第38話 もう一つの放課後
◇◇◇
「ん?」
部活終わりに自転車を取りに来たマキトはハンドルにぶら下がる藍色のお守りを見つける。
そのお守りは勿論柏木弥宵からマキトへの贈り物なのだが、何も言わずにぶら下げられてもそんなもの分かるはずがない。
お守りをつまんで眉を顰めるマキトに頭上から声がする。
「マキトくん」
声を見上げると窓からイズミが顔を出していて、何やらお守りを指差した後で申し訳なさそうな顔をして手を合わせる。
「お守りでしょ?ごめんね、それ弥宵。ロッカーの場所わからなかったのかな?」
勿論柏木弥宵はマキトのロッカーの場所など熟知しているに決まっているが、まぁ苦しくともフォローはしておく必要があると判断したのだろう。
イズミの言葉にマキトは驚いた顔で自身の目を指差す。
「すごいね、見えるんだ?そこから」
その言葉を受けてイズミも得意げに目を指差して笑う。
「ふふ、目いいんだ。昨日神社に行ったからお裾分けだってさ」
改めてお守りを見ると交通安全の文字。なるほど、だから自転車に掛けてくれたのかと一人納得する。当然弥宵にはそんな意図は無い。最初に思い付いた本人の手から離れた所有物に掛けたに過ぎない。
「今度会ったらお礼しないとなぁ」
「ん、そうしてあげて。きっと喜ぶから。マキトくんはもう帰り?」
「うん。霧ヶ宮さんは?」
「私は後4枚ポスター貼って終わりかな」
美術部とコラボした美化委員会の企画で、『校内美化月間』のポスターを貼っているようだ。
「そっか。じゃ、お先~」
マキトは笑顔でひらひらと手を振り、イズミもそれに返す。
「お疲れ様」
◇◇◇
「霧ヶ宮さんてマキトくんと仲良いよね。中学校同じだったりするの?」
ポスターを貼りながら同じ美化委員の戸坂さんが少し羨ましそうに問いかける。
「ううん、高校からだけど」
「えっ、そうなの!?」
ポスターを貼る為に上を押さえていた戸坂の手が驚きの声と共にずれると、押さえていたポスターが落ち、イズミは笑いながら苦言を呈する。
「ほらほら、仕事して~」
「ごめ~ん。じゃあきっかけは?部活も違うよね?」
「うん。友達がマキトくんと仲が良かったから」
仲良かったから『紹介してもらった』と言うと何となく少し角が立つ気がしたのでそこで言葉を止めておく。
「へぇ~いいなぁ~。私もマキトくんと仲良くなりた~い」
「超社交的だから普通に話せば平気だと思うよ。あ、サッカーの話題は意外と苦手らしいけど。……って、いいから手動かさないでちゃんと押さえててよ。終わらないでしょ、もうっ」
「そうそう、マキトくんと言えばさ。D組の後ろの席の男子と仲良いじゃん?あんま冴えない系の。あの人――」
D組でマキトの後ろの席に座っていて、彼と仲の良い『冴えない系』の男子。当然シロウの事なのだが、『冴えない』と言うワードに無意識にムッとして言葉を被せるように口を開く。
「穂村司郎でしょ。小学校、同じなの。幼稚園も」
敢えて『幼馴染』と言う単語を使わずに、威圧的に答えてしまった事を口に出してからハッと自省する。
「あっ……あはは。あいつがどうかした?」
引きつった愛想笑いをするイズミに気まずそうな愛想笑いで返し、首を横に振る戸坂さん。
「あっ、そうなんだ~。あははは、何でも無いよ~?ほら、ポスター貼ろっか。ここで終わりだし!」
◇◇◇
ポスターを貼り終えて、本日の委員会活動は終了となる。
「お疲れ~」
「お疲れさま~」
「スノバ行く人~?」
「はーい」
「霧ヶ宮は?」
「あ、私パスで。すいません」
ニコリと微笑み先輩からの誘いを断る。
下校支度を終えて靴を履き、校門を出る。
と、すぐ自販機の所で一人ジュースを飲んでいるマキトの姿。マキトもイズミに気が付きニコリと笑い手を振る。
「霧ヶ宮さん、奇遇だね」
「マキトくん。……ごめん、もしかして待っててくれてた?」
イズミの言葉を手を振り否定する。
「違う違う。ちょっとジュース飲みながらスマホいじってただけ。そしたらたまたま霧ヶ宮さんが通ったって感じ」
イズミはジトっと疑いの目をマキトに向ける。
「へぇ、それは偶然ね。じゃあもし嘘だったらジュース奢ってもらおうかな?」
「何飲む?」
繕いもせずに爽やかに小銭を投入するマキトに呆れ笑いのイズミ。
「じゃあミルクティ」
「オッケー」
ガタン、と自販機が音を立ててミルクティのボトルを生み出す。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
ミルクティを受け取る際に、マキトのスポーツバッグに付いた藍色のお守りが目に入る。
「お守り、早速付けてくれてるんだ」
「勿論。万が一事故ったら柏木さんが何を思うかわからないから、本当安全運転しなきゃって思うよ。ははは」
「あー、分かる。『どどどどど、どうしよう!わたしのあげたお守りのせいで!』とか?ふふふっ」
イズミの物真似にぷっと吹き出すマキト。
「ははっ、言いそうだね。3人で行ったんでしょ?霧ヶ宮さんは何のお守り買ったの?」
『買った』と言う単語に反応して、クスリと笑い得意げなイズミ。
「誰かさん曰く、お守りは『買う』ものなんじゃ無くて『授かる』ものなんだそうよ?」
「あー、言いそうだね。誰かさん」
その場にいないその誰かさんを思い、二人で笑う。
「私は家内安全。特に深い意味は無いんだけどさ」
「へぇ、じゃあ誰かさんは?」
「誰かさんは学業成就。ふふ、もう既に神頼みの段階みたい」
イズミの言葉にマキトは首を捻る。
「どうかした?」
「うん、多分さ。シロウは霧ヶ宮さんが思ってるよりずっと成績いいよ?」
「うそっ!?」
勢いよくマキトを見て驚きの声を上げるイズミ。
「ほら、僕塾同じじゃん?模試の結果とかも僕より全然上だったよ」
「……そうなんだ。小学生の時は全然だったのに」
昔から知っている幼馴染が、知らないうちに成長していた事を嬉しく思うよりも、当たり前の事だが知らない事が増えている事を少しだけ寂しく思う。
5年前……小学4年の頃の記憶のシロウは、運動も勉強も決して得意と言う訳では無かった筈だ。
上がった学力や運動能力、あまり学校に行かなかったと言う中学3年間。
「知らない事ばっかりだなぁ……」
寂しそうに微笑むイズミ。
その横顔をチラリと見て、自分でも気が付かないような小さなため息を吐いた後でコロリと話を戻す。
「で、当の柏木さんは何のお守りを?」
「えっ!?さぁ~?あはは、何だろうね」
嘘を吐くのが意外と下手なイズミにクスリとする。
「じゃ、本人に聞いてみようかな。あははは」
「……えぇ~、やめたげてぇ」




