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5年振りに会った幼馴染から『友達の話なんだけど』と相談を持ち掛けられたら  作者: 竜山三郎丸


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第26話 責任取って

◇◇◇


 パシンッ、と白球がグラブに収まる小気味良い音がする。


「へぇ、これも結構上手いんだ?」


 グラブに収まるボールを手に取りながらイズミはニコニコと呟くが、シロウは仏頂面をしている。


「何でキャッチボールなんかしなきゃいけないんだよ。つーか、誰のグラブだよこれ」


「いい天気だし、ずっとファミレスにいるより健康的じゃない?グラブはクラスの野球部の男子に借りたんだ」


 その言葉にシロウは顔をしかめてスンスンとグラブの臭いを嗅ぐ。


「野球部。……人のグラブって抵抗あるよなぁ。臭っ」


「臭い嗅がなければいいじゃない」


 イズミの投げた球をスパンッといい音を立てて捕球するシロウ。


「でも不思議と嗅いじゃうんだよなぁ。何か知らんけどきっと本能だと思うぞ。耳掃除した後の綿棒とか、ちょっと違うかもしれないけど鼻かんだ後のティッシュを開いたりとか」


 シロウの投げた球を捕球して、今度はイズミが顔をしかめる。


「おじさんみたいな事言わないでよ、もうっ」


「残念、あと15年もすれば俺もマキトも等しくおっさんになるんだよ。その頃お前はおばさんだけどな」


「そんな先の話なんてしてないでしょ。とにかく変な話は終わり!」


 イズミは足を上げ、振りかぶって一球を投げる。今日はスカートの下にジャージを履いている。


 少し高めに外れた球を手を伸ばして捕球する。


「はい、フォアボール」


 にっこりとシロウが判定を口にすると、イズミは嬉しそうに笑う。


「ふふ、すごいの?それ」


「んー、まぁまぁだね」



 シロウにとって生まれて初めての対人キャッチボール。顔にも口にも出さないが、意外と楽しんでいる様子だ。勿論イズミも楽しい。最初からスカートの下にジャージを履いてくる念の入れようからもそれが窺える。


「ねぇ、何か曲がるやつ投げられないの?ほら、あの漫画でも投げてたじゃない。こう……グワって曲がってギュッと来るやつ」


 イズミの言う『あの漫画』とは、シロウから5年間借り続けていた王道野球漫画。擬音と共に動かした手の動きからすると、フォーク系の変化球だろうか?


 何度かボールを掌の上で回しながらシロウは頷く。


「あぁ、ジャイロスプリットか。無理に決まってんだろ、漫画だぞ?漫画と現実を混同するな」


「もう、つべこべうるさいなぁ。じゃあ何でも良いから投げてみてよ。曲がるやつ。出来ないの?出来ないんでしょ?」


 ムッと不貞腐れた顔でイズミはグラブをバシバシと叩きながらシロウに安い挑発をするが、当然シロウはそんな物に乗らない。


「あ、そうっすね。ご期待に沿えずに申し訳ないっす、霧ヶ宮さん」


「もう~、そう言うのはいいから!黙って投げれば良いの!ほらほら」


「へいへい」


 シロウは大きく振りかぶって力感のあるフォームから緩い球を放り、イズミは頬を膨らませたままパシッと受け取る。


「ちーがーうっ」


「え~?曲がったろ?重力に引かれて放物線を描いてさぁ。あ、知ってるか?ストレートって変化球なんだぜ?普通球は重力に引かれてお辞儀するもんなんだよ。それがストレートは――」


「御託は良いから投げてみろって言ってんの!へいへい、ピッチャービビってる~!」


 ボールを返し、グラブを叩きながら漫画で覚えただろう野次を飛ばしてくるイズミにプッと噴き出すシロウ。


「ぶっ……ははは。ていうか素人さんには絶対捕れないから止めた方がいいぞ、マジで」


「体育5だから大丈夫」


 しつこく変化球を要求するイズミに根負けしたシロウは大きくため息を吐く。


「一球だけだぞ。ケガしても知らねぇからな」


「ふふふ、バッチリ来ーい……だっけ?」


 漫画で覚えたうろ覚えの野球用語で気合を入れるイズミ。


「バッチ来ーい、な。いいな?行くぞ?カーブだからな?曲がるからな?右の方だからな?よく見ろよ?」


「大丈夫だってば、ばっちこい」


 イズミはグラブを構える。


 シロウはグラブを胸の高さに上げると、ゆっくりと足を上げセットポジションからコントロール重視でカーブを投げる。


 ボールは指から離れ、イズミへと向かう。コントロールはバッチリ。イズミの少し右上の方からククッと大きな弧を描く。


「わっ……」


 初めて見るカーブをグラブで追う。


 ボールはグラブを掠めると、ドッと鈍い音を立ててイズミの左ももに当たり顔を歪めて苦悶の声が漏れる。


「ぅぐっ……」


 シロウは慌ててイズミに駆け寄る。


「だ……、大丈夫か?」


 左ひざを付いたイズミは目に涙を浮かべながら引きつった笑顔を見せる。


「うん、勿論。全然平気。決まってるでしょ」


 強がってそう言いはするが、膝を付いたまま立ち上がらない。


「折れたりは……してないと思うけど、取り合えず冷やした方がいいよな?……本当、悪い」


「何でシロウが謝るのよ。私が投げろって言ったんだから。全然大丈夫ぅ……っ!」


 立ち上がろうとしてイズミは痛みにグッと口を噤み、シロウは困り顔で溜息を吐く。


「強がり止めろよ、話が進まないから」


 イズミは芝生に腰を下ろして足を伸ばすと、少し照れた様に困り顔をする。


 長い足を伸ばしてジャージを捲りあげると、左ひざのすぐ上、内腿の辺りが紫色に内出血しているのがわかる。


「……痣になってる」


「あ~あ、小学生じゃねぇんだから」


 見下ろすシロウをキッと睨みジャージの裾を戻す。


「いやらしい目で見ないでよ」


「見てねぇよ。つーかいつもスカートでその辺見せてんだろが」


「へぇ、いつも見てるんだ」


 シロウを見上げて挑発的な笑みを見せるが、シロウはやれやれと呆れ顔を浮かべる他無い。


「いいえ?そう言うのはクラスの男子にでも言ってやれよ。きっと喜ぶんじゃないか?」


「ふんっ、バーカ」


 プイッとそっぽを向いて悪態を吐く。


「ま、そんなどうでもいい話はさておき」


「……どうでもいい話」


 不満げに復唱するイズミを無視してシロウは言葉を続ける。



「お前、歩いて帰れないよな?チャリがあればいいんだが……」


「無いの?」


「俺のはな。駅と学校以外行かないから必要ない」


 少し考えて公園の時計に目をやりスマホを見る。



◇◇◇


「あー、本当だ。痛そうだね」


 暫くして自転車やって来たマキトはイズミの痣を見て眉を寄せる。


 ジャージを捲ったイズミの生足を見ても純粋に心配している辺りイケメンの余裕と言えるのだろう。


「……お恥ずかしながらシロウの曲がる球が捕れなかったんだ」


「あははは、何でも結構こなすんだよシロウは。あ、スプレー持ってきたよ」


「ありがとう」


 チラリとシロウを見てどや顔をするイズミ。シロウも意図が分かるので呆れ顔を返す。


「俺と比べてどうすんだよ。そんじゃマキト、悪いけどそいつんちまで運んでってくれない?着払いで」


「荷物扱いすんな」


「あ、割れ物注意な?」


「割れないっつーの」


「天地無用も貼っといて」


「上はこっち」


 頭を指差すイズミを鼻で笑う。


「ぶは、残念。天地無用ってのは『上下をさかさまにすんな』って事でした~」


「もう、うっさい!……あ、マキトくん。シロウが勝手に言ってるだけで送ってくれなくて全然いいからね?」


 マキトはイズミにニコリと微笑んでからジロリとシロウを見る。



「連れてくのはシロウだろ?シロウがボール当てたんだからそれが筋だろ。自転車貸してあげるから送っていきなよ」


「俺!?」


 マキトはコクリと頷く。


「そりゃそうだ。女の子傷物にしたんだから責任取らないとね」


「え、大腿骨移植っすか」


「何であんたの責任は移植前提なの」


「はいはい、いいから行った行った。自転車は明日学校で返してくれたらいいから」


「は?馬鹿言うなよ。百歩譲って俺がチャリを押すとしてもお前もついて来ればいいだけだろ!?走ってさ。何で俺がイズミとチャリ2ケツなんて恥ずかしい事しなきゃいけないんだよ」


 マキトは困った顔で首を傾げる。


「何でって。シロウのせいだからだろ?じゃ、僕トレーニングがてら走って帰るから。霧ヶ宮さん、お大事に」


「え!?マキトくん!」


 止める間もなくスポーツバッグをたすき掛けに背負うと、軽やかに公園を駆けて行った。


 そして、緑の芝生に取り残された2人と1台の自転車。



「……しゃあねぇ。行くか」


「……そうね、2人乗りなんてした事あるの?」


「無い。俺は何でもソロ専だから」


「自慢する事か。じゃあ、お手柔らかにね。ふふ」


「りょうかーい」


 



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