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カスの名は

 実践訓練が始まって一ヶ月が経った折、グラートから唐突にこう告げられた。


「遠征へ行ってくる」


 訓練場へと赴き準備運動の素振りをしている所、所要があり遅れてきたグラートにそう言われた。


「それはまた唐突な」


「いや、これに関しては数日前から決まっていた」


 なんでも最前線の戦線維持を任されたらしい。

 この都市からそう遠くない場所に生存可能領域を区切る境界があるらしく、そこではよく戦争から溢れた天使と悪魔がやってくるらしい。


「現在天魔は互いに戦争中だ、その戦争から溢れた奴等が近年増加しているようだ」


 そう、現在天使と悪魔は互いに戦争中だった。

 過去には天魔が共同で人類を攻め滅ぼしに掛かっていたようだが、ここ100年で天魔同士が争うようになっていた。

 ラスの故郷における天魔の襲来は、相当珍しいものだったらしい。


 現在ラスが所属している法戦科の人達もその前線に赴いて、天魔を押し返しているらしい。


「そういや気になったんだが、なぜ天魔は互いに争っているんだ?」


「知らん。この星を半分も明け渡すのが惜しくなったんじゃないか」


「業突く張りなクソ共だな」


「同感だ」


 天魔の目的自体ははっきりしている。

 天使側は人類を理力が無限に生まれる資源として扱うため。

 悪魔側は肉を産み、悦楽とその腹を満たす家畜とするため。

 どちらが勝っても本当に碌でもない未来が待っている。

 だからこそ現状互いに削り合っている状況は人類にとって好都合のようだ。


「そのまま共倒れしてくれたら楽なんだがな」


「そうもいかない。生存領域外では天魔で管轄する領域が別れているが、奴等は己の領域内では無限に等しい命を持っている」


「あのカス共、人を散々弄んどきながら死ぬのは惜しいのか」


「腹が立つ話だ」


 つまり、天魔を殺すにはその無限に等しい命をどうにかする必要があるらしい。

 だがそれは未だ見つかっていない。


「だが、そのかわり戦争から溢れて生存領域内に来た天魔は殺せば死ぬ」


「つまりは生存領域を広げさえすれば、天魔を殺すことも可能。ということか?」


「机上の空論だがな。それに実行するにしてもやはり人が要る」


「難しい問題だな」


 この都市の人間は厭戦の雰囲気が漂っている。

 それもそうだ、天魔によって生み出された犠牲者はどれも悲惨なものだ。

 それと同じ末路を辿れと言われても、簡単には頷かないだろう。

 その中でもラスやグラートのように、この世界をどうにかしたいと考える人達が法戦科に所属するようだ。


 閑話休題。


「話を戻すが、俺は遠征で半年ほどここから離れる。その間、第七訓練場の教官を頼ると良い」


 第七訓練場。グラートと同じく法戦科の教官を行っている人がいるが、あまりいい噂は聞かない。

 食堂などでよく耳にするが、死纏いと呼ばれる人間がいるため誰も近づかないようだ。


「噂くらいなら聞いたことあるがどんな人なんだ?」


「…………噂はどうでもいいが、碌な人間じゃない。人間として終わっている」


「人間として終わっている」


「ああ、教官としては確かに腕がいい。だが噂とその人格も相まって近づく人間が居ない」


 眉を潜めながら言うグラート。

 グラートとしても正直そこにラスを送り込むかは悩んでいるようだった。

 ラスとしてはグラートがそこまで言う人間と言う事で、逆に気になってくる。

 あと眉を顰めたグラートは普通に怖い。


「本来ならば俺が魔法を教える立場だったが、俺の魔法は今のお前には不向きだろう」


「まあ、爆発を利用して移動するとか、俺の足が先に壊れるな」


 最初の実践訓練で使った身体強化の補助魔法を使えばその限りではないが、そもそもグラートは補助魔法を使わずあの爆発を耐えきっている。

 グラートとラスでは使用する理力の量が段違いだ。


「そうだ、だがそいつの魔法なら恐らくお前も使いこなせるだろう」


「……正直不安だが、俺がグラートを足止めするわけにもいかないか」


 しばしのお別れだな、と続けるラス。

 頷きながらグラートはラスに紙束を渡す。


「そいつをそこの教官に持っていけ、お前の訓練に関する組合長の指令書だ」


 それを渡したグラートは訓練場の外へと足を向ける。


「じゃあ半年後、あんたに目に物見せてやる」


「楽しみにしている」


 それを最後にグラートと別れたのであった。

 一ヶ月と少し、ラスは訓練で度々手合わせをしていたがそれがなくなると少し寂しい気もした。

 いやそうでもないかもしれない。いつ手が滑って死にかねない状況を作ってくる訓練がなくなって少しほっとしている。

 だが、グラートの教えは正確だった。たった一ヶ月の訓練でラスは最低限戦える能力を身に着けていた。

 だからこそ、グラートには感謝してもしきれない。


 ラスはグラートが見えなくなるまで見送り、第七訓練場に足を運ぶのであった。





 第七訓練場に赴いたラスは恐らく当直室であろう部屋にノックする。


「失礼しまーす」


 そう言って扉を開け放つと、最初に感じたのは酒の匂いだ。

 それに続くように煙草の臭いも感じ取れる。

 中を見てみるとそれなりに広い部屋ではあるのだがそこら中に酒瓶が転がっており、机の上には吸い殻が山のように積み重なっている。


「おやおや……死にぞこないのお姉さんになにか用かな?」


 恐らく第七訓練場を管理している教官だろう。

 鴉の濡羽色の美しい長髪に、婉容で艶やかな印象を与える美しい相貌。

 但し目の下には薄く隈を湛えており、その緩やかな動作と言動も相まって退廃的な印象を与える。

 ラスの前世で言えば、ダウナーでアンニュイと答えるだろう。

 指令書にはリードという名前が書かれていた。


「グラートに言われて来た、あんたがリードか?」


 ラスはそう言ってグラートから渡された指令書をリードに渡す。


「ああ、キミが噂の」


 リードは指令書を手に取り、内容を見ている。

 すると唐突にその指令書を破き始めた。


「え」


「いやなに、少々面倒でね」


 マジかお前と思いながらリードを見ていると。


「ところで少年、賭け事は好きかな?」


「いきなり何いってんだあんたは……」


「最近私は暇で暇でしょうがなくてね、少年が相手してくれたらうれしいなぁと」


 人間として終わってるってこういうことかぁと納得するラス。

 酒カスヤニカスギャンブルカス。カスの三種の神器が揃っていた。

 その上指令書を破って無視をする。納得だ。


「いやまあ多少はやったことあるが」


 主にラスが何日で訓練から逃げるかという賭けだが。

 ラス本人が逃げないという選択肢に入れたためほとんど総取りした。

 そのため多少懐が潤ってる。 


「おやそれは意外だ、その歳で賭け事をしてしまうとは……悪い子だ」


「いやあんた誘ってきたよな」


「それとこれは別さ」


 ほんまこの女。


「で? キミは私の相手をしてくれるのかい?」


 なんかやらなきゃ教官をしてもらえそうな雰囲気じゃないのでとりあえず承諾したラスだった。


「まあそれは良いんだけど、何をやるんだ?」


「じゃあ行こうか」


「行くって何処に」


 リードは軍服のようなコートを羽織り、身支度を整えている。


「決まっているだろう、何でもありの賭博場さ」

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