第36話 友達
◇◇◇
二日連続の神社訪問。シロウは学業成就を、柏木弥宵は交通安全と恋愛成就を選び、イズミは散々迷った結果、折角だからと家内安全のステッカーを選んだ。
「柏木は何で交通安全?」
シロウが柏木弥宵の手に持つ小さな白い紙袋を指さすと、彼女は反射的に袋を隠しながら照れた様に笑う。
「えっとね、……いつも自転車だから」
誰が、とは聞かずとも二人とも分かった。
「渡せんの?」
意地悪そうに笑うシロウ。
「んー……、いざとなったらこっそり鞄に入れる……カモ」
イズミも呆れ笑いを浮かべる。
「そこはちゃんと渡そうよ」
「なぁ、どうでもいいんだけどさ。交通安全のお守りって事は、交通安全の神様がいるって事だよな?」
どうでもいいんだけど、の前置きをしているとは言え話の流れを遮る質問にイズミは呆れ顔で返事をする。
「さぁ?いるんじゃないの?いつもみたいにご自慢の豆知識を披露したら?仰るとおりどうでもいいけど」
「豆を付けんな。急に安っぽくなるだろうが。豆知識じゃなくて知識だよ、知識。若しくは教養」
「はいはい、じゃあ続きをどうぞ」
おざなりな対応にジロリとイズミを睨みながらも話を戻す。
「交通安全の神様ってさ、人間が乗り物乗る前は何してたのかな?」
「ごめん、意味わかんない。その話まだ続く?」
「続く、続く。いや、意味わかんなけりゃ分解して説明するけどさ、交通安全を加護する為には交通が無きゃならないだろ?だからそれまでは何を司ってたのかなって」
フッと軽く笑ってスマホをポチポチと操作するイズミは、目当ての検索結果画面をシロウに見せる。
「交通って別に乗り物の事だけじゃないよ。ほら、『人や物の行き交う事』ってあるでしょ。と言うことは、人がいる限り交通って言うのはある訳ね」
さらに言えば、人がいなくとも動物が行き交えばそれもまた交通と言えるのだろうか?
困惑した表情の弥宵を余所にシロウも納得した表情で頷く。
「ははぁ。要は旅の加護みたいなもんか。ギリシャ神話のヘルメスみたいな」
シロウの答えにイズミも納得した様子で頷く。
「かもね」
2人のやり取りを交互に眺めて、楽しそうに笑う弥宵。
◇◇◇
「そんじゃ、君らも交通安全で」
神社へ行き、しばらく街をブラブラした後シロウは駅でイズミ達と別れる。
「うん、シロウも学業成就で」
ヘラヘラと笑って手を振るシロウにイズミはヒラヒラと手を振り、弥宵はクスクスと笑う。
「あははっ、何それ」
「弥宵、笑っちゃ失礼よ。笑いごとじゃないの」
「失礼なのはお前だよ。ま、家内安全でな」
まだ続くお守り推しにイズミの口元も緩む。
「お気遣いどうも。シロウも商売繁盛でね」
「これはこれはご丁寧に。イズミも安産祈願――」
「セクハラっ!」
丁度話のオチがが付いた所でイズミは呆れ顔で弥宵を見る。
「キリが無いわ。帰ろ」
弥宵は大きく手を伸ばして手を振る。
「あははっ。それじゃ、また明日ね~」
「へーい」
2人と別れ、駅の裏手にあるバスロータリー近くのベンチに座りスマホをいじる。
少し離れた所にある喫煙スペースからタバコの臭いが漂ってきて一瞬眉を寄せるが、吸うべきところで吸っている人にとやかく言う事も思う事も無く、そのままスマホをいじって人を待つ。
「お待たせ」
スマホから顔を上げると、カジュアルな格好のマキトがポケットに手を入れたままニコリと微笑み、シロウはベンチから腰を上げる。
「いえいえ、悪いっすね。お楽しみの所呼んじゃって」
「ううん、丁度帰る所だったから」
「あ、そうっすか。あれすか?今日もやっぱり女の子達にキャーキャー言われてたんすかね、マキトさん」
マキトはわざと得意げに微笑んで見せる。
「まぁ、そうなっちゃうね」
「へいへい、羨ましい事っスなぁ」
マキトが自転車を止めている駐輪場迄歩く。
「乗る?」
「いや、歩く」
「オッケー」
◇◇◇
自転車を押して、夕暮れ前の街を駅から歩く。
他の友人と遊んでいたマキトに連絡をしたのはシロウであり、スマホ越しで無く直接聞きたい事があった。だが、何と切り出していいものか分からずに世間話でお茶を濁して道を歩く。
余計なおせっかいかもしれないが、聞きたいのは柏木弥宵の事だ。
初めて話したのはほんのひと月ほど前だ。霧ヶ宮泉から、友人のマキトとお近づきになれる様にと相談を受けて、実際に部活の帰りにマキトから誘われる程親交は深まった。
一言も話したことの無いイズミの友人であった柏木弥宵は、今は友人と言って差し支えない程度には仲が良くなってしまった。
話をしながらもどこか上の空のシロウをチラリと見て、マキトは口を開く。
「柏木さんの事?」
「ん、あー……」
誤魔化すかどうか数秒考えてしまい、苦笑しながらも正直に話す事に決めた。
何より、自分自身が何を求めているのかもよくわからない。恋愛感情では無いと思う。恐らく、友人として悲しんで欲しくないのだ。
お互いに。
「まぁ、ぶっちゃけるとそう。脈、あんの?」
正直に話すことに決めた。なので、ハッキリと遠慮なく聞く。
「あはは、ド直球だね」
明るく笑うマキトの表情は、次の瞬間寂しそうな微笑みに変わる。
「じゃあ僕も正直に言ってもいいかな?」
もうその時点で答えは言っているようなものだ。
シロウも珍しく強張った表情でマキトの言葉にコクリと頷くと、マキトはゆっくりと口を開く。
「勝手な事言う様だけどさ、……好きになれないんだ、僕の事を好きになる人を」
想像とは異なる答えにシロウは困惑する。『脈は無い』そんな答えを想像していたが、答えが想像より上なのか下なのかもすぐには分からない位に困惑した。
「……悪い、もう少し分かりやすく頼むわ。俺、恋愛準五級だからさ」
苦し紛れの軽口を口にしながら引きつった笑いを浮かべるシロウに、マキトはぽつぽつと語りだす。
小学生の頃からモテたマキトが初めて告白をされたのは小学5年の時らしかった。
同学年で間違いなく一番可愛い学年のアイドルさながらの彼女から告白をされ、小学生ながら付き合う事になった。それは、彼女にしてみればマキトを独占出来たと言う意味だったようで、マキトが他の女子と仲良く話したりする事に嫌悪感を示すようになる。
そして、男子と遊ぶ事を優先する事に苦言を呈された辺りでマキトから別れを切り出してそこから一言も話をしなくなったそうだ。
「……ふーん、へぇ。それ小5の話?へぇ。次は?」
「まぁ、詳細は省くけど、中一の時に中三の先輩と付き合って、中三の時に一個下のマネージャーと付き合ったよ。ははは、その頃の友達がその子にベタ惚れでさ。彼とはそこで疎遠になっちゃった」
「中三って去年じゃん」
「まぁ、それはいいじゃん」
「……どこまで行ったんだ?」
「だから、それはいいじゃん」
シロウの追及を躱しつつ、マキトは話を続ける。
「言い方は悪いけどさ、結局彼女たちの好きだったのは僕じゃ無くて学校一のイケメンなんだよ」
省いた説明の中には、きっと辛い事もあったのだろうか。マキトは自嘲気味に笑いながらそう言った。
「……じゃあさ、何で柏木を誘って下校したんだ?脈が無いなら――」
脈が無いなら、声を掛けなければ。
そう続けようとシロウの声を遮る様にマキトはまた口を開く。
「親友の友達と仲良くなりたいと思っちゃ駄目なの?」
ハッと言葉を飲むシロウ。
マキトは何年も溜め込んだ思いを吐く様に、語気を強める。
「恋愛感情が無かったら仲良くなろうとしちゃだめなのか!?友達の好きな子が僕の事を好きなのは僕が悪いのかよ!?僕はただ……みんなと仲良くしたいだけなのに」
言い終わり、一度大きく深呼吸をするといつも通りのマキトだった。
「あはは、ごめん。すっきりした」
「……イケメンはイケメンで大変なんだな」
苦し紛れのコメントをするに留まるシロウにニコリと笑うマキト。
「そうなんだ。超絶イケメンはそれなりの悩みがあるんだよ」
「超絶は付けてねーぞ、図々しい」
自販機で飲み物を買いながら、シロウはお守りの効果について考えた。




