第47話 隠し事
◇◇◇
日付が変わって少しした頃、自室でテスト勉強をしているシロウのスマホがピロンと鳴る。
『出れる?』
メッセージの主は霧ヶ宮泉だ。
『こんな夜更けに何の御用ですかな?』
『いいから。出れる?』
間髪入れずに返信が来る。
『テスト期間だからいい事を教えてやろう。それは『ら抜き言葉』と言ってだな、正しくは『出られる?』というべきなんだ』
『いいから。出られる?』
『出られないと言ったら?』
『それなら帰るけど』
その言葉でイズミが既に家には居ない事がわかる。やれやれと軽く衣服を着替えつつ返信を行う。
『へいへい、今出ますよ。どこっすか?』
『ん、出ればわかるよ』
両親はもう眠っているので、出来るだけ音を立てない様に扉を開けると、それを見ていた様に階段の辺りで影が動く。イズミだ。
「お前さぁ、元男女とは言えこの時間に一人で出歩くなよなぁ……」
呆れ顔で心配をするシロウが口にする聞き馴染みのある単語にクスリと笑うイズミ。
「ふふ、大丈夫。走って来たから」
その言葉通り明るい色の運動靴にジャージとTシャツと言う動きやすい格好で、首には水色のタオルを巻いている。
「その理屈だとチャリの方が安全じゃないのか?」
時刻は零時を過ぎているので、シロウもイズミもひそひそと小声で話している。七月上旬の深夜。少し蒸すが風が吹けば気持ちがよい。シロウの質問に少し考えた後で苦笑いと共に答えるイズミ。
「うーん……。走りたい気分……だったから?」
「どんな気分だよ。犬か馬か、お前は。満足したなら帰れ。ついてってやるから」
シロウは階下を手で促すが、イズミは困った顔で首を傾げる。
「んー」
「まだ走り足りないのかよ。流石に走るのは勘弁だぞ」
「違くて。……本当は、少し話をしに来たの」
「話?」
そんなの電話か明日じゃダメなのか?と一瞬思ったが、口にはしなかった。言うまでも無く、それではだめだからわざわざこんな時間に走ってきたのだ。
「まぁ了解。じゃ、帰り道歩きながらにしようぜ」
「んー……」
視線をチラリと303号室の方にやるが、少し微笑んでコクリと頷く。
「ごめん、ありがと」
「おう」
築三十年の白い賃貸マンション。未だLED化されていない共用部の蛍光灯が少しチラついて、足音を立てずに階段を下りる二人の後ろ姿を照らす。
◇◇◇
「幼馴染として忠告しておくけどな、こんな時間にプラプラ出歩くのは止めた方がいいぞ。冗談抜きで」
「わかってるってば。普段は出ないもん。って言うか、……こんな時間に外にいるの初めてかも」
それを聞いてシロウは楽しそうにケラケラと笑う。
「はは、そっすか。俺は割にしょっちゅうコンビニ行ったりしてるけどな」
「不良」
ジロリと白い目を向けられるが、シロウは意に介さない。
「不良じゃねーよ。近くのコンビニで週刊誌が並ぶのが1時過ぎなんだからしょうがねぇだろ」
「……しょうがないかなぁ?」
物珍し気に見慣れた街の見慣れない姿をキョロキョロと見渡す。
変わらないものは自動販売機とコンビニエンスストア。もう少し駅の方まで行けば開いているお店ももう少しはあるのだろう。
マンションの明かりも疎らで、明かりが灯っていない部屋はもう眠りについているのだろうと推測が出来る。
「少し寄り道してもいい?」
ポケットに手を入れたままコクリと頷くシロウ。
「嫌と言っても無駄なんだろ?」
「ふふ、かもね」
イズミは分かれ道の先を指差す。何となくシロウにも行き先はわかった。道すがら、小さめの声でずっと世間話的な物はしていたが、きっとそのどれもが『話をしに来た』に該当するものでは無いだろう事もわかった。
寄り道の先は、案の定と言うか二人が通った小学校だ。正確には、4年生の2学期まで一緒に通った――だが。
「あははっ、暗いね」
「当たり前だろ。学校だけ明るかったら怖いわ」
「そうだね。あっ、シロウ!写真撮ってあげる。そこいて、門の所」
「何の記念だよ……」
言われるままに呆れ顔のままピースサインをすると、イズミがパシャリと写真を撮る。
「ふふ、暗いね」
フラッシュ無しで撮った写真を見てクスクスと一人笑う。高校生がホイホイ気軽に出歩くような時間では無いので、無用に目立つフラッシュなど使用しない方がいいのは確かだ。
「そりゃ暗かろうよ。満足っすか?」
イズミはニコニコしながらも校庭側の門を指差す。
「ううん。次、あっち」
「へいへい」
イズミに促され校庭側の門へと移動する。勿論中に入れるはずは無いが、校庭側からだと校舎が全部見渡せるのだ。
「四年一組はあそこだね。二組はその隣で、三組はそっち」
門の所から校舎を眺め、懐かしそうに微笑みながら指差すイズミ。イズミは一組でシロウは二組だった。
「五年生の時は何組だったの?」
「んー、二組だっけな」
「へぇ。私も二組だったよ。弥宵も」
勿論、五年時はシロウとイズミの学校は違う学校だ。
イズミはシロウに聞きたいことがある。
同じ中学の月代明日香に聞いたシロウの噂話が一日中頭の真ん中にあった。
学区が近い事もあり、中学には転校前の……シロウと同じ小学校から進学した子達もそれなりにいたが、一言もそんな話は聞いた事が無い。
そう考えると嘘やデマの可能性が高いと思う。
高校にもシロウの他に何人か転校前の小学校の子がいる。月代明日香も何人かから聞いたと言っていた。イズミがその噂を耳にしなかったのは、A組とD組で棟が違うからだろうか。
他の誰かに聞いても意味が無い。聞くなら直接、シロウの口からとイズミは思った。
「六年の時――」
イズミは意を決して口を開く。
「……転校したのは誰?」
その表情と質問でシロウはイズミの意図を察したようだが、特別表情を変えずに軽く手を挙げる。
「答える前に一つ、いいか?」
イズミはコクリと頷く。
「イズミが誰に何を聞いたのかは知らないけどさ、今はテスト前だぞ?」
「……そんなの知ってるわ」
「学生の本分は勉強だろ。じゃあ、こうしようぜ。テストの合計点で俺に勝ったら何だか知らんが何でも答えてやる」
その言葉はイズミのプライドを刺激したようだった。
「俺に勝ったら?そんなふざけた条件受けられるわけないでしょ?」
イズミはすらりと長い人差し指をピッと立てると、シロウをキッと睨む。
「一教科よ。一教科でも負けたら私の負けでいいわ。だから約束して、私が勝ったら何でも質問に答える事」
自ら条件を厳しくしていくイズミに思わずシロウはニヤリ笑みが漏れる。
「オッケー。二言は無いな?指切りとかする?」
笑いながらシロウが小指を差し出すと、コクリと頷いてイズミは小指を絡めた。




