第1話 友達の話なんだけど
以前に書いた作品ですが、アカウントを消してしまったので再度の投稿です。
お読みいただけると嬉しいです。
◇◇◇
「久し振り、シロウ。ちょっとお願いがあるんだけど」
「あぁ、久し振りだなイズミ。5年ぶりか。話は取りあえずお前が5年前に借りパクしたままの漫画返してもらってからでいいか?」
シロウの言葉にイズミは整った眉をしかめ、心底呆れたように腹式呼吸で『はぁ?』と声を上げた。
「何のこと言ってるのか分からないけど、かわいい幼馴染がお願いがあるって言ってるんだから黙って聞いてくれたら良いじゃないの」
霧ヶ宮泉と穂村司郎は幼馴染だ。同じマンションで生まれ育ち、幼稚園も小学校も一緒だったので、一番の仲良し!とまではいかないがそれなりの面識はあった。小四の終わり頃に霧ヶ宮家が念願の一戸建てを購入するまでの間は。
以降小・中と学区が違う為交流は途絶え、高校一年の入学式の日に同じ高校に通う事を知った。入学式から一か月以上経った頃、5年振りに声を掛けて来たのが話の始まりだ。
「その言葉、そのままお返ししよう。かわいい幼馴染が頼んでるんだから借りたもの返してくれても良いんじゃないか?」
「かわいいって……。鏡見る?」
「あー、そうですか。かわいくない幼馴染は幼馴染じゃないって言うんですか?そうですか、そうですか。いいですねー、ワタクシなんかと違って見目麗しい霧ヶ宮さんは」
双手刈さながらの揚げ足取りに辟易とした様子で溜め息を吐き前言を撤回する。
「もうっ、わかったってば。かわいいかわいい。(ボソリ)キモかわいい」
「あっ、てめぇ聞こえてんぞ。何だか知らないがそれが人に物を頼む態度か!?」
「……ちっ、耳だけはいいのね」
「はーい、それも聞こえてまーす。さようなら~」
5年振りの会話は、それこそ小学四年の頃の様な会話だった。
霧ヶ宮泉は、小四の頃の『男勝りな女の子』から華麗な変身を遂げた。おろしたてのグランドピアノを思わせる艶やかで長い黒髪に、スラリと伸びた白鍵盤のような手足が長身に良く映える。
片や穂村司郎は、取り立てて記すことは無い平凡な容姿と言って良い。強いて言えば、高校入学を機にヤンキー漫画に憧れて髪の色を抜いて赤く染めてみたが、絡まれるのが怖くて二日で黒く染めた名残の残る少し明るい髪の色程度だろうか?
冗談抜きで手を振りその場を去ろうとしたシロウの鞄を掴み、イズミは引き止める。
「ごめんってば。……お願いだから聞くだけ聞いてよ。私の友達の事で相談なの」
イズミが本当に困った顔をしていたので、シロウも困った顔をしながら頷く他無かった。
「漫画はさ、マジで返してくれよ?ゲームはもういいから」
「えっ、嘘っ!?ゲームもだっけ!?んー、探してみる」
「あと飲み物くらい奢れよ。話すと喉が渇くからな」
「はいはい、わかりました」
◇◇◇
――友達の話なんだけど。
と、霧ケ宮泉は前置きして言葉を続けた。
「あんたの唯一の友人で蒔土くんっているでしょ?彼の事を好きな子がいるから協力してくれない?」
「何故頼み事をするのに相手をディスって自分から不利になるようなことをするんだ?動機がわからん」
『唯一の友人』と言うワードに対してシロウは苦言を呈するが、イズミは特に気にするような素振りもなく言葉を続ける。
「まず聞くけどさ、蒔土くん彼女いる?いないよね?放課後良くあんたなんかと遊んでるみたいだし」
「すげぇなぁ。お前本当はその友達の事嫌いなんじゃねぇの?」
再度のさり気ないディスりに素直に感心して何度か頷き、感心ついでにドリンクを一気に飲み干してドリンクバーに向かう。
駅に向かう道から少しはずれたファミリーレストラン。ドリンクバーはイズミの奢りのようだ。
「そんな訳ないでしょ。転校してからずっと仲良いんだから。とにかく協力してよ。好きなタイプは?」
「好きなタイプ。……そうだなぁ、女の子らしくて料理のうまい子かな。あっ、それと胸が大きい事!料理は下手でもそれだけは絶対外せない!」
シロウの言葉にフルーツティのカップを持つ手が止まる。
「……本当に?あの蒔土くんが?」
「いや?俺」
「……あんたの好みなんか聞いてないっての」
「へいへい、そんじゃ聞いてみるか」
濁った色のブレンドジュースをストローで飲みながらスマホをぽちぽちと操作する。
「えっ、今!?」
「そ、今。『明日世界が滅ぶとしたらどんな女と過ごしたい?』……っと。送信」
得意気に親指を向けてくるシロウに白い目を向ける。
「何、その質問……」
「ただ漫然と聞くより少しは真剣に考えるだろ?」
イズミは目線を逸らしながら考えて、納得したように頷く。
「んー、確かに……そうかもね」
「ま、蒔土は良い奴だよ。あ、ポテト頼んで良い?」
「勿論。自腹なんだから好きなの頼みなよ」
「けちくせぇ」
「その言葉そっくりそのままお返しするね?」
ボタンを押して店員を呼ぶと、その音に少し遅れてピロンとスマホが鳴る。蒔土からの返信だ。イズミもスマホを覗き込む。
『優しい子かな』
「へぇ」
「げぇ」
キラキラした瞳で画面を見るイズミとは対照的に苦い顔のシロウは互いに互いを睨む。
「何よ。素敵じゃない」
「マジかよ。『つまんね』、っと」
ポチりとメッセージを送信する。
「ちょっと!」
「当たり障り無さ過ぎて腹立つ。じゃあお前俺が同じ事答えたらどう思う?」
「……え?今まで誰からも優しくされなかったからかな、って」
チラリと顔を見ながら言い辛そうにイズミは答える。
「ほら見ろ!要するにイケメン限定の答えなんだよ!舐めてんだよ、来る者は拒まずで間口を広く取ってんの!」
シロウの言葉通り天野蒔土は学年でも屈指のイケメンだ。サラサラの髪はファン達から天の川とも称され、すらりとした長身に理想の細マッチョスタイル。中学時代に所属していたサッカー部では、使用したタオルやユニフォームが次々と無くなり学校の七不思議に数えられた程だ。
シロウとは中学は違うが、高校受験の為に通った塾が同じで馬が合い今に至る。
「ああ言えばこう言うのは変わんないね。じゃああんたなら何て答えるの?明日世界が滅ぶとして、どんな子と過ごしたいのよ。どうせ胸が大きい子、とかって言うんでしょ?」
呆れながらの一言にシロウは謎ブレンドジュースを一口飲んで、ニッコリと答える。
「いや?世界を救える子」
「は?」
きょとんとした顔でイズミに得意げに笑いながらシロウは語る。
「胸が大きくたって世界は救え無いだろ?だから明日世界が滅ぶなら、世界を救える女一択だ」
イズミはクスリと笑う。
「何それ、ズルくない?」
「当たり前だろ。何で黙って滅ばなきゃいけないんだよ」
「ちなみに私、剣道二段だけど」
「何にちなんでんだよ。すげーのかどーかもわかんねぇよ」
ピロンとメッセージが届き、『それがどうかしたの?』と蒔土から返信が来ていたが、二人は気付かずに5年分の軽口を叩きあっていた。
――何の保証もないけれど、世界は明日終わらない気がする。