第24話 平行四辺形
◇◇◇
「えっ!?好きって言ったの!?」
自室のベッドに寝転がって柏木弥宵と電話をしている霧ヶ宮泉。シロウの部屋よりも大分広いフローリングの部屋は綺麗に片付いていて、枕元には今日動物園で買ったばかりの白と黒の生き物の……マレーバクのぬいぐるみが置かれている。
「えー……、っとねぇ。少し言い方に差はあるかもしれないけどねぇ。結果からすると……、まぁそうなるね」
壁を背にベッドに腰をかけて大きなぬいぐるみを抱きながら電話をしている柏木弥宵は、照れ臭そうにしながらもどこか得意げにそう報告をする。
あまり飾り気の無いイズミの部屋と違い、ぬいぐるみや写真が部屋を彩っている。本棚にはブックエンド代わりのぬいぐるみに守られた漫画本も並ぶ。
思いがけず突然の告白の告白にイズミは何秒か絶句して、弥宵が何度か『いずみん?』と呼びかけるとようやく返答がある。
「あ、ごめん。大丈夫。でも、いつの間に……?もしかして、帰り道?」
「ううん、キリンの前」
「そんな早くに!?……あのさ、もしよければなんだけど。参考までにどういう流れでそうなったのか……、教えて欲しいんだけど」
少し照れながら言い辛そうにイズミが問うと、弥宵も顔を赤くしながら嬉しそうに答える。
「んふふふ、恥ずかしいなぁ。……蒔土くんが『キリン好き?』って聞いたから、『大好きです!』って」
イズミは眉を寄せる。
「ん?それの事じゃないよね?まさかだけど」
「あはははっ、まっさかぁ!で、その後に『ゾウは好き?』って聞かれて、また『大好きです!』って言ったの」
段々嫌な予感がしてきたが、一応最後まで聞いてみないとわからない。
「それの事でも無いよね?続きはあるんでしょ?」
「ふふん、まぁね」
「勿体ぶって無いで教えてよ。それで?その後は?」
「わたしが蒔土くんに敬語なのと、彼の方を全然見なかったからさ、『何か嫌われるような事したかな?』って言われて。咄嗟に『大好きです!』って。きゃ~!」
「マキトくんは何て?」
「……キャーキャー言われるのは慣れてるけど、『うぎゃあっ』って言われたのは初めて、みたいな」
イズミは首を傾げて弥宵の告白談を思い返す。
何故『大好きです』に対する返事が『うぎゃあって言われたのは初めて』になるのだろう?
「ねぇ、弥宵?何か抜けてない?うぎゃあっていつ出てきたの?」
「ん?あー、『大好きです!』って言っちゃった後にね。うぎゃあ、嘘です!って。あはははっ」
悪びれずケラケラと笑う弥宵の声を聞き、イズミは大きく落胆のため息を吐く。
「してないじゃん、告白。何で得意げに話してたのよ」
「えへへ、ごめんごめん。ちょっと盛っちゃった」
「……もうっ」
不満を漏らしながらも、少し安心した感があるのも否めない。
「今日、楽しかったね」
「うん、また行こうね!皆でさ」
◇◇◇
翌日、月曜日――。
「あ」
下駄箱のロッカーを開けたマキトが短く声を上げたのでシロウも彼のロッカーを見る。
ロッカーの中には恐らく隙間から入れただろう一通の便箋が入っていた。ベタではあるが、下駄箱ロッカーに手紙とあれば選択肢はいくつも無いだろう。
「お、怖い先輩からの呼び出しか?」
見るからに女性が差し出したであろう手紙を見てヘラヘラと笑うシロウ。周囲を軽く見て一目を確認した後でマキトは中身を確認する。
「うん、先輩の呼び出し……って意味ではあってるね。テニス部の木谷先輩。知ってる?」
「いや、当然知らない。……まさかマジでマジのマジじゃないよな?」
「あはは、何その日本語。有り体に言えばラブレターじゃないの?昼休みに部室棟に来てってさ」
ロッカーを閉めて上履きを履き、踵を引っ張りつま先をトントンと蹴る。
「どうしたの?行こうよ」
「どうしたの?じゃねぇよ。マジでマジのマジじゃねぇかよ」
マキトはきょとんとした顔をした後で首を傾げる。
「そうかな?マジのマジでマジかな?」
「そう言ってるだろ。……その先輩かわいいのか?胸は?」
「かわいい……よりは綺麗系じゃない?胸がどうこうはあんまり言いたくないからノーコメントで」
指で×を作りながら爽やかに微笑む天野蒔土。
「テニス部はサッカー部と活動日が被るからさ、部活終わりとかたまに話すんだよね。綺麗だけど気取って無くて面倒見のいい先輩って感じなんだけど」
マキトは眉を寄せて困った顔をして、シロウもそれに気づきチラリとマキトを見る。
「けど?」
一度言うまいかどうか逡巡した後でマキトはぼそりと呟く。
「……もう今まで通り話せなくなると思うとちょっと寂しいかなって」
その言葉がどういう意味なのか恋愛偏差値の低いシロウにはいまいち測りかねたが、マキトがその先輩と付き合うつもりが無いだろう事だけはわかった気がした。
釣られて困った顔になっていたシロウを見て、マキトはクスリと力無く笑った。
「イケメンもイケメンで結構大変なんだよ」
「……あー、イケメンじゃ無くてよかった~!って言っておけばいいか?」
何と言っていいかよくわからずに、よくわからない軽口を叩くのが精いっぱいのシロウ。
「それにしても、昨日は楽しかったね。大はしゃぎのシロウも見られたし」
「ははは、はしゃぐべき時にはしゃがないのは野暮ってもんだぞ。結局まだ半分も見られて無いし、また行こうぜ」
「そうだねぇ、是非また行こうか」
二人は教室へと向かう。
そして、やはりと言うか、昼休みにマキトは先輩からの告白を断った様で、バツの悪い……申し訳なさそうな表情で席に戻って来た――。




