第39話 嘘つきと雨
◇◇◇
「ねぇ、何で嘘吐いてたの?」
梅雨らしく雨の降る公園。池の見える東屋で突然詰問が始まったが、シロウは余裕のうす笑いを浮かべながら腕を組みイズミを見る。
「霧ヶ宮さぁん、そう言うカマかけは卑怯だし無意味っすよぉ?俺が霧ヶ宮さんに嘘吐くわけ無いっすよぉ」
「その言い方がもう胡散臭いし、嘘吐くわけないって言うのが既に嘘なんじゃ無いの?覚えてないけど絶対吐いた事あると思うんだけど。ねぇ」
「言いがかりは止めて下さいよ~、証拠はあるんすか~?証拠は」
イズミは勝利を確信したようにニッと笑うと、ピッと人差し指でシロウを指す。
「それ。証拠はそれよ。悪い事してない人は『証拠はあるのか』なんて言わないわ」
想像を超える迷裁きにシロウは呆れ顔でパチパチと拍手をする。
「すげぇなぁ、その論理。魔女狩りの時だってもう少しましな裁判してるぞ。中世ですらねぇよ、お前。古代だよ」
「そんな事言ってお茶を濁そうとしても無駄よ。マキトくんから聞いたんだから」
シロウの皮肉にも食い下がってくる所を見ると、真偽はともかく本人的には確たる情報である様だ。シロウは小ばかにしたように鼻で笑う。
「あ、そうっすか。その話まだ続く?くだらないカマかけは良いから結論からお願いしていいっすか?」
イズミはジッとシロウの目を見て、呟く。
「……成績悪い振りしてたでしょ」
その言葉の意味が分からず数秒固まった後にシロウは恐る恐るイズミに問いかける。
「えー、っとさ。悪い、言葉の意味が上手く伝わってないんだけど、若しかしてそれが俺が吐いた嘘って話?」
イズミはコクリと頷く。
シロウは首を傾げながら新発売の期間限定チョコの箱を開けて二つ手に取りポリポリと頬張る。
「あのさ、よーっく考えてみろよ?俺お前に一度でも『俺ェ、成績悪ィんすよォ。ハハハッ』とか言った事があるか?全てお前の先入観だろ?つーかそれって俺の事を馬鹿だと思ってたって言ってるのと一緒だぞ?それ」
シロウの指摘を受けて、イズミは慌てて弁解をする。
「違うってば!……だって、小学校の時はお世辞にも良いとは言えなかったはずでしょ?だからさ、そのままの印象で……」
ゴニョゴニョと尻すぼみになるイズミに大きくため息を吐くシロウ。
「取り合えず嘘つき呼ばわりした事は謝罪を要求しようかな」
イズミはペコリと頭を下げる。
「ごめんなさい」
「はい、どうも。じゃその話終わりな」
まだ完全には納得していないが、冤罪を着せてしまった直後なのでそのまま話を続ける程イズミの面の皮は厚くない。
「……わかった」
不服そうにしながらチョコを一つパクリと頬張る。
「ん、これおいしいね」
シロウももう一つ口に放り込んで苦い顔をする。
「ん~」
「おいしくない?」
「いや、美味いよ?美味いんだけどさ。限定じゃん?」
イズミは眉を寄せる。
「そうだけど、それと美味しさと何の関係があるの?」
「あるだろ。どんなに美味くてもすぐ店先から消えるじゃん。あー、あれ美味かったのになぁ……って虚無感に囚われるんだよ」
その言葉に驚いたように目を丸くする。
「へぇ、意外とセンチメンタルなんだ」
「うるせぇな」
イズミは限定チョコをもう一つ食べると、残りを箱ごとシロウの方へとスッと差し出す。
「残りあげる。おいしいよ」
「お前話聞いてる?美味いのは分かってるんだっつの」
呆れ顔でもう一つ食べるシロウを見て、イズミは左手を東屋の屋根の外に伸ばす。外は雨が降っていて、掌は雨に濡れる。
「雨だね」
「見ればわかるよ」
唐突に変わる話に不満げな様子でシロウはチョコを食べる。期間限定のそのチョコは湿った気候を晴らす様な爽やかなチョコミント味。
「うまい」
うまいが……、と続けて何か文句を言いたそうに不満げな顔でもぐもぐと咀嚼するシロウを見てイズミはクスリと笑う。
「雨が降ってるね」
「えぇ、振ってるっすね。イズミさん」
反論をするのを諦めて相槌を打つシロウに、頬杖を突きながら楽しそうな顔のイズミ。
イズミの言う通り、外は雨が降っている。
「じゃあもしかしたらさ、そのチョコが棚から無くなったら思い出すんじゃない?おいしかったな、とか。雨が降ってたな、とか。誰と食べてたな、とかさ。あ、後はまた来年発売された時とかね。ふふふ」
それなら寂しくないんじゃない?とイズミは言葉を続ける。
「……誰も寂しいなんて言って無いんですけど。想像力豊かっすね、霧ヶ宮さんは」
シロウはチョコをイズミ側へ押し戻す。
「ふふふ、まぁまぁ。チョコ食べなよ。ほらほら」
イズミはチョコをシロウへと差し出す。
「うるせぇ。ニヤニヤすんな」
負けじとシロウは――。
◇◇◇
「そろそろまた皆でお出かけしたいと思うんだけどさ、中々予定が合わないんだよね。シロウ以外」
かわいらしい手帳をパラパラと捲りながらイズミは首を傾げる。
「ねぇ、おばあちゃん。どうしておばあちゃんは一回話す毎に人を貶めようとしてくるの?」
芝居がかったシロウの口振りにクスリと笑う。
「何で赤ずきん?」
「お、よくわかったな。すげぇ」
「ふふ、ね。すごいでしょ?」
「すごいとは思うが、無用に俺を貶めて来た罪は消えないぞ?」
シロウの言葉を無視して手帳を眺める。
「弥宵もマキトくんも日曜日に大会があるみたいでさ。夏休みまで待つしかないかなぁ」
「霧ヶ宮さんも大会無いんすか?全国美化大会とかそう言うの」
イズミはジロッとシロウを睨む。
「ある訳無いでしょ、そんなの。ただの委員会活動なんだから」
「じゃあお前も空いてんじゃねぇか。何がシロウ以外だよ」
「私は色々忙しいの」
「へぇ、毎週週替わりでデートっすか」
「そう言うのもセクハラなんだよ?知ってる?」
「へぇ、そうなんすか。ははは」
軽く返事をしながらシロウはへらへらと笑う。
雨は少しだけ小降りになっていた。




