第17話 絡まる意図
◇◇◇
サッカー部の活動日は毎週月・水・金・土曜日。日曜日は大会がある日以外は原則休みだ。
「シロウ~、そろそろ起きたら?マキトくん来てるわよ」
白い外壁の賃貸マンション、その一室の更にその一室がシロウの部屋。
少し開いた扉からニコニコと散らかった部屋を見下ろす母の姿を確認して、シロウは時計を見ながら大あくびをする。時刻は昼を少し過ぎた頃。
「うえ、もうこんな時間か。母さん昼飯ある?」
「朝ごはんならあるけど。部屋に呼ぶなら少しくらい片付けしておきなさいよね~」
「少し片づけをした結果がこの部屋なんですがね」
ああ言えばこう言うのが生来の性格なのは当然母も理解している。特にシロウに言葉は返さず隣で待つマキトに申し訳なさそうに微笑む。
「汚い部屋でごめんね~、マキトくん。迷惑ばっかりかけてると思うけど、仲良くしてあげてね~」
「いえ、僕の方こそシロウにはお世話になりっぱなしで」
「またまた~、流石におばさんそんな嘘には引っ掛からないわ」
「……少しは息子を信じる心を持とうぜ?」
呆れ顔で床に散らばった本やらを端に寄せるシロウ。
「それじゃごゆっくり~……は、出来ないか。この部屋じゃ」
「はいはい、退室退室。悪霊退散」
「悪霊はひどくない~?」
母の抗議の声を聞きながらシロウはバタンとドアを閉める。
「もう飯食った?」
「うん、そりゃあね。シロウはまだだろ?」
「まぁ、そりゃあな。今起きたばっかだし」
「もうお昼過ぎてるけどね。何時間寝てるんだよ」
「寝る時間が遅いだけで睡眠時間自体は大差ねーと思うぞ。ちょっと飯食って来るから適当にやっててくれ」
「いつも通りだね」
マキトはニッコリと笑う。
◇◇◇
毎週では無いが、しばしばマキトはシロウの部屋に遊びに来て特に何をするでも無く夕方頃まで漫画を読んだりゲームをしたりしながらゴロゴロと過ごし帰っていく。シロウの部屋は6畳ほどの広さで、シロウはベッドマキトは床に座布団が基本スタイルとなる。
部屋には漫画や本やダンベルや雑誌の類が所狭しと散らかっていた様子だが、シロウが部屋の隅に寄せた結果マキトのスペースだけは確保されている。
いつも本当に何をするでも無く、会話をしたり無言だったりしながら適当な時間を過ごしている。
遅い朝食を終え、ついでに軽くシャワーを浴びてさっぱりしたシロウが部屋に戻るとマキトは散らかった本を本棚にしまっている所だった。
「ゆっくりしてればいいのによ」
悪びれずにヘラヘラとシロウが言うと、マキトは困った顔で微笑む。
「ゆっくりする為の準備だよ」
「あ、そうっすか。まぁお好きにどうぞ」
「言われなくてもそのつもり」
シロウは綺麗に並び始めた本棚から適当に何冊か取り出してベッドにダイブする。
「イケメン様は今日は誰からもお誘い無かったんか?」
「ん?勿論あったよ。シロウも知っての通り僕モテるからさ、ははは」
本をしまいながら鼻に付くセリフを言い爽やかに笑うマキト。
「へぇ。うちの学校?」
「それは秘密。って言うかそんなに興味ある?」
「まぁ、無い」
「あはは、だろ?」
テキパキと手際よく漫画や雑誌を片付けるマキトのお陰で大分部屋の床が見えてくる。
「大分片付いてきたなぁ」
部屋の主は横目にそれを眺めながら他人事の様に感心する。
「出したら元の場所に片付ける、それだけで部屋なんて散らかる筈無いんだけどな」
「お前はホームラン王に『来た球をタイミングよく打つ、ただそれだけでホームランになる筈なんだけどな』って言われて納得できるか?簡単に言うけどそれが出来ないから部屋が散らかるんだよ」
ああ言えばこう言う、健在。
「はいはい、分かりましたよ。こりゃおばさんも苦労するね。シロウも美化委員に入って片付けのいろはを学んだらいいんじゃない?」
その単語を聞いてシロウは眉をひそめる。
「美化委員?やだよ。そんなのロボット掃除機にでも任せとけばいいだろ。あー、美化委員と言えば昨日放課後イズミに会っただろ?」
「あ、ごめん。伝えた方が良かった!?」
「……何で俺に一々言う必要があるんだよ。遅くまで練習してたって感心してたぞ」
それを聞いてケラケラとマキトは笑う。
「あはは、たまに一人で帰りたくてやってるだけだから感心されると困っちゃうなぁ」
「いいよなぁ、マキトは。俺が同じ事やってたら哀れみの目を向けられるだけだぞ。『あの人、一緒に練習してくれる人も居ないのね……』ってさ。お前がやると勝手に孤高のイケメン感がでるもんな」
「あのねぇ、イケメンはイケメンで大変なんだよ?」
「知らねぇっつーの。どう考えてもブサメンの方が大変に決まってんだろ。あー俺も彼女の一人や二人欲しいなぁー」
「一人でいいじゃん。二人いる?」
「物の例えだよ。その位の気持ち、って事」
マキトは困り顔で首を傾げる。
「霧ヶ宮さんは?」
シロウは漫画から目を離してマキトを見る。
「何でそこでイズミの名前が出てくるんだよ」
「何でって……仲良いじゃん?」
シロウは身体を起こし、難しい顔で首を捻る。
「悪くは無いと思うが……、俺にもあいつにも選ぶ権利と言うものが当然に発生するからなぁ」
またもやああこう言うシロウに苦笑しながらも言葉を続けるマキト。
「じゃあ柏木さんは?あの元気な子」
マキトの口から弥宵の名前が出て来た事に、シロウはパッと表情を明るくする。天野蒔人攻略会議によるステマの成果を感じられた瞬間だ。
「柏木弥宵!A組の柏木弥宵な。イズミの友達の。あいつかわいいよな。元気だし、胸でかいしな」
弥宵をべた褒めするシロウに目を丸くするマキト。
「シロウがそんなに女子の事褒めるなんて珍しいね」
「そうか?とにかく、柏木はいいやつだぞ」
マキトは嬉しそうに微笑む。
「シロウが言うならそうなんだろうね。じゃあ、もしよかったらさ……今度皆で遊ばない?」
予想外の申し出にシロウは驚きの声を上げる。
「マジで!?イケメンに二言は無いぞ、いいのか?」
「うん、いいよ。イケメンに二言は無いからね。あはは」
「……自分で言うなよ」