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第12話 通学路

◇◇◇


 築30年の白い賃貸マンション。その一室の扉が開くと、大きな欠伸をしながら穂村司郎が現れる。


「シロウ~、行ってきます位言いなさ~い」


 自重に任せて閉まろうとする扉の隙間から母の声がして、足で扉を押さえながら『ガキじゃねぇんだから』と口を尖らせるシロウに母は『子供だって出来る事なのに』と諭す。


「誰だって子供の時は天才なんだよ」


 そんな事を言い返す間に一言『行ってきます』と答えて登校すればいいだろうに、シロウは何とか母を言いくるめようと悟ったような言葉を呟き一人頷く。


「はいはい、良いから黙って行ってきますって言うの。お小遣い要らないなら話は別だけど」


「……どうやって黙って行ってきますって言えばいいんすかね?腹話術とか?」


「あっ、お小遣い要らないんだ?助かっちゃう~。丁度ママ買いたいものあったんだ~」


 アルバイトをしていない一高校生にとってはお小遣いこそが唯一の収入源。それを絶たれる訳にはいかないが、黙って親の言う通りにするのも癪なお年頃だ。


「いい年して『ママ』は止めた方がいいんじゃねぇ?」


「いってらっしゃ~い」


 にこやかだが有無を言わせぬ最後通牒を思わせるその声にシロウは諦めてため息と共に声を吐きだす。


「ぃってきまぁーす」


「はい、よくできました」


 ようやく穂村家の玄関はバタンと音を立てる。


 少しくすんだ白い外壁を横目に見ながら廊下を歩き、2つ隣りの301号室の表札をチラリと見る。5年前迄は『霧ヶ宮』と書かれていた表札も今は別の苗字が書かれている。


「おはよ」


 マンションを出た所にいたイズミが軽く手を上げて微笑む。


「おう。何でいんの?」


 シロウも軽く手を上げて応えるとイズミはニヤニヤと笑いながら3階を見る。


「うふふふふ、全部聞こえてたけど。反抗期なの?シロウちゃんは。お母さんも言ってるじゃん、挨拶位ちゃんとしなきゃダメだよ?」


「うるせぇなぁ。グーテンモルゲン」


「何でドイツ語?」


「特に意味は無ぇ。で、朝からどうなさったんですか?」


 マンションを離れ歩き出しながら、イズミは手に持っていたブランドロゴの入ったシックな紙袋を差し出す。


「ん、これ。弥宵から借りた少女漫画。持ってきたの」


「おぉ、マジか。サンキュー」


「どういたしまして。挨拶は出来ないのにお礼は言えて偉いね。頭撫でてあげようか?」


 きっと玄関先での会話を受けてかニコニコと子ども扱いをして頭を撫でる真似をするイズミにジロリと視線で抗議をしつつ口を開く。


「セクハラっすよ、霧ヶ宮さん」


「えっ!?ごめん!」


「例えば逆で考えてみろよ。俺が女子に同じ事言ったらどうなると思うんだよ」


「そうねぇ……」


 イズミは立ち止まると、挑発的な視線をシロウに向ける。


「試してみれば?」


「……柏木に?」


「じょーしーにっ」


 その視線でイズミの言わんとすることを理解する。


「あ、お前に?へいへい。『頭ァ……撫でてやろうか……?』」


 手を上げてわざとらしく俺様風に声色を作りシロウが囁くと、イズミは頭を少し下げる。


「ん」


「ん?」


 何秒か間が空いて、下げた手を下ろせぬシロウはそのまま犬を撫でるかの様にワシワシとイズミの頭を撫でる。


 天気のいい爽やかな朝。


 自宅のマンションから少しだけ歩いた道路の端。


 少し頭を傾けたイズミの黒髪をワシワシと無遠慮に撫でるシロウ。


 本当に、天気がいい爽やかな朝だ。



「でさ」


「……うん」


「何でこんな事してるんだっけ?」


 流石のシロウも何とも気恥しい気持ちだ。


「何だっけ……、あははは」


 頭を上げ、赤い顔で照れ笑いをするイズミ。


 何とも言えない空気を互いに笑いで誤魔化して、どちらともなくまた歩みを進める。



「マキトくんとはいつも待ち合わせてるの?」


 イズミの質問にシロウは怪訝な顔をする。


「いや?何で男同士でそんな気持ち悪い事しなきゃいけないんだよ。お互い毎日同じ様な時間に出れば同じような場所で会うだろ。実際雨の日はあいつバスだし」


「へぇ。じゃあさ」


 イズミは十字路の右を指差す。学校は左。


「ちょっと寄り道していかない?」


 悪戯っぽく笑うイズミの意図はシロウにも伝わったようで、シロウもニヤリと頷く。


「遅刻すんぞ」


「ふふ、そしたら走ろっか」


「あ、それはお一人でどうぞ」


 そうこう言いながらシロウも右に曲がる。


 それは、かつては毎日通った道だった。イズミは5年前、シロウはほんの3年前。それまで毎日通った、小学校へと続く道。



「懐かしいね」


 小学校を卒業してからは足を運ぶ事も無く、通る事も無くなった通学路。シロウから見ればたった3年。でも、大きいと思っていた道路はたった2車線で、横断歩道は信号が点滅する前に余裕で渡り切れる長さだ。


 2人が住んでいた白いマンションから小学校までは、都合3度道を曲がる。2つ目を曲がった辺りでイズミは友達と合流する事が多かったが、そこまでは2人で登校することが多かった。隣に歩かず、いつも少し離れて歩いていた。


「懐かしいっすねぇ。小1になったばっかの頃は俺が連れて行ってあげないと行けなかったんでしたっけね?迷って泣いたりな。ははは」


「なっ……、しょうがないでしょ!?幼稚園出たばっかだったんだから!」


「はははは、そりゃこっちも同じ条件だよ」


 小学校1年の頃は20分かかった通学路も、今は10分掛からずに辿り着く。


 想像より低い校門、広い校庭、小さい小学生達。ランドセルに黄色いカバーを付けているのは1年生だろう。


 楽しそうな声を上げながら校門を過ぎる子供達を眺めながら、イズミは少し寂しそうに微笑む。


「……卒業まで通いたかったなぁ」


 ボソリと感傷的に呟いたその言葉を聞いて、シロウは眉を寄せて手を横に振る。


「いやいや、したら柏木とかそっちの友達と会ってねーだろ。はは、よかったじゃん。チャンスが2倍と思えばラッキーだ」


 イズミは口を尖らせて反論する。


「むっ。転校ってそんな単純なものじゃないんですけどー?」


「そうっすか。そりゃ失礼」


 ケラケラと笑いながら校舎の時計が目に入り、シロウの笑いも止まる。


「……おい、時間やべーぞ」


「やばっ、シロウ走ろう!」


「うげぇ、遅刻でいいよ」


 苦い顔をするシロウの袖を引き、イズミは走る。


「ダメ!ほら、行くよ」








 





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