第20話 どこに行こうか
◇◇◇
「で、昨日は話が逸れたけど映画の何が悪いって言うのよ」
霧ヶ宮泉は頬杖を突いて不満げに口を尖らせる。
「また話を蒸し返しますなぁ。別に映画が悪いとは言って無いぞ」
「悪いとは言って無いかもしれないけど、明らかにバカにした様に笑った記憶があるんだけど」
シロウはとぼけてケラケラと笑う。
「あぁ、そうだっけ?」
ストローの袋を綺麗に畳みながら呆れ顔交じりにシロウを睨む。
「えぇ、そうよ。もしかして『家で見られるから』とか無粋で野暮で不躾な事を言うつもりはないでしょうね?」
シロウはストローの袋で何やらいじいじと細工をしていたかと思うと、ストロー袋でカタツムリを作っていた。それを見てイズミは驚きの声を上げる。
「あっ、何それ。かわいい」
「これで完成」
グラスの表面に付いた水滴を使ってストローツムリをグラスにくっ付けて得意げな顔をすると、イズミは目を輝かせてテーブルに顔を近づけてグラスに張り付いたカタツムリを覗き込む。
「へぇ~、すごいすごい。かわいいね、これ。作り方教えてよ」
スマホを片手にグラスを上るカタツムリの写真を撮る。あまり褒められ慣れていないシロウは照れ臭そうに困惑する。
「……別にそんなに珍しいもんでも無いと思うけどな。皆やってるよ」
「そう?少なくとも私は初めて見たけど。ふふふ」
「まず最初に肝に銘じて欲しいのは、ストローツムリは使ったストロー袋から生まれるべき生き物で、彼を作る為に無駄にストローを使うなどと言う事は決して許されないと言う事だ」
照れ隠しも込みで大仰な説明をするシロウにクスリとするイズミ。
「はいはい、勿論わかってますってば。御託は良いから早く作り方教えてよ、作り方」
「いいか?まず――」
映画の話をしていたはずが、いつの間にかストロー袋カタツムリ製作講座が始まる。
元々製作講座が必要な難易度でも無く、手先の器用なイズミにとっては簡単なものだった。
「出来た。はい、あげる。大事にしてね」
イズミは作り終えたストローツムリをペトリとシロウのグラスにくっ付ける。
シロウのグラスには二匹のストローツムリが張り付いている。
「飲みづれぇ」
文句を言いながらもストローでドリンクを飲むシロウ。
「文句ばっかり言わないの」
結局そのまま話は流れ、映画の何に文句があるのかには言及されぬままこの日の会議は終えた。
◇◇◇
「動物園」
帰り道、唐突に霧ヶ宮泉は呟く。
「が?」
「は?」
イズミの言葉にシロウは眉を寄せる。
「わ?」
話が通じずに少し苛立ったイズミは眉を寄せて少し大きな声で言い直す。
「どーうーぶーつーえーんーは?」
シロウは納得したように一度頷く。
「あぁ、そう言う事ね。動物園『は?』の『は?』ね。何かと思った。いいんじゃねぇ?俺動物好きだし」
それを聞いてクスリと笑うイズミ。
「へぇ。なら丁度いいんじゃない?動物園はお一人様だとちょっとアレだもんね」
「……アレって何だよ」
「敷居が高いもんね」
「一々言い直すなよ」
「シロウが聞いたんでしょ」
「そうだけどさ」
そのまま少し無言で歩いているとシロウはボソリと呟く。
「お前さ」
「ん?」
「……キリン見た事ある?」
質問の真意を測りかねてキョトンとしてイズミは答える。
「うん、勿論動物園でだけど」
シロウは言い辛そうに、言い訳がましく苦々しい顔で口を開く。
「まぁー……、アレだよな。今は液晶も綺麗だしさ、景色とかも自分の目で見るより綺麗なんじゃねぇ!?って事あるよな。俺の部屋は違うけど、居間のテレビとか4Kだしさ。超綺麗だよな」
「……何が言いたいの?大丈夫?」
怪訝な顔で首を傾げるイズミに愛想笑いで返すシロウ。
「まぁね、ははは」
「変なの」
白い外壁の賃貸マンションへの別れ道は過ぎているが、そのまま二人は歩いている。
少しして、天啓の様に不意に閃いたイズミはその答え合わせを急く様に勢い良くシロウを見る。
「もしかして行った事無いの!?……動物園!」
勢い良く自身を向いたイズミに驚いた顔をした後で、半歩距離を取り、言い訳の様な言葉をぶちぶちと重ねる。
「いや、あるよ?家に写真もあるし、それがねつ造で無ければ行った事あると思うんだよ。ガキの頃に。記憶には全然無いけどさ。だから俺が動物園に行った事が無いとか行きたいだとか特別そう言う訳でなくってさ、もしかしたらお前も行った事ないのかな?って思ったうえでのただの世間話って言うか」
つらつらと流れるように口をつくシロウの言い訳を聞きながら、イズミはニッコリと満面の笑顔を見せる。
「動物園にしよう」
シロウは一瞬喜びそうになるのを抑えて呆れ顔を作る。
「まぁ、お前が行きたいなら止めないけど」
「うん、私が行きたいの。ふふふ、二人に連絡しよう。動物園で決定!って」
「イズミが行きたいならしょうがねぇなぁ。マキトにも伝えるかぁ」
歩きスマホにならない様に道の端に寄り、二人して即座に弥宵とマキトにメッセージを送る。
送信完了。
弥宵は部活中。マキトからは即座に返信が来る。『OK!すごい久しぶりだから楽しみだ』との事。
「マキトはOKだってさ」
ほんのほんの少しだけ安堵の表情でシロウはスマホをしまう。
「そっか、よかった。弥宵も平気だと思うよ、あの子も動物好きだし」
「あー、好きっぽいな。兎とか?」
「んー、兎も好きだと思うけどよく聞くのはアリクイだって。何とかアリクイ」
「恐らくミナミコアリクイだな。白と黒でめちゃくちゃかわいいぞ。流石柏木だ、良い趣味してるぜ」
一人納得して頷くシロウをニヤニヤと覗き込むイズミ。
「詳しいじゃん」
「……一般教養だ」
「シロウは何の動物が好きなの?キリン?」
照れ臭そうに顔を逸らすシロウをニヤニヤと眺めつつ質問をするイズミから話を逸らすように振り返るシロウ。
「あ、畜生いつの間にかうち過ぎてるじゃねぇか。じゃあまたな」
「もうっ、ここまで来たんだから今更じゃん。うち迄送ればいいじゃない。動物の話でも聞かせてよ。なんとかアリクイの話とかさ」
「……ミナミコアリクイな」




