第37話 指向性の想い
◇◇◇
「2人には内緒で頼むよ、流石に恥ずかしいし情けないからさ」
コンビニで菓子と飲み物を買い、公園に移動する道すがらマキトは照れ臭そうにそう言った。
「んー、まぁ。言わねぇよなぁ。言えねぇっつーか」
特別恋愛感情を持っているわけでは無いが、マキトが大好きだと嬉しそうに魅力を語る柏木弥宵が、好きだからこそその恋が実らないと知ればどんな顔をするのか。あまり想像をしたくない。
「モテ男にはモテ男なりの悩みがあるんだな。俺だったら『ハイ、喜んで!』ってなもんだけど」
「因みにシロウは告白された事は?」
「……ある訳ねぇだろ。お前言っとくけど、告白された事のある男子って言うのが極めて少数派だからな?」
「あはは、知ってる知ってる。そうみたいだね」
「てめぇ」
中身の半分入ったペットボトルを上に投げ、クルクルと回転しながら落下するそれをジャグリングの様にキャッチする。
何度か続くシロウのそれを眺めた後で、マキトはボソリと呟く。
「柏木さんはかわいいよね」
「まぁ、同意。胸もデカいし。明るく元気だし料理もできるしな」
「……また胸の事言ってる」
苦笑するマキトに開き直ったようにヘラヘラと笑うシロウ。
「別にいいだろ。野郎しかいねぇんだから。敢えてもう一度言うけど、柏木胸デカいよな、うん。因みにマキトが付き合った中で柏木より胸デカいやついた?」
「うるさいな、ノーコメントだよ」
少しムッとしてマキトは口を尖らせ、シロウは笑いながら謝る。
「その辺りがモテる秘訣なのかねぇ。俺も真似してみようかな」
「怒ってるんだから少しは反省しなよ」
「オッケー。少し、な」
ああ言えばこう言う穂村司郎にやれやれとため息を吐き、少し間を置いてマキトはまた口を開く。
「一応聞くけどさ」
「おう、一応聞いてみ?」
シロウの表情を窺いながら少し言葉を選んだかと思うと、思い直してかストレートに問う。
「柏木さんの事、好き?恋愛対象として」
首を捻り、少し考える。
「好きか嫌いかで言えば、当然好き。告白されれば余裕でオッケーするレベルだな。ただ、そもそも論として、あいつにも当然に選ぶ権利があるわけだが」
シロウの答えはマキトの想定内のものだ。恋愛準五級を自称するシロウの恋愛偏差値は小学四年並みなのだから。
そして、次の質問。
『じゃあ、霧ヶ宮さんの事は?』
そう聞こうとしてマキトは言葉を飲み込んだ。
――じゃあ、霧ヶ宮さんの事は好き?
――俺が?イズミを?無いない。俺にだって選ぶ権利が云々。
――じゃあ、もし僕が霧ヶ宮さんの事を好きだったら?
低級者向けの詰将棋の様に、容易に二手三手先の会話が想像できた。
そして、その次も。
仮にマキトがそう問うたなら――。
恐らく、シロウは驚いた顔をした後で喜んで協力してくれるだろう。柏木弥宵の想いに少し罪悪感を感じながらも、その方が公平だからとかそんな事を言いながら。
だが、彼は言葉を飲み込んだ。
マキトはため息交じりに、少しだけ寂しそうにつぶやいた。
「柏木さんがシロウの事を好きだったらよかったのに」
「嫌味か?皮肉か?お前それ絶対柏木に言うなよ」
ジロリとマキトに白い目を向けながらそう釘を刺すシロウに、いつも通り笑いながら手を横に振るマキト。
「あはは、言う訳無いだろ」
――君の幼馴染が好きだ、なんて。
笑顔でシロウの言葉に答えながら、マキトはそんな事を思った。
◇◇◇
「で、結局お守りはどうしたんすか?柏木さん」
放課後のファミレスで、頬杖を突きながら特製ドリンクを飲むシロウ。
向かいの席には柏木弥宵。イズミは今日は美化委員会の活動があるそうだ。
「えっ!?えへへ……自転車のハンドルに掛けておいたよ!」
照れ臭そうに両手で小さくガッツポーズを作る柏木に大きくため息を吐くシロウ。
「お前それ、落とし物とかと思われるんじゃねぇの?」
「あっ、そっか!……どどどど、どうしようか!?もしかしてマキトくん警察に届けちゃうんじゃない!?」
「そこまで善人でも暇人でもねーだろうよ。つーか、一言『愛するマキトくんにお守り買ってきたよっ!』ってメッセージ送ればいいじゃん」
「送れるかっ!」
「で、そのお守りが安産祈願だったりね。ははは」
「あっ、シロウくんにセクハラされたら教えてっていずみんに言われてるから連絡しなきゃ」
ムッとしながらスマホでメッセージを送る弥宵。
「うそっす。柏木様、お許しを」
深々とテーブルに頭を下げるシロウに、腕を組んで頬を膨らませる弥宵。
「ダメだよ、そう言う冗談はさぁ」
「へぇ。肝に銘じやす。あっ、柏木様ドリンク空じゃないっすか。お持ちしますね」
ヘラヘラと諂うシロウを見て満足げに笑い大きく頷く。
「うむ、くるしゅうない」
氷抜きの野菜ジュースと、自分用のジンジャーエールを運び一応の謝罪を終える。
「そういや、聞いた事無かったかも知れないけどさ」
「うん、何?」
「マキトのどこが好き?」
「へぇえっ?」
一瞬で弥宵の顔が真っ赤になる。野菜ジュースのオレンジ色なんてかわいいものだ。
「先に言っておくけど、『全部』は無しな」
「そんなぁっ!?」
両手を膝の上でギュッと握り締め、真っ赤な顔で俯く。
シロウは彼女が口を開く迄黙って待っている。
「……いくつ言っていいの?」
チラリと目線を上げて弥宵が呟くので、思わずシロウはニヤリとしてしまう。取り合えず指を一本立てる。
「そんじゃ一つ」
「それだけ!?」
勢い良く顔上げて不満げに声を上げるが、シロウは取り合わず手で促す。
「はい、どーぞ」
「……絶対にマキトくんに言わないでね?」
「言わない言わない」
弥宵は真っ赤な顔ながらキッとシロウを見据えて人差し指をピッと立てる。
「カッコいいところ!」
まぁ、言うだろうなと思ったが実際言われるとマキトが少し可哀そうになって来る。
「じゃあカッコよく無かったら?服がダサかったり、足が短かったり、出っ歯だったり」
弥宵は首を傾げて真剣に考えた後で、にへっと笑う。
「かわいいね、好きっ」
言葉の意味が分からずシロウは眉をひそめる。
「いや、かわいいか?じゃあ、マキトの顔が俺の顔だったら?」
想像してクスリと笑う想像力豊かな柏木弥宵。
「んふふふ、おもしろいから好き」
「いやいや、面白いって。その顔の人君の目の前に座ってんすけど。じゃあ、俺の顔が俺の顔だったら?」
「それ只のシロウくんじゃん」
ケロっとした表情で冷静に返す弥宵に残念がるシロウ。
「チッ、バレたか」
「……バレるでしょ。ねぇねぇ、他は?もっと聞きたいんじゃないの?マキトくんの好きな所!」
弥宵はやや赤い顔をズイっと乗り出してシロウに催促をするが、シロウは苦笑いを浮かべてお腹をさする。
「や、お腹いっぱいっす」
「そんな事言わないでさっ!あ、ほら!ポテト食べる?アイス?」
「おや、いいんすか?悪いなぁ、柏木」
メニューを差し出しながらニコニコと笑う。
「じゃ、続き言うね?」
「……了解っす」




