第3話 御対面
◇◇◇
「シロウ、おはよう。いい天気だね」
「おーう、おはよー」
朝の爽やかな空気に相応しい爽やかな挨拶をする天野蒔土。自転車で通学しているが、シロウに声を掛けると自転車を降りて押しながら隣を歩く。
「お前今彼女いる?」
「朝からいきなりなんだよ。いないの知ってるだろ?」
『マキトくーん!おはよー!』
「あ、おはよ」
シロウと話しながらも男女問わず沢山の生徒達から挨拶をされるマキト。その度に会話が途切れるがシロウも慣れっこだ。特に何も思わない。
「じゃあ今好きな子は?」
自転車を押しながらマキトは首を傾げる。
「いないよ、何で?」
自分からジャブ替わりに話を振って見たものの、ここで正直に『お前を好きな子がいるんだけど、どう?』と聞くのは余り得策でないような気がして来てシロウも首を傾げる。
「何でだろうな?まぁイケメンの乱れた恋愛環境調査とでも思っておいてくれ。例えば誰かに告られたらそのまま付き合ったりする?」
「え、そしたら僕何人と付き合う事になるの?」
「……サラッと自慢してんじゃねぇ」
「そうだ!そんな事よりさ、これ見てよ」
シロウ曰くイケメンの乱れた恋愛環境調査を『そんな事』と一蹴してマキトが取り出したのは100円玉。
「やっと出会えたよ。自販機に入らない100円玉」
「お、マジか。中々探して見つかるもんじゃないもんな。当然、見せてくれるんだろうな?お前の成長を」
マキトは得意げに微笑みながら自動販売機を探す。
「オーケー。何飲む?」
「悪いね、じゃあコーヒーで」
自販機はすぐに見つかり、やや緊張の面持ちで自販機へと近付く。
「行くよ」
「はい、どうぞ」
一度息を吐くと教えの通り100円玉を投入する。
――チャリン!
次の瞬間返却口は無情にもカランと音を立てる。100円玉の帰還。
「あれぇ?」
マキトはその整った顔を困惑に染め、首を傾げる。
「あー、まだまだだな。見本見せてやろうか?貸せ」
そう言って100円玉を受け取ると、そのまま勢い良く投入する。
ピッと音が鳴り、自販機には『100』の表示が映る。
「な?」
得意気ににやつくシロウを見て持ち前の負けず嫌いに火がつくマキト。
「待って、もう一回やらせて」
カチカチカチカチと返却レバーを連打して100円玉がチャリンと戻る。
「もう1回だけな?ひひひ」
意地悪そうに笑いマキトを煽る。
グッと歯を食いしばり右手に力を込める。
――投入。
無慈悲な乾いた音が再び返却口から生み出される。
「……くっ」
「修業が足りねーな、イケメンくん」
ヘラヘラと笑いながらマキトの肩を叩くシロウを横から覗き込むイズミ。
「へぇ、100円玉のエピソード本当だったんだ。八割方疑ってたんだけど」
軽い嫌味を言いながらニコリとイズミは微笑み挨拶をして、シロウは呆れ顔で答える。
「おはよ」
「おう」
「おうじゃ無いでしょ、何様なの?挨拶位ちゃんとしなよ」
「うるせぇな。『お早うございます、お嬢様。今日も見目麗しゅうございますね』これでいいか?」
ムッとしながらも芝居がかった挨拶を返すシロウに、コクリと頷き満足げな笑みを返す。
「うん、いいね。毎日それでお願い」
「調子に乗んな」
きょとんとした顔をする蒔土。それを見て眉を寄せるシロウ。
「何だよ、その顔」
「……いや、入学して一か月シロウが僕以外とそんな風に話してるの初めて見たから」
その言葉を聞いてイズミはプッと軽くふきだす。
「昔からぼっちで内弁慶だからね」
「朝から目の覚めるような嫌味の詰め合わせどうもありがとうな」
白い目をイズミに向けながらその傍らに立つ少女が目に入る。
イズミの一歩後ろに立ち、ニコニコと微笑みを浮かべる少し小柄で明るい髪色のショートボブのその少女は第二回天野蒔土攻略会議で見た柏木弥宵だった。シロウと目が合うと、小さくペコリと会釈をする。
そこでようやくシロウはイズミが挨拶をしてきた意図に気が付く。
「マキト、その『綺麗なバラには棘がある』を体現した見た目に依らず口の悪い女は霧ヶ宮泉。俺の小坊時代の同級生だ。5年前に俺から無数のマンガやゲームを借りパクしたままになっている手癖の悪さも兼ね備えている才色兼備と言うやつだ」
「へぇ、見た目は綺麗って認識は持ってくれてるんだ?それはどうもありがとう。蒔土くん、お噂はかねがね。いつもシロウがご迷惑をかけてます」
イズミはニコリとマキトに挨拶をすると、一歩後ろに立つ弥宵の背中をポンと軽く叩き前に出す。
「あっ、シロウ。この子が弥宵。こないだ話したでしょ?柏木弥宵。かわいいでしょ?」
「えっ!?……別にかわいくないから。変なハードル設定しないでよ、もうっ」
顔を赤らめ、熱を逃す様に手で顔をパタパタと仰ぐ弥宵。
マキトで無くシロウへの紹介と言う形を取る事で、抵抗感無く存在を認識させていこうと言うイズミの策。
「あ、どうも。いつも本当にイズミが迷惑をかけてると思うけど、見捨てないで仲良くして貰えたら元幼馴染としても幸いっす」
シロウの挨拶を聞いてイズミは彼をキッと睨む。
「は?元?へぇ、シロウはそう言う認識なんだ?」
急に笑顔が消えたイズミにシロウは首を傾げる。
「何急に怒ってんだよ」
「別に」
プイっと勢い良くこれ見よがしにそっぽを向くと、マキトを見て申し訳なさそうに笑う。
「あはは、それじゃマキトくんまた」
「あ……うん、また」
イズミはヒラヒラと手を振り、弥宵はペコリと会釈をする。二人は少し早足に学校へと向かい、マキトは立ち去る二人の後ろ姿をジッと見つめて見送った。