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第4話 知ってるけどさぁ

◇◇◇


「なぁ、マキト。結局俺ジュース買ってもらって無いんだけど気付いてる?得意げな顔で『何飲む?』って聞かれてから随分経つんだけどもう時効なの?」


 昼休みの終わり近く。クラスの友人と学食に行ったマキトが帰ってくるなり机に伏したシロウはそう言った。確かに登校時に、自販機に入り辛い100円玉を持ちマキトはそう言った。


 他の同級生であれば眉を寄せて苦い顔をしただろうが、マキトはニコリと余裕の笑みを浮かべてシロウの机に紙パックのコーヒー牛乳を置く。


「まさか。勿論買ってあるよ」


「マジか、抜かり無さ過ぎだろ。遠慮無く頂くぜ」


「どうぞ~」


 天野蒔土の席は穂村司郎の前の席だ。窓際の一番後ろから一つ前。


「学食で霧ケ宮さん達に会ったよ」


「へぇ。つーかあいつが何組なのかも知らねぇんだけど」


 コーヒー牛乳を飲みながらさほど興味無さげに答えるシロウに呆れ顔のマキト。


「A組なんだってね。隣にいた子も一緒」


「あぁ、あの胸のでかい」


「むっ……」


 短く言葉を切って絶句するマキト。隣の席の女子たちも会話を聞き眉を顰めてシロウを見る。


「ちょっとその言葉は教室じゃ不適切だから止めとこうか」


 シロウとしては出来る限り自然に彼女のアピールポイントをアピールしたつもりだった。そもそも苗字を覚えていない。名前は憶えているが、女子を名前で呼ぶと言うのは思春期男子の非モテ男としては少々ハードルが高い。


「高校一年の男子としては適切だと思うけどなぁ」


 隣の席の女子達がシロウに送る白い目にいたたまれない気持ちのマキトは何とか軌道修正を図る。


「そうだ!それはそうとシロウ、朝のあれはちょっと酷いよ。『元』幼馴染だなんてさ」


「だって小四以来だぞ?そっから五年も経つんだから『元』位付くだろ。幼馴染という物に幻想を抱きすぎなんだよ、どいつもこいつもさぁ。いいか?その手の事は全部但し書きが付くんだよ。『美男美女に限る』ってな」


 はぁ、と大きく肩を落として溜息を吐くマキト。


「それ、霧ヶ宮さんに絶対言うなよ?それに五年も十年も関係無いだろ。どれだけ時間が空いたって、それまで過ごした時間が消える訳じゃ無いんだから」


「そう言うもんすかねぇ」


 首を傾げるシロウにニコリと微笑む。


「そう言うものだよ。霧ヶ宮さんだってそう思ってるから怒ったんじゃないか。嘘だと思うなら言ってみなよ」


 紙パックに刺さるストローから空気の混じった音がしていたが、シロウはそのまま首を傾げてストローを吸っていた。


◇◇◇


 ――第三回天野蒔土攻略会議。


「ドリンクバー二つでお願いします」


 にこりと微笑み店員さんにそう頼むと、霧ヶ宮泉は不機嫌そうに頬杖を突いてジト目でシロウを睨み手で促す。


「どうぞぉ?……ジュース取りに行けばぁ?いつもすぐドリンクバーに行って変なジュース作るじゃない」


 不貞腐れたように頬を膨らませてシッシッと手を振る。普段であれば『はいはい、分かりましたよ』とドリンクバーに向かうところだが、マキトの言葉が頭の片隅に残る。


 確かにイズミは怒っていたし、マキトの言う事も一理ある。さて、どうしたものかと考えながらも立ち上がってドリンクバーに向かう事にする。せめてドリンク位持ってきてやっても罰は当たるまい。


「ほい」


 自身の調合したオリジナルブレンドジュースを片手に、イズミの前にコトリとミルクティを置く。


 怒っている事を伝える為か、また頬を膨らませたイズミはじろりとシロウを見る。


「何よ」


「ん?ミルクティ。好きだろ?」


 イズミは一度口を開けたかと思うと、勢い良くそっぽを向く。


「そんなの昔の話じゃない。五年も前なんだからもう変わってるに決まってるでしょ!シロウだって――」



 ――と、イズミの言葉の途中で閃いた。きっと、こう言うのを天啓と言うのだろう。マキトの言葉、使うなら今だ、と。


「好きに決まってんだろ。五年だろうと十年だろうと、どれだけ時間が空いたって、それまで過ごした時間が……変わる訳じゃねーんだから」


 だから、きっとミルクティは好きなはず――。


「ふぇえ?」


 イズミは驚いた顔でシロウを見て、真っ赤な顔で空気が抜ける様にふわふわと力ない声を吐いた。


 何秒か黙った後で両手でミルクティの入ったグラスを持ち、口元を隠すように上目にシロウを窺い見る。


「う……、嘘よ」


 シロウは首を傾げる。


「嘘な訳無いだろ」


「……ずっと?」


 シロウは少し考えた後で自信無さげに笑う。


「多分な。ずっとだと思う」


「う~……。何で急にそんな事言うのよ……」



 イズミは真っ赤な顔で俯きながら、メニューをスッとシロウの前に差し出す。


「何でも好きなの頼めば?」


「マジで!?」


 パァッと明るい顔でメニューを開いて笑う。


「気前良すぎだろ、お前。宝くじでも当たったのかよ!?じゃあ、これとこれと……、これは?」


 イズミは顔を上げずにコクコクと頷く。


 弾む声で店員さんを呼び、間違えの無いように指差しをしながら確実に注文をする。デザートは食後で無く、出来た順に持ってきてもらう。


 一口ステーキ、ほうれん草のソテー、エビフライ単品、キャラメルスフレ。もう大満足である。


「いっただきまーす」


 先に来たキャラメルスフレを食べるシロウをチラチラと覗き見るイズミ。



「……おいしい?」


「あぁ、美味い。勿論、美味い」


「ふふ、そっか」


 イズミはニコニコと食事をするシロウを眺める。


 次にほうれん草のソテーが到着し、次いでエビフライがテーブルに並ぶ。少し遅れてメインの一口ステーキ。


 攻略会議は一切の進行も無いまま、シロウは箸を進めイズミはニコニコと見守った。



「好きな飲み物覚えてた位でこんな奢って貰うと流石に少し悪い気がすんな」


「ん?」


 ニコニコとしていたイズミは首を傾げる。


「どういう事?」


「や、言葉通り。ミルクティ昔から好きだったろ?だから5年経ったって極端に嫌いになる事は無いじゃん?」


「んんん?」


 イズミは大きく一度息を吸い、吐く。


「ちょっと待って。話を戻そっか。『五年だろうと……』って辺り、何て言ったかもう一度言える?」


 突然の記憶力テストに得意げな笑みを浮かべながらシロウは答える。


「五年だろうと十年だろうと、どれだけ時間が空いたって、それまで過ごした時間が変わる訳じゃねーんだから、だろ?」


「……変わる訳じゃないから――、何が好きだって?」


 要領を得ない質問にシロウは指さしで答える。イズミを指して、ミルクティを指す。


「お前が、ミルクティを」


 イズミは大きくため息を吐く。


「……知ってるよ?」


「ははは、何だよ。じゃあ聞くなよ」 


「知ってるけどさぁ」


 半ば呆れ笑いの笑顔でシロウに笑いかける。


「ま、でもそれだけでも覚えててくれたなら上出来かもね、シロウなら。ねぇ、お肉一つ頂戴?」


「どうぞどうぞ。うまいぞ」

  

 ちゃんと使っていないフォークで皿に取り分ける。


「ありがと」


 攻略会議は、進まない。

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