第34話 土曜の午後と縁結びのお守り
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シロウ達4人で連絡先を交換した際に作ったメッセージグループは、実際にはあまり機能していない。マキトとイズミが時折他愛の無い事を呟く程度で、シロウはスタンプの送信をするに留まり弥宵に至ってはそれすらも無い。
だが、マキトを除いた3人のグループでは柏木弥宵の発言が全体の8割を占める。深夜だろうとBOTの様に呟かれるマキト賛美の類の言葉に辟易としたシロウは3人グループの通知を切っている程だ。
その為、本当に用事がある時は個人宛にメッセージが来るので3人グループ・4人グループ共に殆ど機能していないと言える。因みに3人グループのグループ名は『天野蒔土攻略会議』であり、4人グループは『どうぶつえん連盟』だ。
シロウとイズミが縁結びのお守りを求めて神社に赴いていたのは、土曜日の昼過ぎ。土曜日は原則授業が無い為、大半の部が部活動を行っている。剣道部も、テニス部も、サッカー部も――。
体育館ではバスケットボールが何度も床の上で弾む音がして、校庭ではキィンと言う金属バットが硬球を捉える音をサッカー部へと送られる黄色い声援がかき消そうとしている。南校舎からは吹奏楽の音が漏れ、剣道場からは竹刀と竹刀がぶつかる音がする。
梅雨にしては晴れ間の多い一年で、今日も晴天とは言えないまでも曇天とも言い難い。風が湿度を飛ばしてくれている様で、気温の割に過ごしやすい。
「は~、麦茶がおいしいすねぇ」
稽古の合間の小休憩、剣道場の窓辺に腰掛けて風に当たりながら柏木弥宵は麦茶を飲んでいる。
「うちもスポドリにしようと思うんだけど、弥宵はどう思う?」
弥宵の隣に腰掛けた先輩がニコニコと提案をするが、弥宵は白い目で先輩に苦言を呈する。
「え、ダメっす。剣道には麦茶で無いと。あっ、そうだ!ミネラル!ミネラルが無いとダメなんです」
先輩の剣道着は紺で、柏木の剣道着は白。
「ミネラルならスポドリの方が沢山入ってると思うけどね」
「そういう問題じゃ無くて。もしこぼしたらどうするんですか?ベタベタしますよ?アリが寄ってきますよ?」
「えっ!?アリは困るよ……!じゃあ殺虫剤も買わなきゃダメ!?置くやつ?スプレー?」
「そんな必要はないですよ。そう、麦茶のままならね」
自信たっぷりの柏木の言葉に先輩も胸を撫で下ろす。
「あー、そっかぁ。じゃあやっぱり麦茶じゃなきゃダメだね~」
「ですね~」
稽古の合間の呑気なひと時。
剣道場の上座の壁には一枚の道場旗が掲げられる。藍地に白抜きで『不動心』と書かれた物だ。柏木弥宵はそれをチラリと見て、先日マキトと一緒に帰った事を思い出し口元が緩む。
「あっ、何笑い?もしかして昨日あの後……マキトくんと~?」
先輩はニヤニヤと弥宵の表情を窺い、弥宵も照れた様な笑いを浮かべながら先輩の肩をバシバシと叩く。
「えぇ~?やだなぁ、先輩。下世話ですよっ、もうっ!えへへへへ……先輩の下世話っ!」
「下世話とか18年生きてて初めて言われたわ、あはは。つーか、肩痛いからやめてよね」
そんなやり取りをしているうちに小休憩終わりの合図が聞こえて、後半の稽古が始まる。
「さ、大会も近いし頑張るよ~」
「はいっ!」
そして、剣道場にまた竹刀の音が響く――。
◇◇◇
『縁結びのお守り弥宵の分も買って来たよ、ピンクでかわいいやつ』
練習が終わり、着替えながらスマホをチェックするとイズミから画像付きでメッセージが届いていた。
『わっ、かわいい。ありがと~』
ニコニコしながら返信をしていると、また先輩がニヤニヤとちょっかいを出してくる。
「も~、ニコニコしちゃって!もしかしてマキトくんじゃないだろね~?」
「そんなはずないじゃないっすかぁ、いずみんからですようっ。縁結びのお守り買ってきてくれたって」
先輩も二人と同中の様で、イズミの事も知っている様子。どうでもいいが、シロウ以外にお守りを『買った』に言及する者はいない。
「へ~、相変わらず仲良いんだねぇ。剣道部入ってくれればよかったのに」
「えへへ、そうっすねぇ……」
苦笑いで相槌を打っている間にまたピロンとメッセージが届く。
『部活終わった~、よかったら今日も一緒に帰らない?』
まさかのマキトからのメッセージに弥宵と、画面を見てしまった先輩が固まる。
「えっ!?えっ!?……先輩、どういう事っすか!?ねぇ!」
「ちょっと、そんなの知らないよ……。お守りご利益あり過ぎでしょ、私にも買ってきてよ!」
先輩はゴソゴソとバッグを探り、真剣な顔で高級そうな石鹸を弥宵に差し出す。
「……ちゃんと小手の匂い落としてかなきゃダメだよ!ほら、良い石鹸貸したげるから!」
「は……はいっ!あああああと!即既読になっちゃってるんですが、何て返せばいいんすか!?」
「それ私に聞く!?あっ、スタンプ!なんか適当なやつ無いの!?『OK!』とか軽いやつさ!」
「なるほどっ!ありますっ!」
「よしっ、行けっ!弥宵!」
「はいっ!」
ピロンと、デフォルトで入っている様な当たり障りの無い『OK』を送る。
弥宵と先輩は大きく深い息を吐く。
「……はぁ~、汗かいた」
「石鹸借りますねぇ」
弥宵は疲れた顔で更衣室を出る。
水場へと向かい先輩から借りたお高い石鹸で手を洗う。
石鹸は確かに良い匂いで、手を洗うだけで少し上等な人間になった様な気がしていい気分だ。
「良い匂いだね、その石鹸」
「ひえっ!」
姿を見ずとも声でマキトだと分かる。
悲鳴にも似た柏木の声に苦笑するマキト。
「ひえっ!はひどくない?」
弥宵はアライグマの様に手を洗いながら全力で首を横に振る。
「いえっ!全然っです!良い匂いがするのは石鹸なのでっ!高いやつです!お高いやつなんです!」
「あはは、そんなに?そのお高い石鹸をそんな勢いで使うなんて随分豪勢だなぁ」
アライグマ柏木により、お高い石鹸は借りた時の大きさから比べるべくも無いサイズになっていたが、弥宵にはそんな事を気にしている余裕などない。なんなら全て使い切るくらいの覚悟だ。
「手、洗ったら……帰りマスので」
真っ赤な顔で、チラリとわずかにマキトを振り返る。
「オッケー、待ってる」
ニコニコと笑うマキト。
柏木弥宵はもう『何で?』とは聞かなかった。
『友達だから』
理由はそれだけで十分なのだから。




