第22話 距離感
◇◇◇
「でかいっ!」
「シロウ今日そればっかね」
「そう言えばボディビルの大会でもそんな掛け声言ってるの聞いた事あるよ」
キリンの柵から身を乗り出してまたもや声を上げるシロウ。柏木弥宵と天野蒔土の事など関係なく、一番楽しんでいる様子。
「キリンかわいっ!」
弥宵も目的を覚えているのかどうか、シロウと同様に柵から身を乗り出して目を輝かせる。
「しかしでけぇなぁ~。これも絶対ライオンより強いよなぁ。蹴りで一撃だよ、絶対」
「何で強さを気にするの?」
恐らく十数年振り、物心がついてからは初めての動物園で、初めてシロウが見た生き物。キリン。
「いずみん、問題!デデデン!」
「えっ、もしかして毎回やるの?」
呆れ笑いを浮かべるイズミに構わずに弥宵は得意げに質問を続ける。
「人間の首の骨の数は七個ですが、キリンの首の骨の数は何個でしょ~かっ!?」
「え~?なぞなぞ?」
「ううん、普通の問題」
イズミは眉を寄せながらキリンを凝視して、指でなにやら目測をはかり首を傾げる。
「んー、100個くらい?」
イズミの答えを小馬鹿にする様ににへっと笑う弥宵。
「正解は~」
「7個だろ。人間と同じ」
弥宵が言う前にしれっとシロウが答えを言う。
「もうっ、シロウくんなんで言うの!」
弥宵は頬を膨らませてシロウに苦言を呈するが、シロウは視線をやらずにキリンを眺める。
「キリンでけぇ~」
「乗ってみたいよね~」
シロウと弥宵は柵に置いた手に顎を乗せてうっとりとキリンを眺める。
「キリン超かっこいい」
「一日中見てられるね」
「えぇ……、そんなにキリン好き?ほら、次ゾウがいるみたいよ。ゾウ見に行こうよ。絶対大きいよ」
「先行ってていいゾウ」
「うっわー」
最早ジョークとも言えないシロウの言葉に引きつった笑みを浮かべる弥宵。
イズミはムッと頬を膨らませる。
「ふん、いいもん。じゃあ先行ってるから。マキトくん、行こ」
マキトはシロウ達のすぐ後ろのベンチに座り、ニコニコとキリンを眺める。
「まぁまぁ、折角なんだから皆で行こうよ霧ヶ宮さん。シロウー、他に子供達も見てるんだからずっと最前列に陣取ってないで少し移動したら?」
天気のいい日曜日。マキトの言葉通り園内はカップルや家族連れで賑わっていて、シロウは振り返って彼の言葉を理解すると苦笑いで最前列から退く。
「やべぇな、動物園超楽しい」
「ふふん、でしょう!」
「何で柏木が得意げなんだ?イズミ!次は象だゾウ!走るぞ、はははは!」
「本当に!?さっき坂上ってヘロヘロだったじゃない」
「いつまで昔の話してんだよ、とっくにキリンで充電完了だっつの。行くぞ」
「もうっ」
園内図を片手に子供の様にそわそわと先を急ぐシロウに呆れ顔ながらも微笑み後を追うイズミ。
ヒラヒラと手を振って二人を見送った後で柏木弥宵は現状に気が付く。
ベンチに腰掛けたマキトと二人残されたと言う現状に。
「走る?」
ベンチに座るマキトが先行く二人を指さして微笑むと、弥宵はビシッと直立で答える。
「いえっ!はひらないっす!さっき走って疲れたので……」
「そっか。じゃあ僕らはもう少しキリン眺めて行こうか」
そう言いマキトが立ち上がりベンチを弥宵に譲ると、弥宵は無言でコクコクと頷くしか出来なかった。
◇◇◇
「ぐわぁっ、でけぇっ!くせぇっ!」
例の如くゾウの柵の前で声を上げる穂村司郎高校一年生。
本日はお日柄も良く、ゾウ達は元気にもりもりと草を食べ、糞をする。
「シロウ今日もうでかい禁止。別の言葉で表してよ」
怒るでもなくどこか楽しそうに呆れ笑いでなされたイズミの苦言に腕を組み頭を捻ってシロウは考える。
「んー、生命感と言うか。肌って触るとどんな感じなんだろうな?ざらざらなのかな?」
「確かに。飼育員さんに聞いてみたいね」
長い鼻で水を吸い、太く重厚な足でのしのしと歩く象を楽しそうに眺めるシロウ。
「画面じゃわかんねぇなー、これ」
「ふふふ、ご自慢の4Kテレビでも?」
「それを自慢してんのは俺じゃねぇ。親父だ」
「あ」
そこでやっとイズミは置いてきた二人の状況に気が付く。
「どうした?」
「弥宵とマキトくん……、置いてきちゃった」
それを聞いて『今更?』と言った様子で眉を寄せるシロウ。
「そのつもりで走ったんだけど。お前も気が付いてると思ったが買い被り過ぎだったな。ははは、自然だったろ?」
「ゾウが楽しみなだけかと思った」
「勿論ゾウだって楽しみだゾウ?」
度々重ねられるゾウ推しにプッと噴き出すイズミ。
「ちょっと……、いい加減それやめてよ。あはは。もー、くだらない」
「いやー、でも実際お前の言う通り動物園なんて男一人で来るところじゃないもんな~。正直ちょっと感謝だわ。既に超楽しい。つーか、下手したらキリンとゾウのループだけで一日終わっちまうぞ。明らかに一日じゃ周りきれないよなぁ」
「……じゃあ、また来ればいいじゃない。別に一日で全部見なきゃいけないルールじゃないんだから」
「一人で?」
「みーんーなーで」
シロウはゾウを眺めながら困った様に笑う。
「流石に次も動物園って言ったらまずいかなぁ」
イズミはクスリと笑う。
「いいんじゃない?私は構わないし、きっと弥宵も平気でしょ?マキトくんだって嫌がらないと思うけど」
「あ、じゃあ次も決まりっすね。動物園で」
「はーい、賛成。ほら、シロウ。ゾウと写真撮ってあげるよ」
「マジで?お前いいやつだな」
「……それはどうも。撮るよ」
「おう」
パシャリと、イズミは写真を撮る。締まりの無い顔でゾウと写真に写るシロウ。
「サンキュー、お前も撮ってやろうか。お象様と」
「私は別に……」
と、首を横に振ろうとすると近くにいたカップルがイズミに声を掛ける。
「撮りましょうか?」
「えっ?」
少し年上だろう男性が声を掛けると、隣にいた人の好さそうな女性もニコリと笑う。
「もしよかったら、次私達も……って」
イズミはスマホを手渡し弾むような声を上げる。
「お願いしますっ!」
「はーい、撮りますよ~」
パシャリ、とシャッター音が鳴りゾウとシロウとイズミの姿がフレームに収まる。
空は青く、雲は白い。
ゾウは灰色で、イズミの顔は少しだけ赤い。




