室の表札にはもう何も書かれていなかった。
当時小学生の彼の記憶が正しければ、俺が物心ついたころからそこには『霧ヶ宮』と言う長い苗字が書かれていたはずだった。
クリスマスに父がくれたのは新型携帯ゲーム機のソフトだったが、ゲーム機を持っている幼馴染はもう引っ越して行ってしまった後だった。
三学期の始業式。いつも通り欠伸をしながら家を出て、空っぽの301号室をチラリと横目で見ながら階段を下りる。
シロウの住む白い外壁の賃貸マンションから三度角を曲がると小学校に着く。二回目の角を曲がった所で長い髪でフワフワと女の子らしい格好の少女と出くわす。
「あ」
少女はピンク色のランドセルを背負っていた。
霧ヶ宮泉の友人、金森すずだ。
待ち合わせをするでもなく、大体いつもイズミとすずはここから学校まで一緒に行っていた。
「……お、おはよう」
「おう」
すずはイズミの友人であり、シロウとすずは互いにイズミの友人として顔は知っていると言う程度で直接話をした事は殆ど無い。小2の時に飼育係としてメダカの世話をしていた時に少し話した程度だろう。
「じゃ、先行くね」
「おう」
すずはニコリと微笑むと、少し歩調を速めて学校へと向かう。
「あっ、金森!」
急に呼び止められて少し驚きながら金森すずは振り返る。
「わあっ!……何?」
「あー……」
何かを言おうとして、暫し考えた後で言い辛そうに口を尖らせ気味にシロウは呟く。
「前に出たばっかのゲーム借りて悪かったな」
「うふふ、どういたしまして~」
微笑みながら手を振り、金森すずはスカートを揺らしながらまた学校へ向かって行った――。
◇◇◇
「ふあぁあ」
口を隠さずに大欠伸をするシロウに呆れ笑いを浮かべるマキト。
「ゲームのやり過ぎ?」
「あのな、マキト。今が何どきかわかってる?テスト前だぞ?普通に考えたら『遅くまで勉強してたの?あはは』とかじゃ無いのか?」
「あー、そう?じゃあ、『遅くまで勉強してたの?』あはは」
朝日の様な爽やかな笑顔でシロウの言った言葉をそのまま復唱する学年一のイケメンと名高い天野蒔土。
「まぁ、ぼちぼちだな。それはそうとイズミってテストどんな程度か知ってる?」
シロウの質問に眉を寄せる。
「僕よりシロウの方が知ってるんじゃない?」
「小学校の時しか知らねーんだって。昔は頭よかったはずだぞ。中高と堕落して無けれ――」
「してるわけないでしょ」
シロウの言葉に被せるようにイズミが会話に割って入る。その隣には柏木弥宵の姿。
「おはよっ。シロウくん……、マキトくんっ!」
特訓の成果かどもる事無く流れるようにマキトへの挨拶をした柏木に3人は内心おっと驚く。もしかすると、一番驚いているのは柏木弥宵本人かもしれないが。
「おはよ、柏木さん」
「で、誰が中高と堕落してるって?」
イズミはジロリと白い目をシロウに向けるが、シロウは意に介さずヘラヘラと口を開く。
「やだなぁ、誤解っすよ。霧ヶ宮さんに限ってそんな事あるはずないっすよ。当然中間テストの結果も良かったんすよね?」
「いずみんは中間総合で3位だよ!」
得意げに柏木弥宵が胸を張る。
「おー、すごい。学年3位か~」
自転車を押しながらマキトも賛辞を贈る。シロウは柏木にちょいちょいと手招きをすると、小声でヒソヒソ話をする。
「柏木、イズミの苦手教科は?副教科は力入れてなかったりする?」
「え~?何で?」
「……本人前にしてコソコソ話するの止めてくれる?」
イズミの苦言を聞き入れずにそのまま弥宵への諜報活動を継続する。
「いやさ、ひょんな事から学年3位の俊才霧ヶ宮泉さんと期末テストで対決する事になったんだ」
「ほう!」
「霧ヶ宮さんの恩情で、どれか一教科でも勝てば俺の勝ちらしいからさ。なら副教科を狙うのがセオリーかなって。保健体育とか?」
「いずみん保体得意だよ。割といつも満点近い感じ」
「そうか。いずみんは保健体育が得意か」
「ちょっと、一々復唱しないでよ。どういう意図よ」
「対決って……、もし万が一シロウくんが勝ったら……どうなるの?」
キラキラと期待に満ちた目で柏木がシロウに問うが、シロウもイズミも首を傾げる。
言葉を思い返してみると、イズミが勝ったら何でも質問に答える事と言う約束だったが、シロウが勝った場合は何の決め事も無い。
シロウは首を傾げたままイズミを見る。
「……どうなるの?」
「えっ!?……どうしよう?」
「決めてないんだ?」
「じゃあいずみんが勝った場合は?」
「イズミさ~ん。フェアじゃないっすよ~。俺なんのメリットも無いじゃ無いっすか~」
「ねぇねぇ、いずみんが勝ったらどうなるの?」
「わかった!」
シロウの煽りと弥宵の追及をかき消すようにイズミは声を上げると、キッとシロウを睨む。
「もし一教科でも負けたら、何でも言う事聞いてあげる」
「えぇっ!?」
弥宵とマキトの声が重なり、弥宵はイズミの服を引く。
「いずみ~ん!ダメだよ、もっと自分を大切にしなきゃ~。いくら保体の成績がよくてもさぁ……」
「……保体は関係無いでしょ。絶対負けないから大丈夫」
マキトも弥宵も心配そうな眼差しでイズミを見るが、シロウは意地の悪そうな笑いを浮かべる。
「壮大な負けフラグ、あざーっす。あ、一応念の為もう一つ決めときません?万が一……罷り間違って俺なんかと霧ヶ宮さんが同点だった場合はどうしましょう?」
イズミはムッとした様子で答える。
「そんなの勿論そっちの勝――」
「はい、ストップ!霧ヶ宮さん、それだと100点取られた時点で無条件に負けちゃうよ!?いいの!?」
「む……」
言われて少し冷静になる。その場合仮にイズミが全教科100点を取ったとしても負けになってしまう。
「100点は引き分け、それ以外なら……って感じが落としどころじゃない?何の勝負なのか知らないけど」
いつの間にか4人は立ち止まっていて、腕を組んでシロウをキッと見つめるイズミはマキトの提案にコクリと頷く。
「100点は引き分け、それ以外ならシロウの勝ち。異論は?」
「無い」
シロウもイズミも自信あり気に微笑んだ。
一学期期末テストまで、あと五日。
決戦の日は、近づく――。




