第16話 遅くまで大変だね
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美化委員の活動を終えてイズミが下校する頃には、軒並み運動部の練習は終わっていた。スマホを見ると柏木弥宵から沢山メッセージが来ていた。部活が休みでイズミもいないためシロウを誘ってお茶に行くとは聞いていたが、なんとも遣る瀬無い気持ちだ。
あと30分早く委員会活動が終わっていれば合流できたのに、と一人憤るが誰が悪いわけでも無い。
教室で帰り支度をしていると、窓の外にサッカー部と思しき一団がワイワイとしゃべりながら校門から出ていくのが見えた。特筆する事の無い公立高校なので、部活動の時間も限られているし特別に強いわけでも無い。野球部は甲子園を本気で目指してはいないし、サッカー部は国立を目指してはいない。中には目指している!と言う人もいるかも知れないが、それに見合う努力をしているかと言うと疑問だ。
別にそれはそれで構わない事だ。誰しもプロになる為に何かをしている訳では無いのだから。
梅雨もまだ遠い5月の終わり、最終下校時刻が近いとは言え外はまだ明るい。
下駄箱迄降りると、校庭からボールを蹴る音がする。
サッカー部は既に練習を終えて下校しているはず。靴を履き替えて校庭を覗いてみると天野蒔土が一人で練習をしていた。
最終下校時刻を促す放送が入り、それを耳にしたマキトは天を仰いでフーッと息を吐く。
そして、視線を下ろすとネットの向こうにいたイズミと目が合う。
「お疲れ様、頑張るね」
「あぁ、霧ヶ宮さん。どうしたの?」
「うん、委員会活動。箒とかの整備と点検してたの」
「遅くまで大変だね」
ベンチに置いておいたタオルで汗を拭き、ドリンクを飲む。
「それはマキトくんこそ」
話した後でシロウから受けた『お前が話してどうするんだよ』と言うダメ出しを思い出すが、今は弥宵もいないので情報収集の面から見ても問題ないだろうと一人納得する。
「他の人皆帰っちゃったけどいいの?」
「あー……、うん。いいんだ、勝手に残って練習してるだけだから」
「プロ目指してるとか?」
トン、とボールを蹴り何度かリフティングをしながらイズミの言葉を笑って否定する。
「まさか。そこまで上手くないよ」
そしてまたボールを蹴る音がして、四角いゴールの隅にボールは吸い込まれていく。
「気を付けてね」
ニコリと微笑みまたカゴからボールを取り出す。どうやらまだ帰るつもりは無いらしく、その言葉と微笑みはそれ以上の会話を求めていないだろう事が言外に伝わる。
「うん、また」
イズミも微笑み軽く手を振る。
◇◇◇
「あれあれ、霧ヶ宮さん。どうされたんすか?こんな時間に」
帰り道、朝の通学路と違う道でシロウとバッタリ遭遇したイズミは目を丸くする。
「シロウこそ。駅のファミレスいたんでしょ?ここ通り道じゃないじゃない」
「だって柏木が家まで送れって言うからさ。モテる男は辛いよな、ははは」
やれやれ全くと言った風にわざとらしくため息交じりに笑うシロウにクスリと笑い、シロウの来た道を指さす。
「あ、そう。私の家こっち」
シロウはニッコリと笑い軽く手を上げる。
「あ、そう。気を付けてな」
イズミはムッとした顔でシロウの来た道を指しながら繰り返す。
「私の家こっちなんだけど」
その言外の圧力でイズミの言わんとする事を察するシロウ。
「まさか、っすよね?霧ヶ宮さん。俺もう大分歩いたんすけど」
「普段苗字で呼ばないくせに白々しいんですけど、穂村くん。それとも弥宵は家まで送れて私は送れないって事?」
「剣道二段って仰ってたじゃないっすかぁ」
「それ今関係ある?ほら、行こシロウ」
「……そんじゃ折角だからご自慢の一戸建てでも拝見させてもらうとしますかねぇ」
「ふふふ、ありがと。普通の一軒家だからご期待に沿えるかはわかりませんけど」
シロウはクルリと回れ右をして、二人はシロウの来た方へ歩き出す。
「美化委員ってのはこんな時間まで何やってんの?掃除?」
「ううん。今日は箒とかの清掃用具の点検と整備。明日からまた大事に使ってね」
「そんなの良いからロボット掃除機導入しろよ」
シロウの言葉に口を尖らせて反論するイズミ。
「マキトくんは『遅くまで大変だね』って言ってくれたけど。その辺りが違いなんじゃないの?」
「遅くまで大変だね。……これでいいっすか?」
イズミは満足げに頷く。
「そう、大変なの。あー、疲れちゃったなぁ。何か冷たいもの飲みたいなぁ~」
「冷たい視線の用意ならあるが?」
「あ~、喉が渇いたなぁ」
重ねて催促をしてチラリと横目にシロウの反応を見るイズミ。シロウは呆れ顔で進行方向に見える四角い箱を指差す。
「おっ、丁度自販機そこにあんぞ?」
「疲れて財布も出せないなぁ~」
追い催促をしてチラチラと自身を見るイズミに漸く根負けしたシロウは呆れ笑いを浮かべる。
「分かったっつの。好きなもん飲め」
その言葉にぱぁっと満面の笑顔を見せるイズミ。
「本当っ!?んふふふ、悪いねぇ催促したみたいで」
「した……みた……い?つーか、マキトに会ったんか?あれだろ、また一人で居残り練習してたろ」
目に付いた自販機に小銭を入れて、イズミにボタンを押すように促す。
「うん。いつもなの?」
ピッとミルクティーを押す。ガタンと音がして冷たいペットボトルが取り出し口に現れ、イズミはそれを取り出すと顔に付けて笑う。
「冷た」
「割にいつもな」
二人は自販機の横で立ち止まり、イズミはミルクティーを開けてごくりと一口飲む。
「おいし」
「……自分で聞いたなら聞いとけよ」
イズミはニコニコとシロウを見る。
「ん?何か言った?」
「いや、別に何も。飲み終わったら行くぞ」
「うん、飲み終わったらね~」
そう言ってイズミはゆっっっ……くりとミルクティーを飲んだ。




