第23話 また行こうね
◇◇◇
「柏木さん、キリン好き?」
「はひっ!大好きです!」
柏木弥宵はベンチの一番端に座り、その傍らに立つ天野蒔土。弥宵は三者面談でもそうはならないだろうと言うくらいピンと背筋を正し、ベンチの背もたれを使わずに両手は軽く握り膝の少し上に置いて座っている。
その様子にクスリと微笑みながらマキトは会話……と言うか質問を続ける。
「ゾウは好き?」
「大好きですっ!」
「へぇ~。どんなところが?」
まるで面接で志望動機を語る就活生の様に、弥宵は姿勢を崩さずに真っすぐ前を向いて答える。
「大きくて、強くて、でも優しい瞳をしている所です!」
「シロウとは普通に楽しそうに話してるのに、何で僕には敬語なの?普通に話してくれていいのに。同級生なんだからさ」
「そそそそんな!畏れ多くてできないっす!」
「畏れ多くてって……。じゃあせめてこっちを見て話そうよ。それ位なら――」
「いえっ!無理です!」
切れのいい即答にマキトはしゅんと悲しそうな顔をする。
「……何か嫌われる様な事したかな?」
「いえっ!大好きです!……うぎゃあっ、嘘です!違います!してません!」
ほんの一瞬の沈黙の後で女子高生らしからぬ叫び声をあげる弥宵を見てケラケラとマキトは笑う。
「あははは。キャーキャー言われるのは慣れてるけど、『うぎゃあっ』って人生で初めて聞いたかも」
「う……それは、光栄……デス」
弥宵は真っ赤な顔で俯く。
「そろそろゾウに行く?」
「もう少し、キリン見たい……デス」
俯いたままそう答える弥宵。キリンが見たいと言うのは決して嘘ではない。
「下向いてたらキリン見えなく無い?」
「うあぁっ!確かにっ!あっ、でも嘘じゃないんですっ!」
マキトの言葉に弥宵が勢いよく顔を上げると、しゃがんだマキトがすぐ先で微笑み手を振っている。
「んぎゃあっ!」
小学生のあっち向いてほいの様に首がねじ切れんばかりの勢いで首を右に捻る弥宵はぎゅっと瞑った両目を手で押さえている。
「何が起こったの!?」
弥宵は両目を押さえながら申し訳なさそうに呟く。
「……目が潰れました」
「ごめん、もう少し納得させて?」
「眩しいものを見るとそうなるんだと思いマス……。確かガリレオ・ガリレイも望遠鏡で太陽を見続けたせいで失明したって読んだことがありマス……」
目を隠している効果か、口調はともかく少しずつ口数が増えてきている弥宵。
「ぐうぅ、まさか、まっ……蒔土くんがあんなお茶目な事をするなんてぇ」
その言葉にマキトは少しだけ悲しそうな顔をしたが、目を覆っている弥宵はそれに気が付くはずも無かった。
すぐ次の瞬間にはいつも通りの微笑みを浮かべてスマホを取り出す。
「あははっ、ちょっと面白かったからシロウに写真送るね。『ごめん、僕がイケメン過ぎて柏木さんの目が見えなくなった☆』、っと」
「えぇっ!?」
その衝撃的な文面と写真によってか、シロウから即座に返信が来る。
『あーあ、可哀そうに。責任取れよ?』
『責任って?』
『角膜提供だよ』
マキトは楽しそうにメッセージの文面を目の見えない弥宵に復唱する。
「責任取って角膜を提供しろってシロウが言ってるよ」
「そんな責任の取り方は求めてませんから!」
「それはともかくそろそろお昼にしよう、だってさ。歩ける?」
「……多分平気デス」
◇◇◇
少し遅いお昼ご飯。
昼時と言うよりおやつの時間に近いので、テーブルのある売店前の広場もさほど混んでいない様子。
「柏木、目大丈夫か?」
恥ずかしそうに笑う弥宵。
「えへへ、なんとかねぇ~」
「すごかったんだよ、柏木さん。『うぎゃあ!』とか『んぎゃあ!』とかさ」
クスクスと笑いながらマキトはシロウに報告をする。
「弥宵あるあるよ、それ」
「ないないだよ!いずみん、適当な事言わないで!もうっ!」
名誉を傷つけられたと判断してプンプンの弥宵。
売店で買ったホットスナックを中心とした昼食だが、天気も良く皆でわいわいと食べるお昼ご飯はやはり美味しい。
シロウはアメリカンドッグを食べながら真剣な顔で園内図を睨む。
「それ、そう言う顔して眺めるもの?」
「当たり前だ。遊びに来たんじゃ無いんだぞ」
真剣なシロウの言葉にイズミは首を傾げる。
「んん?そうだっけ?」
「シロウくん今日は時間的に全部見られないからさ、ルートを絞らない?残りはまた来ようよ!皆でさ」
「皆って僕も?」
弥宵の反応を楽しむ為に話に割って入りマキトは自身を指さす。
「えっ!もしよかったら!って言うか……嫌でなければ……って言うか……勿論、て言うか……」
「うん、勿論。僕も楽しいし」
パァッと顔が喜びで一杯になった弥宵は隣に座るイズミを見る。因みに四角いテーブルの座り順は、弥宵の隣にイズミ、弥宵の向かいにシロウ、対角線にマキトだ。
「そんじゃ、飯食ったら時間切れまでブラブラと眺めますかね」
「あっ、弥宵が言ってた何とかバクも見たい。何だっけ?」
「マレーバクね!……いずみんは何でも『何とか』って言うんだから。大丈夫、マレーバクは帰り道にいるからどのルートでも見られるよ」
「そっか。ふふ、楽しみね。パンダは?」
「ざーんねん、それはここにはいないんだぁ」
「柏木さんは今日帰るまでに敬語止めてくれるかなぁ?」
「や、……無理デス」
ニコニコと微笑むマキトから顔を逸らして弥宵は呟いた。
◇◇◇
そして閉園時間を迎え、モノレールに揺られる四人。
「バク、かわいかったね」
イズミはお土産に買った小さなマレーバクのぬいぐるみを持ち笑う。
「あの配色はずるいよな。イズミ、お前後で写真全部送れよ?」
「あっ、わたしにも!」
「僕もいい?」
「マキト、イズミにもアレ送ってやれよ。目が見えない柏木の写真。ぶはっ」
「消してよ、もうっ!」
憤慨する弥宵にやれやれと言った風に呆れ顔で首を横に振りながらシロウは答える。
「クレームは俺に言わないで撮影者に言ってくれる?マキト、柏木が文句あるって」
「有る訳無いでしょ!」
「遠慮しないで何でも言ってよ、柏木さん」
「いずみん。助けて」
「マキトくん、弥宵をいじめないでよね」
「いじめてないよ?僕だけ一人敬語で目も合わせてもらえないんだよ?ほら、どっちがいじめられてると思う?」
「……確かに」
「確かにじゃねーよ。ちょろすぎんだろ、簡単に丸め込まれてるんじゃねぇ」
「シロウに言って無いもん」
やがて、モノレールは駅につき、家に帰るまでが遠足の言葉に沿えば、家に帰るまでが動物園。
「そんじゃ、お疲れ~。今日は超楽しかったぜ、ははは」
「じゃあね~」
「お疲れ様」
「また明日」
他の三人と先に別れたシロウは言葉通り楽しい一日の余韻を持って自宅マンションに帰る。
少しして、ピロンとスマホにメッセージ。
『また行こうね』
そのメッセージは今日作ったメッセージグループで無くシロウ宛に送られたものだったが、そんな違いがシロウにわかる筈も無く、シロウは柏木弥宵が目を覆う写真を再度イズミへと送り付けた。
楽しい動物園の一日、終わり。




