第30話 大丈夫
◇◇◇
「それじゃ、また。卵焼き美味しかったよ」
学食を後にして、北棟と南棟の別れ際にマキトは弥宵に礼を言う。
弥宵は例の如く夏場の金魚の様に口をパクパクしながら目を伏せている状態で、イズミが代わりに応対を行う。
「返事は無いけど喜んでるだけだから気にしないで。ほら、弥宵行くよ」
「え、あ」
「午後も頑張ってね」
ニコニコと笑いながら手を振り、棟が違うイズミ達A組勢と分かれるシロウとマキト。
特に会話をするでも無く教室に向かっていると上級生の女子の一団とすれ違い、マキトがペコリと会釈をするが相手は特に何も返さない。
シロウはその一団を振り返るが、特に何も問わずに暫く階段を上るとマキトの方から困った顔で言い辛そうに苦笑いを浮かべて呟く。
「テニス部の木谷先輩、今の」
少し首を傾げた後で先日マキトのロッカーに恋文を入れた先輩だと気が付く。確か綺麗だけど気取って無くて、面倒見の良い優しい先輩だと言っていた。
「僕悪い事したかなぁ」
寂しそうにマキトはそう呟いた。
D組に戻りシロウとマキトは席に戻る。
「学食どうだった?今度はランチも食べてみなよ。安くておいしいよ」
昼休みはあと少し残っていて、マキトは少し離したシロウの席へと椅子を近づける。
「移動時間が勿体無い。コンビニのパンも安くておいしいぞ」
効率重視で情緒の無い事を言うシロウを窘める様に笑う。
「でも楽しくない?少なくとも僕は楽しかったけど。柏木さん面白いよねぇ、できればずっと友達でいたいな」
「そりゃ結構な事で。柏木は最初のイメージよりポンコツめだけどいいやつだよなぁ」
言葉通り楽しそうに思い出し笑いをするマキトに相槌を打っていると、昼休み終了の鐘が鳴りマキトは椅子を引き席に戻る。
そしてシロウはマキトの背中を見て考える。
割と誰に対しても明るく元気に話す柏木弥宵は、マキトと話す時だけ緊張のあまり明らかに挙動不審となる。恋愛偏差値小学四年並みのシロウから見ても、一目でマキトに特別な感情を抱いている事は分かる程に。
それを天野蒔土本人が気が付いていないとは考えづらい。
マキトが告白を断ってから以前の様に話せなくなったと言う木谷先輩の例で考えると、今マキトが言った『ずっと友達でいたい』と言うのは告白されたくない、と言う意味なのでは無いだろうか?
本人に聞けば藪蛇になるかもしれない。
授業が始まってからもシロウは珍しく真剣な表情でペンを回すが、彼の恋愛偏差値では答えが出ない。
暫く考えていると、何故自分はこんなに真剣に悩み・考えているのだろうか?と。
柏木がいいやつだからだろうか?イズミに頼まれたからだろうか?マキトがそれを望んでいないかもしれないからだろうか?
天野蒔人は彼にとって、間違いなく友人と言える唯一の存在だ。相手がどう思っているのかはこの際どうでもいい。中学3年の秋の初め頃から一年足らずの付き合いだが、仲の良さと時間は関係無いのだと実感した。
マキトは友人だ。でも、柏木ももう友人と言えるかもしれない。イズミは友人と言うか幼馴染だ。
考えても答えが出ない為、ため息を吐いて一旦机に伏すと『柏木に少女漫画を借りて勉強しなきゃなぁ』などと思う。
◇◇◇
柏木にお薦めの少女漫画をいくつか貸して欲しい旨メッセージを送る。
「なぁ、イズミ。俺は何で柏木をマキトに薦めてるんだっけ?」
放課後、ファミレスでシロウは難しい顔をして首を傾げながらイズミに問い、イズミも首を傾げる。
「私が頼んだからじゃないの?」
事も無げに答えるイズミに、穂村司郎特製調合謎ドリンクを飲みながらシロウは反対に首を傾げる。
「何でお前が頼んだら柏木をマキトに薦めるんだっけ?」
「私とシロウが幼馴染だからじゃないの?」
月の小遣いをもらったばかりなので奮発して頼んだフライドポテトをつまみながらまた首を捻る。
「なるほど、わからん」
イズミがポテトに手を伸ばすと、シロウは皿をヒョイと遠ざける、イズミは口を尖らせて不満を露わにする。
「けーち、卵焼きあげたのに」
その幼稚な抗弁に思わず口角が上がる。
「ガキか、お前は」
「いいじゃん。あっ、じゃあドリンク持ってきてあげるからさ。その変な色のドリンク作ればいい?」
「すげぇなぁ。どんな時でも軽く罵倒するそのスタイル」
うんうんと何度か頷くシロウ。
「でも素人に容易く作れるような代物じゃ無いぞ『ホムラ零式』は」
「え、何それ。名前あるの?その変な色の飲み物」
怪訝な顔をするイズミにシロウは誇らしげな顔。
「この世に名前が無い飲み物なんて無いんだよ」
「はいはい、そうですか。じゃあコーラでいい?いいよね」
「話聞く気ねぇな、お前」
そしてイズミが席を立つと同時にボタンを押してバニラアイスを頼む。
コーラフロートにしてイズミの度肝を抜こうと言う算段だ。
呑気なやり取りをしてすっかり話が逸れてしまう。
「はい、コーラ。おいしそうでしょ」
「あ、はい。そうっすね」
何故氷を入れて飲み物を注ぐだけなのにここまで自信を持てるのかと疑問に思うが心の中で思うに留める。
程無くして秘密裡に注文したバニラアイスが届く。
「こっちっす」
したり顔で手を上げるシロウ。
「あっ、ずるい。一人だけ」
不平の声をBGMに器を手に取ると、おもむろにバニラアイスをコーラの上に乗せる。
「はい、コーラフロート。おいしそうでしょ」
先刻のイズミの言葉を真似ながら、カラカラとスプーンで氷を回す。
「もうっ、本当何なの?じゃあ私クリームソーダにするからね!すいません、バニラアイスもう一つ下さい!」
ボタンを押し、バニラアイスを注文すると勢い良くミルクティを飲み干してメロンソーダを取りに行く。
暫くして、緑色の液体に浮かぶ乳白色の半球を眺めながらイズミは呟く。
「ふふ、おいしそう。子供の時以来だわ」
「あれ、大人なつもりっすか?」
向かい合って、コーラフロートとクリームソーダを食べる2人。
「まぁ、昔よりは」
「それはそうだな、うん。でさ、話戻るけどさ」
「うん、何?」
ポテトの皿を真ん中に差し出して、言い辛そうにシロウは口を開く。
「マキトがラブレター貰った相手。仲の良かったテニス部の先輩らしいんだけど、断ってから一言も話さなくなっちゃったんだと。寂しそうに言ってたよ。もしかして、お前も経験ある?」
「……うーん、そうね。少し」
思い出して、寂しそうに気恥しそうに微笑んだ後で、ニコリと笑う。
「でも、弥宵は大丈夫よ」
「そんなの分かんねぇだろ」
「ううん。振られたって、絶対に大丈夫よ。弥宵なら。」
力強く両手でポーズを作るイズミを見ていたら、根拠なんて無いのに本当にそんな気がしてきた。




