第31話 梅雨なのによく晴れた放課後
◇◇◇
「はい、シロウくん。わたしのお薦め胸キュン少女漫画。読めば誰かとデートしたくなること請け合いだよ」
柏木弥宵は得意げな顔で動物のイラストが描かれているかわいらしい小さな紙袋を穂村司郎に差し出す。
「えっ、それどう責任取ってくれんの?と言うかこのクソかわいい紙袋持って帰る俺の事も考えてくれると嬉しいんだけど。あっ、でも迅速な対応感謝です」
紙袋を受け取りながら苦言と感謝を述べるシロウを白い目で見るイズミ。
「お礼を言うのが先でしょ、貸してくれてるんだから」
「因みにイズミはこれ読んだ事あんの?」
「うん、前に借りた事あるけど。面白かったよ」
「へぇ、じゃあ柏木の言う通り誰かとデートしたくなった?」
「何でそんな事答えなきゃいけないの?ノーコメントよ」
「……いずみん、それじゃ答えてるようなものだよっ」
「えっ!?そんなこと……」
絶句するイズミはさておき、借りた少女漫画をパラパラとめくる。
「全十巻だからちょうどいい長さだよ。読み終わったら感想聞かせてね」
金曜日の放課後、柏木弥宵はこれから部活の様でピッと軽く敬礼の真似をする。
「ではっ、部活行ってきまーす」
「おう」
2人に見送られ、体育館内にある剣道場へと足早に駆けて行く。
イズミもひらひらと手を振り弥宵を見送り、シロウはそれをチラリと横目に見る。
「お前さ」
「何?」
「何で剣道止めたの?」
少し考えてイズミもチラリと横目にシロウを見る。
「中学と高校で同じ部活をやらなきゃダメ?」
「勿論そんな事は無いけどさ」
勿論そんな事は無いけれど、転校してすぐ仲良くなった柏木弥宵が剣道をやっていて、中学に入り彼女と同じ剣道部に入り、変わらず仲の良いまま高校に入って、柏木は剣道部に入っているのだ。素直に考えれば霧ヶ宮泉も剣道部に入ると考えるのが自然だと思う。
シロウが疑問に思ったのは、それに対して弥宵が勧誘する様子も見られない事だ。聞きかじりの情報でしかないが、女子の連帯感と言うのはそんな生易しいものではないはずだし、そう長くない付き合いだが弥宵の性格からも考えづらいと思う。
だが、言わないと言う事は言えないと言う事かも知れない。一度濁された言葉を更に掘り下げる様な事はシロウはしない。
「じゃあ今度は私の番ね」
「あ、ターン制なんだ?」
シロウの合いの手を理解できずか無視か、イズミはそのまま言葉を続ける。
「私ね、シロウは友達がいないんだって思ってた」
「まぁね。つーか、昔から見てればわかるだろ。あれか?疑惑が確信に変わったのか?」
ヘラヘラと軽口を叩きながらイズミの言葉の補足をするシロウにイズミは眉を寄せる。
ジグソーパズルのピースを埋めるように、頭に用意した言葉が適切かどうか思案しながらゆっくりと口を開く。
「私達を抜けば友達と言えるのは唯一マキトくんだけだと思うんだけど、マキトくんは学年の人気者と言っても過言じゃないからシロウ以外にも沢山友達がいるでしょ?」
「……マキトを持ち上げたいのか、俺を貶めたいのか分からんけど手間を省いて両方一緒にやるの止めてもらえます?」
いつもであれば一々反応するシロウの茶化しにも応えずに、イズミはパズルのピースを置く。
「でも、何故かマキトくんは多分シロウと一番仲が良いと思う。だったら、私みたいにマキトくんに近づく為にシロウに話しかける人がもっといたって良いと思うの」
そこまで言ってイズミはジッとシロウを見つめる。
シロウは困った顔で首を捻る。
「つまり?」
ボールの見えないキャッチボール。球は緩やかにイズミへと投げられる。
梅雨に入っていると言うのによく晴れた日が続く。湿度を払うかのように、風が一度吹く。
シロウの目をジッと見つめたまま、イズミも短く答える。
「言っていいの?」
フッと呆れた様に一笑に付して手で促す。
「自分の勝手な推理なんだから勝手に言えばいいだろ、名探偵」
挑発的なシロウの言葉にムッと口を噤むが、そのまま何秒か押し黙ったかと思うと諦めた様に微笑み首を横に振る。
「ごめん。やっぱり何でもない」
「何だそりゃ」
弥宵が駆けて行ってからどれくらいの間、無言を含むキャッチボールをしていたのか。気が付くと、剣道場の方から床を踏む音や掛け声が聞こえてきた。
「あ、そう言えば柏木の剣道着姿ってまだ見せてもらってないな。見に行こうぜ」
剣道場の方を眺めながら呟くシロウに白い目を向けながら、口の横に手を当てて声を上げるふりをするイズミ。
「先生~、覗きがいま~す」
「……冗談だっての。写真でもいいんだ」
「はいはい、お黙り」
◇◇◇
「お疲れー」
「く~、あっちぃ~」
部活を終えて水場で頭から水を被るサッカー部員たち。マキトもそれに混じり濡れた髪をスポーツタオルでワシワシと拭いている。
「梅雨なのに雨が少ないのは助かるよね。屋内トレはつまんないし」
「ほんっと、それな」
ユニフォームの上から無造作に水を浴びて、だべっている男子達。
「ほらほら、サッカー部。終わったらさっさとどいてくれない?」
水を汲みに来た女子テニス部から苦言を呈されて、男子達はササっと素早く水場を開けるとヘラヘラと媚びた笑いを浮かべる。
女子テニス部員たちは、マキトに告白をした木谷先輩を含む4人だ。
「あ、木谷先輩!サーセンっ」
「今度皆でどっか行きましょうよ。マキトも連れ出すんで」
「えっ……、僕は」
マキトが言い訳をする間もなく、木谷先輩は何も言わずにプイッと水場を後にした。
女子テニス部の面々は告白の事を知っている為、あちゃ~と言った顔をするがサッカー部たちは知らない様子。
「……マキト、お前先輩に何かした?」
マキトはニコリと爽やかに微笑む。
「うん、告白されて断ったけど」
『はぁああぁ!?』
「聞いてねーぞ、マキトてめぇ!」
「まぁ言って無いからね。それとも今後逐一聞きたい?僕が誰に告白されたとかって」
「聞きたくねぇよ!」
「でしょう?あはは」
ケラケラと笑いながらも、視界の端先輩の後ろ姿を目で追い寂しい気持ちになる。
今まではこんな風に木谷先輩も含めて水場やグラウンドで笑い合った。きっと、もうそんな時間は来ないのだ。先輩の事が異性として好きだった訳では無いが、先輩として・友人としては好ましい人物だと思っていた。
特別その気を持たせる様な事をしている訳でなく、彼は生まれもって人懐っこい性格をしていて、自然体で優しく、それでいて並外れたルックスを持つ。故に彼に好意を持ってしまう女性も多い。
部活帰りはジャージで帰る事がほとんどな為、制服を無造作にスポーツバッグに放り込み部員達と帰り支度をして部室のカギを閉めたところ、体育館から出てくる剣道部員達が目に入る。
その中には柏木弥宵の姿もあった。
マキトはニッコリと笑い、大きく手を振り声を上げる。
「あっ、柏木さーん!」
その声にビクッと一瞬身体を震わせた柏木弥宵はそのままその場で硬直する。
フリスビーに向かう犬の様にニコニコと剣道部員の一団に駆け寄ると、弥宵に微笑む。
「一緒に帰らない?」
「うえぇ……そっ……」
友人に助けを求める眼差しを送るが、マキトは友人達にニコリと微笑む。
「柏木さん借りていい?最近仲良いんだ」
弥宵の想いを知っている友人はコクコクと頷き、弥宵の背中をトンと押す。
「えっ……ちょ……ままままま」
邪魔をしない様にそそくさと校門へと向かう剣道部員達と、マキトを囃すサッカー部。
梅雨に入ったが、よく晴れた日の夕方。
夏至も近づき、まだ日は長い。




