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第10話 柏木弥宵

◇◇◇


「ねぇねぇ、いずみん。北棟行かない?行こうよ」


「はいはい、お付き合いしますよ~」


 シロウ達の通う高校は『コ』の字型をしており、北棟とはシロウとマキトのいるD組がある側の校舎だ。イズミと弥宵のA組は反対側の南棟なのだが、しばしば北棟のトイレに行くのだ。


 南棟にもトイレはあるのだが、授業と授業の合間の少ない休み時間にわざわざ隣の棟のトイレに行く。理由は勿論ただ一つ。


 マキトの席は窓際の一番後ろから一つ前。


「あっ、いた!きゃ~、今日もかっこいいねぇ」


 イズミの影に隠れながら教室を通り過ぎつつ、後ろの扉から教室を覗いて小声ではしゃぐ弥宵。

 

「はいはい、かっこいいかっこいい」


 呆れ笑いで生返事をしながらもどこか嬉しそうなイズミ。


 マキトの周りには多数のクラスメイトが集まって何やら談笑していて、マキトの席から大きく後ろに引いた机に伏すシロウも目に入る。


「あっ、イズミ~。どしたん?教科書でも忘れた~?」


 同じ中学の女子がイズミを見つけて手を振り、イズミもニコリと微笑みヒラヒラ手を振る。


「つっきー、久し振り。トイレ混んでたからこっち来ただけ」


 涼しい顔でサラリと嘘を吐くイズミ。つっきーと呼ばれた茶髪の少女はケラケラと笑う。


「あははっ、またまた~。目当てはうちのイケメンくんでしょ?おーい、マキト~。またファンが来てるよ~。ほら、ファンサ、ファンサ!」


 扉の側から大声でマキトを呼ぶつっきーに困った顔を向けながらも、ニコリと笑い軽く手を振り、つっきーの隣のイズミに気が付く。


「って霧ヶ宮さんじゃん。どうかした?シロウ起こす?」


「ううん、平気。ただ通っただけだから」


「そっか」


「でもありがと。じゃあ」


 影に隠れたままの弥宵が袖を引くのが分かったので、微笑みながら軽く手を振り教室を後にする。


 そのまま暫く歩くと、まるで息をするのを忘れていたかのように大きく息を吐きながら、頬を緩ませて小声で呟く。


「はぁ~、かっこよかった~」


「はいはい、よかったねぇ。ほら、トイレ行くよ。時間無くなっちゃう」


「声もかっこよかった~」


「弥宵もD組だったらよかったね」


「えっ!?ムリムリムリムリ、殺す気!?私を!」


 慌ててイズミの袖を持った手を振る弥宵を見て苦笑する。


「そんなに?」


「当然だよ。後ろの席の穂村くんももう瀕死だったじゃん」


 ピッと人差し指を立てて得意げに頷く弥宵。


「へぇ、同性にも効くんだ?イケメンオーラは」


「勿論だよ」


 少し考えて、イズミは弥宵に問う。


「あのさ、例えば弥宵がシロウにあだ名を付けるとしたらなんて付ける?」


「ん~、『しろぴぃ』かなぁ。呼ぶの?」


「いやいやいやいや、呼ぶわけないじゃん」


「いいと思うけどなぁ~」


 ゴホンと一度咳ばらいをして、わざとらしく話題を変える。


「それよりさ、弥宵今日部活休みだっけ?」


「うん、掃除の当番があるけどね」



◇◇◇


「しろぴぃ」


「は?」


「て、言うのはどう?」


 少し頬を染めながら、キッとシロウを睨むようにイズミは問う。


 シロウは濁った色のスペシャルブレンドドリンクを飲みながら眉を寄せる。


「主語って知ってる?」


「えぇ、勿論。話を逸らさないでよ」


 毅然と答えるイズミの目を見て、首を傾げ困り笑いのシロウ。


「そうかぁ、話逸れてるかぁ。あのさ、じゃあ今の話の主語は?」


 ようやくシロウの嫌味の意味が伝わり、イズミは恨みがましくジッとシロウを睨みながら一度ドリンクを飲む。鮮やかな色のローズヒップティー。


 暫く押し黙りった後で言葉を選びながら、出来るだけ平静を装い口を開く。


「シロウのあだ名。この間は人の事をネーミングセンスが悪いだか散々こき下ろしてくれたけれど、これならどう?」


 得意げに微笑みながらシロウの反応を待つが、シロウはきょとんとした顔でイズミを見る。


「んー、正直どうもこうも……って言うか。お前が俺の事をあだ名で呼ぶ事がどうやってマキトの攻略に繋がるのかを教えてもらいたいんだけど」


「誰も私が呼ぶなんて言ってないじゃない!」


「じゃあ誰が呼ぶんだよ、いずみん」


「そっ……」


 絶句するイズミ。


「それは……」


 シロウとしては別に自身のあだ名の行方など興味も関心も無い事柄だ。正直何でもいい。


 ドリンクバーにでも行こうかと立ち上がろうとした時、店内に入って来た一人の女子高生が目に入る。


「あ」


「あっ」


 店内に入って来たのは柏木(かしわぎ)弥宵(やよい)だった。入り口で店員に声を掛けていたが、シロウの姿を見つけると少し背伸びをして笑顔で手を振る。


「シロウくん~、ごめんねお待たせ~」


「え、あ。どうもっす」


 空のグラスを持ち立ち上がった所だったシロウはまた席に着き、きょとんとした顔をしながらイズミを見て、彼らの席に向かう弥宵を指さすと小声でヒソヒソと呟く。


「何か天使が来たんけどさ、俺もうお迎えかな?」


「お迎えが必要なら救急車でも呼ぼうか?あっ、それとも警察?シロウが言ったんでしょ?弥宵も一緒に話した方が良いって」


「流石霧ヶ宮さん、仕事早すぎっすよ……」


 そんなやり取りをしているうちに弥宵は席に到着する。


「えへへ、お邪魔しまーす。シロウくんにちゃんと挨拶するの初めてだよね?いずみんの親友の柏木弥宵です!」


 ピッと軽く敬礼の真似をしてニコリと微笑む。


「あ、これはどうもご丁寧に。穂村司郎っす。むさ苦しい所ですが、どうぞお寛ぎ下さい」


 そう言いながらイズミの隣の席を手で促すと、イズミはシロウに白い目を向ける。


「むさ苦しいのはあんただけでしょ」


 二人のやり取りを聞きながら嬉しそうにニコニコと弥宵は笑う。


「いずみんが楽しそうで何だか嬉しいな~。あっ、シロウくん。もう呼ばれた?しろぴぃって」

「呼ぶわけないでしょ!?」


 少し食い気味に声を上げたイズミに弥宵は申し訳なさそうな顔をする。


「ごめん……。ちょっと子供っぽかったよね?えへへ」


「違うの!そう言う意味じゃ無くて!」


「俺全然オッケーっすよ。しろぴぃでもしろっぴーでもしろしろしろっぴでも何でもウェルカムだぜ、ははは」


「えっ、本当に?」


「シロウは黙ってて!」


「シロウ?しろっぴぃの間違いだろ?」


「黙れ!」













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